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、未来はまだ先のことですから、手をつけることができません。
※ 「過去に起こった事実」は変えようがありませんが、「解釈」を変え
ることはできます。過去に起こった嫌な出来事も「あの出来事があ
ったお蔭で今がある」と感謝できるようになれば、かけがえの無い
財産になります。賢ちゃんの「うつ病体験」のように・・・
将来の自分の人生を良くするには、「今」の行動を良い方向へ変えるしかありません。
そこで、賢ちゃんは「今関わっている目の前の人に、どれだけ多くの喜びを提供できたか」を、日々の課題として「幸せ配達人」を目指しております。
そんな私を勇気付けてくれる素敵なメッセージを発見し、賢ちゃん元気百倍になりましたので、以下に紹介させて頂きます。
小林正観著「究極の損得勘定 Part2」(宝来社)の中の一説です。
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●目の前の事・人・物を大事に
3人の方から、相談を受けました。
「2年間ずっと就職活動をしているのですが、ぜんぜん採用されない。どうしたらいいでしょうか」という30歳の男性。
「34歳で、独身なんですが、はやく結婚したいんですけど、どうすればいいでしょうか」という女性。
「末期ガンで余命3ヶ月なんですけど、どうしたらいいでしょうか」という女性。
この3つの質問に対して、私はすべて同じことを言いました。
「今、自分が置かれている状況がどうであるかということに、感想を持つ必要は無いし、評価評論はいらない。
今、自分がやるべきことというのは、自分の目の前にいる人を大事にすることです。やるべきことがあったら、それをやることであって、結婚も就職も死も、自分の目の前に無いのだから、考えなくてよいのではありませんか」
3ヶ月後に死ぬということに、関心を持たなくていいのです。そんなことは、あなたには関係ない。今すべきことは、目の前の事、人、物を大事にするだけ。
ガンであと3ヶ月の命、と宣告されたら、それをどうやって半年、1年にのばそうかと思うのではなくて、その3ヶ月のあいだに「どれだけ人に喜ばれたか」ということを、足跡として残していくほうがいいと思います。「喜ばれること」は、自分が「喜びを感ずる」こととイコールです。
今まで喜ぶこと、喜ばれることの少ない人が、ガンになっているのかもしれません。仮にガンになったとしても、あらゆる病気のなかでガンは余命幾月というのがわかりますから、「神様、死ぬ時期を教えてくださってありがとう」と感謝することもできる。
自分から温かいものを投げかけていて、周りの人から「ありがとう」と言われていたら、言われたほうの人間が幸せをたくさん感じられるのだから、ストレスがない。ガンだと言われても感謝すらできるかもしれない。
死ぬまでのあいだに、どれほどの人に喜んでもらえるかを、ひたすら考えるだけなのです。
ある医療関係者の報告ですが、ガンで余命3ヶ月と宣告されてから、奇跡的にガン細胞が消滅して治った人の共通項と、治らずにそのまま死んでしまった人の共通項というものがあるそうです。
前者は、「ガンをどう治すか」ではなくて、「残された3ヶ月という時間をどう生きるか」に考え方を切り替えた人である。
余命3ヶ月と言われて、その3ヶ月をなんとか1年に伸ばそうということで闘病生活にあけくれた人は、3ヶ月前後で死んでしまうことが多いそうです。
そうではなくて、その3ヶ月を、自分のやりたいこと、たとえば曲を作って遺そうとか、絵を何十枚か描こうとか、俳句を作って遺そうとか、その3ヶ月間の日記を書いて、同じような境遇の人を勇気づけるようなものを遺していこうとか、「自分の生きている時間をどうするか」に切り替えた人が、ガン細胞を体の中から消滅させたらしいのです。
ですから、ガンと闘うと死に近づく、ということらしい。残された時間を充実させた人は、ガン細胞が消滅する可能性があります。私の周りには、なぜかガンが治ったという人がたくさんいますが、そういう因果関係があるようです。
そして、その生き残った元ガン患者さんたちは、「もう何も人生で心配することはなくなつた」と全員がおっしゃいました。余命3ヶ月と言われたときの状態で毎日をすごしているので、日々の一瞬一瞬を楽しんで生きていれば、残された余命がどれくらいかということは、もう関係がないからだそうです。
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長くなりますので、続きは次回に譲ります。
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