私たちは、自分そのものを深く省みると、善も悪も共に具えていることに気づきます。仏さま、菩薩さまのような心根から、人を殺傷するような行いに走らせる心までもち合わせている自分であり、私たち人間であります。 内省とは、仏教の十界互具の言葉どおり、善も悪ももち合わせる自分の全体を見ることです。ときどきに陥る錯覚やとらわれの前でうろうろしている自分が、内省によって、いかに狭小な見方をしていたかが分かります。自分の一部分しか見ていないのに、さも全体を見ているといわんばかりの思いあがりに気づくのです。 信仰は自己を深く見つめることに尽きますが、善も悪も共にある自分を見つめ、思いあがりに気づくこと――それが内省であります。その意味で、内省は信仰の原点とも信仰そのものともいえ、一々の行いの善しあしを振り返る反省とは、意味合いが違うのです。 『佼成新聞』より Back Next