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1年越しの念願がついに叶った! 静岡赤十字病院前 の クスノキ は、終戦直前の静岡大空襲で一度焼け落ちたものが、残った根株から芽生えた新芽が成長した 不死鳥 のような木だ。 昨年、このクスノキのいわれを聞いたときから、この看板はぜひ私が作らなければと決めていたのだが、なにぶんボランティアで無償奉仕できるような身分ではない。 企画立案者の静岡市 平和資料館をつくる会 のみなさんからの注文を首を長くして待っていた。 同会もボランティア組織なので、市の関係部署などとも協議を重ね、今月初旬にようやくGOサインが出て、ようやく看板を取り付けることができた(7/17撮影)。 それでは看板のできばえをご覧いただこう(1枚目)。
( あと2枚 )
通常の樹名板より一回り大きいA4版サイズの特注看板だが、なにぶん文字数が多いので写真では読めないかもしれない。ここに内容を再掲させていただく。
「1945(昭和20)年6月20日の真夜中0時51分、静岡市はB29、123機の焼夷弾(しょういだん)空襲(くうしゅう)を受け、街が燃え、人が燃え、焼けたガレキの大地になりました。そしておよそ2000人以上の人が犠牲(ぎせい)になりました。
この楠木は、熱風と炎に焼かれ、黒く焼けただれながら、この様子をしっかりと見届けていました。
この木自身も瀕死(ひんし)の重傷におちいりましたが、それから3年後の春に、黒く炭のようになっていた幹から青い芽が吹きはじめ、戦後のきびしい生活に追われていた市民に生きる力をあたえ、戦争のむごさ、平和のとうとさと命の大切さをいまの私たちに伝えつづけています。」
看板を取り付けている最中にも、中学生とお母さんが立ち寄り、「 そういういわれがあったんですね 」と感心して写真を撮っていた。 こういうことをお伝えできるのは、 看板屋冥利に尽きる というものだろう。 静岡市内にはこのほかにも戦争にまつわるいわれのある木が何本かあるという。 それらの木にも、ぜひいわれ書きを取り付けたいものだ。 平和資料館をつくる会のみなさん、今後ともよろしくお願いいたします。 最後に、取り付けた看板の前で同会役員のみなさんの記念写真を1枚(2枚目)。