「、」の、打ち方。
読点(「、」)は、文章を書く上でやっかいものである。
和訳や記述解答で文章を書く際、私は、読点の打ち方について、
以下のようなルールを定めている。
● 接続詞や主語の直後には、基本的に「、」を打つ。
● 極端に長くならないために、およそ10~ 20字の間隔で「、」を打つ。
ただ、このブログでは、
「一般的キャッチコピーにおける読点の打ち方」を意識しているので、
読点をやや多めに使用している。
(特にタイトル部に、やたら「、」を打っているのは、そのためである。)
今日、山崎正和氏の『世紀を読む』という評論文を読解した。
そこで、感動があった。
氏の読点の打ち方が、とても素晴らしかったのである。
区切りが長すぎず、短すぎずで、うまく「、」が打たれていた。
やはり、プロの文章は違うと、身にしみて感じた。
読点の打ち方は、人それぞれで違うので、
個々人の個性が出るだろう。
私も、いろいろな読点の打ち方を見てきたが、
「、」が多いとリズミカルな文章に、
「、」が少ないと味のある文章になる傾向が強くなると思う。
最後に、吉田健一氏の『時間』の一部分を引用する。
これは、先日亡くなられた国語学者の大野晋氏が、 著書『日本語練習帳』で、
センテンスの長い文章として紹介されているものだ。
皆さんにも、「、」が無いにもかかわらず、無駄がなくて整った文章を
味わっていただきたい。
それは故に或る時に或る人間が言ったことが我々をそこまで連れて行くことも出来る。それは例えば倭建の吾妻はやでもよくてその一言でそこに関東の丘陵と平野が拡る。これは言葉というものがその性質上ただ特定の意味を人に伝えるのに止らなくてその言葉が用いられた際の状況も不可避的に再現するものだからでそれならばなお更のこと言葉がその状況にあって一段と周到に用いられた場合は我々もその状況に置かないではいない。従ってそれが歴史の形を取ったものならばそこにはそこで扱われている時代のみならずその歴史が書かれた時代もその影を濃く落としていてギボンのロオマ衰亡史にはヨオロッパの十八世紀があり、司馬遷の史記には漢の時代がある。
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