島流れ者 - 悪意なき本音

島流れ者 - 悪意なき本音

2003.11.12
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アメリカに来て一番のカルチャーショックは日本にはあまりないルームメイトと暮らすという体験だった。ここアメリカにきて、貧乏がずっと続いているために一人暮らしをしたことは一度もない。まあ、もっと物価の安いところに住んでいたらそれも可能かもしれないが、このカリフォルニア、特に海岸沿いは住宅費が異常に高く、下手すると日本のそれよりも高いことがある。このあたりの典型的な例をあげると、ワンベッドルーム(日本式に言うと1LDK)のアパートを借りようと思ったら、$1000~$1400する。多くのカップルはワンベッドルームを借りている。もしもカップルでなく、友達同士で借りる場合はプライバシーが保てる孤立した二つの部屋が必要なので、ツーベッドルームを借りる。そうすると家賃はさらに$1300~$1700と跳ね上がる。ステューディオといって、日本のワンルームのようなものでも最近では$700は下らない。そんなわけで、稼ぎのいい人以外、多くの独身者はルームメイトと共に暮らすことになる。

一番初めにこのアメリカに来たのはかれこれ10年前のことだが、英語もままならず、右も左も分からない状態だったので、通っていた英語学校が提携するホストファミリーをあてがわれた。それはファミリーではなく、15年ほど前に旦那さんを無くして、6人いた子供もみんな独立して出て行ったという70歳前後の未亡人の女性の8ベッドルームという巨大な家に幾人かの留学生との共同生活だった。私はシングルベッドと机が二つづつかろうじて入る小さな部屋に、同じ英語学校に通うフランス人のルームメイトと共有して9ヶ月暮らすことになった。

フランス人の彼女パトリシアは当時二十代後半で、私よりも2~3歳ほど年上だったため、案外落ち着いていた。同じようにフランス人ルームメイトを持つ日本人の友達、Yちゃんのと違って、夜遅く部屋に連れてくる友達とのドンちゃん騒ぎを寝ているそばでやられたり、どれだけ掃除しても、その後からルームメイトにどんどん散らかされて豚小屋状態を我慢させられたり、一週間に一回しかシャワーを浴びないルームメイトから醸し出される体臭に悩まされるようなことはなかった。が、それでも日本とフランス文化の違いによる摩擦はたびたび起こった。

雨がほとんど降らない南カリフォルニアでは水道代がとても高いため、入居したその日からまずホストマザーに言われたことが、節水することだった。そこでパトリシアと私は、一人一人では一週間分でもあまり洗濯物が多くないので一緒にすることにした。ある日曜の朝、気分もよく洗濯を始めた私はふと気がついた。共同の洗濯籠に、彼女のパンティーが入っていた。手洗いじゃないからって言っても、他人のパンティーまでは洗いたくない。そこで彼女に頼んだ。“たとえ自分の姉のだっても洗いたくないから、自分で洗ってね。”ところが数週間してからまた私の番が来たので、洗濯をしようとしたら、また彼女のパンティーが入っているではないか。“まったくー、分かってないぜー”とぶつぶつ言いながら拾い上げたら、今度は、生理の染みがついているのだった。(男性諸君、気持ち悪い話でかたじけない)

その件があってから、洗濯は個人個人ですることになって決着がついたが、次の問題は洗い物であった。ホストマザーが夕食を作る代わりに食べた留学生が洗い物をすることになっていた。私がまず率先して洗う役になりパトリシアがその横ですすぎ、タオルで拭くという役だった。ちらりと彼女の行動を観察すると、泡がいっぱいの皿をなんてことないという顔で拭いては食器棚にしまっているではないか。まるでフランス映画に出てくる俳優が泡だらけの体を流さずにささっとタオルで拭いて出てくるように。

そこで私は、“ねえ、まだ泡が沢山ついてるんだけど...”と言うと、“え?それがどうしたってのよ。”と平然としている。そこで、“この泡は体によくないんだよ。”と言うと、泡はタオルで拭いているから大丈夫と言う。納得のいかない私は引き下がらずに、”じゃあ、もしこの洗剤を(洗剤ボトルをさして)一口飲んだら体にいいと思う?”と言うと、今度は、“あんた洗剤なんか飲むの?”と意地悪に反撃されてしまった。あいた口が塞がらず、またこの巧みな彼女の防衛線に次の言葉が見つからないでたじろいでいている私にホストマザーが助け舟を出した。“そうね、泡はちゃんと洗い流さないとまずいわよ、パトリシア。”

そして第三弾は、かみそり事件だった。別に彼女が暴走族に入っていたとか私が彼女にかみそり入りの手紙を送ったとか言う血生臭いものではない。それほど大袈裟なことではなかったが、私が他人と暮らすと言うことがとても嫌になったのはこの事件だった。あるとき私のT型かみそりを使おうとすると、それに、ブロンドの毛がついていた。いくらアメリカナイズされてきたって言ったって、私の体毛が自然に金髪になったりすることはありえない。見た瞬間怒り狂って彼女に講義した。“ねえ、ちょっと、これつかったでしょ!”すると彼女“違うわ、私じゃない。それはスーチーじゃないの?”と隣の部屋に一人で住んでる中国人のルームメイトとのせいにした。でも彼女は純黒髪、そのバスルームを共有しているのは私たちの三人だけで、まさか他のバスルームを使っているルームメイトたちがこのバスルームに来てわざわざ私のかみそりを使ったとは思いがたい。でも2日後に彼女は自分のかみそりを見せて、自分のがあるんだからわざわざ他人のを使わない、と言い訳をしてくるのだった。本当かいな?そのころエイズは体液から感染するので、かみそりなどは共有しないようにと言うのをどこかの雑誌で読んだばかりだったので、かなりパラノイア状態であったし、また、9ヶ月の滞在期間も後半に差し掛かるころでルームメイトに飽き飽きしていたころであったので、今思うとたいしたことじゃないけど、爆発してそれからほとんど彼女と口をきかなくなってしまったのだった。

まだ友達がいなかった初めのころはパトリシアと彼女の一緒に留学している妹と一緒に行動していたが、暫くして学校で知り合った友達や彼と多くの時間を過ごすようになった。とても地味な彼女は妹以外にはあまり行動する友達がいないせいか滅多に外出せずに、いつも部屋にいて、二十代のうら若き娘にもかかわらず、8:30pmころには床に入って本を読んでいた。その為に、私は自分のスペースと言うのがなかった上に、夕食のテーブルに着くには6:00pmに帰ってこなくてはいけないと言うのが非常にかったるかったので、ホストマザーに基本的には私の分は作らなくていいと言って、外で安いスーパーのデリなどで空腹を満たし、その後ジムなどに通ってはなるべく彼女と顔を付き合わせることのない9:30pm近くまで家に帰らなかった。

本来ルームメイトという言葉は学生寮で実際に一部屋を共同で生活するもの同士と言うのから来ているので、個人個人の部屋はあるが、一緒に住んでいるというのは正確にはハウスメイトと言うらしい。本来の意味でのルームメイトと一緒に住んだのはこれが最後ではじめてであったけど、他人と暮らすことの難しさをつくづく思い知らされた時期だった。








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最終更新日  2003.11.12 14:29:16
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