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先日仕事で知的障害者を雇用している事業所に行きました。受け答えのできる人たちでしたが、働く大人の知的障害者を見れるのは今後の私にとって励みになるものでした。成人している障害者だけど、やっぱり純粋な表情でとても可愛く思いました。付き添いで来ていたお母さんたちに自分の将来の姿を重ね、せつなくなることもありませんでした。みんな生き生きとしていたからかなぁ。付き添いに来られなかったお母さんが手紙を書いて本人に持たせてくれました。『迷惑かけることもあると思いますがどうぞよろしくお願いします。』と。その文面を見たときに胸がいっぱいになり、泣きそうになりましたが踏ん張りました(^_^;)やっぱり心配ですもんね。その気持ち、よ~くわかります。健康診断のやり方も障害者でも対応できるものを用意したりして私自身勉強になりました。経営者の奥さんがいろいろ仕切ってくれ、健診終了後には私達にお茶とお菓子、漬け物までふるまっていただきました。とてもあったかい雰囲気に感動でした。こんな風に障害を持っていても働く場所を提供してくれる人もいるんだな・・・なあくんも大きくなったらこんな風に働けたらいいな・・・こういう人に巡り会えたらいいな・・・そう思いました(*^_^*)荷物を運び、みんながバスに乗り込んだ後、私はどうしても自分が感じたことを伝えたくてその奥さんのに走り寄りました。「私の息子にも障害があるんです。」「どんな?」「自閉症です。」「あぁ、そうなの。自閉の子たちとの接し方も私ばっちりだよ。みんな純粋だよね。」「こういう場があることを知って嬉しかったです。息子の将来もなんとかなるかな・・・って。」「がんばってよ!大丈夫、大丈夫!!」必死に涙は我慢しました(*^_^*)なあくんの将来・・・今から考えてもしょうがないってわかっているけど考えちゃいます。いつか・・・宝くじが当たったら障害者を働く会社を作りたいと思っています。なあくんの好きなお菓子やパンを作る仕事を提供できれば・・・と。でも自分でできなかったら職場を探さないと。。。学校を通して授産所などを見学する行事があるけど、私は行ったことがありません。行ける時間がありません。だからこんな風に職場を見せてもらえ、雇用している人の優しさを実感できてありがたいです。私をその事業所に行かせてくれた上司にも感謝します。順番では私は行くことはなかったところなのだけど、きっとそういう場所を見せたいという配慮があったと思います。今日デパートにみんなで行きました。物産展をやっていて、なあくんは今川焼きのようなおまんじゅうを作るブースに釘付けでした。この作業なら、なあくんできるようになるかも・・・そんなことを考えてしまいました。働く大人になろうね、なあくん!
March 29, 2009
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今日はなあくんの学校で離任式がありました。2年間お世話になった先生が異動されるというので私も離任式には出席しようと思っていました。なあくんが入学して初日に電話をかけてきてくれた先生です。「私、お母さんの後輩なんですよ~!」と聞いた時になんだかとてもほっとしたのを覚えています。私は連絡ノートに困ったことや嬉しかったことを毎日ずらずらと書いていました。休日での家での様子とかちょっとしたなあくんの発言とか書かずにいられなくて・・・先生も読むの大変だったと思います。でもどんな小さな悩みにも真摯に受け止めてくださり、必ずお返事をいただくことができました。いろんなアイデアを提案してくださり、先生のおかげで私たち親子はずいぶん暮らしやすくなりました。そんなことを思い出していたらすごく寂しくなって・・・離任式で見送る自分を想像したらすでに泣けてきてしまって。。。離任式行ったら号泣してしまいそうで、今朝急遽行くのをやめることにしました。逃げちゃったんです。でも。。。先生にお礼を言いたい!!と思い、慌てて手紙を書きました。感謝でいっぱいです。寂しいけど仕方ない。だけど県外に行ってしまうのでそれがすごく寂しいんです。県内だったらまたみてもらえるかも・・・って思えるのにね。また新しく信頼できる先生に巡り会えると信じてます!!春はお別れの季節・・・痛感してます。。。ずっと私を見守っていてくれた友人が海外に駐在することが決まりました。とても寂しいです。心にぽっかり穴が開きそうです。ただでさえ心が不安定な時期に・・・県外でも遠く感じるのに海外だなんて・・・神様は意地悪です。
March 27, 2009
