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二 野辺送り(1)
| その日の真夜中、、重治のうわずった声がした。清を呼び続けている。ただならぬ呼び声に信夫は目を覚ました。鼓動があたりにこだまして重治の声が少しずつ消えていくように感じていた。 |
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| 清は、重治の腕で支えられている。清の手は胸の辺りに落ち、指先だけがかすかに着物の襟元で動いている。重治はなおも清の名を呼び続けていた。やがて、かすかに動いていた指先も、その動きを止め、胸から滑り落ち、「ことん」と小さな音を立て床を叩いた。目は宙を見据え、半開きになった口からは息の漏れる気配はなかった。信夫は黙ったままその光景を見ていた。重治が清の瞼にそっと手を当てて少しだけ動かす。血の気のない清の顔に表情が戻った。清の笑みが蘇ったように信夫には思えた。重治が清を床に横たえ、微かに震える手で、清の両手を胸の上でそろえた。それから、枕元に置いてあった櫛で、艶のない乱れた髪を丁寧にほぐしていた。 |
| 「母ちゃんが死んだ・・・・」。重治の言葉がぽとりと落ちた。 |
| 無言の時が少し過ぎた。重治の目に涙はなかった。 |
| この騒ぎに、隣棟の信夫の伯父、伯母たちが駆けつけてきた。清を見るなり伯母たちは目に涙を浮かべてはいたが、来るべき時が来たことを悟っていたらしく、 |
| 「まっちゃん、まっちゃん、楽になったねえ。これからと言うときのに。姉さんたちを置いて先に逝っちゃって・・・・・。子供のことは心配するな、姉さんたちがみてあげるから・・・・」と言ったっきり絶句した。 |
| 信夫は医者を呼びに行かされた。真夜中の道はとても冷たかった。以前握られた清の手の感触が、全身を包んでいるような冷たさだった。医者と共に家に着いた時には清の湯灌の準備が整っていた。死亡を確認した医師は、(明日、死亡診断書を一番で取りに来るように)と重治に告げて帰っていった。 |