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2010年06月18日
12球団新人選手研修会・木村コーチ講義内容全文
テーマ:
プロ野球全般。(14128)
カテゴリ:
カテゴリ未分類
春もおわり、もう夏が目の前。
でも、やっぱり書こうかな。
「キャッチャー キムタク」
あの最高のシーンは絶対忘れない。
今年の春に12球団の新人選手を対象に行われた「NPB新人研修会」での、讀賣ジャイアンツの木村拓也コーチの講義全文です。
きっとどこかのウェブサイトにも掲載されていると思いますが、私個人がずっと残しておきたいので、ココにも書きます。(オリジナルは郵送されたファンクラブ冊子に入ってました)
無断転載ですけど(スミマセン)、でも一字一句かみしめながら自分の手でうちました。
1990年のドラフトで、僕は指名されませんでした。当時は6位までに指名されなかった選手は、「ドラフト外」で自由競争でした。僕は高校通算で35本塁打打っていて、宮崎県のお山の大将で、ドラフトで自分の名前が出ないでショックでした。ドラフト外で日本ハムに入団する時に、スカウトから「入ったら横一線だから。プロの世界は自分が頑張って結果を残せば一軍にあがって大変な給料がもらえる」と言われました。
でも入ってみるとちょっと違っていた。新人のみなさんはキャンプを1ヶ月やって、「これならやれるな」と思った人と、「すごい、ついていけないかも」と思った人がいるでしょう。僕はキャンプ初日にシートノックでボール回しをやった時に、「とんでもない所に来た」と思いました。プロのスピードについていけない。ドラフト外というのもなるほどな、これはすぐにやめて田舎に帰らないと、と思いました。
当時、開幕前に50人という支配下登録の枠がありました。僕は登録されなかった。新聞に任意引退選手と出て、故郷から「2ヶ月でやめるのか」と電話がありました。今の育成選手は、二軍の試合に出られるし、シリウスやフューチャーズがある。僕の時には支配下からもれたら、試合に出られず、ひたすら練習。「何しにプロ野球に入ったんだろう」。今の育成は、野球をやるチャンスがある。どんどんアピールして頑張ってほしい。
2年目に、一軍にけが人が多く出ました。二軍の野手が一軍に呼ばれて、二軍監督から外野を守るよう言われました。試合に使ってもらえるならと外野手をやり、まず第一歩を踏み出しました。そしてファームで1番を打っていた選手が米国に野球留学し、他はけが人も多く「1番がいないから、お前が打て」とコーチに言われ、何て運に恵まれているんだろうと思いました。そして9月、一軍にけが人が多く、初めて一軍に上がりました。結局、2年目は3本ヒットを打ちました。
3年目は開幕一軍でしたが、ほとんどが守備要員でした。1ヶ月ほどで二軍に落ちて、それ以降は一軍に上がらすでした。
3年目のオフに転機がありました。9月末から12月末の4ヶ月間、ハワイのウィンターリーグに参加し、イチロー選手といっしょでした。1歳下のイチロー選手に衝撃を受けました。4ヶ月間同じ部屋で、朝起きたらいない。朝からウェートトレーニングをしていたのです。このウィンターリーグでイチロー選手は首位打者を獲りました。自分はこんなんじゃだめだなと思い、イチロー選手が僕の野球人生を変えてくれた一人になり、感謝しています。
4年目は、1年間一軍にいましたが、守備要員でした。しかしやっと「野球選手になれたな」と思っていたのですが、広島にトレードになった。正直「何でおれが」と思いました。広島は当時、野村、江藤、前田、音、緒方、金本の名選手ぞろい・・・・・・僕に入り込むすきはなかった。移籍1年目は数試合に出て7打数で安打なし。
「これはクビになるな」と思い、「どうやったらここで生きていけるか」と考えました。一軍のレギュラーの中では、セカンドが確か34、35歳のベテランだったので、セカンドをやるしかないと練習するようになりました。
移籍2年目は、一軍を行ったり来たり。
それまでは右打席でのみ打っていましたが、左投手の時には代打で出られるけれど、右投手だと代えられる。どうしたら代えられないようにできるか。左打席で右投手が打てるようになればと、スイッチヒッターに取り組みました。自分が生きていくためには必要だと。
スイッチヒッターになって、ひとつ気づいたことがあります。例えば右打者の時、右投手の外の真っ直ぐと左投手の外の真っ直ぐは同じではなく、角度が違う。スイッチヒッターは、練習は人の倍やらないといけないが、右打席に右投手のような、自分の体に近いところから来る球がなくなりました。球種が半分になったようなものです。打つのが一番難しいのですが、体に近いところから遠いところに逃げていく球がなくなった。それに気づいてからは打てるようになりました。プロに入って9年かかって、10年目に136試合フル出場しました。野球選手の平均寿命が8、9年で、自分がそこまで生き残れました。
