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なんでかなぁ……。日記書く気力がわいてきません。 ネット全般もほとんど休止中。 特に理由があるわけではないのですが……。 なもんで、もうしばらく充電させていただきます。 土曜日:小学校同窓会後援組織の総会・懇親会 日曜日:子育てコミュニティ育成事業の親子クッキング
2006年01月30日
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ウチの校区を抱えるふたつの財産区管理会から役員さんをお招きしての新年会。財産区管理会も世代交代がじわっと進んでいるようで、昨年までとは顔ぶれが変わっています。その中に、前PTA会長もいたりして。 財産区って何? については何度か書いてきたはずだけど……楽天って、検索機能いまイチ? 自分でもどこに書いたかわかんない。 えと、要するに「オラが村の共有地」(村のお墓とか、鎮守の森とか)を管理する組織で、地代収入などで共有地の管理を行い、お金が余ったら地域のために使わなくちゃいけないというものです。 で、“地域のため”にどのようにお金を使うか決めるのが管理会のみなさんです(その昔は、村会議員にあたる方々であったようで)。地域の学校のためにたくさん使っていただけるとこちらとしては助かるわけで、そのためには管理会のみなさんと校長の顔つなぎをしっかりしておかなきゃならない。ま、校長は3年目ですから、いまさら顔つなぎでもないんですけどね。 というわけで、思い切り「接待!」です。けっこう緊張もします。飲めないかいちょー、勧められたお酒を断われません。 本部のお母さんがたにも接待をお願いするわけで、すこし申し訳なく、ありがたく。 気持ちよく飲んでいただいて、気持ちよく学校にお金を使っていただけますように。「地域の子どもたちのために、できるだけのことさせてもらいます」と言っていただいて、まずは目的は達しました。酔っ払ったかいちょーは、頭がガンガンしてますけどねー。
2006年01月25日
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いや、そんなに考え、悩んで書いてきたわけでもないんですが……。 単に備忘録代わりに書き始めたようなものですから。 丸2年以上もブログ書いてきて、何人もの素晴らしい方々と知り合えて良かった良かった~、で進んでいきゃいいとは思うんだけど。 なんて言うか、PTAという組織について、あるいは自分がブログを書くことの意味について、『しばし立ち止まって考えるモード』に入ってしまっております。 なもんで、コメントへのお返事等もしばしお待ちください。すみません。 明日になったら、また淡々と同じような日記をつづっていく可能性大だとは思いますです。 では。
2006年01月24日
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父は12年前の寒い寒い雪の日、肺気腫から心不全に至って逝きました。震災の一年前。68歳でした。 とんでもない企業戦士でしたから(単身赴任30年以上、サラリーマンとしてはほぼ上り詰めました)、仕事の上ではあまり思い残すところはなかったと思います。隠退してあまり間を置かずの死でした。 4人兄弟の長男。海軍兵学校に入り、特攻隊員として基地で待機中に終戦。ポツダム少尉となってから大学に進み、マルクス経済学に傾倒。総合商社に就職してからも組合活動に燃えたそうです。 鉄鋼、繊維、食糧畑を歩き、“赤字殺しの**”なんて言われて、傾いた企業の建て直しに走り回っていました。 某超有名アパレルメーカーに社長として出向しましたが、そこで組合との対決に苦しみました。自身がかつてはマルキシストだったんですから、相当な葛藤があったことでしょう。残念ながらその会社は倒産してしまいましたが。 その後、食糧畑でかなり会社に貢献して、最後は副社長でした。どう見ても“辣腕”という感じではないのですが、面倒見がよくて、たくさんの人にとことん信頼されていました。女性にもかな~りモテたようです。 家庭人としては、どうだったか……。 そりゃもうマメで、如才ない人でしたが、一緒に寝起きしたのは8歳ぐらいまででしたから。 人として尊敬しています。でも、同じような父親になりたいとは思いませんでした。 12年前、雪の葬式には3000人ぐらいの方が焼香にお越しくださいました。一歳の息子を伴侶にまかせ、わたしはずーっと泣いていました。『早すぎる!』『仕事に殺された……』と感じていました。同じマンションに暮らしはじめたばかりでした。ゆっくり父の話を聞いて、波乱に満ちた人生を記録に残したいと思っていました。 13回忌は、妻、兄弟ふたり、子どもふたり、孫3人、嫁たち5人の13人でひそやかに。 今日も寒かったですね。
2006年01月22日
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今日という日は、 和太鼓部、スポ活、硬筆教室、父親会役員打ち合わせ、先生の区内卓球大会、法事で来神した親戚のお迎えと接待、囲碁将棋部、父親会定例会という日でした。 頭痛は薬でおさまっています。座ってぼーっとしてると眠りそうです。 父親会は、メインは来月のタグラグビー大会の打ち合わせ。各パートの担当がさくさく決まっていきます。気持ちいいです。 夏の学校探検、新年度になってからは具体的な打ち合わせに終始するので、この時期、無責任な立場で(提案したからって、自分が仕切らなくてもOK)「こんなことできないかなぁ?」な意見交換。 六年生の宿泊、子どもたちをお客さんにするのでなくもっと参加できるような形にしたいとか、体育館で段ボールハウスづくりコンテストしてそれで寝るとか、真剣にコワい肝試しとか、このイベントのそもそもの意図とか、あれやこれや出ました。それをまとめないところが父親会のいいところ。 先日、校区からはすこし外れますが、メンバーの息子さんが通りがかった中年男に叩かれ、あわてて逃げたという事件がありました。 子どもが自分の身を守る訓練、地域の目が地域に注がれること、犯罪者を捕まえる態勢づくり、犯罪被害を小さく喰いとめること、子どもたちを犯罪者に育てないためにするべきこと。 どれもやらなくちゃいけません。できることから。みんなの力を集めて。 わたしも、父親会のみなさんの力も借りて、がんばってみます。 新企画として、メンバーが10分間、なんでもいいから言いたいこと、みんなに聞いてみたいことを話すという時間もありました。メーカー勤務のお父さんが、2011年の完全地上デジタル波化のお話を。 現在、アナログのテレビが日本に一億台ほど。日本のメーカーのテレビ生産が年間一千万台。今後5年、デジタル対応テレビを作り続けても、半分しか入れ替わらないそうで。 この話を受けて、二次会では将来のテレビのあり方について、みんなで熱く語ったのでありました。個人的には、すべての電線でデジタルデータを送受信できるようにして、PCでのテレビ視聴が一般化、を希望いたしますです。 あ、そういえば今日はわたしの誕生日でもありました。 きのう子どもたちに「あしたは何の日だ~?」って聞いたら、カレンダー見て「土曜日!」とか「先負!」とか言いました。 伴侶がフォンダンショコラをくれました。 娘が鳩サブレをくれました。 息子が消しゴムをくれました。 うーむ……喜ぶ、べき、なのかぁ?
