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私たちは幼い頃、たくさんの夢を描いていた。その夢たるもの・・・シャボン玉のように儚く消え失せて、それが現実的に可能性ゼロに等しいものだとしても多くの夢を心に抱いた。。大人になるにつれ、そのシャボン玉たちは一つ・・またひとつ・・と少なくなってゆく。。それは、子供の頃に多くの時間を持ち、大志抱く夢から次第にかけ離れ、残された時間を現実に示された大人のもつ夢へのイメージとは大きく違っていく。。私たちが病気になった時、治療としてイメージ療法といった心の奥に潜む潜在意識を呼び覚まし回復に効果が得られた実例をよく耳にする。人間とは漠然と描く期待ではなく、その夢たるものを具体的なイメージとして強く念じることによって、その自分の目的とする方向ヘ、自分自身の心や身体の働きを導き出す「力」を兼ね備えている存在なのだと思う。
2008年01月30日
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私たちはいま殺伐とした世の中で生きています。その中で仕事、育児、家事などあらゆる舞台で切磋琢磨しながらその自分たちの生活を守り続けています。しかし、そんな毎日にふと我を顧みた瞬間、空虚な空しさを感じることがあります。いま現在の状況をすっきりと整理してマンネリ化した日々を充実したものに変えていきたいと、色々と試行錯誤して新たな空気を求め、その改善の切り札のようなものを探し始めたりします。流行のスピチュアルスポットに足を運ぶのも、そのひとつとも言えるでしょう。その場所に宿る「気」を取り入れ気分のリフレッシュを計ったりと・・・とにかくみんな必死です。自然に宿るそのパワーは私たちへいかなる効果を与えてくれるのか?・・・少し理解し難いのですが。。私自身も何度か、そうした場所へ足を踏み入れた経験があります。すると不思議と気分が落ち着き、心身の安静を体感した覚えがあります。自然の中に宿るその不思議なパワー・・・是非また立ち寄ってみたいと思います。
2008年01月29日
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20代、30代の頃に経験したこと・・何かをした時、他人から「すごい」「さすが」など見返りのコメントまた評価を求めて物事を成し得たものには、ある意味、余りチャレンジといった言葉はあてはまらない気がする。。評価の延長線上で物事を成すことはチャレンジとは違うと思う。。その評価の延長線上にはない、他人には理解しがたい物事をはじめた時・・・それをはじめてチャレンジと呼べるのではないかと感じる。40代の今の自分にとって、本人が熱心になればなる程周りが偏見の目差しで後退りするような・・良く言えば自分のライフワークと呼ばれる、周りからの評価を見込めないこと。。そうした偏屈と言われても良いから、自分だけの楽しみと思われる物事に挑戦していきたい。考えてみれば、このブログも、そのひとつかも?^^(笑
2008年01月28日
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私たちが育った70年代・・その時代は経済も成長期の盛りを迎え、活気あふれた営みがあった。その時代の申し子である私自身、贅沢さも覚え、不自由を感じる日常生活は記憶にない・・私個人としては、4人の兄弟の第3子で、両親も私自身へ託した夢は大きかった。しかし、私自身はその両親の思いとは裏腹に、時代の波に逆行し我流を突き進んだ。ただあてもなく、ひたすらに・・ところで、今の子供たちに於いて様々な社会の期待と彼らを取り巻く環境が、あたかもシステム化された内容で教育、趣味、特技までもが教育現場に反映され他力本願的な片側通行のお仕着せとして作り出され、自ずと彼らはそのなかに順応していく。。自由な教育を唱った国も、もはや介入する余地もない状況・・それどころか民間の教育プログラムをあてにしている現実・・将来において自分の専門分野をもっと、自他ともに理解し納得のいく現代の教育状況を踏まえて彼らの個性、能力を伸ばしていってほしい。。
2008年01月27日
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近頃、精神的な著書が多く書店を賑わせています。いわゆる癒しのエッセンスのたぐいのもので、自分がコレ!と決めるにも一苦労します。現代人の心の隙間を埋めてくれるような魔法の本・・人はひとりでは生きるのに困難を伴いますが、その中でも社会に順応しながら、世の中の荒波に乗って、上手に生活をこなしていける方々も多く居られます。でもそうした生き方の出来る人たちは、それなりにしっかりとした信念を持って、この世知辛い時代を生きているのではないでしょうか。その確固としたその信念はある意味、孤立して居るようにも思えますが、言い換えれば、その人なりの人生哲学をもって生きていると言っても過言ではないと思われます。ところで、この今の時代を生きていくなかに於いて何かに依存して生活をしていかなければ、そこから排除されてしまう・・といった一種のいじめにも似た現象が起きていることも事実あります。私たちは、いくら世渡り上手に生きていくにしても、すべてのものに同調して生きることは不可能なことです。つまり、生きる中に於いてその都度、自分に必要なものを選択するといった作業が必要となってきます。決して、みんなに合わせようと、周りを気にし過ぎないこと。。キリがなくなってしまうからです。人って不器用な生きものだとも言えるでしょう・・だからこそ、尊いと思えるのです。その人なりに、自らのペースで生きること。。それが今を生き抜くコツなのかもしれません。
