2010年04月09日
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http://blog.m.livedoor.jp/ekaken/c?id=51440496

編注 心に残る人々という本で 白洲正子と岩田幸雄の交流が描かれていますが 上記は それを補完するもので 下記はその孫の 白洲信哉の証言です  思ったよりも交流があったようです これに次郎が 電源開発に関連が深かった点を考慮に入れて 下記の文章を読んでください


http://www.shirasushinya.jp/blog/index.html
平成22年3月22日(月)

 千代田でみつけた
 ヒノキ

 東京へ戻りすぐまた西へ。広島の古保利薬師堂、耕三寺、大三島大山積神社をまわり尾道に泊まる。尾道は青山二郎展以来三年ぶり。この前行った寿司屋が思い出さず、タクシーの運転手二人に聞いてお薦めのところへ行く。「今日はこれしかネタはありません」と潔いいい店の主人だった。子どもころは毎年夏に遊びにきたけど、広島も久しぶり。岩田幸雄さん、林房雄氏の小説のモデルになった「武器を持たない海賊」(勿論その頃は存じないが)宮島の前に別荘があって、毎日宮島を眺め過ごした。ただ、焦げるほど暑かった。運転免許をとって最初のドライブもここだった。広島のおじさんは(岩田さん)は心配してインターチェンジで迎えてくださり見送ってくださった。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/015/0836/01503050836002c.html
その構内を久間貢という清掃請負人夫でありますが、これが清掃作業を一手に引受けてやつておつたのであります。それにつきまして久間貢と、それから八大産業株式会社というのが、広島市己斐中町にあつたのでありますが、それの会長の村松通司、社長の岩田幸雄、常務の本多正夫、こういう人間と、それから土井傅と言いまして吉浦自動車の運転手をしているのでありまして、古物の自動車を持つておるのであります。この三者が共謀いたしまして、前後十回くらいに亘りまして合計約三十一トン四百五十五、時価で百七十五万四千円、こういうものを共謀して盗み出しましてこれを呉市にあります城東金属株式会社、呉市海岸通りにあります松村金属工業所、同じく海岸通り六丁目の呉金物店、同じく呉市丸菱産業株式会社、こういう四業者に対して二百八万七千八百円で買却いたしまして、この買却代金をこの三者で分けてとつたのでありますが、この事案は公然とやつた事案でありまして、その役所であります海上保安訓練所の係のものが知らんうちにこそつととるという事案でないのであります。


老人の名は村松道司 戦時中 中国で軍事物資調達にあたっていた児玉機関の一員とうわされ ホテル隣の電発に得体の知れない影響力を持っていた 村松はそのホテルの一室を事務所代わりに使っていた
私は渡辺に言われて手紙を届けに行ったんです 受け取った村松老人の口ぶりでは 九頭竜ダムに関する手紙のようでした
そこへ ようっと声を掛けながら五十がらみの男が入ってきた 白ワイシャツにノーネクタイ 坊主頭 旧児玉機関の首領児玉だった
東京地検特捜部 共同通信社会部 講談社α文庫

編注 奥様をダミーに使う フィクサーも面白いもんですが 白洲ビルの原資も いろいろな人の骨折りの賜物なんでしょうかね






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最終更新日  2010年04月09日 21時57分29秒
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