2006年01月21日
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きのうは増えたぶんのアンケートを入力しているうちに椅子寝しておりました。肩凝った~。 さて、今日は神戸市内各地から集まった24チームの強豪が集まるバレーボール大会です。「家庭婦人バレーボール」って言って、ふつーのバレーボールとはちょっと違います。ゴムのボールを使い、ブロックは禁止。必ず3回で相手コートに戻す、なんてルールで戦います。強いチーム同士で拾いあうと延々ラリーが続いて、見ているほうが窒息する感じ。 ウチの単Pのチーム、区で2位だったのでなんとか出場を果たしています。運営サイドは、市小P連の役員11人と、各区からお手伝いひとりずつ。お手伝い、たまたまウチの単位から出すことになったので、本部のお母さんと一緒に車で出かけました。 体育館に入れるのが8時30分。9時10分開会なので、準備はバタバタ。各コートにトーナメント表張ったり、本部席の準備したり、あれやこれや。 なんとか開会にこぎつけ、司会として開会式を終えると、あとは各チームの写真データをPCにどんどん落とし込む役割でしたが、ま、暇なもんです。去年の役員さんたちが冷やかしに来てくれたのでおしゃべりしつつ、試合を観戦。 んー、ウチの区とは、ちょっとだけど、レベルが違うなぁ。強いチームは、たいていアタッカーが3枚。区Pレベルだとアタッカー2人でなんとかなるんだけど、それだと前衛にいるアタッカーひとりに攻撃が集められ、まともに反撃できなくなっちゃう。キビシ~。 で、残念ながらウチの区から出場した2チームは予選敗退となってしまいました。来年がんばれ~。 お弁当食べて、決勝トーナメントは写真撮影しておりました。 実力が拮抗していて、フルセットにもつれこむ試合の連続。去年より一時間ぐらい押していますが、気にしな~い。 決勝は、昨年の優勝校と、4位校の対決。苦戦しつつも徐々に調子を上げてきた昨年優勝校有利か? と思っていたら、これまたフルセットで、最終セットも13対13。どちらも6試合目、体力も限界。 ……(息できません)…… 優勝は、昨年の優勝校・準優勝校の陰で苦杯を舐め続けていたK小学校! パチパチパチパチ! 涙の表彰式を終え、さささっと後片付けして、みんなでお茶して、サヨウナラ。 帰ってばったり倒れ、日記書きにおきましたけど、また寝ます。 よれよれ~。
2006年01月20日
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なんとかぎりぎりでアンケート集計を終え、棒グラフとかにして打ち出して学校へ。 え、100枚追加ですかー! たくさん戻ってくるのは嬉しいけど、いまはちょとツラいです。寝てないし、頭痛ひどくなってきたし。 で、運営委員会です。報告等はさらさらっと流し、とにかく安全に関する取り組みについてです。 ……んー、温度差をどうするか、ですね。子どもたちの安全についての、というより、PTA活動に対する温度差。 運営委員会の内部でもこれだもんなぁ。まあ、詳しくは書きませんが。 引率下校は……やっぱ難しいかなぁ……。アンケート結果もそう言ってるし……。 かなり残念です。とりあえず今、どこまでできるか、じっくりじわじわ、だね。 夜は厄神さんにパトロールに。頭ガンガンしてます。今日出会ったみなさん、かいちょーが不機嫌そうな顔してたとしたら、頭痛のせいですからねー。
2006年01月19日
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オープンスクール2日目。でも、授業を見てる暇がありません。 先日出した「子どもたちの安全に関するアンケート」が戻ってきました。今のところ、約7割の回収率。 本部のみんながP室に集まり、速報用(あした運営委員会ですので)の集計作業。あまり飲み食いしている暇もなかったりして~。 午後はクラブ活動。コンピュータクラブでは、今日は「やりたいこと」を自由にやらせてみました。ほとんどの子が、ネットに落ちてるちょろいゲームをやっています。ろくにキーボードも叩けなくても、ググってゲーム探すことぐらいはできるんだね。 で、ネットの怖さとか、年度の締めくくりに向けてみんなで何するかの相談とかしておしまい。一時間は短いです。 帰宅して、アンケートをエクセルに入れています。できれば明日、グラフでみんなに見てもらいたいもんで。 朝までにできるかなぁ……。
2006年01月18日
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もうええやろ。過去の話やんか。忘れてまえ。町のどこを見たって、あのときを思い出させるようなものは何も残ってないんや。 そんな声も聞こえてきます。 子どもたちは、6年生でもあのとき1歳。4年生以下は震災後に生まれてきた子どもたちです。 保護者も、2、3割は震災後に引っ越してきた方たちでしょう。 いつまでも過去を引きずっていてもしょうがない。前を見つめ、今を生きる。人間だもん、しょうがない。 前を見つめ、でも、過去を忘れない。 同じことを繰り返さないように。 というわけで、ちょうど一年前の自分の日記を再掲しておきます(リンク貼るでもいいんだけど、ココログの過去ログ、異常に重くて見れないこと多くて)。-------------------------------------------------- わたしはあの日、東京で仕事をしていました。はっきりとは覚えていませんが「大阪で震度5、負傷者16」なんてテロップが入り、ふーんと思った次の瞬間には倒壊した阪神高速の映像。それも、ウチのすぐ近くです。なんじゃこりゃー、で電話かけても通じず。同宿していた友人がもうパニくってしまって、おかげでわたしはすこし冷静になれました。とりあえず名古屋までは新幹線で行って、原チャリ買って関ヶ原を越えようか……などと手配を始めたとき、家族から無事避難しているとの電話が奇跡的にかかってきました。でまあ、仕事にゃならないけどなんとか仕事を片づけ、二日後に神戸へ。