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昨日の夜は久しぶりに泣き明かしました。いつもは服用している頭痛の薬のために寝つきがよすぎるのだけど昨日はなぜか眠くならず、テレビを見ていましたが寝よう!と布団に入って目を閉じた瞬間に急に涙が出てきて。。。胸の奥から突き上げてくる悲しみで過呼吸気味にもなってしまって。特別何があったわけでもないのに、とっても苦しい涙でした。私はこのところずっと心から『楽しいな』と思える時間がありません。泣きながら私は一生こんなふうに生きて行くんだ…と独り言を言っていた自分にびっくりしちゃって。なあくんの寝顔を見てはこんなにもかわいい子供がいるだけで幸せじゃないか!と必死に自分で自分を慰めようとしていることも悲しくて。私より不幸な人は必ずいるはずだと思うのだけど…悲しいことに人と比べることで幸せを実感したいと思ってしまっています。『しあわせはじぶんのこころがきめる』というけど、私は人から『幸せだね』と言われたい。『幸せそうだね』とはよく言われるのだけどね。と。。。こんな後ろ向きなことばかり泣き始めると考えてしまってひたすら泣いていました。明日の朝はひどい顔になるだろう…と思っていたけど予想外に瞼が腫れてなくてホッとしました。朝から昨夜の気持ちは引きずったまま。それなのに仕事でも問題ばかりで…仕事がうまく流れるように、みんなが気持ちよく仕事できるようにあれこれ考えて必死に意見している自分がバカバカしく思えて悲しくなりました。こんなに一生懸命になることないじゃん。適当におとなしく仕事こなしていけばいいじゃんって思うのだけど…それができなくて。みんなの意見を代弁することに疲れました。結局その跳ね返りは全部私に来ます。もう嫌です。いっそのこと今の仕事を辞めて、なあくんの学校に合わせた時間帯で勤務できる仕事に就こうかな。収入が少なくなってもストレスが軽減され、時間にも余裕ができた方が私の気持ちにも余裕が出るよね。こんなことを一日ずっと考えていました。今日から一つ新しいことを始めました。数字がなんとなく理解できるようになったので、デジタル時計を購入し、私の帰宅時間を数字で表現してなあくんに示すことにしました。 初日の今日は私の写真につばをつけようとしたなあくんをおばあちゃんが注意したことで大騒ぎ。時計と数字とのマッチングどころではなかったようです(^_^;)でもしばらく続けてみようと思います。こんなことも仕事変えたらしなくてもいいんだ…とまたまたそんなことも考えてしまって。きっと今夜も泣いて過ごすと思います。幸せにはなれない…そんな自信なんていらないのに、確固たる自信が自分の中にあります。幸せになりたいって望むことは自由なのに、望むこともできない自分が嫌です。
October 28, 2009
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昨日仕事帰りに美容院に行きました。伸びてきた髪がうっとうしくておばあちゃんにお願いして行かせてもらうことに。でも最近のなあくんは土曜日は12時半に私が帰ってくると思っているので不安でした。とにかくお昼を食べたら公園にでも行って気を紛らせてもらうことになったのですが…仕事が終わって外に出ると雨が。。。どうしよう…とおばあちゃんに様子を聞くと後ろでなあくんの泣き声。はぁ。。。本当はパーマもかけたかったのに、あんな声を聞いたら無理で…家から近くの美容院なので一度帰って着替えもしたかったけどそれもできません。お昼だって食べずに行きました。カットとカラーで一時間半。パーマをやるとなると3時間はかかっちゃうもんね。髪型も自分の自由にならないことが悲しいです。以前は日曜などにヘルパーさんをお願いしてその時間に美容院に行っていました。でもこの頃は平日の夕方にヘルパーを利用せざるをえないのでそれができず、私の時間が取れなくなってしまいました。なんとかならないかなぁ。私の髪が長くなければだめだった保育園時代からのこだわりはすっかり消え、長さだけは自由になるようになりました。今回は中学生以来の短さで、鏡を見るたびに自分じゃないような不思議な感覚になります。ほんとは…パーマかけたかったのにぃぃぃ。短い髪のせいで首がスースーして寒くてたまりません。今日は今期初めてタートルネックの洋服を着ましたがそれでも寒くて。。。風邪ひかないようにしなくっちゃね!