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2016年12月16日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
父の話の続きです。
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/joeshow/KA.Blog/20161127.html


その翌日の午前3時頃、突然携帯電話が鳴って起こされました。母から「父の容態がまた危ないから、すぐに病院に来てくれと言われた」と。私と嫁とで急いで身支度を調えて、急いで病院へと向かいました。

病院の入り口に着いた頃、丁度母も到着したので、インターホンを押して非常口から一緒に中に入れて貰いました。いつもと違う薄暗い病院の中には、いつもと違う重苦しい空気を感じました。

電子音がピッピッと流れるナースセンターを横切って病室に着くと、父の呼吸は乱れ、イビキが一定では無くなっていました。時折呼吸が止まり、数秒間の沈黙が流れます。その度に我々はドキッと緊張していました。

看護師さんから「お父さんの肺の辺りを触ってみてください。ザラザラしたような感じがあるでしょう?」と言われましたが、正直よくわかりませんでした。とにかく肺炎がまた再発したようです。

いよいよ覚悟を決めた母は耳元で「お父さんお疲れ様でした」「有り難う」と何度も繰り返していました。それが本人に届いているのかどうかはわかりません。父の表情に何の変化もありませんから。それから「一昨年に温泉に行ったね。去年は五箇山に行ったね」と、旅行の思い出話を続けていました。

私は気恥ずかしさもあるし、まだ終わったわけでもないので「父ちゃん、しっかりしられ」と呼びかけるくらいで何も言いませんでした。それからイスに座って、呼吸を続けるだけの父をぼんやり眺めていました。父の胸の上下動を眺めていると、普段の何気ない呼吸一つ一つに重みを感じました。

母はまたお経を黙読していました。その隣で私は何かを考えようとしてはハッキリせず、結論も出ず。通夜はいつになるか、喪主はどういう服を着れば良いのか、父の預金は引き出しておいた方が良いのか、一つ考え始めては結論が出ず、順序だった思考はできませんでした。

やがて親戚や姉もやってきて、狭い病室に6人が集まりいっぱいになりました。病室でする話でもないのですが、皆と共に「事切れた後に一旦自宅に父を運ぶのか」「運んだ後にどの部屋に安置するのか」「墓はどうするのか」などといった実務的な話をしました。



姉は「案外このまま年末まで大丈夫なんじゃない?」と楽観的なことを言っていました。確かにそうかも知れないし、実際隣のお爺さんは意識が無くなってから4ヶ月程持ちこたえました。私もそれくらい余命はあるのではないかと思っていました。(つづく)





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Last updated  2016年12月16日 08時52分16秒
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