2008年01月27日
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毎日の気持ちの変化はその時々の感情の乱れを引き起こす様だ。気持ちの波が様々なかたちであらわれ、憂鬱、イライラなどの漠然とした焦燥感や不安に襲われ、それによる衝動的な行動、言動として他者へ向けられてくる・・何事もこの様な感情の起伏から衝動で事件を起こしてしまう‥といった記事が目に付くが、この衝動は、それが起きる少し前‥そのほんのちょっとの時間に『一呼吸置く』ことが重要で、その間に気持ちを冷静にし現実的なものの考え方に修正し、心の安定を図る事が大切。。
2008年01月26日
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2008年01月24日
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今日は母の79歳の誕生日20年前、父が突然の事故で急死母は途方に暮れた。。でも救いだったのは4人の子供たちがみんな成人して社会へ出ていたこと・・私以外の兄、姉、妹の3人は所帯をもちそれぞれ独立して生活を守っていた。。父の稼ぎのみで、母はここまで私たちを育ててくれた。。高齢の母・・心臓の大病を患いながらも運良くその一命を取り止めた去年の暮れ。。何のお祝いもしてあげられないけれど母は懸命に生きている。ごく普通と変わらない母の誕生日・・家を任された自分ではあるが、いま手術を目前にしてその母と一緒に、明日私の手術の説明を受ける。。つくづく親不孝な息子だ。。でも現実を見据え、今回の手術を無事終え母の笑顔をこの目で見たい・・いや、見るんだ・・きっと。。
2008年01月22日
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皆様この度は私事でご心配をお掛けして申し訳ございません。実は今回の手術で問題が出てきました。自分は神経症により、長年に渡り精神科に通院している事は、以前からお伝えして居ります。その精神科から処方されている向精神薬が手術の際に使う麻酔に悪影響を与えると言った内容です。今週の水曜に手術の為に必要な、腎臓から膀胱にかけての尿管の形状を調べる検査(逆行性腎盂造影)を行いました。その結果、状況は思った以上に悪く‥腎臓から出口付近の尿管は、塞がる寸前まで狭くなっておりました。また、そこから直ぐ先の箇所では、血管が尿管に絡み付いて、尿管狭窄に拍車をかけていました。今回の手術は思っていたほど簡単ではないことが分かりました。ところで、こんな病状のなか、まだ私自身入院して居りません。現在、病棟が満床の状況で一月中は手術などの予約でいっぱいです。そんな訳で、二月に予約を入れ現在は病院からの連絡を待って居ります。いま現在の症状は、右背部の重苦しい痛み、また腎臓が腫れてきている為に周囲の内臓を圧迫し、特に右腹部の痛み‥それに伴う吐き気‥めまいなど‥‥様々な症状が襲ってきますが、頓服薬などを用いて難をしのいで居ります。辛いです‥。でも、今は気力、精神力をフルにして頑張って居ります。あと、肝心な麻酔の件なのですが、泌尿器科の先生から精神科の主治医の先生への院内紹介状により、来週に精神科の先生とお会いして処方内容をどうするか決めることになっております。ですので、今は気晴らし程度にパソコンを眺めたり、新聞、読書、テレビなどに集中して症状を紛らわせている次第です。皆さんのご訪問、またコメントなどすべて拝見して居ります。本当にありがとうございます(*^_^*)本来なら、今すぐにでもお伺いしたいのですが、私自身の今の状況を考え、回復して退院するまでは控えさせて頂いた方がいいと思いました。体調のいい時にはコメントはしないでご訪問のみさせて頂ければ幸いです。何卒よろしくお願い致します。パソコンを長時間いじれないので、携帯から投稿させて頂きました。 平成20年1月18日 ライジング2555
2008年01月18日
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皆様、いつもお世話になっております。以前から皆様にお伝えしていました、腎臓の手術を予定ではありますが、来週に行う運びと成りました。今回の手術は以前行った開腹手術ではなく医療技術の進歩によって腹部からカテーテルを挿入して行うとのことです。しばらく留守になりますが、回復して戻りました時には呉れぐれも、よろしくお願い致します。簡単ではございますが、ご理解のほど賜りたくお願い申し上げます。 平成20年1月10日 ライジング2555
2008年01月10日
