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2008.09.28
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カテゴリ: 大日本帝国興亡史
 帝国海軍による作戦計画(ハワイへの先制攻撃を含む)は11月5日の御前会議後に允裁を受け8日に「説明書」が提示され15日に御前兵棋が行われたと推測。

 11月8日に「兵棋に依る作戦計画御説明に関する件(軍事機密)」が侍従武官長に渡された、発信者は軍令部総長と参謀総長。

 「本説明書は作戦計画允裁の際軍令部総長の上奏する処のものなるも御決意前に計画の上聞する時は本書を稍詳細に御説明す」

 と記されている。

○説明書 「兵棋に依る作戦計画御説明に関する件」/「防衛研究所図書館所蔵『昭和十六年上奏関係書類綴』巻一」よりの抜粋・概要

 <第一段作戦に於ける陸軍との共同作戦は略す>

 開戦癖劈頭比島及馬来に対する先制空襲と成るべく時を同じくして第一航空艦隊司令長官の率いる航空母艦六席を基幹とする機動部隊を以ち布哇(ハワイ)在泊中の敵主力艦隊を空襲する。

 右機動部隊は千島にて補給の上開戦十数日前内地を進発し布哇北方より接近し日出一、二時間前オハフ島の北方約二00浬付近にて全搭載機約四00機を発信せしめ碇泊中の航空母艦、戦艦並に所在航空機を目標として奇襲攻撃を加ふる計画

 本奇襲攻撃は・・・奇襲当日敵艦隊が在泊して居る限り戦艦及航空母艦各ニ、三隻を撃沈することは可能



 (米国主力艦隊との決戦について)米国海軍が仮に大西洋に在る艦艇を全部引揚げ決戦場に集中した場合は我は彼の約七割五分の勢力を有し航空母艦に於いては彼の七隻に対し我は小型を併せ十隻を有して居る。

 米国艦隊は現在艦艇の約四割を大西洋に配備して居リ日米開戦の場合にも独逸海軍に対する防禦の為若干の兵力を残す必要が在るので決戦場に於ける彼我兵力比は更に有利となると判断する

 ・・・

 敵の企画する通商破壊戦を困難ならしめます為敵が潜水艦基地として利用することあるべき濠州北部ニューギニア其の他南太平洋諸島に在る敵前進基地の奇襲破壊に努める

 ・・・

 (持久戦となった場合)日本沿岸並に南支那海方面に於て使用し得るのは根拠地が著しく遠距離に在る関係上・・・帝国自存上必要なる海上交通線の保護は可能の見込み

 ・・・

 <以下は対露戦に関して>

└─「外交資料 近代日本の膨張と侵略」より


○十一月十五日 宮中御前兵棋後「南方軍に対する任務」に関する上奏の節御下問要旨 よりの抜粋

御上:対米外交の成立した場合には軍の進発する事は取止めるんだらうな



└─「杉山メモ(上)」より


○「兵棋演習」(ウィキペディアよりの抜粋)
 兵棋演習(英:War game、またはMilitary Simulation)とは状況を机上において想定した上で作戦行動を再現して行う軍事研究である。
 日本において、自衛隊は「指揮所演習」と呼称し、報道される事もあるが、日本軍時代から多用されてきた「兵棋演習」の表現が用いられる場合もある。また、「図上演習」「机上演習」という言葉も存在する。
 これらは軍事分野ではほぼ同じ内容に包含されるため、本項では兵棋演習という表現を用いる。



〓勝手に独断と偏見〓

 「11月5日御前会議後作戦計画上奏時の御下問奉答」では「作戦計画の上奏・・・直ち御允裁を賜りたり」の記述があるので、「兵棋」は統帥部による允裁を受けた作戦計画の詳細説明と思われる。

 「布哇在泊中の敵主力艦隊を空襲」前後の記述は、ハワイへの先制攻撃が昭和天皇に告げられ作戦計画の詳細説明が行われた事を示している。

 国務と統帥それぞれに対しての最終決定者である昭和天皇は的確な判断とリーダーシップが求められる立場。


 以下は戯言

 官吏がどの程度正確な情報を上げてくることができるかは大きな問題、現在の公務員が全国の高速道路網構築にあたり、判断に必要な正確な情報を上げて国民の為になる決断ができているか。

 責任を取る対象が天皇・国民と異なっているが、当時の官吏は現在の公務員(政治家は別として)と比べて質が悪いのではないと思う。

 もし日本が天皇制のない民主主義国家あるいは共産主義国家だったら、どのような展開になっていただろう。

 明治天皇の時には清国に勝利しロシアに負けなかった、第一次世界大戦後の講和会議では日本の利益・権益を認めさせた。

 昭和天皇はこれ以上の事を行いたかったのか多少の色気はあったのか、満州・中国への進攻には主体的ではなかったと思うが、対米戦は統帥部が勝手に進めているのではなく当事者感があると推測。





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最終更新日  2008.09.28 07:45:27
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