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ただいま午前2時41分ですこんな時間だというのに年賀状を書いています。今年の年末は家族に病人が出て大変でした。大掃除もまだしていません。やっと時間ができたので、遅くなりましたが年賀状を書いています。ランチェスター経営では葉書を書くことを勧めているようなのですが文才のない私には、なかなかいい文章が出来ません。例文を使って作成するくらいなら、出さないのと同じと思いますので例文を参考に文章を考えています。お礼ばかり書き連ねるのも芸がないですし.....何を書こうかなでも、遅いからもう寝ようかな?
2003.12.26
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年末で公私ともに忙しいので、日記の更新をしばらく停止しようと思っております。時間が出来たら公開する予定ですが、今までのように毎日書くのは難しいと思います。よろしくおねがいします。
2003.12.19
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今日は昔話でなく 先日から勉強しているランチェスター理論を自分の会社にあてはめてみました。気になるところはいくつかあったのですが、対応の難しいところがありました。「使用者に近づく」ということで、下請けや孫請けの場合は使用者の意見を聞く機会が少なく改善に有効でないし、儲けも少なくなるとのことでした。私の会社は、コンピュータソフトウエアを開発しているものの、ハードウエアは市販のコンピュータを用いることがほとんどできません。そのため、ハードメーカーの作ったものを使うことになります。そのため下請けの立場から離れられません。自社でハードウエアの開発をするには、ランチェスター理論の「業種を絞る」ということと正反対になります。また、この業界は業者は少ないのですが、ユーザーも少ないです。そのため、広範囲に動きたい気にもなりますが、「弱者の地域戦略」に反することになります。ランチェスター理論は一つ一つは納得できるものですが、相反する理論もあり、私の会社に取込むには難しそうです。「半分の理論」とすると、何を取込み、何を排除するか、選択は難しそうですね。頭の悪い私には無理なようです。(^^;;)
2003.12.16
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会社を辞めることとなり、いざ就職先を探し始めました。ちょっとあてにしていた、就職誌もバブルの影響で掲載する企業も減ってきました。もともと人の少ない業種なので、求人はほとんどありませんでした。そんな時にそれまでお世話になった方から声をかけられ、話をしました。そのときはそんな気は無かったのですが、結局お世話になることにしました。正社員として就職することを勧められましたが、これ以上履歴書を汚したくないので、しばらく契約社員として欲しいと伝えました。会社の手続き上は、契約社員といっても経理上は業務委託です。いわゆる個人事業主になってしまいました。格好よく言えば企業ですが、アルバイト感覚の独立となりました。そのときは景気が回復するまでの腰掛のつもりでしたから深く考えずに会社の方針に合わせていました。その腰掛が10年もいるとは....(笑)
2003.12.15
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初めてのソフトハウスで仕事ではかなり充実した日々を過ごしていました。しかし、ある出来事がきっかけで、その会社についていく自身がなくなりました。社会経験が豊富な方には何てこと無い出来事だったと思いますが、私には辛い出来事でした。そのために、辞めることを決めました。
2003.12.14
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それまで勤めていた会社も倒産してしまい、今後の進路をいろいろ考えました。それまでの自分で何ができるかと思ったら、簡単なハードウエアの設計、製作とソフトウエアだけでした。自分の希望では、今までどおりハードウエアの業界へ進もうと思っていました。しかし、いろいろな起業に聞くと「君のレベルでは最初から覚えてもらうことになるので、給与もそれほど出せない」と言われました。やはり最後の頼りはソフトウエアだけになり、その道に進まなければならなくなりました。ソフトウエアといってもいろいろな分野があります。大きく分けると、アプリケーション系と制御系となります。私が携わってきた分野は、制御系なのです。