山の中で修行していたなら良かったのに残念ながら茨城県の地方都市で生きていたから、スーパーマーケットのナイト・スタッフの職を得ていた。森に住む古代のヨガ行者として生きるべきだった。悟りを開いたが、生活は堕落した現代人であったのだ。私と妻の趣味は社交ダンスであり、美味しいものを追い求めるグルメであったのである。こ洒落たレストランでヒレ・ステーキを頬張る悟りを開いたヨガ行者。そこに矛盾があった。インターネットの時代を生きる真人は、それでいいと思っていた。真理は厳粛で矛盾は矛盾、間違いは間違いである。現代人でありながら、悟りを開いてしまったんだから、グルメとしての食生活ぐらい許してほしい。そう神に願っても、神は真理を曲げない。堕落した食生活を続けるうちに私は糖尿病となっていた。糖尿病は恐ろしい病だが初期のうちは自覚症状がない。急性心不全となって初めて間違いが暴露された。
強さを目指し47年間ひたすらに鍛え続けた結果が糖尿病そして合併症である急性心不全、呼吸困難、ICU入院である。
ストレッチャーに乗せられて運ばれている私は呼吸困難のため、眼を開く力さえ残っていない。なんという弱さだろう。まさに弱さの極み。極限の弱さと言っていいだろう。
《 極限の弱さ 》
極限の強さを求めて47年、修行した結果、賜ったのは、極限の弱さである。
《 極限の強さと極限の弱さ 》
私が命がけで学んだものはキリスト教と中村天風先生の天風哲学、そして肥田式強健術の三者だけである。