朱龍 TEAM RED SEAL DRAGON ~朱印を求め遥かなる巡礼の旅へ~

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2011.09.12
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カテゴリ: カテゴリ未分類







この周辺は古墳だの天皇陵だの寺院だのが密集しており
歴史好きにはさぞかしたまらないスポットなのだろう



で、まずは飛鳥寺

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飛鳥寺(あすかでら)は奈良県高市郡明日香村にある寺院である。蘇我氏の氏寺で、日本最古の本格的寺院でもある法興寺(仏法が興った寺の意)の後身である。本尊は「飛鳥大仏」と通称される釈迦如来、開基(創立者)は蘇我馬子である。山号を鳥形山(とりがたやま)と称する[1]。現在の宗派は真言宗豊山派。

飛鳥寺には複数の呼称がある。法号は「法興寺」または「元興寺」(がんごうじ)であり、平城遷都とともに今の奈良市に移った寺は「元興寺」と称する。一方、蘇我馬子が建立した法興寺中金堂跡に今も残る小寺院の公称は「安居院」(あんごいん)である。本項では馬子が建立した寺院と、その法灯を継いで飛鳥に現存する寺院とを含め「飛鳥寺」と呼称する。

宗派 真言宗豊山派
本尊 釈迦如来(飛鳥大仏、重要文化財)
創建年 6世紀末頃




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あの蘇我氏の菩提寺で、日本最古のお寺だそうです

そう思うと、なんだか感慨深い



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由緒あるお寺にしては珍しく、御本尊さま撮影OKと

さすが日本最古の寺院、器の大きさが違います



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ほんと、のどかな所で、なんか癒されます

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この日は天候にも恵まれ(最初のうちだけ)、お目当ての寺院がわりに近くに
存在するので、レンタサイクルで巡ることとした


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そして次に向かったのは岡寺

しかし、岡寺…  読んで字のごとく岡の上…

うお~延々上り坂が~…

おかげでいい汗かいちゃいました


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創建時期は不明だが、天武天皇の皇子で27歳で早世した草壁皇子の住んだ岡宮の跡に義淵僧正が創建したとされる。寺の西に隣接する治田神社(はるたじんじゃ)境内からは奈良時代前期にさかのぼる古瓦が発掘されており、創建当時の岡寺は現在の治田神社の位置にあったものと推定されている。2005年に国の史跡に指定された。
(ウィキペディアより転載)



西国のお寺はどこも雰囲気があって落ち着きます





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とくに厄除けで有名なお寺みたいです



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ちょうどよかったんで厄除けの鐘鳴らしときました、これで厄年の厄払い終了だぜっ!


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石舞台古墳!!!


石舞台古墳(いしぶたいこふん)は、奈良県明日香村にある古墳時代後期の古墳。1952年(昭和27年)3月29日、国特別史跡に指定される。元は土を盛りあげて作った墳丘で覆われていたが、その土が失われ、巨大な石を用いた横穴式石室が露出する。埋葬者としては蘇我馬子が有力視されている。(ウィキペディアより転載)


ただの石じゃんと思ったのは同行したメンバーのうちきっとオレだけなんだろうな・・・

さすがに何も感じなかったわ・・・


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ちなみに下に入ることもできましたが、それが何かって感じでした・・・





最後は橘寺へ

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橘寺(たちばなでら)は、奈良県高市郡明日香村にある天台宗の寺院。正式には「仏頭山上宮皇院菩提寺」と称し、本尊は聖徳太子・如意輪観音。橘寺という名は、垂仁天皇の命により不老不死の果物を取りに行った田道間守が持ち帰った橘の実を植えたことに由来する。

橘寺の付近には聖徳太子が誕生したとされる場所があり、寺院は太子建立七大寺の1つとされている。太子が父用明天皇の別宮を寺に改めたのが始まりと伝わる。発掘調査の結果、当初の建物は、四天王寺式伽藍配置の壮大なものだった事が判明している。
(ウィキペディアより転載)



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蘇我氏だったり、聖徳太子だったり、また大化の改新のあの事件があったと伝えられる場所
もこの付近にあったり(建物はなくなっておりただの田んぼみたいなところ)、ホントこの場所が歴史の中心であったんだなと少し感慨深くなった


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最後に高松塚古墳にも行ったが、私には何も感じることはできませんでした・・・



今回は古墳も交えての巡礼だった

たまにはこういうのもいいかもね






そして10月(神在月)には、いよいよあの場所へ・・・









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Last updated  2011.09.23 01:30:54
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