西宮北口から歩いていく道で見た光景は忘れられません。役所の前にはまだ遺体袋が置かれたりしていましたし。家も無茶苦茶。家族は兄の家に避難していたので、片づけられる範囲で家の中を片づけ、バイクで兄の家に行き、妻子を実家に送り届け、長い長い被災者生活の始まりです。 いま、もしあんなことがあったら……。 まずは家族の安全を確認。そのあとすぐ、小学校に向かうでしょうね。本部の方とか親しい人の家を片っ端から巡って安否を確認、地域の方と協力して助け出せる人を助け、一息ついたら避難所となった学校の運営を手伝うことでしょう。逆に、わたしが生き埋めになったら、心配して見に来てくれる人がきっといるはず。10年前にはひとりぼっちで苛々しながら暮らしていましたが、今ならそんなことはありません。わたしはもう地域の一員ですから。PTA650世帯の仲間が、校区内8000世帯の隣人がいますから。-------------------------------------------------- ここが、わたしが地域を意識するようになった原点です。忘れませんとも。 * * * * * * 今日は、三学期のオープンスクール初日。昨年は一週間のオープンスクールでしたが、今年は二日ずつ三回。 我が娘には「来ちゃダメ!」とか言われていますが、んなこと聞くような親父ではないのです。でも、目立たないようにこっそり、ほんのちょっとだけね。うん、しっかり先生の話聞いてるね。よしよし。 気になるクラスを中心に、全クラスを3時間ほどかけて見てきました。 どこも落ち着いています。三学期だから当然? でも、いくつかのクラスでは、先生のほうを見てるようで、表情が「聞いてませ~ん」だったり、上半身はきっちりしていても足元がもじもじ落ち着きなかったり。先生に作業を命じられても、注意されるまで動かなかったり。で、そういう子が多いクラスは、やっぱり「ちょっと心配」な先生のクラスだったりして。じゃあどうすりゃいいのか? 難しい。難しいぞー。 昼休み、美味しそうな給食は横目に、P室で印刷作業(ふれまち関係の文書なので、Pとは関係ありません)をひとりでやっていると、六年生の委員さんたちが次々やってきました。卒業式の打ち合わせだって。そんな時期だよね。 ウチは卒業生保護者の「謝辞」はありません。卒業生と保護者が掛け合いでメッセージを交わしたり、保護者が歌を歌ったり、その年の委員さんたちと6年担任が相談して、何をするか決めていきます。 あとは、お花をどうするか、寄せ書きをどうするか、なんて打ち合わせをわいわい。そそくさとP室を出て、また教室巡りに戻りました。だって、知らないほうが楽しいじゃん!
2006年01月17日
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今日は日記書いてる心の余裕がなかったりします。PTA的には何もない平穏な一日だったんですけどね。 なので、ゴメン! です。
2006年01月16日
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本日は家でごそごそやってました。家族みんな、なんかぼーっとした一日。ま、こういう日もいいもんです。 ウチの息子は昨年受験したわけですが、今年の入試は、近畿ではこの週末に集中して行われているようです。 近畿2府4県の私立中が足並みをそろえて1月14日~17日に受験を行うことになったのは、生徒を早め早めに確保しようと、受験日の繰り上がり競争のようになるのを避けるためとか。 にしても、わたし自身が中学受験したときは、確か3月1日が受験日だったはず。ずいぶん早くなったもんです。 でもまあ、一部の学習塾では、三学期になったら学校を休ませて塾で勉強、なんて指導をしているところもあるようですから、三学期早々に受験が終わってしまうほうが、小学校的には助かるでしょうね。受験までの何週間か、クラスで10人単位で欠席、なんてところもあるようですから。 ウチの小学校では受験をするのは1割少々。 昨年度の中学受験率は、一都三県(神奈川、千葉、埼玉)で15%、都内だけだと20%以上だそうですが、近畿はまだ10%強。まだそれだけ公立中学に行くのが「ふつう」です。 わたしはそれでいいんだと思うんですが、「んじゃなんでオマエんとこは受験させたんじゃ!」と石を投げられちゃうだろうなぁ。 小学校時代の息子は勉強が嫌いじゃなかったし、するすると知識が入っていくほうだったし、興味を持ったことには深くのめりこんでいくタイプだったことが、中学受験をさせた最大の理由です。中学高校大学と、「知育」中心で育っていくのが、息子にとって幸せだろうと思ったから。 わたし自身がそういうタイプの子どもでした。で、中学高校時代は、家ではとにかく趣味にのめりこみ、本を読みまくっていました。勉強は授業中だけ。6年間の授業中に習った英語で、わたしは翻訳の仕事ができています(前にも書いたけど、翻訳という仕事は、もっぱら日本語能力が問われるものであって、英語については文法が分かっていればまずだいじょうぶ)。 授業さえしっかり聞いていれば、それなりの大学に行ける。そういうカリキュラムを、息子にも受けさせたいと思いました。公立だと……現実問題として無理なことでしょう。公立中高からそれなりの大学に行こうと思ったら、やっぱり塾漬けにしなきゃいけない現実があり、その塾(予備校)に行く時間が惜しいと思っちゃう。 さて、こうしたわたしの考え方は「それなりの大学」に行くことを無条件の前提にしているところがあって。 自分や(たぶん)息子が知育の面を得意にしているから、そこを伸ばすんだ! な言い訳もあるのですが、もやもや感もあって。 社会が、エリートとそうでない人に分かれるのは、ある意味仕方ないと思っています。でも、生まれ育つ家庭環境や、家庭の豊かさで選別が行われてしまうような社会には大反対です。貧しい家庭の子にも、学問を究める道が残されていなければなりません。 そのためには……やはり東大を頂点とする大学の序列や、大学入試のシステムや、そのあたりからいじくらなきゃいけないんですけどね。残念ながら、わたしにはその力がなく、既存のシステムの中で息子をそれなりのルートに載せてやろうとするバカ親でしかなく。 歯切れの悪いかいちょーでした。