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なんだか。。。また情緒不安定に陥ってしまっています。自分の意思とは無関係に涙がこぼれてしまいます。休日でも私の時間は何もなく・・・なあくんといるのが辛いわけじゃない。でも周りの人たちが幸せに見え、私だけ・・・と孤独になる。この先の人生もずっとこのまま。こんな人生ならもう・・・本音なんて誰にも言えないし、読んだ人を心配させたくないって思うからここにだって本心は書けない。だけど、自分が心配でみなさんに監視してもらおうと今は書いています。どうにかなりそうな自分をなんとかしなくちゃとなあくんの学習発表会のビデオを見ました。あの時の感動を思い出そうとしたけど・・・ダメでした。昨日は仕事でしたが、同僚の何気ない一言で涙があふれそうになったり。普段なら笑って言い返せる嫌味な冗談もグサグサと心に突き刺さってすごく苦しかったです。思い出したくないこと・・・そっとしてくれたらいいのに。楽しいこともないし、生きている喜びもない。何を食べてもおいしいと感じられず、気がつけば泣いています。おかしいですよね。苦しみをわかちあえる人が欲しいなぁと思います。こんな文章書いてしまってすみません。今日の日記にはコメントしないでください。どんな言葉をいただいても意固地になってしまうと思います。勝手ですみません。
March 22, 2009
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昨日なあくんが学校からこの一年間に作成した絵や版画などを持ち帰ってきました。きれいに包装され、表にはなあくんが自分で書いたと思われる名前も書かれていました。開けて中を見てみるとたくさんの絵や発表会で使用した衣装などが入っていました。おじいさん役で被っていた帽子を被せてあげると「お~むすび~」と歌い始めて・・・とてもかわいかったです(*^.^*)絵や版画にはどんな風に作ったのかがわかるように、作成中の写真が添えられていました。こういうところにこの学校の先生たちの気配りが感じられます。楽しそうに絵の具を使用している写真が添えられた絵を見ると塗っている時のなあくんの声が思い浮かびます。夢中になってバレンを使っている写真つきの版画を見るとすぐに作業にとりかかりたくてたまらなかった様子が想像できます。作品だけじゃなく、途中の様子がうかがい知ることができることが私はとても嬉しく思います。保育園の時にもこんな風に作品集のようなものを持って帰ってきたけど、私は一度も開封することはありませんでした。捨ててしまったものもたくさんあります。見て虚しさを感じてしまうのが嫌だったから。だって・・・なあくんの作品じゃないんだもの。先生の手がたくさん加わってて・・・だから見たいとも思いませんでした。でも今は1つ1つを穏やかな気持ちで確かめることができます(^o^)こういうものを持ち帰ると改めて年度末なんだなぁって感じます。もう今週はずっと帰りが早く、すぐに春休みに突入。そして新学年になり、なあくんは3年生になります。このままかわいいなあくんでいて欲しいって思うけど・・・今日家に帰るとヘルパーさんの派遣事務所からFAXがきていました。春休み中のヘルパーさんが決まったのでその連絡です。それを見てびっくり!去年アメリカに留学するため日本を離れていたヘルパーさんの名前があったのです。夏休みにも一時帰国をして一日だけなあくんをみてもらったのだけど、今回も一時帰国で3回ほどなあくんのケアに入ってくれるそうで・・・嬉しいです!!アメリカからNew Year Cardを送ってくれ、近況を教えてもらいました。向こうでも福祉に携わっている彼女を知り尊敬でいっぱいです。私はなあくんに障害があったので福祉を勉強したり関心を寄せざるをえませんでした。でも彼女のように若い人が福祉の道を志してくれ、私のような障害児の親としてはとてもありがたいことに思えます。彼女の存在が励みになります(^o^)夏とはまた違ったなあくんを感じて欲しいなって思います。
March 17, 2009
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先日なあくんの学校で個別面談がありました。この一年間を振り返ってのことと来年度への目標を親と先生とが確認するのが目的です。いろんな項目について年度当初に立てた目標がかなりの割合で達成できていました。「どうですか?お母さん。この一年を振り返ってみて。」「何よりも発表会での一人で歌を披露する姿を見られたことが未だに信じられなくて・・・ 言葉を持たないと言われた子が歌を歌うなんて・・・この一年の大きな成長でした。 春にはトイレでウンチができるようになり、夏には薬が飲めるようになり、 秋には歌を口ずさむようになり、冬には人前で歌を歌い、セリフもバッチリ言えて・・・ これまで半年、一年単位で成長を確認できていたけど、学校にあがってからは季節ごとに 成長を実感できるようになったと感じています。 