なあくんは私の帰りを待ち暴れていたそうです。大好物のラーメンを食べさせようと誘ってもダメでお菓子を泣きながら食べていたと。私さえいれば泣くことないのに。。。美容院に行くのだって私はいろんなことを考え、準備もしなければなりません。食料品以外の買物だって行けません。コンタクトだってなくなっているのに買いに行けません。化粧品や洋服、下着すらすべてがネットで買っています。手にとって実際に見ることもできず、買い物を楽しむことなんてできません。はぁぁ。こんな生活いやだよ。相変わらず頭痛は続き、定期的に病院にも通っています。私に合う薬を探しているのですが、なかなか見つからず…でもこの土日、頭痛と目の痛みはありませんでした。薬がはまったのかな?睡眠時にしっかり脳を休めるために就寝前に安定剤をずっと処方されていました。寝つきはいいのですが、夜中何度も目が覚め、なあくんのこと、仕事のことを考えて眠れなくなる日がたくさんありました。そういう状態だと脳は休めずに頭痛を助長させてしまうそうで…ぐっすり眠れるため、頭痛のためとはいえ、安定剤を常用しています。何年か前に精神科に飛び込んだ時の薬は今もお守りとして持っているのだけど心の病以外で安定剤を飲むことになるとは思っていませんでした。このまま頭痛がなくなればいいな♪今日はおばあちゃんの誕生日。昨日の夜、なあくんに「おばあちゃん、お誕生日おめでとう」と3回ほど練習をさせました。そして今朝おばあちゃんにはっきりと言えることができました!これだけの練習でも言えるようになったんだね。すごいわ(^O^)/おばあちゃんはケーキよりも和菓子が食べたいと言うので和菓子を買いに行きました。そこでなあくんが困った行動をとってしまい…おもちを粘土のようにのばそうと手でギュッギュと押してしまうのです。すかさず私が注意すると噛みついてきて。。。すぐに店の外に出ましたが車の中でも助手席で頭を打ち付けたり、運転している私の腕を噛みついてきたり。この頃注意されると怒るようになってきました。「前に戻ってきちゃったね。」とおばあちゃん。保育園の時はいつもこうでした。注意すると暴れていましたが、学校にあがってからは「ごめんなさい」と言って暴れることはなかったのに。。。この頃学校でも乱れているようで、金曜日は連絡ノートに昼休みを保健室で過ごしたことが書かれていました。どうしちゃったんだろう。スクールバスから降りてくる時にも泣いて暴れていることが増えています。後退しているとは思いたくないのだけど。。。
October 25, 2009
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昨日市役所と学校のコーディネーター、ヘルパーの事業所、レスパイト事業での障害児学童の事業所、地域支援事業のコーディネーターとが集まってなあくんのことを話し合ったそうです。この会議にあたって、各担当者から連絡が入り、今の私たちの状況を伝えました。夜、学校のコーディネーターの先生から少しだけ報告がありました。はっきりとした方針や方法を見つけ、私に示すことができず申し訳ないという連絡でした。すぐに変わるものじゃないのはわかっていたのでそんなにがっかりというわけではありません。でも今ある支援、方法の中でああでもない、こうでもないと話していても無駄な気がしてたまりません。私が一番に求めているのは普通小学校に当たり前のようにある児童クラブです。それがないからレスパイト事業の学童とヘルパーを併用してやりくりしているのです。今現在にできることはし尽くしているのに・・・その会議の中で身体介護を含めた居宅支援をつけたらどうかと提案が役所よりされたそうで・・・バカみたい。居宅支援というのはヘルパーが家に入り、見守りをするという支援事業です。なあくんは私のいない家にいることができないからヘルパーさんと外出しているというのに。おばあちゃんにこのことを話したら「じゃあ私の存在って何なの?」と怒っていました。おばあちゃんだってなあくんが泣かないように努力してくれました。なあくんの好きな料理を手伝ってもらったり、お気に入りのDVDをかけたり、お絵かきや粘土などあらゆる手段を使って泣かせないようにしてきてくれたのにね。相手がヘルパーだろうとおばあちゃんだろうと家にいることができないんだから意味ないのに・・・以前居宅支援もつけていたけど、なあくんはヘルパーさんとはお出かけするものと思っているので家で遊んでいることは無理でした。