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ルーツ調査の三日目のご報告です。
11月24日(月)曇りのち雨 気温8℃(かなり寒かった!)この日は、待ちに待った「ご本家訪問」での調査です。
7:00 前日と同じ時間に起床。朝食を済ませ、
8:30 ホテル出発!駅からのバスに揺られる事40分。先祖が神官を勤めていた「神社」に到着。
この場所を探すのに20分くらい周辺をウロチョロし、通りすがりの方に教えてもらってようやくたどり着けました。
周辺が木々で覆われていたので外からは確認が難しかったようです。そして、鳥居をみつけてビックリ!想像していた通りの景観で、あたかも以前この場所にきたことがるような錯覚にとらわれました。

ここがその神社です。拝殿の奥に本殿があり、鎌倉初期にこの地に建立されたようです。
10:20 町立図書館にて調べもの。かなり立派で近代的な建物でした。
12:30 昼食(きつねうどん) 。土地柄からか毎日うどんばっかり食べています。
13:25 ご本家訪問。今回この調査の目的である「古文書・家系図」をデジカメに収録する作業に没頭。

これが写した家系図の一部です。桓武天皇から始まる「桓武平氏」のものです。写していく段階で、東京で調査した家系とは明らかに違っており、頭の中は「???」状態でしたが、次第にどこの家系か判明する事になりました。
ご本家の話と家系図で判明したことは、
・先祖は「菅家党」に深く関わっていた。(ご本家の曾祖母の方はあまり口外したがらなかったそうです)
・当家は代々男子の数が少なかった。→養子を迎えることが多かったのでは?
・私の高祖父は、他家から家名や祭祀を継ぐために当家に養子に入った。この関係で、当家の血筋はこのとき、絶えてしまった。
・本家にある家系図は、この高祖父の実家の系図である。
・高祖父は若い頃、備前に学術修行に出ていた。(履歴書で確認)
・高祖父が寺子屋を開いていた場所は、現在の本家がある場所。
etc
そしてこの家系図で私は衝撃的な事実に遭遇ししました。

佐治信方 (上の家系図の右端) 織田信長の妹婿。

佐治一成 (上の家系図の右端) 織田信長の婿。
この二名に関しては、この家系図で見るまで、その名前すら知りませんでした。まだ詳しくは調べていませんが、ネットでの調査では、「佐治一成」の最初の正室は、後に徳川二代将軍・秀忠の正室、三代将軍・家光の生母となる「小督・江」(淀殿の妹・お市の方三女)ということも分かってきました。
思いもよらない事実を確認し、新たな調査を開始しなければならない喜びに小躍りしながらご本家をあとにしました。
もしかして!?私の中に「信長の血が??」
続きはまた次回へ。。。
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ついに!!ようやく、発見!! 2015.03.19
大野佐治氏系図 2009.05.31
先祖の肖像画 2009.05.13