そして34歳の時、トレードでジャイアンツに来ました。広島が若手選手への切り替えを図っていて、僕は出場機会が減りそうだったのですが、子供はまだ小さく、家のローンも残っている。「トレードに出してください」と球団にお願いしたのですが、決まったのが(戦力が充実している)ジャイアンツ。「出番を求めているのに、何でジャイアンツなんだろう」と思いましたが、入団してみると、けが人が続出してチャンスがもらえた。
最後にジャイアンツに入って、3連覇や日本一を経験し、勝つ喜びを知った。今までは自分の事だけを考えていました。プロ野球選手になると自分が成功するために、どうしても自分の事ばかり考えてしまう。しかし勝つ喜びはものすごくて、言葉では言い表せない。みなさんも、自分が活躍して優勝するんだという気持ちを持ってほしい。
自分は「こういう選手になろう」と思ってここまで来た選手じゃない。こうやるしか思いつかなかった。それが「ユーティリティープレイヤー」、「何でも屋」で、それでもこの世界で食っていける。「レギュラーになる、エースになる」だけではない。巨人の藤田宗一投手は、中継ぎ登板だけで自分と同じ歳までやっている。それで飯が食える、それがプロ野球。「俺が一番うまい」と思って入団して、一番得意だった事がうまくいかない。それもプロ野球。その時にあきらめるのではなく、自分の話を思い出してほしい。投げ出す前に、自分自身を知って可能性を探るのも必要ではないか。
~『先輩プロ野球選手からプロ野球の後輩へ』~
2010年3月2日「NPB新人研修会」
自分は、それほど「木村拓也ファン」というわけではなかった。
むしろどちらかというと「なんでジャイアンツにきたの?」って思っていた。
本人も講演でふれているように、当時の讀賣は戦力が充実していた。
「いらないじゃん?」
正直こう思っていたのは事実。
「キムタク好きじゃない」
ドームで観戦しながらはっきりこう言っていた自分。
嘘じゃない。ちゃんと覚えてます。
だけど、なぜかキムタクよく出てたな。
いつも必ず彼はいた。
「原くんはキムタク好きだからねえ~」
こう言ってたっけ。
自分は仁志や小坂(元ロッテ・現楽天)が好きだったこともあり、ドームに行く都度「またキムタク~!?!?!?」って地団駄ふんでおりました。
それなのに、いつのまにかファンクラブの「マイヒーロー」にキムタクを登録していました。
このマイヒーローはシーズン初めに今年の期待選手を登録できるのですが、その後シーズン終了まで変更することは不可能というルールがある。
一年間その選手がマイヒーロー。
「キムタクすきじゃない」
最初ははこう言っていたはずの自分をひきつけるほどの渋い魅力が確実にあったのだ。
渋いいい選手でした。
ほんとうにいい選手でした。
4月24日土曜日の東京ドームは巨人-広島の追悼試合。
後楽園には献花台がおかれ、長い長い人の列。
試合前のセレモニーでは、在りし日の現役時代の木村拓也選手の映像が流れる。しんとするドーム。
そしてレフトスタンドの広島応援団が木村拓也の応援歌を歌い、ドーム中が拍手と涙で一体となった。
始球式は長男の恒希くん。
ノーバウンドで構える阿部のミットにきっちりストライクを投げてくれました。
キムタクの現役時代の背番号「0」が大きい。
これで本当にさようならだ。
ほんとうにもういないんだ。
少し泣いた。
講演の全文を何度も読み返す。
もっと後輩にたくさん伝えていってほしかった。
木村拓也
1972年4月15日生まれ/宮崎県出身
173cm、75kg/右投、両打
宮崎南高-日本ハム(1991~94)-広島(95~2006)-巨人(2006~)
1523試合出場、4000打数1049安打、103本塁打、280打点
1991年日ハム入団
1995年広島移籍
2000年、2001年オールスター出場
2004年アテネ五輪銅メダル
2006年シーズン途中巨人軍に移籍
2007年初めてのリーグ優勝を経験
2009年9月4日東京ドームヤクルト戦伝説の延長12回「キャッチャーキムタク」10年ぶりにマスクをかぶり最終回を無失点で切り抜ける
2009年11月7日シリーズ優勝後に現役引退発表
2010年4月2日 広島のマスダスタジアムで試合前のノック中くも膜下出血で倒れる
2010年4月7日午前3時22分 広島市内の病院で逝去。
享年37歳
合掌。
改めて空をあおぐ。
世はワールドカップ一色だけれど、自分はやっぱり野球だ。
もうすぐ前半戦が終わります。
讀賣は(交流戦はともかく)今年もやってくれそうです。
暑い夏はすぐそこだ。
※写真はニュースから 2009年9月4日 キャッチャーキムタク
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最終更新日 2010年06月20日 00時32分48秒
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