だからその時間も全て移動介護にまわした経緯があって何度も無理だと伝えてきていたのに・・・また逆戻りしろと言うのでしょうか?今度は私もその会議に入って話し合いをするそうです。これまでいろんなところで言ってきたことをまた言わなきゃいけないんだよね。それも方法がないと言われている中で。。。どこかのダム建設の話と一緒でダメだと結論が出ている話し合いに出ても意味があるのでしょうか?たくさんの関係者が集まってくれてなあくんのことを考えてくれたことは感謝します。でも。。。同じ話の繰り返しならもうたくさんです。疲れちゃいました。私の職場の前がスクールバスの停留所になっていて同学年のお母さんとたまに話をします。今回少し私が問題を抱えていることを話したら心配してくれて・・・「一人で大丈夫?援護射撃ならいくらでもするよ!子分としてついていくから!!」そう言ってくれました。とても嬉しくて・・・これまでいつも私は一人で行動していました。こんな時夫がいたら・・・と思う場面ばかり。自分たちは訴え方を知らないだけで訴えたい、わかって欲しいという気持ちはあると。方法がわからないから黙っているだけだと伝えてくれました。個人での限界を感じている私にとってすごくありがたかったです(*^_^*)今後どうしたらいいんだろう。。。もう矢面に立つのも精神的に辛いです。
October 20, 2009
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昨日の朝、なあくんが写真カードの中から『公園』の写真を持ってきて行きたいと催促してきました。最近公園なんて連れて行ってないので「よし!行こう!」とその写真の公園に出かけました。8時半すぎに着きましたが、私たちが帰るまでの2時間どういうわけか誰も来ませんでした。広い公園を貸し切り!という感じで解放感いっぱいでした。 学校にあがってから、この公園に連れてきた記憶がありません。以前できなかったタイヤの遊具、りょうちゃんと一緒に遊ぶことができてびっくり。いろんな遊具があっても砂いじりばかりだった姿がとっても懐かしくて… 楽しく遊び、私はぐったり。りょうちゃんと調子に乗って鉄棒やったら思いっきり太ももを打ち痛くてたまりません(^_^;)鉄棒を見ると必ず逆上がりができるか確認するのですが、たまごまわりというのをやって!と言われてやったら…こうなってしまいました。そして今日はバザーがありました。役員の私はなあくんと早々学校へ。私が仕事をしている間になあくんは高校生のボランティアさんとお出かけ。いつも引き渡す時に私と離れたくなくて大騒ぎするので憂鬱でした。ドキドキしながら引き渡し。でも少し曇った表情を見せましたが「バイバイ」とちゃんと言って別れることができました。途中で託児担当の先生に会った時に「今日は泣いてないよ!」と報告を受けホッとしました。前日の夜も今朝もなあくんに何度も話しておいたのがよかったのかな?それとも今年役員で行事の度にボランティアさんにお願いしているので経験の積み重ねかな?いずれにしてもなあくんのことを心配せずに役員の仕事に没頭できてよかったです。終わり頃になあくんたちがボラさんと会場に来ました。在校生にはお菓子をすくってプレゼントしています。なあくんもお菓子すくいに挑戦。 カップを渡され、おなべの中のお菓子をすくいます。が。。。なあくんはすくうことをせず、思いっきり吟味してお菓子をカップに入れていました。 結局カップに入れたのはラムネ3個だけ。全く欲がないんだからぁ。他の子は何度もすくい直してたっぷりお菓子をGETしていたというのに…係の人が他のお菓子も入れてくれました。 お菓子すくいは私がいたバザー会場のすぐそばでやっていましたが、ここに来るまでも泣き声は聞こえず、私を見ても無反応(^_^;)結局片づけを含め、終わったのは13時過ぎでしたが、おなかが空いても機嫌悪くならずに楽しく過ごしていたようです。やれやれ。バザーにはうちのおばあちゃんも来ましたがお金を寄付していくと言い出してびっくり。お世話になっているからといってもねぇ。宝くじにでも当たったらにしてほしいわ。そのおばあちゃん、わざわざ来たというのに、一緒に開催している普通小のバザーには行かなかったようです。「せっかく来たのに見なかったの?」「だって障害児は来るな!って言った人たちの集団じゃん!そんなのに びた一文出さないよ!」同じ敷地内の普通小の児童クラブに入れてほしいって言った時に言われたことを忘れられないんだよね。その気持ちは私も同じ。差別発言を平気でするような人たちばかりだったもんね。そうじゃない人もいると思うけど、やっぱりそっちの印象が強烈です。分校としてのバザーは今年で終わり。来年は新設校で特別支援学校だけの行事になります。そしたらおばあちゃん、たくさん買うんだろうな。おつかされま☆
