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昨日、BSで日本代表の試合を再放送していました。ギリシャ戦・コロンビア戦をあらためて見ることができました。結果が分かっている試合を見るのはとても落ち着いてみる事ができます。勝つ事は、限りなく難しいとわかっていましたが最後のコロンビアとの試合に負けてしまい、かなりがっかりした事はもう忘れてどこかへいっていました。どこか違う国同士のひとつの試合としてみていたわけです。すると、ライブで見ていたときとはかなり風景が違って見えました。ギリシャとの試合は、とても見応えのある試合でした。ワールドカップの予選リーグにはよくある勝ちたいけど負けられないそんな緊張感が両チームからとても強く伝わってきました。また最終戦、コロンビア戦も点差以上に面白くいい試合でした。前半ロスタイムの岡崎のゴールは素晴らしいゴールです。コロンビアには、ハメス・ロドリゲスというサッカーの天才がいた。それだけです。別に日本代表に「あっぱれ」を入れるつもりはまったくありません。でも日本代表がその時の持てる力を全力で出していたことは間違いありません。初戦を負けてしまった事で、ずっと抱えなくてはいけなくなった負債。これからはこの過ちを犯さないよう最大の注意をしなくてはならないでしょう。そんなわけで4年後のロシア大会がとても楽しみなのです。追記)チリは強かった!ブラジルがぎりぎりベスト8に勝ち上がりました。ブラジルナショナルチームが持っているサッカー経験値だけで制したPK戦でした。
2014年06月29日
何を隠そう。。。ていうか別に何も隠しているわけじゃないのです。僕は、中学・高校とサッカー部だったわけです。そんなわけでサッカーとは、かなり昔からお付き合いして参りました。約40年のお付き合いになります。ひと言で言うと長い間よく飽きもせずにお付き合いがつづいたと感じています。というのも子供の頃大好きだった某新聞社系の在京球団には今では、まったく関心がなくなってしまったからです。ワールドカップも1974年の西ドイツ大会から全てTV観戦して参りました。(2002年日韓W杯は、イタリアVSクロアチア戦をカシマスタジアムで唯一観戦できました。)そう、あいにく1970年のメキシコ大会は年齢の関係で、リアルタイムではなく後日、録画放送をダイヤモンドサッカーで見ました。話はもどりますがなぜサッカー部に入ったか?これは、野球部の厳しそうな練習がいやだった。これにつきます。で、サッカー部はどうだったかというとこの競技自体が、かなり厳しいということを実際プレーして知ったのです。とにかく走らなければいけません。。。でもその時に先輩から教えてもらった世界のサッカーには、とても魅了されました。当時、テレビ東京で三菱ダイヤモンドサッカーという45分番組を毎週土曜日に放送していました。この番組では主にイングランドリーグを中心に時々西ドイツのブンデスリーガまたワールドカップが開催される時期には、タイムラグがありますが、大会の全試合を放送していたのです。45分番組なので、前半と後半2回で1試合というわけです。この番組は、夢のような番組でした。何しろ、それまで見た事のないようなプレーが見られるのです。その頃の日本のリーグのレベルは誠に申し訳ありませんが世界レベルでは、サッカーと呼べる物ではありませんでした。この番組の解説者、岡野俊一郎さんには、僕を正しい方向に導いてくれたことに、本当に感謝しなければなりません。クラブチームには熱狂的なサポーターがいてヨーロッパでは、合唱しながら応援することもサッカーに大切なのは、体力だけでなく「イマジネーション」だということもそして世界には信じられないプレーをする素晴らしいサッカー選手がいることもサッカーは、世界でもっとも愛されるスポーツということもその番組は教えてくれました。「美しく勝利せよ」といったのはオランダの世界最高のフットボーラーヨハン・クライフです。僕は、4年前に結成された今回の日本代表チームはこの言葉を実践できるだけのモチベーションと戦術と技術を持ち合わせていたと思うのです。それが、いま本大会でまったくできない?もしくは、出来ない理由がある?のがとても残念でなりません。というわけで最終戦は、オプションは使わずこの代表チームが元々目標にしていた基本コンセプトで自由にプレーしてくれることを望むばかりです。
2014年06月23日

「アナと雪の女王」まだまだ勢いありますね。GW中、あまりの列に「相棒」を観てしまった僕です。帰ってくればいいのに、空いてる何かを観てしまう、僕の悪い癖?「アナと雪の女王」まだまだ先になりそうです。ちなみに今日のブログは「Me and Movie 」by chabo48 師匠にインスパイアされています。というわけで今日は、うだうだと長くなりそうです。子供の頃、映画を見るという事ってかなり大切だと思います。それは、どうしてかというと大きくなって思い出になるからです。昔の事をなかなか思い出せなくなった年齢になっても好きな映画のこと、つまらなかった映画のこと一緒に行った人のことその時、電車に乗った駅の風景。。。なぜか覚えていたりします。誰と行ったか?これはとても重要です。まぁ一人で行く場合もあるけど子供の頃は、決まって誰かと行くわけです。今は、どうかまったくわかりませんがその頃、中学ぐらいになるとなぜかみんな洋画に興味を持ち始めました。また、洋楽にも目覚める訳です。ついでにクラシック音楽にも目覚めます。少なくとも田舎だった僕のまわりでもそんな感じだったわけです。しかも映画館が3館もありました。シネコンではありません。洋画専門・邦画専門・どっちもあり 3つです。唯一、「エマニエル夫人」は映画好きなE君ととなりのとなりの市の映画館に行きました。(訳ありだったのです)同時上映が「ひまわり」豪華2本だてでした。僕は、洋画専門館が一番好きでした。この映画館は、つい最近までありました。僕が実家に帰って最後にそこで観たのは「A.I」です。正直、限りなく退屈な映画でした。そしてよく考えてみると最近ではありません。今は、全て閉館になりました。でもそのくらい普通に映画が観られていたということなんです。そして子供の頃って、作品がどうなんだ?ということではなく洋画を観ているという子供っぽい優越感も必要だと思うのです。専門誌を読んだりちなみに僕は、「スクリーン」派でした。。。好きな女優は、ジョアンナ・シムカス。そのうちそんな優越感って当然まったく意味がないことに気がつく訳です。そうこの前、「パピオン」をBSで放送していました。洋画っていいなぁと思ったのです。「The Godfather Part II 」この作品以上に感動した映画はありません。サントラ40分ぐらいあります。聴きながら書きました。
2014年06月11日

僕の実家は、ずっと平屋でした。子供の頃から今まで子供の頃は、親には言えなかったけれど2階のある家にとても憧れていました。今でこそそれなりの年を取ると家は絶対平屋がいいと思っているのですが中学に入る頃、一度家を建てかえた時があって2階がないと知ったときとても悲しくなったわけです。その頃、K君という友達がいて彼の家は、2階建てでしかも彼の部屋は2階にあり僕にとってのまさに理想の状態だったのです。何度かその理想の家に泊まりに行ったのですがそんな時に夜いったい何をしていたのか?今では不思議なくらいほとんど覚えていないのです。覚えていることといえば夜中に、チャルメラを食べたことそしてミッシェル・ポルナレフの曲を聴いたことです。彼のお姉さんが大好きで何度もこの曲を聴いたのです。ミッシェル・ポルナレフ「悲しきマリー」
2014年06月02日
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