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2016年11月29日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
父の話の続きです。
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/joeshow/KA.Blog/20161127.html


転院してから母は毎日午前と午後の2回、父の病室に見舞いに行っていました。私も週に2、3度見舞いに行きました。父の目の前に手をかざすとそれを追いかけるように眼球は動くけれど、どれくらい意識が残っているのかはわからない状態。母は病室に行っても結局父とコミュニケーションをとることができないので、お経を持ち込んで病室内で黙読しているようになりました。

その間父は相変わらず口を開きっ放しの状態でイビキのような音をずっと立てていました。こんなに口を開けていると喉が渇くんじゃないかと心配になりますが、看護師さんが定期的に見回りに来ては、噴霧器のようなもので父に水分を与えていました。

転院してから3週間が過ぎ、母から「お父さんここ3日間くらい目を開けていない」と聞かされました。私も一緒に見舞いに行くと、確かに父は相変わらずずっと目を閉じた状態でイビキをかいていました。看護師の方に聞いてみると「目を開ける時はある」とのことだったので、たまたま我々が行った時に寝ている、ということなのだろうとは思いました。

ただそれだけ身体が弱って睡眠を欲していることは明らかでした。肺炎を起こしてからわずか2ヶ月。一度弱り出すと加速度的に弱っていくものなのだと改めて気付かされました。

「おむつを交換させてください」と看護師さんが病室に入ってくると、我々は一旦待合室の方へと移動します。私は「父はあと何度おむつを替えてもらうことができるのだろう」などと考えていました。

病室のテレビは父が見るものではなく、我々が見るためのものになっていました。丁度その頃はリオオリンピックが開催されており、ニュース速報で日本人金メダル第一号の報が流れてきました。

父が最初に頭を手術したのは10年前のトリノ冬季オリンピックの頃。あの頃も術後しばらく昏睡状態が続いていた父は開会式もメダル獲得の瞬間も見れませんでした。病室のテレビで興奮気味にアナウンサーが喜びの声を挙げるのを聴きながら、私にはその当時が重なって蘇ってきました。(つづく)





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Last updated  2016年11月29日 08時55分45秒
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