October 18, 2009
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なあくんの参観日でした。今年は学校行事には積極的に!と決めていたのでいつもは参加していなかった参観後の懇談会も出席。午前の仕事が長引き、ギリギリセーフで間に合いました。参観は音楽の授業でした。 最初に歌、次に太鼓、そしてけんばんハーモニカ。 マイクを持つのが嬉しい様子でニコニコでした。太鼓もちゃんとリズムをとっていたし、けんばんハーモニカを演奏できるのもびっくりでした。色で覚えるようですが、なんだかほんと『授業』って感じ♪今までには見られない光景でした。なあくんは私を見ても素っ気なくて…家じゃあんなにくっついてくるのにね。先生もあまりの素っ気なさに驚いていました。その後の懇談会のテーマが『9年後の望む姿』でした。9年後というのは高校卒業の時期です。その姿に近づくために今何をしたらいいのか…何を教えていくのかを話し合いました。9年後のなあくん。私がいなくてもお風呂入れるかな?残業待てるかな?寝れるかな?私がいなくても。。。9年後、たぶん私は生きていると思うけど…私がいなくても最低限自分のことはできるようになっておかないとね。でもやっぱりなあくんを看取ってからじゃないと死ねないし、長生きしなくちゃ!っていうプレッシャーを自分で自分にかけちゃってて…ストレスは万病の素だからためこまないようにしなくちゃ…って思うことがストレスになり。。。そんなことをみんなの前で発言しました。他のお母さんたちもそれぞれの思いを話してて、やっぱりみんな大変なんだなって思いました。こども会に入れてみたけど他の子にからかわれていじめられる姿を見て自分が辛いとか兄弟との関わりについてなど…私も思い当たることばかり。みんな同じように悩んでいるのを感じました。共感してくれると本音を言いやすいんですよね。懇談終了後も私だけ先生に呼び止められ、さらに話をしてきました。私も市役所とのことで話がしたかったのでありがたかったです。私が市役所に行った次の日、学校に連絡があって早急に会議をしたいと言ってきたことや昨晩面談してきた移動介護担当者から電話があり、放っておいたことを詫びてくれたことを伝えました。そして学校と市役所が来週会議をもつことを聞きました。「お母さんはすごいと思います。」と先生からお言葉をいただきました。すごくはないし、できるならこんなエネルギー使うことはしたくはありません。でも。。。黙っていたって変わらないもんね。私が守らなきゃ。なあくんのためにできるだけのことはしようと思っています。私の小さな声でも言わないよりましだもん。午前中は保育園時代に通っていた療育施設に仕事で行きました。その間に小さな子供を連れたお母さんが建物に入ってきて…この人もか…と当時の自分が蘇ってきました。辛い記憶、悲しい記憶ってどうしてこんなにも忘れないものなんでしょう。初めてそこに行った時のことは鮮明に覚えているし、それからの日々のことも次々と浮かんできて…私を知っている人には会いませんでしたが、建物内を少し歩いていろんなことを思い出しました。だけどあの頃の辛い記憶があるから今を生きていられるんだよね。いっつも『あの頃に比べれば…』って思うもん。辛い経験も役に立つのです。今日はたくさんのことを考える一日でした。
October 14, 2009
