佐渡島三郎の株式日記

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2010年11月10日
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ロシアのスパイ/満州の小西六写真館/富士フィルの投資判断

2010-11-10(水)本日の話のポイント:

1)ロシアのスパイは満州のコニカ(小西六写真館)で現像していた話。
2)コニカはなぜ富士フィルムに負けたのか。
3)1995年3月。つまりあの円高の時、富士フィルムの株価は1850円まで
 売られました。その後2年半で5540円まで上昇。
4)アメリカから総攻撃を受けた会社で正面から戦った勇敢な富士フィルム。
5)富士フィルムのフルレポートを書いたアナリストはゼロであること。
6)デジカメ時代。誰もフィルムを買わなくなった時代の富士フィルム
 の利益の源泉は? これ買いか売りか。(これはいつか書きますね)



僕の知識は少ししかないけど、興味のある人のために書きますね。


1)確か作家「武田泰淳」の小説かエッセーを読んだ時に笑った話。
 コニカミノルタは、日本における写真の歴史そのもの。
1873(明治6)年、小西屋六兵衛店として創業、小 西六写真工業となり、
 そして、コニカ、今のコニカミノルタとなりました。
 詳細な創業開始時の話は ここを参照。↓↓
 http://www2f.biglobe.ne.jp/~ter-1212/sakura/anbaco.htm
 http://www.net-ir.ne.jp/ir_magazine/pioneer/vol046_4902.html
 コニカミノルタ公式サイトは 
 http://konicaminolta.jp/about/corporate/history.html

 小西六写真館が満州全域に店をかまえていたとき。日本の諜報員も
 そこでよく寝泊まり。なかにはあの二葉亭四迷もいたそうです。
 http://uraaozora.jpn.org/hutabatei.html
 まぬけなロシアスパイ達、自分たちの現像所が満州にないもんだから、
 自分たちがあちこちで撮影したネガを小西六写真館に持ち込んで現像してた



2) コニカはなぜ富士フィルムに負けたのか。  富士フィルムを取材して聞いた話ですが、東京オリンピックの頃。
 写真は白黒からカラー時代になり、コニカのフィルムのカラーが
 当時あまりきれいにでなかったそうです。そこで富士フィルムがシェアを
 拡大していったそうです。

3)アメリカから総攻撃を受けた会社で正面から戦った勇敢な富士フィルム。
コダックは元外交官やら米政権の特別交渉担当をしたた人物などを採用して
 富士フィルムを徹底的に攻撃。あれはひどかった。コダックの末期的症状。
 富士フィルムの国際法務部が徹底して戦った。これに感動してこの株を
 数百万株買いました。2200円以下だったと思います。
 当時、ファンド組み入れは日本最強の銘柄を買うのが基本でした。

4) 1995年3月。つまりあの円高の時、富士フィルムの株価は1850円まで
 売られました。その後2年半で5540円まで上昇
。
 コダックに叩かれていた時期と円高の時期は重なっているでしょう。

5) 富士フィルムのフルレポートを書いたアナリストはゼロであること。
 富士フィルムを取材することになり、証券会社に聞いたら野村も日興
 も大和も山一もなし、外資系証券もなし。調べてみると過去も全く
 なし。(こでいうレポートというのは10ページ以上のレポート。)

 書いたアナリストが一人もいなかった理由なんですが、
富士フィルムを分析するには化学とエレキの知識が必要だったこと。
 ファイナンスが必要なかったから会社が証券会社を必要としなかったこと。
 いいかげんな証券会社だらけだったから。レポートを書かなくなった。
 この後、僕は大手証券会社のロンドンに対して、その年の4月から10月までの期間で
 5ページ以上のレポートがいくつあるか報告してくれと。
 驚くべき事実が判明。びっくり仰天でしたね。これはいつか書きましょう。
 この後、野村は方針変更しました。

 元野村のエレキのアナリストからあとで電話がかかってきて、

 彼:「富士フィルムのレポート書いたので三郎さん読んでください」
 僕:「おう。ほんまかいな。じゃすぐ送ってくれ。」
    あいつ会社辞めるつもりだなとすぐわかりました。
 受け取ったのは60ページ近いレポートでまだ未完成でした。
 世界のフィルム市場のデータも分析もなかったけど、富士のデータは
 どっさりありました。彼はGSのエレキのアナリストとして移籍。


6) デジカメ時代。誰もフィルムを買わなくなった時代の富士フィルム
 の利益の源泉は? これ買いか売りか。

 過去5年間であなたは写真のフィルムを何本買いましたか?
 私はゼロ。あなたもゼロでしょう。
 では富士フィルムは何で稼いでいるのでしょう。
 収益の基盤は信頼できますか?
 今後5年間の利益成長をどう読みますか?  

 (これはいつか書きますね)


たぶん。世界で写真フィルムが一番高いのはスイスのユングフラウヨッホ
の頂上の売店でしょう。一番安いのはどこかって?
かつては東京でした。上野かも。秋葉原に、大阪の日本橋かもね。







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最終更新日  2010年11月10日 17時19分52秒
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