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2016.11.19
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テーマ: 追悼(27)
カテゴリ: 音楽



エルトン・ジョンは、音楽番組でこう答えた。「レオン・ラッセル。」

翌年エルトンは南アフリカのサファリで、自分のiPODに入れていたレオン・ラッセルの曲を聴いて泣き崩れる。彼の音楽を聴くことで、自分の人生で最も美しく輝いていた時代が蘇ったのだ。

エルトンは行動を起こす。
小さな会場でライブをし、細々と生計を立てているレオンを探し出し電話する。「最近どうしてる?」37年ぶりの会話だった。次に、T・ボーン・バーネットに電話。「レオンと僕のデュオ・アルバム制作を考えてもらえないか?」OKの返事をもらい、それをレオンに伝える。「よし、やろう!」とレオン。エルトンもレオンも興奮していた。

2010年、2人はロサンゼルスのレコーディング・スタジオに入る。当時68歳のレオンは5時間にも及ぶ脳の大手術をした直後だった。T・ボーン・バーネットと、エルトンと長年コンビを組む作詞家バーニー・トーピンの2人も。

リンゴ・スター、スティーヴィー・ニックス、シャロン・ストーン・・・スタジオには、聞きつけた人々がやってきた。ブライアン・ウィルソンもやってきた。かつてレオンがビーチボーイズの多くの作品に参加していたからだ。彼は来ただけでなく、「ゴーン・トゥ・シャイロー」で、ボーカル参加もした。この来客によって、手術で衰弱していたレオンが突如精気を取り戻した。

こうして2人の情熱が充満したデュオ・アルバム「THE UNION」は完成した。
ゴスペル、ロックンロール、カントリー、バラード・・・輝かしくもなつかしい70年代の香りに酔いしれることができるアルバムだ。


どのような葬儀がおこなわれたのだろう?エルトン・ジョンも駆け付けたのだろうか?会場にはどんな曲が流れたのだろう?「THE UNION」の最後を飾るレオンが作り歌ったゴスペル・バラード「イン・ザ・ハンズ・オブ・エンジェルス」も流れただろうか?

♪そう、僕は病に倒れることもあり得た  死ぬことだってあり得た
   それでも新しい門出を迎え  突然、僕は連れ去られたのさ
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
       僕は天使たちの手中にあった  正に今日という日まで
         天使たちの手中にあったのだ  それ以上、何が言えるだろう・・・・

レオン・ラッセルが、エルトン・ジョンとともに最後の輝きを放った瞬間だった。

最後に一句。  「 気がつけば  天使の手中  レオン逝く  」





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最終更新日  2016.11.19 14:59:33
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