皆さん、こんばんは~。かりんママです
12日の夕方から出発して
14日の深夜に帰宅した旅行
13日の朝は、岐阜県恵那市岩村町にある
100名城の一つ、 岩村城
からスタートしました。

こちらは日本三大山城の一つで
標高721メートルともっとも高いところにある城址です。
…そう…つまり天守閣とか無い
パパとかが興味無い城…
駐車場付近には歴史資料館などがありました。
この写真の辺りね。

写真を見て貰うと分かる様に…
もうちょっと手入れして欲しい…と思ってしまう感じではあります

特に石垣…傷んじゃうから雑草抜いて欲しいわ~
何となく…寂れた感じを
しょっぱなに受けてしまいますよ
でも…岩村城と言えば
織田信長の叔母である、おつやの方が城主を務めた事で有名ですね。
実際、城の周りには
女城主の里とあちこちに書かれておりました。
そんなおつやの方…
岩村城 城主 遠山内匠助景任に嫁いだものの
景任が病没してしまったため、信長の五男 坊丸を養子に迎え入れ
おつやの方が後見となり、事実上女城主として采配を振るってました。
その翌年、武田信玄の将・秋山信友が和議を申し入れ
その条件として、おつやの方と婚姻
更に坊丸を人質として甲斐に送ります。
これに激怒した信長は
岩村城奪還を謀るものの、なかなか落ちない為
和議を申し入れ、それを信じて城を開けた秋山信友以下の城将を皆殺しにし
おつやの方も捕らえ逆磔刑に処しています。
逆磔刑に際し、怨嗟の声をあげながら亡くなったそうですから
祟りが…とかあってもおかしくなさそうな感じがしますね
しかし…おつやの方は
とても美しかったそうですが
織田家は美男美女揃いなのかしらねえ…。
そして気性の激しい所も…なのかな~
そんなお城に来れたので
私のテンションは高くなりっぱなしでしたが…
本丸への道が厳しかった
最初はゆるやか~な感じだったんですけどね~
途中、クマ出没注意の看板におびえるものの
ノンビリ歩いて行きます

↓こちらは、下田歌子勉学所。
明治から昭和にかけて、日本の女子教育の先駆者で歌人であった下田歌子が
勉学に勤しんだとされる勉強部屋を復元したものだそう。
まだゆるやかな感じかな…
段々と厳しくなって来ました
ゼーゼー言いながら登ってますよ…
本当…日ごろ運動不足な身には山城厳しい…
石垣が綺麗に残っているので
疲れたら、石垣眺めながら休憩
こんなに素晴らしいんだから…
パパもチビ嬢ももっと興味持って欲しい…
私だけテンション高くてもねえ~
ふと左上の方を見たら…
工事用の足場みたいのに、天守閣っぽい板絵が…
なんだろ…こういうイメージ…みたいな事なのかな?
岩村城址では、あちこちに井戸がありましたよ。

更に進むと…

霧ヶ城と呼ばれる元となった井戸の霧ヶ井。

敵襲があった時に
この井戸へ城に秘蔵の蛇骨を投げ入れると
忽ち霧が立ちこめ城を覆い隠したという伝説があるそうです。
井戸から霧が立ち込め
城を覆い隠す…ってあちこちの城で聞きますね。
掛川城もそうだったよね…。
しかし…蛇骨を投げ入れる…ってのは初耳…
まだ水は湧き出しているそうですが…
ちょっとここから水を汲むのは考えちゃう…

さて…ここを進むと本丸に出ますが…

やたら長々しちゃったので
続きはまた明日~
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