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11/13 Sun
私は、初めから宗教者になろうと考えていたわけではなく、ただ、さまざまな苦しみを抱えている人を救う教えはないものかという探究心と、私のような者でも人さまのお役に立てるならという、ただそれだけの気持ちでした。
ですから立正佼成会を創立してからも、みなさんのお布施で生活する気持ちにはなれず、当初は、あくまでも働きながら布教をするという姿勢をくずさなかったものです。私が三十七歳のときに最初の本部道場が建てられて、そのとき、会員のみなさんから「会長が牛乳配達をしていたのでは困る」という声が出、それでようやく牛乳店をやめてご法一筋の生活に入ったのですが、それでもまだ、会員のみなさんのお布施で生活するのを潔しとせず、「仏飯(ぶっぱん)を頂戴(ちょうだい)するからには不惜身命(ふしゃくしんみょう)の心構えでなくてはならない」という決意にいたるまでに、かなりの葛藤(かっとう)を重ねたものでした。
六十八歳の誕生日を迎えてあらためて振り返ると、私はみなさんに背中を押されて宗教者にしていただき、平和のために世界を飛び回れる最高の日々を送らせてもらっているわけで、感謝以外のなにものもありません。
庭野日敬著『開祖随感』より
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