2006年01月15日
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ふれあいのまちづくり協議会の餅つき大会。8時半に集合して杵や臼を運ぶ人足となるべしが……なぜ、目覚めるの9時なんでしょう。 この半年ぐらい、責任感欠如と言われても仕方ない状態が続いています。ヤヴァイです。確かに睡眠は恒常的に足りてないけど、目覚ましが鳴ってることに気づかずに寝続けるというのはどういうことなんだろう。真剣に気合を入れなおさねば! で済ませていてはいけない、なんか根本的な問題があったりして(記憶力も、ホント自分で情けないぐらい抜け落ちます)。 うーむ……医者か……キライなんだよなぁ。 あたふたと福祉センターに駆けつけると、準備はおおかた終わっていて。でも、けっこうな雨が降っています。蒸し器や臼は軒下の狭いところになんとか収まっているけれど、杵を振り回すのがちょっと怖い感じ。でもって、気温のせいか、蒸しが例年よりはるかに時間かかっています。 10時前になると続々と子どもたちやってきて。たちまちセンターは満員。でも、まだ3臼しかつけてません。みんな餌を待つ雛みたいにぴーぴー言ってます。 たった50kgなんだけどね。20臼もつけば終わりなんだけどね。 でも、思ったより子どもたち行儀良くて。わいわいお喋りしながら、羽目をはずすでもなく、おとなしく待ってます。えらいかも。 校長としゃべったり、本部のお母さんと次年度のこと話したり、父親会の役員さんと打ち合わせしたり、来週からはじまる留学生との文化交流事業の打ち合わせ(ブラジルからお越しの留学生と教育談義したり)しつつ、ぺったんぺったん。 雨の中、300人近く来てくれました。みんな、それなりに餅は口に入ったかな? あんこ、きなこ、のり、おろし、よもぎ餅。わたしもたくさんいただきました。 後片付け終わってから役員会。新春のご挨拶程度で、あんまり打ち合わせることもなく(ふれまちとしての事業は、もうあんまり残っていません。広報部はもう一回広報誌出さないといけませんが)、粛々と。 それでも、すべて終わるともう2時を大きく回っていました。 遅れてすみませんでした!
2006年01月14日
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特に何もない一日でした。 お兄は、あしたから入試とかで4連休だそうで。今日も昼過ぎに帰ってきました。三学期早々のお休み、いい身分です。 * * * * * * *「近隣セキュリティシステム」で有名な(わたし的には、あのレモンさんが所属するってほうがポイント高いけど)品川区の、区小P連HPを見つけました。『小Pレンジャー(!)』の写真も見れちゃいます。広報誌もいい雰囲気です。近隣セキュリティシステムの説明も詳しいです。CAP講習にも積極的に取り組んでるみたいです。 いろんな連Pがあるなぁ……。
2006年01月13日
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新年最初の役員会。主なテーマは目前に迫った「小P連バレーボール大会」と「会長・副会長情報交換会」の打ち合わせ。 バレーボール大会のほうは、役員+各区からお手伝いひとりの20人ほどで運営するわけで、それぞれが自分のやるべきことをしっかり把握していさえすれば、問題なく回るでしょう。 情報交換会は、「地域」「役員」「学級委員」「安全」「父親」「行事」の6つのテーマ設けて、どの話をしてみたいかアンケートを取りました。で、その結果に基づいて参加者を12のグループに分け、役員(+指導主事さん)の12人がそれぞれのグループのコーディネーターになるってことで。 誰がどのテーマのコーディネーターになるかも、すんなり決まりました。 このふたつの行事が終われば、市小P連としての活動はほぼ終了。残すは次年度に向けての体制作りということになります。 まず、小P連として、市P協の次期会長に誰かを推薦するかどうか。そして小P連の次期会長を誰にするか。 市P協の会長は、今年度と昨年度の理事(こうして集まっている役員)が候補になりうるわけで、5校種ありますので、およそ100人ほどの中から適任者を、ってことになります(ま、伝統的に小学校か中学校から選ばれるようですが)。 小P連のほうは、今年の役員(区の代表)10人の中から次期会長を選ぶわけで、こっちはみんなで顔見合わせて「うーむ」と唸ることになります。 ええ、わたしがどうしたいか、希望は言いました。最後の最後まで迷ってたけどね。 どうなるかは、月末の市P協会長選考会や、2月の役員会で決まります。 どうなるかなぁ……。
2006年01月12日
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2006年はじめての本部集合です。 新年のご挨拶のあと、さっそく……お茶とお菓子タイム! 飲んだり食べたりしゃべったりしながら、・音楽界ビデオのレンタルの作業(順番、貸し出し期間などの表を貸し出し袋に添付)・子どもたちの安全アンケートの作成(700枚×2の印刷、ホチキス留め)・次年度の本部候補者の名前だし(はい、4人は必要なのですが、まだひとりも決まっておりません……)。 ちょと長くなるけど、安全アンケートも載せときます。実はこれ、ネットで拾ってきたものを思い切りパクってるんですが……すみません、どこから拾ってきたものか、前のPCが壊れたため分からなくなってしまいました。「あ、勝手に使いやがった!」と思われた方、いらっしゃいましたら申し訳ありません。いつでも消しますので。 でもって、わたしのぶんは、みなさんご自由にパクってくださってけっこうですからね。 * * * * * * * * * * * * * * * *保護者のみなさま 平成18年1月11日 △○小学校PTA 会長 ×××× 『子どもたちの安全に関する取り組みについて』 ご意見をお聞かせください 新学期を迎え、元気に登校する子どもたちの声が聞こえてきます。平素よりPTAの活動にご理解・ご協力いただき、まことにありがとうございます。 さて、小学生が犠牲者となる事件が各地で相次ぎ、保護者として不安を感じずにはいられません。 すべての事件・事故を100%防ぐことは不可能であっても、すこしでも子どもたちの安全を高めるための取り組みを行政や学校に求め、また自分たちにもできることをしていく。それが保護者としての責務ではないでしょうか。 ご存知のように、△○はフェンスのない小学校ですが、『保護者・地域の目を学校に注ぐ』ことで、不審者・犯罪者の近づきにくい環境を作ることを目指してきました。できるだけたくさんの人が学校に行き来することが、授業中よりもはるかに高い頻度で発生する放課後・校区内での犯罪を抑止し、子どもたちの安全を高めると考えてのことです。 子どもたちの安全を高めるため、わたしたちはできるだけのことをすべきだと思う一方で、その活動は継続的に、あまり無理なく続けられることでなければならないでしょう。社会の環境がさらに悪化するようなことがあれば、欧米のように『小学生も、保護者による送り迎えが当たり前』の時代が来るのかもしれません。それとも、すでにそのような取り組みが必要な時代になっているのでしょうか? すくなくとも、『小学生は、自分たちだけで登下校するのが当たり前』という常識を一度確認すべき時代にはなっていると思われます。 どれほどの取り組みが必要なのか。今、わたしたちは何をするべきなのか。どうぞみなさんのご意見をお聞かせください。 できるだけたくさんの方にアンケートにお答えをいただき、その結果をもとに、今後のPTAとしての取り組みを決めて行きたいと思います。★これまでの取り組み●PTA・交通安全当番(年4回、2箇所)・放課後パトロール(週一回、ふたりで30分)・夜間パトロール(夏休み中6回)・防犯カメラの設置(平成13年。その後学校独自に増設)・「パトロール札」による、ながらパトロール・CAP講習の実施(4年生、保護者、教職員)・その他、公園管理当番(週2回)など、すべてのPTA活動が『子どもたちに注がれる大人の目を増やす』ことで、間接的に安全を高めることにつながっています。●学校・登下校時の校区内パトロール(ほぼ連日)・学校職員による放課後パトロール・危機管理マニュアルの整備、防犯訓練の実施・集団下校の実施(随時)・教室間インターフォン、県警ホットラインの設置・防犯ベルの貸与●地域・青少年健全育成協議会、すこやかタウン協議会、ふれあい懇話会、防犯協会による夜間・放課後パトロール・「子ども110番の家」の設置(校区内の約50箇所)・「防犯みはり運動」の推進(1日2回程度、玄関から一歩外に出てあたりを見回す運動)・「ひょうご防犯ネット」による不審者情報のメール配信(http://hyogo-bouhan.net/file/1/top_1.php)★他校での取り組み例・「安全マップ」の作成 保護者や子どもたちが、校区内の注意すべき場所(人通りが少ない、死角になっている、交通に特に注意するところ、下校時ひとりになってしまう場所など)を確認。地図で子どもたち、大人たちの防犯意識を高め、パトロール時などに役立てる。・わんわんパトロール 犬の散歩を子どもたちの下校時間にあわせてもらう。・見守り下校 子どもたちの下校時間、保護者・地域のボランティアがローテーションを組んで町の要所に立ち、子どもがひとりきりになることのないようにする。・引き取り下校 保護者が、原則として学校に迎えに行く。★引率下校を行う場合の計画案・近くに住む子どもたち5人で「下校班」をつくる・曜日を決め、5人の保護者のうちひとりが子どもたちを自宅まで送り届ける・引率に参加できない人がいる場合、地域ボランティアなどに引率してもらう * * * * * * * * * * * * * * * 子どもたちの安全に関するアンケート問1 お子さまの学年に丸をしてください(複数いらっしゃればすべて) ・6年 ・5年 ・4年 ・3年 ・2年 ・1年 ・未就学問2 通学路、校区内で危険と感じる場所がありますか? ・はい ・いいえ 「はい」の場合、具体的に場所をご記入ください。 ( )問3 わたしたちが行うべき安全対策はどのようなものでしょう? ・登下校時の見守り(玄関、ベランダから) ・登下校時の見守り(外に出て) ・校区内のパトロール ・学校内の巡回、警備 ・お金を出し合って警備員を雇う ・その他( ) ・現状で特に問題ない問4 パトロールや立ち番を行う場合、どの程度であれば無理なくご協力いただけますか? ・年1回 ・年2回 ・年6回 ・月1回 ・月2回 ・週1回 ・協力は難しい 問4-2 その場合、どのような時間帯ならご協力いただけるでしょう?(複数あればすべて) ・登校時 ・9~12時頃 ・12~2時頃 2~4時頃 ・4~5時頃 問4-3 一回の担当時間はどれぐらいが適当だと思われますか? ・30分 ・1時間 ・1時間半 ・2時間問5 引き取り下校、あるいは引率下校を実施するとしたら、ご協力いただけるでしょうか? ・毎日の引き取り下校ができる ・友人と協力して引き取り下校ができる ・週に1回の引率なら協力できる ・2週に1回程度の引率なら協力できる ・月に1回程度の引率なら協力できる ・協力は難しい 問5-2 引き取り下校、引率下校を実施するとしたら、何年生まで実施すべきでしょう? ・6年まで ・5年まで ・4年まで ・3年まで ・2年まで ・1年 ★その他、安全対策についてお気づきの点があればお書きください。 ご協力ありがとうございました。1月20日までに、担任の先生に提出ください。 * * * * * * * * * * * * * * * どうでしょうか? 『学校にお願いしたいことは?』って項目も作ってフェンスを作ってほしいかどうかなんて聞こうかとも思ったんだけど……それは自粛しました。レスポンス難しいからなぁ……。 弱腰?