たまたまこの業界は狭いので、業者も少ないのですが、技術者も少ないので、就職には有利でした。当時の就職誌で会社を探しました。家から1時間程のところに、それらしい起業を見つけ、面接に行きました。オフスビルの1部屋に事務所を構えていました。今まで工場で働くことが多かったので、綺麗な感じで、これがソフトハウスなんだろうなあと、思いました。仕事は大手電機メーカーの下請けでした。この会社の仕事は初めてのものを使うことが多く大変勉強になりました。残業も多く辛かった時期もありますが、私の携わった仕事がテレビで紹介されたこともあり、充足感に満たされることも多々ありました。ソフトウエアの技術者としては技術レベルが上がった時期でした。でも、ちょっとしたこだわりによって....続きは、また
2003.12.13
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普段は取引先に行くのに車を使っているのですが、この日は忘年会があるので、電車で出かけました。電車で取引先に行くのも久しぶりなので新鮮な気分でしたが乗り越さないように気を付けていたので緊張していました。電車で出かけるのも年に数回なのですが、乗り換えが1カ所あるので、気を付けないと乗り越してしまいます。普段乗らないのに、ちょっと時間が出来ると仕事のことや家庭のことをいろいろ考えてしまいます。そのため、ここ数回乗り越しの常習犯になっております。でも、今回は無事にたどり着けました。忘年会は恥ずかしながら1次会で退散させていただきました経営者なのでお付き合いも大事と分かっているのですが、そう思って付き合い、つぶされたことが数え切れないほどあります。ほとんどが次の日は二日酔い、その次の日は三日酔いと2日はつぶれます。それでも、仕事上支障がでないのは、周りの皆さんのおかげなのでしょうね。といっても安心して飲むわけにもいかず、そっと抜け出してきました。みなさん、失礼しました。
2003.12.12
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そのとき勤めていた会社は、入社当時から同僚から「この会社は危ないようだぞ」と言われていました。最初は心配していましたが、給料もちゃんと貰っているし、トラブルも無いので心配する気持ちも徐々に薄らぎ、忘れかけていました。しかし、ある日、会社に行くと普段は静かなロビーに社員が沢山いました。「何?」って感じで、入っていくと、会社がふあたりを出したとのことでした。経理を牛耳っていた、女性も居留守です。電話に出ても社長かその女性あての電話ばかりでした。その後、私がいた部門を他の会社に引き継がれることになりました。しかし、私はもう付いていくつもりは無く、あっさり辞めました。ちょっとやる気になった矢先だったのでかなりショックでした。最後の給与も貰っていなかったので、裁判にも出ないと返してもらえないとの噂からすぐには就職できませんでした。でも倒産による解雇でしたから失業保険もすぐに出ましたので、支給される期間の全部を貰うことにしました。失業保険はすべてもらい、それを資金に自動車旅行に行きました。続きはまた
2003.12.11
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今回も引き続き私の昔話です。お時間のある方は読んでみてください。最初に就職した会社は、結局自分が進みたい道(ハードウエア技師)から離れてしまったので、退職することにしました。一生いるつもりで就職したのですから、大変辛かったです。お世話になった方にも申し訳なくて....でも、自分の進みたい道に進むことに決めました。退職するまでの間、いろいろな企業を聞きました。それまでの会社でお世話になり、私より先に辞めた方がおられる会社を希望しました。いろいろ相談して、その方の紹介ではなく、その方を紹介した方からお話してもらおうと言うことになりました。そして、その方に相談したところ私の希望している会社ではなく、自分のいる会社に来ないかと誘われました。話が変わってしまった!一応会社を見に行きました。その会社も新しくとても綺麗でした。給与面もかなり優遇してくれたので、ついそこに決めてしまいました。その会社では、仕事上はソフトウエアから離れることになりました。ハードウエアに専念できたかというと全然違いました。多少はありましたが、基本的には生産設備の監視作業とその合間に機械の電気配線をしていました。希望とはちょっと違いましたが、ソフトウエアより将来性があるのではないかと安心できる面はありました。しかし、仕事を離れると会社のパソコンで簡単なゲームを作ったりして、やはりプログラムを作っていました。嫌いではないので趣味としてはいいのではないかとそれなりに満足していました。いろいろ問題はあるけどここならずっといてもいいかな?んなんて思っていました。そんな矢先.....続きは次へ
