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7/27 Mon
頭の中だけで、なんとかして信仰者らしい考え方、生き方ができるようになりたいと考えても、なかなかできるものではありません。ですから、まず形のほうを整えてしまうのです。
朝起きたら、経典読誦のお勤めをして、それから会社へ出かける、商売に取りかかる、家事を始める、というように生活の形を整えてしまうと、おのずと気持ちがゆったりと、穏やかになってきます。人に逆らったり、がんこに自分を押し通すというような気持ちがなくなってくるのです。心は形につき従うものなのですね。
そうして教えられたとおりに毎日の生活の形をつくって、一年、二年、三年と続けていくと、それがすっかり身について、自分のものになってしまいます。気がついてみると、いつのまにか、考え方も、まわりの人への接し方も、それまでの自分とは違ってきているのです。
やるときは、ノドをからしてお経をあげるかと思うと、あくる朝は、眠いからお勤めはお休みだ、というのでは、いつまでも同じところで足踏みしているだけで、ちっとも前進しません。生活の形が乱れたままでは本物になれないのです。
庭野日敬著『開祖随感』より
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