2006年01月11日
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新年初の役員会。 まずは保健福祉局の方から、今年10月に行われる全国障害者スポーツ大会のお知らせ。兵庫国体の直後、全国から3500人もの身体・知的障害者の方々が集まって大会を行います。今日は案内だけだけど、お手伝いの要請もあるのかな? それはそれで、できることをさせていただきましょう。 続けて、教委の指導部健康教育課から、「地域ぐるみの学校安全体制整備推進事業」について説明。文部科学省の指定事業として今年度行われている事業ですが、はじめはもっぱら“校内”の安全体制確立に主眼が置かれていました。中学校区の「ふれあい懇話会」(小中連携、子どもたちの健全育成を主な狙いとする団体です)を受け皿として、警備会社の職員さんを『スクールガード・リーダー』に任命、ふれ懇のメンバーに『スクールガード』としての研修を行ったり、学校の安全対策について巡回指導を行ってきました。 でまあ、昨年末から校内だけでなく登下校時の子どもたちの安全が叫ばれるようになって、それに対応する取り組みが進められているとのこと。 で、保護者や地域との連携を叫ぶんなら、まずは話し合いの場に保護者代表を呼んでよ、ってところから訴えなきゃならなかったりして。「連携しての取り組みを行っている」と言うものの、これまでは「こうしましょ、ああしましょ」な最終決定を聞かされ、動員されるだけってことが多かったような。それじゃうまくないでしょう。 だいたい、中学校区を主な受け皿にするってのも、なんだかなぁ、です。小学校ですら低学年と高学年の保護者のあいだにはかなりの温度差があります。まして中学の保護者となれば、安全よりも健全育成に目が行きがちになっても当然。小学校PTAに話を持ってくれば、積極的に動く人たくさんいるんだけどなぁ。 ……なんてことを課長さんにお話して、これから話し合い、意見交換の場を用意してもらいましょ、ってことになりました。 あとは、近畿ブロック大会の反省とか、PTAフェスティバルの反省(来年どうするか)、楽しい音楽界の反省などなどありました。反省ばっかだね。 ま、任期的にはまだ半分しかすぎていないとはいえ、事業の多くは終わり、専門委員会もまとめの時期になって(研修専門委員会はまだまだこれからだけどさ)、意識はだんだん来年に向いておりますので、当然っちゃ当然です。 来年の市P協会長をどうするか、なんてでっかい問題もあるしね。 どうしようかなぁ……。かいちょー、かなり迷っています。現会長さんは続投の意思をお持ちのようで、ふつーに考えれば「どうぞどうぞ」なんだけど……。わざわざ波風立てることもないんだけど……。 かいちょー、迷っています。
2006年01月10日
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お兄は宿題が残りまくり。とても今日一日じゃ終わりそうにありません。 自分の中学時代を思い出すに……うーん、わたしもマジメじゃなかったなぁ。大量のプリントの真ん中飛ばして最初のほうと最後のほうだけやって提出したり(もちろん怒られました)、以前にやったプリントをまぎれこませて水増ししたり(でかい定規で叩かれました)。 ま、やれるだけやって、しっかり怒られて来い。 で、宿題終えて晴れ晴れ~、の娘を連れてスケートに。冬休みの遊びのノルマを最終日になんとか果たすわけであります。 わたし、スケートってほとんど経験なくて。大学時代とか子どもができてから何度か行ったけど、とにかくあの靴がキツくて辛くて。 今日は、もう20分ぐらいでギブアップ。まだ2回目だけどすいすい滑る娘を2時間半ぼーっと眺めておりました。 元気がいちばん! だね。
2006年01月09日
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息子も娘も、宿題がさっぱり終わっておりません。悪いところが父に似てしまいました。なもんで、今日はふたりが宿題するのを監視、の一日でありました(手伝ったりはしません)。 わたしがりうりう姐やあそびすとさん、★のん★きっずさんたちと知り合うきっかけになったのは、りうりうさんちの『PTAは本当に必要か。』ってエントリでありました。“PTA”“会長”なんてワードでググっているうちにたどりついた先で、熱く前向きに学校にかかわっていこうとする方々を知ったわけです。 でもって、そうした方々が、PTA活動のあり方について思いを馳せていらっしゃるわけで、こりゃわたしも何かコメントせねば、と思うものの、うまく言葉がまとまりません。(うまくまとまんないけど、お三方にトラバさせていただきます)『PTA活動はこうであるべき』ってのが、あんまりないんですわ。 いや、理念として『保護者たるもの、わが子が通う学校について把握し、教育活動にできるだけの協力をするべきだ』と思っていますよ。で、把握するためには学校に行かなきゃいけないし、先生と話をしなきゃならないわけで、それを後押しするようなすべてのPTA活動は、中身が何であれ、わたしは肯定しちゃうわけです。“義務教育”の概念を持ち出すまでもなく、わが子をそれなりのオトナに育てることは親たるもんの責務で、その責務の中にはPTAなどを通じて学校にタッチすることも含まれるんじゃないかな。 こうした感覚が保護者すべてに共通するものかって言うと怪しいし、ましてPTA活動が親の責務だなんて意見には異論ざくざくだろうけれど、わたしはそう思ってるわけです。はい。 そもそも学校って何のためにあるの? ってのを原点から考えてみます。 わが子にそれなりの教育を施そうと思ったとき、親の力だけでできることは限られている。まあ、こと知育に関しちゃ、それなりのことができる親も少なくないでしょうけどね。でも、社会性なんてのを身につけさせようと思ったら、たくさんの子どもやオトナの中で、いろんな関係性を体験させるほうがいい。 さてここに、子どもを持つ家庭が100軒ある地域があったとします。そのうち10軒ぐらいは、親が教育を受けていたり、財力があったりして、わが子に教育を施すことができる。でも、家庭教育だけでは社会性を身につけさせるのが難しい。残り90軒には、そんなゆとりはないけれど、わが子に教育を施してやりたいという思いは持っている。 んだから、100軒の親たちが、地域の力も借りて、学校を作り、わが子を通わせることにした。 