2008年05月14日
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カテゴリ: 田中清玄
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/058/0140/05807300140036a.html

大谷センセイの名前はまったくでていませんが 山口組 壊滅せず 鈴木達也著という本の中では この京阪神土地と 大蔵省のおえらいさんを結んだのが 大谷センセイと出ています。宝石を絵画のようにして 裏金の仲介とか やっていたんでしょうか?

藤木幸太郎を 検事筋から紹介されて その系譜で 田岡を紹介されたという自伝の流れも間違いではないと思うのですが 清玄の周囲を見ていると 自伝にいう綺麗ごとの関係だけではありません。

畑時夫という方は嶋中事件で 清玄と一緒に動いた方ですが 元を正せば 佐野学の労農前衛党にいた方で この方は皇民党事件でも影にいた方で(その奥には 大勲位のお姿が、、、、、、)

また星井真澄とか 西郷隆秀など 清玄と割と関係の深い右翼の方って 関西系の方が多いのですが(なぜ その奥には 笹川センセイの姿が、、、)

それで その畑センセイとか 星井センセイの下にいたのが 白神組長の系列の方々で

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/126/0380/12602150380008c.html

こんなことが表面化したりします。(どうせネタ元は 大勲位)


http://www.asiabunko.com/zatugorin171_180.htm


 とはいえ、一応、要点だけ書いておくと、日本企業はピブーン派のパオ警察長官にコネをつけたところと、サリット元帥につながる企業があっ た。1950年代のタイは、軍と警察が権力争いを続けていて、火気を使った紛争もあった。今から考えれば、メチャクチャな時代だったのだ。1957年にサ リットはクーデターを起こし、ピブーン政権を打倒し、ピブーンは亡命したから大変というわけだ。これにより、タイ国軍は権力を掌握し、敗れた警察は、軍に 見下される組織となったのである。
 権力とカネのそうした話はともかく、国会で「サリット」だの「ピブーン」だのといった名前が登場した時代があったのだなあと感慨深い。

この当時 タイにいたのが 田中清玄ですから ねーえ 影でいろいろあったのでしょう

http://www15.plala.or.jp/gemuseum/gemstry-emrld-smg.htm

宝石屋さんで お金を洗う方法で ドンピシャとはまるところがありませんが そごうの宝石屋さんに 清玄がお世話にならなかったとは まずないような気もしますね








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最終更新日  2008年05月14日 22時59分07秒
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