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ある写真集の表紙から、とある人の事を思い出すに至りました。 何ですがこの人、目元のメークが特徴的で、見方によっては中東などの、国を超えた完璧な美人では無いかとも思えます。僕は年に数回しかTV見ない生活を10年も続けてきてるので、他の写真は幾つか見た物の表現のしかたが悪いかも知れませんが、他は癖のない梅宮アンナちゃん風?にも見えましたね。続いてこの写真、僕の手による思い出のShot・・・ なんて事無い肖像写真、ですが独立前、僕がとある会社の雇われカメラマンとして撮した物の一枚です。何となく目元のメークとか全体に受ける雰囲気が似てると思います。しかし、日本人ウケをねらった僕の撮り方で少し本人とはかけ離れるのですが、上の表紙とこの実物が似ていると申しましょうか・・・・それで思い出したのです。合成があまりにもシンプルですが、彼女に宣材の出来をお知らせするためのサンプルに真心加えて即席で作りました。特にこの頃、僕には拘りが有りました。オールドアメリカ的写真・・・人によっても変えますがライティングは固めに50年代以前の映画女優のような物・・+日本人にとって、見易いもの?そんな感じで他の人は顎の下にハッキリと影の出る様な、ライティングだったりします。そもそもフォトグラファーたるもの特徴が無ければ、スグに飽きられる世界でも有りまして、この人に任せれば、大体こういう安定した仕上がり、尚かつそれなりのクセのような物が求められるのです。一般の方には、良くお分かりに成らないかとも思いますが現在のポートレイトの中心は鼻の上にうっすら影の出来るような下からの光がメインと成ってきてるのです。ですがそれは、種明かしすれば日本人の顔のフォオルムを打ち消して、メークで上手く描くような・・・所謂ごまかしも有るのです。ところが立体的フォルムの美しい、欧州からきた人たちには、僕的にあまりにも勿体ないので、古典的スポットライティングも取り入れたりした訳です。ですが、それはかな~り美人向きであるのも確か・・・僕も長くやってるウチに海外のオーディション人口は激増する一方で、それに伴うレベル低下といいますか、やはり万民向きのライティングが必然と成ってきたので、今現在はその半々くらいに納めているのが実状です。ですが、いまだ現像関係から「こんな写真未だに、とってる人がいたのに驚きました」との声も・・・現像関係には結構カメラマン出身の人が多いのです。ですが、僕は独立した以上、自分の線を頑として曲げないつもりでいます。又、仕事の写真に作風どうこう言う人いますが、言ってみれば、それは趣味か作品の話です。しかし、ビジネスにも以上の理由から、決まり事の中にも若干の味付けや、個性は関係有という事です。実は、このシリーズで僕は、ウン百人撮ってまして、独立直後なんか特に、僕の生活の主になってた存在なので、個人的にかなり比重が大きいのです。ネットで千人展なんかやったら、みな飽きるかなぁ?でも、その前にネガ・ポジスキャンで大変な事に成ると思いますが・・・それより、本人に喜ばれ、クライアントに喜ばれ、老若男女問わず大衆に分かりやすく、尚かつその中で、自分のオリジナルが出来れば、作り手としての一番の幸福であると僕は考えます。写真とは保存期間の長いもので、贅沢にも出来ることなら、本人の家族も喜んで頂けたら・・っと・・話は戻って、写真の彼女はモデルさんではありません、ダンサーそれもスンゴイきわ物の部類の・・・僕は当時とある会社で、彼女たちに日本語を教えるプチ講師、兼カメラマン兼・・その他色々寮の見回りから店舗まわり雑用果てまで、何でもやってたメチャクチャな時代です。彼女お父様が地黒の方でそのせいか、スンゴイ体してましてね。イツもツンとすました雰囲気が一種恐くて、とても近寄りがたいのです。