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みんなで浜松モザイカルチャー世界博2009へ行ってきました。なんとなく行ってみたいな…と思っていて、目のためにも緑をいっぱい見なくっちゃ!と思ったからです。早起きして、珍しくおじいちゃんも連れてのお出かけでした。行きの高速でなあくんがパニックを起こしました。原因はわかっていますが、高速道路を運転中だったのでどうしようもできず…久々の派手なパニックでした。イライラしながらも到着しましたが、会場まで自家用車で行くことはできず、指定駐車場からシャトルバスで移動をしなければなりませんでした。こんな状態でシャトルバス…大丈夫か?と不安でしたがなんとかくすぐりながら機嫌をとり会場へ。やれやれ。。。 開園と同時に入場しましたがすごく混んでいました。でも屋外の展示なので人が多くても窮屈さを感じることはなく、青空の下で緑がとってもきれいでした(^O^) 一番なあくんが喜んだのは噴水のショーのようなものです。ジャンプしてケラケラ笑っていました。 たくさんの都市や国が出品していて、その都市の名物や名所を植物で表現していました。 「写真撮るよ~」と声をかけるとちゃんとカメラ目線。一つ一つの展示をよく見ていました。 私の住む静岡市の展示は富士山にレッサーパンダ、桜エビにまぐろ、みかんでした。 なあくんは着ぐるみや人形、マネキンなどを見るとすぐに口の中に手を突っ込みます。ディズニーランドに行った時もキャラクターの口ばかり触ろうとして困りました。獅子舞の口も真っ先に触りに行って… 4時間くらい滞在して帰路につきましたが、またまた大きなパニックを起こしてしまいました。行きと同じように指定駐車場にシャトルバスで帰るのですが、列に並んでいる最中にバスが行ってしまって…すぐにまた来るのに、もう手がつけられない状態になってしまって大変でした。周りの目もあるし、早くバスが来てくれるのを心から待っていました。3分くらいでバスは来たのだけど、席はいっぱい。おじいちゃん、おばあちゃんのことを考えたら次のバスで…となるのだけど、もう乗らなきゃ怪我をしかねないほどのパニックだったので、満席ではありましたが来たバスに乗りこみました。勢いよく乗っていきましたが席はなく…また暴れるか?と不安でいっぱいの私でしたが、一番前のスペースになあくんを連れていったのでそれは回避できました。いつもはまじまじと見れない運賃箱やバスのフロント部分の様子になあくんが興味を示したのです。駐車場まで10分ほどでしたが、私にはとてもとても長い10分でした。普段ヘルパーさんとお出かけする時やスクールバスは目の前で通り過ぎてしまうことがありません。発車前にはバス停にいるので、バスが自分を乗せないで行ってしまう経験がないのです。だからパニックになってしまったのだと思います。行きと帰りのパニックで精神的に疲れました。車で行ってパニックになったことは最近ではなかったことなので余計にダメージがありました。お天気もよく、会場では笑顔がいっぱいで私も気持ち良かったのですが…やっぱりお出かけは気疲れが伴います。
October 11, 2009
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ずっと悶々としていた移動介護の支給量の件で市役所の福祉部長という方に会ってきました。上司が紹介してくれて、滅多にないチャンスなので、頭の中を整理して訴えたいことをまとめるのが大変でした。福祉のトップの人に直接会って話ができるなんて…なかなかできないことだもんね。ちょっと緊張していたのだけど、福祉部長に会う前にバッタリ高校時代の友達に会ってびっくり。とっても懐かしくて騒いだら緊張がすっかりとれました。予定時間は30分でしたが、結局1時間半も話し込んでしまって。。。要望の趣旨をまとめた紙を渡しましたが、福祉部長は私の話を聞きながらマーカーでラインを引いたり、書きこんだりしていました。私の話をとても真剣に聞いてくれてすごく嬉しかったです。詳しいことがわからないので、担当部署の人を呼び、細かいところまで話をしました。夕方のヘルパーとの時間のために支給量が足りないこと、夏休み後のことは関係施設、学校と相談すると言ったのにされていないこと、法律がコロコロ変わり制度も変わるがその通知が利用者にされないこと、デイサービスの施設がないこと、普通小にある児童クラブがないことなどを話しました。現在利用している障害児学童はレスパイト事業の施設であり、児童クラブではありません。レスパイトってどういう意味なのかな?と調べたら『休息』だそうです。障害児を持つ親に休息を与えるための事業だったとは…初めて知って愕然としました。休息なんてないよぉ。利用料金の問題もあるし、利用したくても断られてしまうこともあるし…現状を詳しく話しました。そして障害児学童やデイサービス事業が欠落している私たちの地域でそのことが問題になってきていることを教えてもらいました。私の意見が後押しになれば…と思います。やっぱり訴えていかないと伝わらないし、当事者が行動しなければ理解されるはずもありません。私の訴えたことが通るとは思っていませんが、訴える時間を作ってもらい、じっくりと話ができたことで充実感でいっぱいです。上司にはお昼もごちそうになり、私が面談をしている間にケーキまで買ってくれていて帰りに車の中で食べてきました。上司の力がなかったらずっと悶々と言いたいことも言えずにいたでしょう。感謝でいっぱいです。今の状況が少しでも変わるように祈っています。