2003.12.10
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前回に引き続き、私の昔話です。ソフトウエアとの関わりの変遷を書いています。感想を書いていただけると嬉しいです。前回の日記にも書きましたが、もともとソフトウエアにはあまり関心が無かったのですが、バイク事故をきっかけに興味が湧いてきました。進路を考えるときに、ソフトウエア業界に行こうかと考えた時期がありました。クラスメイトに聞くとソフトウエア業界は将来性がないからと言われました。それは、頭脳労働のため若いうちしかできない。30歳が限界ではないかことでした。ここことを当時は「30歳定年説」と言っておりました。もともと興味が無かったのですから、その話を聞いてソフトウエア業界への進路は選択肢から消えました。それなら、どの業界に進むかいろいろ悩みました。当時は終身雇用があたりまえという雰囲気がありましたので、一生いられる会社なのかどうか判断がつきませんでした。両親と相談して決めた第1希望の会社は見事に落ちました。その後は会社がなかなか決まりませんでした。2社目は、上場している機械メーカーの子会社でした。まだ設立したばかりで、○○研究所という名前にひかれ、会社訪問に行きました。人事担当の方といろいろお話しました。なぜか、それが面接を兼ねていたようです。そのため、すんなり内定が出て、就職することになりました。(笑)そこでは制御部に配属され、電気関係の仕事をしていました。希望はハードウエアでしたが、少人数の部ですから、ハードウエア担当とは決まらず、ハードウエアもソフトウエアも何でもやらないといけませんでした。その体制で数ヶ月経つと、ハードウエアの設計は部長が行い、調整とソフトウエアの開発は部下が行う体制が出来上がってきました。ハードをやりたいと希望していたましたが、立場上なにも言えませんでした。気持ちはハードウエアをじっくり覚えたいと思っているのですが、ソフトウエアにかかる時間がかなり大きくなり、徐々にソフトウエア業の負担が大きくなっていきました。当時一緒の職場にいた業者さん(ソフトハウスの方)にも、30歳定年説があるとの事を聞きました。その方の話では、プログラマーは30歳頃で限界になるかもしれないけど、その上の技術者(システムエンジニア)になれば大丈夫とのことでした。不安は残りますが、ささやかな期待が...やはりソフトウエアから離れられないのでしょうか?続きは次へ
2003.12.09
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仕事が忙しくてしばらく日記を更新できませんでした。書いていない日がたまってしまったので、私の昔話をお送りします。私がコンピュータに触れたのは23年ほど前の高校生1年の時です。高校は工業高校で電子化でしたから、授業でコンピュータを触っていました。と言っても1年間に数回だけです。OSは当然Windowsではなく、MS-DOSでもなく、CP/Mでもなく先生が作ったOSです。機能と言えば、ラインエディタ(MS-DOSに時にあったEDLINみたいなもの)です。そして、アセンブラ機能です。それ以外は使いませんでしたが、大したものはなかったと思います。アセンブラと言っても、画面に文字を出したりするのはマクロでやっていたので「命令+文字列」を入力すれば、文字のプリントができていました。2年生になると、アルバイトをしている人もいたので自分でコンピュータを持っている人も何人かいました。その頃のコンピュータといえばPC6001、MZ、FM7などでしたね。そう言えばこのころは外国メーカーのパソコンもありましたね。私の友人はコモドールというメーカーのコンピュータを使っていました。でも、私はあまり興味は無かったので買いませんでした。その頃は「パソコン」とは特定のメーカーのコンピュータの事を指していました。それはその語源になった「パーソナルコンピュータ」をNECが作った?のです、そしてそのイニシャルでPCと付けていたようです。そのためコンピュータ一般のことをパソコンということはありませんでした。(多分)私も、欲しいものはあったのでアルバイトすることにしました。高校は普通に行っていたかったので、早朝の新聞配達にしました。最初は自転車でしたが、店長がバイクの免許を取れというのにのせられて原付免許を取得し、バイクで数ヶ月配達していました。ある日、事故ってしまい、入院!寝たきりだったので、姉の彼氏(今は義理の兄となっています)に頼んでポケットコンピュータを買ってきてもらいました。カシオの初期の機種です。低機能ですがBASICで簡単なプログラムを組めました。最初はサンプルのゲームプログラム入力して遊んでいましたが、飽きてきたのでちょっと変更して遊んでいました。さらに進んで、自分でゲームを作ってみたりしていました。それが現在の基礎になっています。でも、その頃は、この業界に入る気はありませんでしたが....続きは、また今度
