コーチ賢ちゃんの「コーチング談義」

コーチ賢ちゃんの「コーチング談義」

2011年04月08日
XML
カテゴリ: 感謝を伝える



 私は2回目、カミサンは初参加でしたが、5日間とも晴天に恵まれ、桜も見頃で、とても印象深い体験となりました。

 終戦後にこの「皇居奉仕団」の活動が始まった経緯を、皇居に向かうバスの中で団長から聞くのは、賢ちゃんにとって2回目でしたが、改めて深い感動を味わい直しました。

 そこで、その経緯を下に記させて頂きます。

紅白の花すおう2.jpg

                              庭に咲き始めた紅白の花すおう

---

皇居勤労奉仕活動のはじまり                    木下道雄 「皇居勤労奉仕発端の物語」要約

 昭和20年12月に入って間もない頃、皇居の坂下門の門外に60人ほどの青年の一群が手に荷物をかかえてやってきた。

 守門の皇居警察を通じての宮内省への申し入れは

「私たちは宮城県栗原郡の者ですが、二重橋前の広場に雑草が生い茂りたいへん荒れているといことを聞いたので、草刈りやお掃除のお手伝いのために上京してきました。
東京には食料や、燃料が乏しいと言うことも聞いておりますので、自分たちに必要な数日間分は、ちゃんと用意して持ってきていますから、東京の人たちに迷惑をかけることは致しません。どうか手伝わせて下さい」



 60人は、みな20~30歳の青年で、そのうち数名はモンぺ姿の娘であった。そして、代表の若者は侍従次長(木下氏)に真剣に話を続けた。

「草刈りは毎日野良でしているのだから、そんなことは何でもない。だがいまどき天子様のために何か働いたら、マッカーサーが我々を検挙するかもしれない。
それで万一検挙されるようなことがあったときの用意として、第二隊は郷里に待機させて、第一隊60人だけで上京してきた。
県庁の知事さんにも挨拶して上京すべきであったが、後で何かの迷惑がかかっては悪いと思い、黙ってこっそり郷里を離れてきた。
娘っ子のうちには両親兄弟と永い別れの水杯をかわしてきた者もいる」
と、上京の動機と万一の時の覚悟について説明した。

 そして、皇居付近には泊まるところもないので、小金井付近を宿舎とし、そこから毎日20キロ、交通機関も充分に復旧しない中をやってきて、朝から夕方まで手弁当で働いた。

 東北の田舎からはるばる上京してきたたくさんの青年が、皇居内の清掃を手伝ってくれるということは、すでに両陛下の耳にも届いていた。

 12月8日、天皇から 「一同に会いたい」 というご希望があった。陛下が作業現場までお出ましになるとき、お供をしたのはわずか数人であった。

 陛下のお姿を遠くから拝した60人の青年は仕事を中断し、あちこちから集まってきて、陛下をお迎えし、前例にない天皇と国民との対談が始まった。

 ご即位以来、国民と語り、共に苦しみ、共に喜ぶという御決意は、奇しくも敗戦を迎えて初めて実現された。

 代表者がご挨拶を申し上げたのに対し、陛下は、
「遠いところから来てくれてまことにありがとう、郷里の農作の具合はどうか、地下足袋は満足に手にはいるか、肥料の配給はどうか、何が一番不自由か」 など、次々に質問された。10分ほどお話があり、
「なにとぞ国家再建のためにたゆまず精を出してもらいたい」

 2、30歩お歩きになったとき、突然青年たちが「君が代」の合唱を始めた。

 当時、占領軍の取り締まりが厳しく、ほとんど禁句のように思われ、だれもがロにすることを遠慮していた「君が代」が、だれに相談するわけでもなく、皆の胸の内からほとばしり出た。

 陛下は「君が代」の歌声に歩みを止められ、じっと聞き入っておられた。

 青年たちは、「君が代」を斉唱して陛下をお見送りしようと思ったが、陛下は歩みを止めて聞き入られた。

 青年たちは、「お止めしては申し訳ない、早く歌い終わってお帰りを願わねば」


 このニュースは、宮内省詰めの記者によって全国に伝えられた。

 当時敗戦により断腸の思いに沈んでいた国民は、このニュースにより勇気づけられた。そして、北海道から九州まで全国から奉仕の希望が殺到した。

<皇居奉仕の御製>

戦に やぶれしあとの いまもなほ 民のよりきて ここに草とる

 をちこちの 民のまゐきて うれしくぞ 宮居のうちに けふもまたあふ


---

紅白の花すおう1.jpg

 以来今日まで、「皇居奉仕団」は各地の有志からの希望で、継続されているとのことです。

 日本の天皇は、「専制君主」ではなく、外国の「立憲君主」に近いが、根本的にそれとも異なっていているところがある。それは、権力的な上下関係ではなく、天皇と国民が信頼関係で結ばれた「君民一体」をあらわしており、他に類を見ない日本独自のものだ、と賢ちゃんは聞いていました。

 この「皇居奉仕団」こそが、自然発生的な国民と天皇の心の交流を表した「君民一体」の姿の好例と言えましょう。


 そういう意味からも、東北関東大震災の被災者に深く心を寄せておられる天皇皇后両陛下と皇太子殿下に、間近かでお目にかかることができ、大感激でした。

 大地震、大津波、そして原発事故の三重苦を受けて、辛い境遇に立たされている被災者と同じ立場に立って、共に痛みを分かち合いたいとの願いから、天皇皇后両陛下は、「自主停電」「一汁一菜の食事」をしておられるとのことです。

 このように、常に国民と苦楽を共にして下さる天皇陛下が、国家の象徴としておられる日本に住める幸せを、賢ちゃん、今更ながら再確認させて頂きました。

 いつも国民の幸せと世界の平和を祈って下さっている、天皇陛下の存在は、ただただ「ありがたい」という思いでいっぱいです。

 さて、この天皇陛下の祈りに応え、被災者に、コーチ賢ちゃんができる支援とは何だろう・・・





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2011年04月09日 16時21分38秒
コメント(8) | コメントを書く
[感謝を伝える] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: