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この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。
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ちょっと歩いてハーミト、メフメトの二人が見えなくなると、ヤセミーン、イゼルの表情が変わった。急に緊張感が漲った。
「沙漠のサソリの統領・月の欠片、スレイマン様。お手引き有難うございました。お蔭様にて、これから私達は、名誉ある仕事に挑むことが出来ます」
さっきのまるで女子高生のようだったヤセミーンは消え去って、今は、使命感に燃える闘士のようなきりっとした姿に変わっていた。イゼルもそうだった。
「ムスタファからお前達の使命は聞いている。成功を心より祈っている」
スレイマンはその変わりように圧倒されていた。沙漠のサソリには、ヤセミーン、イゼルのような自爆テロリストはいなかった。スレイマンには多少の戸惑いがあった。
「私達はこれから、統領ムスタファの指示通り、このヒルトンの心臓部に行き、ユーティリティを爆破します。爆発そのものも相当の破壊力はありますが、ガス爆発も誘発して、より大規模な被害を与えることになります。恐らく、この建物は倒壊するものと思われます。スレイマン様にも、出来るだけ早く、ここから退去して頂きたいと思います」
ヤセミーンはきっぱりと言った。
「有難う。既に私は退去の準備は出来ている。お前達が成功するよう最後まで協力しよう」
スレイマンは、ユーティリティまで着いて行って、邪魔者が入れば排除してやろうと思っていた。
「お気持ち有難うございます。しかし、これまでのご協力だけで十分でございます。もう直ぐここに私達の仲間が参ります。ご心配はご無用でございます」
「そうか、そうであろうな。ムスタファは用意周到だと思う。余計なことを言ってしまった。それでは、私はその者達がやって来たところで、退去しよう」
スレイマンは、ヤセミーンの目を覗き込んだ。ヤセミーンは、覚悟をした、全てが吹っ切れたような顔をしていた。スレイマンはそこに清々しささえ感じていた。ヤセミーンにはスレイマンの優しさが素直に伝わったようだった。
「スレイマン様。私達は、もう直ぐ天国に参ります。こんな幸せなことはありません。私の身寄りは既に誰もおりません。皆、イスラエルの犠牲になってしまいました。思い残すことはありません。イゼルは、家族のために身を捧げるつもりでおります」
スレイマンは、イゼルの顔をみた。イゼルは頷いていた。
「イゼルは私と違い、このトルコの貧しい家庭の長女として生まれました。統領は、イゼルが身を捧げる代わりに、彼女の家族の面倒を見てくれることになっています。有り難いことです。そして、何よりも、彼女も私も神に召されて天国に行くのですから」
ヤセミーンは、これから死地に出向くために、自分達の心を整理するように、スレイマンにそう語った。自分達に覚悟を言い聞かせている風でもあった。スレイマンは黙ってそれを聞いていた。
すると、廊下に靴音が響いて、廊下の突き当たりにヒルトンの制服を着た男が現れた。
「スレイマン様。本当に有難うございました」
ヤスミーンはスレイマンの手を握り締めた。
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