October 8, 2009
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昨日は夜遅くまで激しい雨が降りました。そして今日の天気予報は昼ごろまで雨でのち晴れてくるというもの。絶対にやるわけないと思っていたなあくんの運動会、信じられないことに実施という連絡でした。何を考えているのか?????大雨、洪水、波浪…などの注意報が出ている中、スクールバスになあくんを乗せました。お弁当を作っていても『どうしてこんなに悪天候なのにやるんだ?』と怒りでいっぱいでした。明日の天気予報が悪いならまだしも明日は晴れの予報。子供たちのことを一番に考えたら延期が当然。体温調整が苦手な子供だってたくさんいるのに…今日運動会を計画していた学校や保育園で実施したのはこの地域ではうちの学校だけだと思います。私もカッパを着て自転車で学校へ向かいました。バカみたいです。結局雨が止むまでホールにて開会式や応援合戦を済ませ、やっと11時過ぎに外に出てぐしゃぐしゃのグランドで競技が始まりました。 4年生のペアの子と一緒の競技。タンカで野菜を運び、カレーを作るというかわいらしい競技でした。なあくんは運ぶぞ!という意識はあまりなく、練習ではひっぱられることが楽しくてわざと身体の重心を後ろにして楽しんでいたそうです。だから前の子が顔を真っ赤にしてひっぱっていたと…(^_^;)本番では急ぐ様子は全くありませんでしたが、それでもなあくんたちが勝って先生とハイタッチ。 この子たちの独特なペースが微笑ましくて…なんともアンニュイな空気がおもしろかったです。欠席した子供の関係で急遽2回やることになりましたが、同じペースでほのぼのしていました。個人走にいたっても全く人と競い合うことはありません。マイペースが信条ですね。でも表情は笑顔いっぱいでした。 慌てて作ったお弁当。おやつを忘れてしまって…ごめんね。 お弁当後、なあくんを席に連れて行って先生に引き渡すと泣きだしてしまいました。参観日などはすんなりバイバイできるようになったのに…それから周りの嫌な音や声に耐えられなくなってより一層激しく泣いていました。最悪なコンディションでプログラムの変更が相次ぎ、そういう変化に苦手な子供たちが騒ぎ始めたことで、なあくんが苦しくなってしまったのです。そりゃみんな嫌だよね。変化に弱い子供たちだってこと、先生たちがよくわかっているはずなのに。。。 ずっとイヤーマフは外すことはできませんでした。 りょうちゃんが去年活躍してくれた交流の競技も削除されてしまって不機嫌になっていました。砂場の砂はごっそり撒かれ、そんなに無理をしてまでやらなければならない学校側の事情って何なんでしょう?1年生の時は雨の中子供たちは競技をしました。その時も朝から雨が降っていて。。。とりあえず今年の運動会は終わってしまいましたが、もっとゆったりとした気持ちで見学したかったです。楽しみにしていたイベントなんだもん。すべてのプログラムをじっくり座って眺めていたかったです。保護者の中に外国の人がいます。そのお父さんの応援がすごくて…自分の子供はもちろんですが、他の子の応援もひっきりなしにしていました。メガホンを持ち、大きな声で誰よりも目立っていました。お国柄なんでしょう。あんな応援は松岡修三以外の日本人ではできないでしょう。なんだかそのお父さんの姿に感動してしまって泣きそうになってしまいました。かわいくて仕方ないっていう感じで息子を抱きしめていたし、個人走の時はゴールした息子を抱き上げて誉めていました。素晴らしいお父さんです。とても羨ましくなってしまいました。子供たちよりもとにかく目立っていましたがいい光景を見られました(*^_^*)
October 3, 2009
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