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2008.10.11
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カテゴリ: 大日本帝国興亡史
○奏上・下問(9月6日の御前会議後~11月5日の御前会議直後まで)

◇9月9日:南方作戦構想に就き上奏の際御下問

 御上:作戦構想に就てはよく分つた 南方やつて居る時北方から重圧かあつたらどうするか

 総長:(南方を始めた以上は邁進するを延べ)但し北方に事か起れは支那より兵力を転用することなとも致しまして中途て南をやめる様なことはいけません

 御上:それて安心した

 ・・・

◇9月10日:対南方動員に関する上奏の際御下問

 御上:動員をやつて宜しい 而し近衛、ルーズベルトの話かまとまれは止めるだらう

 総長:仰せの通りてす



 総長:絶対とは申上けられませんか季節の関係上大きなものとは出て来るとは考へられません

 総長所感・・・(航空作戦関係)

◇11月2日国策再検討終了後東条総理陸海両総長列立上奏の際の御下問奉答

 ・・・統帥部としては航空部隊の準備に関する命令を御前会議に発令方希望の様てあり其際は御裁可御聖慮を煩し度い旨申上け御嘉納あらせらる

 お上:大義名分を如何に考ふるや

 東条:目下研究中・・・

 お上:戦局収拾にローマ法皇を考へて見ては如何かと思ふ

 お上:海軍は鉄110万屯あれは損害かあつてもよいか 損害はどの位ある見込か

 永野:戦艦1、甲巡2、軽巡4、飛行機1800機位かと考へます

 お上:陸軍も相当に損害かあると思ふが運送船の損害等も考へて居るだらうな、防空はよいか、朝鮮のダムか壊れたらどうするのか

 杉山:防空は全国的にやりますが、東京、大阪、北九州に重点をおき其他監視、連絡、燈火管制、地方消防をやる程度てあります



 お上:香港はマレー作戦を確認してからやることは解つた支那の租界をどうするか

 ・・・

 お上:租界は香港の後でやるのだろうな

 杉山:さうで御座います、他の方面でやるとマレーの奇襲は駄目になります

 お上:租界は何時頃やるか



 お上:お前はモンスーンで上陸か困難になると言つて居たが12月になつたが上陸は出来るか

 杉山:・・・一日でも早い方がよいと思ひます

 お上:マレーの天候の関係からはどうか

 杉山:マレーは機先を制して空襲やる様に考へて居りましたが気象上からは雨か3、4日連続降るので奇襲を主と致しました 比島は大丈夫と思ひます・・・

 お上:総理は航空の命令を早く出すことを話して居たあれはどうか

 杉山:・・・大命を御前会議終了後に発せられても何とか間に合ふ様になりました、又其方が筋が通つて居ると思ひます

 お上:筋の通つた方かよろしい

 お上:泰に対する外交交渉は大義名分から言へば早くするを可とし又軍の奇襲からは遅い方がよいと思ふがどうか

 ・・・

 お上:海軍の日次は何日か

 永野:8日と予定して居ります

 お上:8日は月曜日てはないか

 永野:休みの翌日の疲れた日か良いと思ひます

 お上:他の方面も同し日か

 杉山:距離か相当にはなれて来るので同時にはなり得ないと思ひます

◇11月5日御前会議後作戦計画上奏時の御下問奉答

 会議後作戦計画の上奏に際してはよく御納得せられたりと拝す、直ちに御允裁を賜りたり

 お上:此際秘密保持の点から軍司令官以下を何時頃現地に向け出発せしむるか

 杉山:・・・期日は未た確定して居りません

 お上:何時迄秘密か保てるか

 杉山:・・・何とも申上けられませぬ

 お上:北を騒がせるな

 ・・・

└─「杉山メモ(上)」より


〓勝手に独断と偏見〓

 昭和天皇は11月5日の御前会議以前に統帥部の作戦計画を了解しており、南方作戦の命令を11月5日の御前会議前に許可する可能性があったが統帥部が自重し御前会議後となった。

 昭和天皇は今回の御前会議をセレモニー程度に考えていたと推察する、作戦計画に関しては御前会議には重みがない。

──
 お上:海軍の日次は何日か
 永野:8日と予定して居ります
 ・・・
 お上:他の方面も同し日か
 杉山:距離か相当にはなれて来るので同時にはなり得ないと思ひます
 ・・・
 お上:何時迄秘密か保てるか
──

 昭和天皇はハワイへの先制攻撃の成功を望み「秘密か保てるか」を重要視は当然と思う。

 ソ連に対しては日米開戦時には日ソ戦回避を望む、終戦時には講和交渉をソ連経由で行うがソ連参戦によりポツダム宣言受諾となった。





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最終更新日  2008.10.11 08:27:08
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