2008年05月17日
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カテゴリ: 田中清玄
http://plaza.rakuten.co.jp/hint2003/diary/200805130001/面白いことに、この昭和二十六年六月。「やる気はあるけんカラダがついてゆかん」というヒソミで鳩山一郎は、なんと脳溢血でぶっ倒れる。夏のまっさかりに日本座敷で氷柱を立てて凌いだそうだ。政界に戻るには、厳しいリファビリと栄養摂取に配慮せねばならぬ。
こんな鳩山一郎が、赤坂の芸者のことをまめに世話できたら超人だ。
まんまと田中清玄にしてやられたとしたら、こういう時期の話だろうか?そんな気がする。
こ の鳩山一郎の必死の治療と回復で、秋九月に日比谷公会堂での政界復帰宣言となる。だが、なんの準備も整っていない鳩山一郎に、吉田茂は爆弾をぶつける。つ まりは「抜き打ち解散」だ。リファビリもそこそこに、選挙準備もあらばこそ抜き打ち解散では足腰が立たないではないか。元親友同士のなんと麗しい友愛であ ることか。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E7%99%BD%E6%B4%B2%E6%AC%A1%E9%83%8E
こんなエピソードも
吉田茂の腰巾着であり、吉田の政敵鳩山一郎の公職追放解除を遅らせたとして、鳩山から恨まれ続けたとの指摘(戸川猪佐武)があります。

鳩山一郎の件については 元の本にあたっていないので、詳細は知りませんが どうなんでしょうかねーえ
愛人はいたらしいのは確実みたいですが 

ただ この当時 清玄とジローさんが どう見られていたか?
その点は 面白いものがあります。








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最終更新日  2008年05月17日 15時00分19秒
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