これも先生の的確な指導のおかげだと・・・」ここまで言うと涙腺がやばくなってしまい、「どうしよう、先生。泣いちゃいそう!」「やめてやめて!私もらっちゃうから!」と先生に言われたけどもう遅かった。。。二人で泣いてしまいました。「無理だと思っていたことでもできるようになるんですね。保育園の時は絶望しか見えなかったから。 そりゃ絶望して落ち込むことは今だってあるけど、あの時の苦しみとは比べ物にならないです。」「お母さんがそうだったように今苦しんでいるお母さんたちもいるんですよね。 そういうお母さんたちにいつかこうなるんだって伝えるのがお母さんの役割ですよ!」ほんとにね。今、絶望の日々を送っているお母さんたちになあくんの成長を見て欲しいと思います。2歳の時から4年間は毎日が地獄で死ぬことばかり考えていて・・・子供に障害があるって宣告された時の母親の気持ちや他の子を見た時の虚しさ、前向きにならなきゃと無理して笑う気持ちは同じ経験をした人じゃないと絶対にわからないものね。そんなお母さんたちに私の実体験が役に立てればいいなって思います。今日はなあくんと二人でお出かけ。いつもヘルパーさんに連れていってもらう科学館に行きました。私とは行ったことがなかったので、どんな遊びをするのか、見てみたくて。 いろんなものを試していました。 何度もヘルパーさんと来ているので、どこに何があるかお見通しの様子でした。とてもいい表情でした(*^.^*) こんな場所に連れてこれるようになったのもなあくんが成長したからだよね!
March 8, 2009
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今朝、いくら呼んでもなあくんが起きてこなかった。いつもなら私が起きると一緒に起き、ベットの中でごろごろした後ご飯を食べに起きてくるのに。どうしたのかな?と見に行くとベットから転げ落ちるように出てきた。そして次の瞬間よろけて私にもたれかかってきた。なんか変だわ・・・いっこうに歩こうとしない。かかとを床につけることができず、つま先だけで立っていた。なんなの???歩くように促しても足が前に出ない。急に歩けなくなってしまいました。トイレにも私が抱えて連れて行き、便器の前に立っていることもできなかった。もちろん着替えも一人ではできない。病院へ・・・と思ったけど、本当に痛いのかわからないので少し様子をみてみることに。バスへ乗せるのも大変で、介助員さんがその姿を見て最初笑っていたのが「今日は歩けないんです!」と伝えると急に心配そうな顔に変化。連絡ノートに今の状態を書いて不安いっぱいで学校に行かせました。いつ学校から連絡が入るかと私も心配でたまらなくて。。。今日は私の健康診断があり、バリウムを飲む予定だったので、学校から連絡があったら病院へ連れて行かなきゃならないだろうし・・・下剤飲んだらそんなことできないし・・・と悩みました。結局連絡が入ったのはお昼におばあちゃんからでした。学校の先生からおばあちゃんに電話が入り、病院に行く必要はないでしょうと。様子を見ていたけど「かかとぴったんこ!」と言うとかかとをつけて歩くそうです。なあくんのブームのような感じだと言われておばあちゃん爆笑していました。そしてお迎えに行ったおばあちゃんから今度はメールで報告がありました。バスからジャンプして降りてきて、朝との違いに介助員さんも大笑い(^o^)家でビデオ見ながらいつものジャンプしていると書かれていたので全く不安はなくなりました。なあくんのブームですって!なんて人騒がせなんでしょう!!おばあちゃんは難病を発症したと思い、車イス生活になるのを危惧していたそうです。私も骨が固まって関節が動かなくなってしまったのではないか、かぜ薬の副作用でこうなっちゃったのではないか・・・とそりゃもう心配しました。なのに、ただそういうふうに歩くのを楽しんでいただけなんて・・・連絡ノートには詳しく今日の状態が書かれていました。痛いのではなく、なにかのきっかけでそういう状態を楽しむこともあるのではないかなと先生の意見も。全くその通り!!と思いました。昨日、障害児学童にお迎えに行くとなかなか出てこなくて、ずっと正座をしていたから足がしびれて歩けなかったのです。ヨロヨロと歩いてきたなあくんは笑顔でした。家に帰ってきてからも不自然につま先で歩いていたので、その時からずっとしびれた時の刺激で自分なりのパターンを作っちゃったんでしょうね。みんなを心配させてぇ!!なあくんはそんなつもりは全くないし、一人で楽しんでいるだけなんだけど・・・ね。何だかとっても疲れました。仕事もいろいろあるし・・・気楽に穏やかに過ごしたいなぁって思います。
March 3, 2009
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