このとき、親たちは何をするべきなんでしょう? お金に余裕がある人は、学校の施設を充実させたり、先生を雇ったりするために資金を提供するでしょう。豊かでなくても、それぞれの家庭の許す範囲内でお金を出す。ぜんぜん出せない人だっているだろうけど、それはしょうがない。 お金だけじゃなくて、学校の運営だって手伝うでしょう。施設の掃除をする人もいれば、先生にお弁当を作る人もいる。みんなができることをする。自分たちが作った学校なんだから、その運営方針、どんな教育を子どもたちに施すか、どんな教師を招くかについて意見も言い合って。 隣村の学校がすばらしいと聞けば、そこを見に行って、できることは真似する。それをやるのも、やっぱり親たち。 たぶん、創立130年とかいう小学校の初期の姿は、こんな感じだったんだと思います。親よりも、村の有力者の資産や意向が大きく物を言ったんでしょうけどね。 んで、現在。わたしたちは税金を納めるということを通じて、130年前の親たちが学校に対して果たしていた責務を果たしていることになっています。学校施設を管理維持したり、教師を配置したり、どんな教育を施すかについては、税金を納めることによって、教育委員会という名の専門家に『やらせて』いる。 教育は専門家に任せりゃいい。親はがんがん働いて税金を納めさえすりゃいい。そういう方向を高度成長期の日本は目指していたんだろうし、経済効率からすると確かにそのほうが効率的。学校のことは教育委員会と教師たちに任せておけばOK。親は、教師から何か頼まれれば手伝うだけ。 高度成長期には、そういう方向性で日本じゅうの学校が運営されてたんじゃないかな。 でも、どうもそれじゃ上手くいかないんですね。大切な教育方針を決める教育委員会は、あんまり現場のこと知らないみたいで、現場の悩みはなかなか解決されない。ましてや、地域ごとの実情、親たちの思いを反映した教育となるとなかなか。 だから、やっぱり税金を納めるだけじゃなく、学校の運営に親が関与していくべきなんだと思います。できる範囲で。できない人もいるだろうけれど、その人の分は余力のある人がカバーして。 あと、子どもたちを育てるとき、できるだけたくさんの人、たくさんのオトナと触れ合いうことが大切なんじゃないかな。 ふたりの親と、ひとりの担任だけをオトナのモデルとしてたんじゃ、子どもたちが自分の将来像を見据えるときに不自由だと思います。 いい人も悪い人もいて、いい人にもダメな点があり、悪い人にもいいところがあり、自分に合う人も合わない人もいて、それが社会。その社会の中でしたたかに生きていかなきゃいけないんだもん。 というわけで、保護者は学校の様子を知るべきだし、先生のことを知るべきだし、自分の思いを伝えるべき。 そのためにはどうすればいいの? まずは学校に行ってみなきゃ始まらないんじゃない? そーいうことだと思っています。
2006年01月08日
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市P協が主催のコンサート。「ファンタジーとマーチ」と題して、大阪シンフォニカー交響楽団が「夜想曲」「結婚行進曲」(メンデルスゾーン)、「ラコッツィ行進曲」(ベルリオーズ)、「凱旋行進曲」(ヴェルディ)、「トルコ行進曲」(ベートーヴェン)、「威風堂々」(エルガー)など、そりゃもう「おなじみ!」の曲を演奏してくれます。 (ほぼ)フルオーケストラの2時間の音楽界が1,000円(市P協会員でない方は1,200円)で聴けるってんですから、お得ですよね。 経費の半分以上を市P協が出し、市民文化振興財団の助成も受けているため、このお値段で提供できるんです。「そんな、一部の人たちにしか還元されないような事業に市P協の会費を使うとは何事!」とか言う人いるかな? いるかもしんないなー。でもまあ、希望者すべてに開かれている事業ですので、いいんじゃないかなぁ。 さて、わたしは受付です。去年は受付の段階で座席表見せて、希望する席の指定券をお渡しするというとんでもないやり方だったもので、そりゃもうあわてました。一時間以上かかって、かろうじて全員に指定券渡すことができましたが、最後のほうは希望も何もあったもんじゃなくて。 どーせ開演2時間以上前から並び始めるのだし、自由席でいいじゃん! と強く訴えさせていただいた結果、今年は完全自由席となりました。 ってことは、申し込み確認ハガキと振込み票を見て人数を確認し、パンフレットを渡すという作業だけですので、こりゃもう楽なもんです。30分もかからず、並んでいた人みんなに入ってもらうことができました。 そりゃホントは座席指定券を販売して持ってきてもらうのがベストなんでしょうけどね。それやると経費がさらに膨れ上がるわけで。今年のやり方はまずまず、だと思います。 開演してからは、お茶飲みながら他の役員さんと話したり、中に入って演奏を聴いたり(「威風堂々」大好きです)。やっぱ2階席だと音はいまイチだなーとか思いました。 閉演後、すべてのお客さんをお見送りして、役員も解散。今年のPTA仕事始めは、無事に終了いたしました。
2006年01月07日
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朝、マナビィひろば文化祭の会場取りに、抽選に行ってきました。伴侶も一緒。あとおふたりにもお願いして、4人で別の団体のふりしてそれぞれ申し込み、抽選に望みます。 第一希望の時間、競争相手は一団体だけ。でまた、その人が知り合いだったりして。ちょっと申し訳なかったりもしますが、5分の4の確率で無事に当たりくじを引き当てました。良かった~。 夜、ふれあい懇話会(中学校を中心に、青少年の健全育成や小中連携をはかる組織)の夜間パトロール。中学や、おとなりの小学校の役員さんたち、ウチの本部のお母さん、先生たちと一緒にゲームセンターなどを主に回ります。 いましたいました。いかにもやんちゃそうな中学生のグループ。悪いやつらじゃないんだけどね。エネルギーをもてあましてるんだよね。話をすれば素直なもんです。 歩きながら、引率下校のことをおしゃべり。うまくいくかなー。難しいんじゃないの? って声も多くて。本部の中でも、できるかどうかみなさん半信半疑。わたしも微妙かなと思いつつ、地域のみなさんの協力が得られればなんとかなるかも、とも思います。 一年生の保護者の7割が毎週1回協力してくれるとして、月1回の協力者が200人……。やっぱ微妙だなー。 なんとかなりますように。
