2010年07月28日
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http://www.shihoujournal.co.jp/member/colum/2010/100307_1.html

 昭和38年は大変な年となった。
 この年の出来事は政界の黒幕といわれた児玉誉士夫氏抜きには語れない。児玉氏は1911年生まれ、田岡一雄より2歳、稲川氏より3歳年長であった。児玉氏は河野一郎、大野伴睦氏との交流は有名だった。昭和32年7月から34年5月まで検事総長を務めた花井忠氏と良好な関係にあったことは意外と知られていない。この頃は児玉氏や高瀬青山氏といった黒幕が検事総長人事に介入したことも全く語られていない。

http://www.shihoujournal.co.jp/colum/100423_1.html
ついては「花井忠さん(この度もかげで私のために苦心しておられます)《注・造船疑獄当時は東京高検検事長、昭和32年7月23日から34年5月12日まで検事総長、定年は12月3日だったのに、突然、5月12日辞任、当時の愛知揆一法相は序列最上位にいた岸本東京高検検事長を差し置いて、清原邦一次長検事を後任総長に抜擢した》に貴兄( 編注 児玉誉士夫)からのお尋ねとして「高瀬のいっていることが事実か否か」確かめていただきたいのです。私としては、石井氏は当時造船疑獄容疑者の1人であって私が馬場検事正と打ち合わせて、石井氏が肯定してしまった金銭授受の事実を私の指揮権で「無い事」に書き換えさせたので、今迄は石井氏を私の被告訴事件の証人としては遠慮して居たのです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E4%BA%95%E5%BF%A0
なぜ 児玉と懇意なのかについては 立花隆も不思議がっていますが 花井忠の経歴を見ると 右翼関係の弁護を多くしているので そこからの縁なんだろうかとおもうのですが
さらに もうひとつ

http://homepage2.nifty.com/tanizoko/hosi_hajime.html#issin







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最終更新日  2010年07月28日 22時32分28秒
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