2005年01月07日
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蓮如の時代までは 本願寺というのは はっきりいわば 浄土真宗のなかでは どういう存在であったかについては はっきりいわば 親鸞の墓守でしかないわけです。

また蓮如の時代に 北陸にでていき 勢力を加速度的に膨らましていく段階でも、はっきりいわば 当初は叡山の末寺の権威を利用した面があることは否定できません。

宗教的にみて 親鸞の末裔がどれだけ意味があるか 私にはわかりませんが、他の宗派をみても 開祖の末裔だから偉いという面がよくわかりませんが、親鸞を持ち上げることにより はっきりいわば さまざまな宗教宗派の習合であった 念仏の一派が 親鸞を通して作り上げられてきたという可笑しい面が
親鸞を持ち上げるときに でてきます。そんなことは絶対にないのです。浄土真宗本願寺派というものは、修験者や土俗的な宗教の上に 時宗を初めとする私僧たちの集団がのり その上に、いまや天皇家ともご親戚の親鸞の血脈と称する 大谷家がのっているのです。

歴史を握るというのは恐ろしいことで 金日成が スターリンがレーニンが、毛沢東が 昔の同士たちを粛清して 革命はわれ1人でなれりとほざいているようなものが 親鸞についての言説のような気がしてなりませんが さて。

日本の宗教史のゆがみのひとつともいうべき面だと思います。






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最終更新日  2005年01月07日 21時05分53秒
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