だから、あの合成のテーマですが、シンメトリーの中にすまして近寄りがたい彼女(右カラー)と内面はこの後で話す”もう一人の彼女”(左白黒)で陰陽共存の表現だと何とかして伝えれば、きっと彼女は喜ぶと思ったのでありました。当時の彼女、おきまりの普段着は冬だとナイキのベレー帽に真っ白のアディダスのダウンジャケット、その下にはヒョウ柄かゼブラのレオタードなんです。こんなの普通じゃそうそう着れませんよね。想像して浮かぶのは、国内旅行団体の年配のご婦人くらいではないでしょうか・・・(汗) ですが、彼女半分黒いせいでそれが、とっても自然にしかも、カッコ良く似合うんです。そして話してみると、これが又意外!とても可愛い声で冗談がとても好き、そしてココがポイント!何となく苦労人感じさせるような、温かさがあるのです。彼女らはビザの関係から半年ごとの来日と成るのですが、仲良しだった僕にそのたび「デンワ・チョウダイ」って言い残して行きます。それがとても面白い関係の始まりで独立後も続いてました。彼女は賢くお友達の話では、6カ国くらいの会話ができるそうで、結構冗談なら日本語もイケます。時々仕事の合間に電話して雑談しますが、彼女人を笑わす天才でイツも笑いっぱにさせられる僕でした。スパンは短いと「何デ・マタ・デンワーーー」って怒りますが長いと逆に催促の電話が来ることが不思議なんですが・・・ある日なんて彼女開口一発「Jun!!何デ・デンワナーーーイ(怒)」でこちらも冗談ぽく彼女の片言口調まねして・・僕「貴女にはぁ~良いニュース・オンリー・プレゼントと僕は思っていたぁ~でも、それがぁ~なかなか出来なかったぁ~でも、今日とっても良いニュースありまぁ~す。だから今になってしまったぁ~~」そしたら・・彼女「Jun~(涙)ワタシ・バカ・今、本当・ウレシィ~~~~!」って涙混じりの笑いで答えます。なんと良い人なんでしょうねぇ・・・この辺り、僕が苦労人っぽい魅力を感じる理由です。大概そんな会話の後、決まってお互いの近況を話し合い、最後はイツも彼女が励ましてくれます。そんな素敵な関係でした。ある日彼女は、それこそ賢い人だから、本国で芸能関係の事業を開くので、上手くいったらもう日本に来ないかも知れないと、僕に話しました。その頃からお互い気を使って連絡が少なくなり始めました。そして、色んな事があり気付くと、かなりの年月がたっていました・・・・そして、実はこの写真彼女に届かなかったんです。スロヴァキアにある彼女のプロダクションのパンフは僕に特別依頼した写真を数枚使っていますので、お友達に渡せば良いと思って急いだ物の、残念な事に彼女の元には届きませんでした。余談ですが、こんな行き違いは多々あるのが、この方面の人たちとの取引です。Give&Take意外ではあまりスムーズに事は運びません・・・・僕の体験した一発屋、海外関連との取引の鉄則かもしれません。それにしても、今頃どうしてるのでしょうか、思えばあれほど癒して笑わせてくれる女性は珍しかった。仕事どうこうの拘りがなかったら、一女性として見るべきだったのだろうか?・・なんてジレンマもありましたが、(いやいや、信用第一)当時そんな人たちとの、馬鹿話や世間話の連絡も、間接的に営業になり、僕のトコ訪ねて来る人も多かったくらいで・・なんか思えば最初の頃そんな、人々にかなり助けられてたっけ・・・・・・って、実は今日写真のアップもあるので、電話してみたんです。そしたら、彼女健在、しかも子供と一緒でした・・なんとも嬉しいような、う~ん、ちと年月感じて寂しいような複雑さを含む心境でした。最後に「ゲ・ン・キ・デ・・・・」って言った彼女の声が何とも温かく、そして悲しげに響いてました・・・・な~んか胸がいっぱいの僕であります。同時に、こんなトコにも応援してくれた人の存在を思い出し、それを胸にしまいつつ頑張らなければいか~ん、っと思う僕でありました。
April 2, 2006
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