ジョージ・ミラー
ニュー・サウス・ウェールズ医科大学で学び 卒業後はシドニーのセント・ビンセント病院に勤務
しかし少年時代から夢だった映画への情熱が捨てきれず メルボルンが開いた夏季映画講座に参加
ここで友人のバイロン・ケネディと知り合い 二人で短編映画を製作するようになる
79年にケネディーのプロデュースで「マッドマックス」を長編処女作として発表
これが大ヒットとなり パート3まで作られるほどの成功を収めた
83年にはスピルバーグによってハリウッド招かれ オムニバス映画「トワイライト・ゾーン」に参加
92年には「ロレンツォのオイル」のようなヒューマンドラマまで手堅く撮る
95年には大ヒット作「ベイブ」でジョージ・ミラーの名を記憶に留めた人は少なくない。