2006年01月06日
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原稿書きその他にずっとバタバタしていました。そりゃもう単純に、やるべきことやってないからいけないんです。 3月にマナビィひろばの文化祭を行う会場、優先使用のお願いをしなきゃいけないのに放ってました。ごめんなさい。「地域団体での使用でも、このところ優先使用を認めない方向になってきています」なんて担当に言われて、ちょっと気が重くなっていたんですよね。ちゃんと通すべきところから話を通せば大丈夫だったのに。 で、今日になって通すべきところに電話したり行ったりしても遅すぎます。ちゃんと並んで抽選で取らなきゃいけません。大失態です。これで抽選に外れた日にゃ……。みなさんご迷惑をおかけします。 市P協の広報誌に載せる専門委員会の活動報告。できれば年内に、遅くとも年明け早々にということだったのを、これまた放置していました。PCがどうのとか、言い訳にすぎません。A3で1ページ、文字にしたら10枚分ぐらいのもんです。だだっと書けば4、5時間のことをなぜやっていなかったのか。はい、やりました。ぎりぎりなんとか放り込みました。 そうそう、ブログの異常についてメールしたところ、すぐに返事来ましたです。「確認したところ、異常が発見できませんでした」って。うーん、更新してから2時間ぐらいで正常になりましたからねー。多少のタイムラグは仕方ないとは言え、ちょっと時間かかりすぎのような気もしますが……。 今年こそしっかりしようと、年頭の誓いを新たにするかいちょーでした。
2006年01月05日
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きのうの日記、書くのが遅かったせいなのか、表示されたりされなかったり。HomeやDiaryからだと、見れないことが多いです。 月のカレンダーでも、3日のぶんのリンクができてたりできてなかったり。 記事名のリンクも、ときどき「古い記事は見つかりませんでした」なんて表示されることもあって。 なんじゃこりゃ? とりあえず今日の日記を書いたら変化があるかどうか試して、直らなけりゃ問い合わせしてみます。 あ、今日という一日は、家族でお買い物(モデルガン屋、家具屋、電気屋)に行ったほかは、体の痛みに苦しみつつPCのセッティングに終始しておりましたー。
2006年01月04日
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父親会のメンバーと日帰りのスキー旅行に行ってきました。 6家族16人。車3台に分乗して、6時半にいざ出発。 後ろの席の子どもたちは即座に爆睡。ナビ席の父親会役員とおしゃべりし、あるいはトランシーバーで他車と打ち合わせながら奥神鍋に向かいます。 天気は曇ったり晴れたり雨降ったり雪降ったり。スキー場がどんなか心配しつつ、休憩1回、行程3時間で到着。雪はちょっと降ってますが、滑るのには問題なし。いい感じです。 わたしは10年ぶりぐらいかな。息子は小学校のスキー合宿のみ(2歳のときに背負って滑りましたが、覚えているはずもなし)。娘はまったくの初体験です。 レンタル屋で一式借りて、いざゲレンデへ。 息子はベテランのお父さんに連れられて初級者のゲレンデへ。わたしは娘に板のはめかた、倒れ方、止まり方を教えて。 昼食後、娘はスクールに放り込んで、息子と一緒に滑りました。二泊三日のスキー合宿でも、けっこう滑れるもんなんですねー。びっくり。中級者向けのゲレンデもボーゲンでぴゅーぴゅー滑り降りていきます。わたしはゆるゆる。無茶しなーい。 今度は、2時間のスクールを終えた娘と一緒にリフトに乗って。スキーって、リフトに乗ってる時間がけっこう長いんだよね。そのあいだにあれこれおしゃべりするのがスキーの醍醐味かもー。 でまあ、娘は初級者ゲレンデはどうにかこなしたものの、ちょっと斜度のあるところですっかり腰が引けてしまい、降りるのにかなり苦労しました。 でも、「また来る~」でしたから、よかったかな。 帰りは同乗者と運転を交代しつつ、睡魔と闘いつつの4時間。SAの夕食もおいしゅうございました。 帰宅して、寝て起きたら、足と腹筋がへろへろ~。あートシだなぁ、の43歳父でありました。 また行こうね。
2006年01月03日
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伴侶は福袋が大好きです。 いそいそと出かけて行きましたが、「遅かった~」なようです。それでも3袋買ったようです。 わからん。欲しいもんだけ買うほうが安上がりでないの? ま、いいけどね。 わたしは子どもら連れて街へ。おもちゃ屋だのホームセンターだの見て回って、買い食いして。 夜は母と鍋して。 まったり時間が過ぎて行きます。 やらなきゃいけないことは山ほどあって、心は焦っていたりするけど、やっぱり正月はまったり過ごさなきゃいけないもんだと思っています。 あしたは父親会の連中と日帰りスキーに行ってきます。その準備もしなきゃ……。
2006年01月02日
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除夜の鐘を聞きながら、町内の神社へ。 小さな、いかにも“地域の”社です。 そして、地域の人たちがかがり火をたき、お神酒や甘酒をふるまってくれています。感謝です。 子どもを連れてお客さんとしてお参りするのもまたよし。いつかお手伝いする側に回ることも、たぶんあるんでしょう。 初夢は見ませんでした。ぐっすり。 で、一分の距離にある母の家に行って挨拶。雑煮とお節食べ、昼はうだうだ。 午後、兄の家族も来て、いちおう一族(って3家族8人ですが)揃いました。 わたしが小学生だった頃の正月は、5家族27人で餅やミカンを競うように食べました(一食で餅も10kg、ミカンも10kgって感じでなくなったもんです)。で、庭で焚き火をしたり、原っぱで凧揚げしたり、そりゃ賑やかでした。 それに比べると、落ち着いた、淡々とした正月です。 おしゃべりしながらミカン食べるのは同じですけどー。 なわけで、外に出ることもなく、ぼーっとした元旦でありました。
2006年01月01日
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