2007年08月22日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
児玉機関というか 水田機関の仕事に 軍需物資の調達があったようですが 具体的な仕事内容が いくつかの本を読んでも 私には さっぱりみえてきませんでしたが

http://www.gaifu.co.jp/books/2408/maegaki.html

戦争と商売とをつなぐ接点のひとつにタングステンがあった。タングステンは電球のフィラメントの材料としても知られるが、鉄と混ぜ合わせるときわめて硬い鋼鉄を作ることができ、兵器を製造するうえで欠かせない金属だった。このタングステンを、世界でいちばんたくさん産出したのが中国である。中国は、タングステン鉱を政府の管理下に置き、輸出を規制した。
 一方、日本は、一九三七年七月に日中戦争を本格化させると同時に、中国の沿岸を封鎖する。海外の物資が中国に入らないようにして、中国の抗戦力を弱め、できるだけ早く戦争にけりをつけようという計画だ。ところが中国大陸を封鎖しながらも、戦争を遂行するためには、日本自体も中国からタングステンを手に入れねばならない。
 ではどのようにして入手したのか。ここに介在してくるのが、軍の指定を受けた日本の商社、その商社と取り引きをする海賊(密輸業者)、また大陸沿岸でみずからタングステンを採掘している匪賊である。そしてタングステン鉱が移動する主要な中継点が、中立地帯のマカオだった。こうした取り引きではお金は信用されず、物々交換になる。そこで日本側から提供された見返り物資が、封鎖中の大陸沿岸に入ることにもなる。

どうも 児玉機関というと ろくな資料しかありませんし その上 ネット上では 児玉機関について書いている人は 頭のおかしいへんな人しかいませんから 中国人を虐殺して 物資を調達していたとしか 書けません。
虐殺がなかったとはいいませんが タングステンなどの物資が果たしてそんなふうに調達できるものか 最大で200人程度で 現地人も含めて 一連隊いないのですから
 少し まともな知能があれば すぐわかるはずです
そして ここで作った 南京政府 国民党政府のコネが 戦後の 日本と台湾の交流のベースになったはずです。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2007年08月22日 08時58分51秒
コメント(3) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

くれど

くれど

コメント新着

aki@ Re:ザコン館跡地利用のことなど(11/26) 日本有事と急がれる改憲、大変恐縮とは存…

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: