徒然なる日々

徒然なる日々

2005年04月22日
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昨日早く寝たのに今日は昼近くまで寝てしまった。12時間以上寝ていたことになる。Think like a Winnerを読み続ける。これによると、自分に対する評価が低くてネガティブなものの見方しかできない人は、大抵幼少期に親から十分な愛情を受けていなかったか、あるいは条件付の愛情しか受けていなかった人が多いという。自分にも当てはまるなぁと思った。

私の場合は妹が出来た頃から、親の関心が自分ではなくて妹に向けられているのを感じ、その頃から写真の表情が暗くなっている。良い成績を取ったり作文で表彰されると親が喜んでくれることを発見して、親に褒めてもらうために一生懸命勉強した。数学の試験で60点を取ったときは親に怒られる恐怖で答案を隠し、発覚した後はやはり怒られて、レストランで外食したときに、父親が箸の紙袋の裏に数式を書いて、料理が運ばれてくる間に勉強した記憶がある。とにかく良い成績を取ること、表彰されること、いい学校に入ること、難関資格を取ること、それが私が親から愛される条件であり、親にとっての私の存在価値の全てだったような気がする。

私は親の期待に全て応えた。代わりに、友情、恋愛、青春といったものを全て失った。

高校のとき、心理学に興味があることがわかり、そのまま付属の大学の心理学部に進みたいと思った。父親に相談してみたら、「何で国立に行かないんだ?」と言われる。東大卒の父親は娘にも横文字の大学なんかじゃなくて、東大、京大、一橋あたりに行ってもらいたかったらしい。結局一橋にしたのだが、やはり心理学をやりたかったので、社会学部を受けようとした。すると、「一橋の看板は商学部だろ。何で商学部を受けないんだ?」と言われる。私は高校の体育祭にも参加せず、猛勉強して、一橋の商学部に合格した。

商学部の授業は全て面白くなく、やる気をなくして5月病になった。家で「商学部の授業は面白くない」と愚痴をこぼしたら、父親が「商学部の勉強なんて面白いはずがない」と言い放った。このとき、私の中で何かが壊れたような気がした。父親に対する絶対的な信頼が崩れた。このときから私は父親と殆ど口を利かなくなった。

今は、親は親なりに私のことを愛してくれたんだと思うようにしている。こうやって大病もせずに無事に生きてこられたのも、親のおかげである。でも、今でもたまに思うことがある。もし、親が小さい頃の私に無条件の愛情を注いでくれていたら、「成績がよくなくたって、あなたはそのままで十分愛される価値があるのよ」と抱きしめてくれていたら、「心理学でも何でも、自分の好きなことをやりなさい」と言ってくれていたら、私の人生はどう変わっていたのだろうと。





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最終更新日  2005年04月23日 18時37分41秒
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