2003.12.08
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これから出張に行ってきます。以前に行ったところと同じところです。何故2回も行くかというと、会社で保管していたものと現地のものと一致しなかったので、調査してもう一度行くことになりました。どうしてそのようになったかというと、同じ会社でないことも1つの原因と思っています。それまでとりまとめていた会社が倒産してしまったため担当会社が変わったのです。さらに直接担当していた方が退社され、資料に反映していたかったとも考えられます。資料作成は時間がかかるし、それでは稼げなから後回しになることもしばしばです。でも、もしものことを考えると、きちんと資料を作成しておかないといけないですね。問い合わせがあったとき「担当者がいなくなったから分かりません」なんてこと言いたくないですから....でも、それが出来ない会社も多いようですね。
2003.12.07
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この日記は会社のメールアドレスで投稿しているのですが客先にいるため、外部メールの送受信は禁止されています。そこで、YahooのPOP受信を使って外部メールを受信しているのですが、日記の投稿をYahooから行うとできるのでしょうか?テストですからね出来ましたね。これからどんどん利用しようっと!
2003.12.06
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私がパソコン通信を始めたのは10年ほど前です。その当時はパソコン通信での交流は大変敷居が高かったですね。たまに初めての方が気軽に投稿すると、何かと注意してきます。「それはネチケットに反します」とか「ネチケットを勉強してください」などです。私もある程度勉強して、何度か投稿しましたが大変神経を使うものでした。現在はインターネットが普及して、掲示板はメーリングリストなどいろいろな交流の場ができました。最近では、ネチケット対する対応に2つのタイプに分かれるのではないでしょうか。一つは、昔ながらのネチケットで縛られた中での交流ともう一つは、ネチケットもあまり気にしない交流です。後者の方が気軽に交流できますが、荒らしなどの危険性が大です。前者は、荒らしがないとは言いませんが、荒らしにくいですね。その反面初心者が気軽に発言できる雰囲気はありません。私の場合は、後者を選んでいます。もし、荒らしがあっても、退散すればいいのですからと言っても自分が火種になるようなことはしないようにこころがけています。・最初の投稿時は丁寧な表現を使う。・ちょっと親しくなっても砕けた表現は控える。 (誤解を招きやすいので)・ハンド名は統一するまた迷惑行為を被らないために・出来る限り実名は出さない・メールアドレスはフリーメールにするか、入力しない。などです。2003/12/6 21:00 更新(タイトル変更)
2003.12.05
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どこの会社も同じともいますが、売上は売掛金となります。売掛金とは、売上があってもそのときにすぐに現金が手に入らないことがあります。企業相手の取引ではほとんどがこのような形です。私が今までに取引のあった会社では、ほとんどが月末締めで翌月末払いとなっています。しかし、この売掛金も大きな額になると、一部が手形となる場合もあります。私の会社では、どうにか手形になる金額まで達していないので翌月には入金されていました。でも、近いうちに手形取引に変わりそうです。不安なので、資金繰表を作ってみました。どうにかマイナスになる直前で乗り越えられそうなのですが、臨時の出費があった場合にどうにもならなくなりそうなので、融資を検討しています。でも、中小の上、新規事業の場合は難しそうです。これから起業を考えている方、こういうことも十分考えてくださいね。
2003.12.04