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ここ最近、余りお目に掛かっていない方も多いと思いますが、お正月を過ぎてから「どんど焼き」が行われますよね!。。知らない?・・とおっしゃる方も多いとは思います!(LL”・・都市部ではあまり見かけることのない風習ですが。。今でも日本各地で1月15日ごろ(地方によって異なります)に行われることが多いようです。。村や町の人たち皆で大きな火を焚いて悪霊を払うとともに、お正月飾りや書き初めなどを燃やし、その焼いた火でお餅などを焼いて食べ、無病息災を祈ります。この「どんど焼き」が行われる1月15日という日!!・・・旧暦では1年で最初の満月の日を正月としていましたが、太陽暦に変わってからは「小正月(こしょうがつ)」と呼ばれています。では、小正月ならぬ、、大正月ってあるの?って言いたくなりますよね^^”実はこれこそが、自分たちが年明けの元旦からお祝いするお正月のこと!・・つまり、正確には大正月(おおしょうがつ)と言うそうです^^)!!。。お正月が2回来るような感じがして、おめでたい気分が長続きしそうでしょう?・・(自分だけかなぁ~**!?。。小正月はまた、「女正月(おんなしょうがつ)」といったりもします。。もともと、農民たちによって盛大に行われていた小正月の行事で、年末から正月にかけて、女性たちはいつも以上に忙しい日々を送ります!いろいろな行事を済ませて、やっと一休みできるころであることから、「女正月」として、女性たちの疲れをいやし、その労をねぎらう意味が込められていますああぁぁ~、男性陣のここが踏ん張りどころですねぇ^^”汗((@@!小正月には小豆粥を食べて、家族全員の健康を祈ります。また、この時つくったお粥で作物の豊凶を占う風習も言い伝えられています。おなかにもやさしい小豆粥を食べ、忙しい中にもひとときの安らぎを得る。年末からお正月の慌ただしさは、今も変わりませんが、現代にも通じるちょっとした健康習慣といえそうですね^^v
2008年01月09日
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お正月も終わり、早くも一週間。。門松をそなえていた家では、もう松納め・・これは、お正月の祭事の最終日に門松を取り去ることで松おろしとも言われます。この習慣はその地方によって時期が異なり、3日、5日、6日、15日などさまざまだそうです。ところで、この門松とは?またまた調べてみました(L。。"..門松は、歳神様の来臨する依り代・・とのこと。また、七日までが「松の内」・・またそのあとの日々を「松過ぎ」といい、平日・・つまり日常に戻ったとの意味だそうです。ところで、この門松を取り去った後に、切り取った松の枝先をその穴に挿したものを「鳥総松(とぶさまつ)」と言い、これが根付くと縁起が良いとされているそうです!鳥総(とぶさ)とは、梢や枝葉の茂った先のことで、昔の木こりは木を切った後に、切った梢をその株に立てて山の神を祀ったとのこと。。昔からの風習や神事には、色々な意味深いものがあるんですね。。鳥総松!・・当然@@”・・読めませんでした。汗”^^v
2008年01月08日
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今日は七草の日。。。万病よけの習わしで、自然の土の恵みから、その栄養のバランスを保ち身体に優しい食材を用いてつくられる「七草粥」は邪気を払い、無病息災を願うという平安時代から始まったといわれています。現在では、せり、なずな、ごぎょう、はこべら、 ほとけのざ、すずな、すずしろ・・の7種類ですが、古くはこのほかに、ヨモギ、アオイ、ワラビ、チサ、ミズタデを加え12種類だった説もあるようです?!。。せりなずなごぎょうはこべらほとけのざすずなすずしろ春の七草の効能とはいかなるものか?人に寄って千差万別それぞれ違いはあるのですがいつもの如く調べてみると・・** せり・・・・(消化を助ける)** なずな・・・(視力、五臓に良い)** ごぎょう・・・(吐き気、解熱に効果的)** はこべら・・・(排尿によい)** ほとけのざ・・・(歯痛によい)** すずな・・・(消化促進、しもやけ)** すずしろ・・・(胃健、咳止め、神経痛)など効能が期待出来るようです。この習わしはぜひ続けていきたいものですね^^v
2008年01月07日
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今日は二十四節気の小寒です。ところで、この小寒から大寒までのおよそ15日間・・また大寒から立春の前日である節分までの約15日間・・これらおよそ30日間を1年で最も寒い時期、「寒」と呼んでいるそうです。そして、この季節になることを「寒の入り」と言い小寒の今日がその日にあたります。またこの「寒」が終わり立春になることを「寒明け」と言います。ところで、この厳しい寒さである寒の季節に「寒稽古」・・寒の季節に武道の特別練習をしたり。。。また「寒中水泳」・・同じくこの寒の季節に泳ぐなどの行事が各地で行われています。厳寒の津軽海峡に飛び込んで豊漁・豊作の祈願する「寒中みそぎ」が行われるところもあります。この「みそぎ」を調べると・・海や川の水で体を清め、穢(けが)れを洗い落とすこと。寒中等に水をかぶって心身を引き締め何事かの願望成就を祈念すること・・とありました。この古来から東洋で使われている二十四節気というカレンダー。。アナログでアバウトなカレンダーですが、デジタルな時代だからこそ、大切にされるような気がしますよね^^!
2008年01月06日
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