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昨日の日記(ランチェスター批判)に楽しんで儲けるさんと、カイエン@名古屋さんがコメントを入れていただきました。ありがとうございました。私は頭が悪いので、教わったことをそのまま受け入れてしまう方です。それで失敗したことは数知れず...お二人の投稿を読んで、この場合も応用をしなければ行けないことに気づかされました。感謝です。でもどのように応用すればいいのだろうか?自分の仕事に合わせるとどうなるのだろうか...これからじっくり考えていこうともいます。ところで栢野さんからいただいたテープを聞きました。その中の「学歴は関係ない」という発言が気になっています。確かに言えますが、高卒で就職した私には学歴では嫌な思いをしました。就職したのは今から20年間です。まだバブルの中です。その会社は、ある上場企業の子会社として出来たばかりでした。その会社では、大学卒、専門学校卒、高卒と露骨に差別していました。社長は大学卒の新入社員に優しく、私なんかには見向きもしませんでした。その彼には研究などいろいろさせて、給料もかなり良かったようです。そのころも「学歴は関係ない」と言う人はいましたが、それは「大学を出た奴らの言うことだ」とずっと思っていました。大学卒ならある程度のことは任せてもらえるし、若干のハンデはあっても、スタートラインに立てるし、成果を出せばその先も期待できる。しかし、高卒ではそのスタートラインにすら立たせてもらえないのです。学歴偏重です。その会社はその場所にはありません。どうなったか知りませんが....それ以来、学卒には負けるかと言う気持ちで頑張ってきました。その会社は強者の経営だったのでしょうか?それだけで片づけられる問題なのだろうか?
2003.12.03
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ちょっと時間があったので、いろいろなサイトを見ていました。その中のあるサイトで、「楽天では簡単に起業できて儲けられるように書いている人が沢山いるけど、そんなに甘いものではない!」と書かれている日記を見つけました。もう一度確認しようと思ったのですが、回りすぎてどの方か分からなくなってしまいました。この意見、分かります。私も会社を設立するまでにはいろいろな課程がありました。詳細はここに書きました。http://www.kanda-system.com/road.html 私も楽天に日記をかいていますが、簡単に設立して欲しくないという気持ちは変わっておりません。また、最近気になっている「ランチェスター経営」についてですが、昨日の日記にも書きましたが、なかなか説得力のあるものです。でも、楽天では批判している方がいませんね。インターネットを探せばどこかにあるかも知れませんが、批判のないものにはかえって疑いたくなります。実はどこか怪しいのではないか?ただのあまのじゃくと言えばそうですが、私が今までに見聞きしたもので多くの方が絶賛しているものには、大きな落とし穴がありました。ランチェスター経営にも落とし穴があるのでは?そう疑ってしまう夜でした。テーマにしなかったのはあまり事を大きくしたくなかったためです。
2003.12.02
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出張先での待ち合わせの予定は午後7時だったのですが、他の作業員の方は早めに行っているとのことで、私も4時くらいに着けるように出発しました。普段は車通勤なので本を読むことはできないのですが、今回の出張は電車でしたので、読書することができました。読んだ本は、竹田先生の「ランチェスター弱者必勝の戦略」です。かやのさんの本は後回しになってしまいました。(ゴメンナサイ)経営についてあまり勉強せずに会社を設立してしまったので1つ1つが勉強になります。普段本を読まない私でもどんどん読めるので、読みやすい文章です。個人の時は仕方なくやっていたことが弱者の戦略になっていたようです。私はコンピュータ関連一般の仕事をしようと思っておりましたが、1人なので自分の得意分野で仕事をしていました。得意分野とは制御系のソフトウエアです。この分野は専門的な知識も必要なのであまり業者がいません。そのため、この分野を中心に仕事をしていました。それが、会社を起こす時に、人を使うことも考えハードウエアからコンピュータの販売まで営業範囲にしました。それで行き詰まりかけていたのですが、それに気がつきました。ちょっと読んだだけですが、この時点ですでに問題点が出てきました。あらためて経営者らしくないことを実感しています。
2003.12.01
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