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ぼくが芸術というのは生きることそのものである。人間として最も強烈に生きる者、無条件に生命をつき出し爆発する、その生き方こそが芸術なのだということを強調したい。“芸術は爆発だ”これは随分前からの私の信念であり、貫いてきた生き方だ。(中略)全身全霊が宇宙に向かって無条件にパーッとひらくこと。それが爆発だ。人生は本来、瞬間瞬間に、無償、無目的に爆発しつづけるべきだ。 いのちの本当のあり方だ。 岡本太郎 『自分の中に毒を持て』岡本太郎(1911年(明治44年)2月26日 - 1996年(平成8年)1月7日)日本の洋画家。芸術家。パリ(ソルボンヌ)大学に留学、ピカソに衝撃を受け抽象芸術運動に参加。またシュルレアリスム運動とも直接関わった。日本の縄文や沖縄の魅力を再評価。平面・立体の美術作品を数多く残し、文筆活動も精力的に行った。『芸術は爆発だ!』という名言で超個性派人間としてテレビでも活躍。なんといっても、『芸術は爆発だ!』の台詞と彼のキャラクターが強烈だったのを覚えている。1970年の大阪万国博覧会にてテーマ館のシンボルとして建造された『太陽の塔』を制作したことでも有名。(最近『20世紀少年』という漫画(映画)で改造されちゃっていたが・・・)今年は生誕100年にあたる年なのだそうだ。そのキャラクターしかおぼえていなかったので、岡本太郎氏のことを、あまりに天才であり、紙一重の人だというイメージで捉えていた。もっというと、“いっちゃった人”的な印象で、大変失礼な話だが、一般的な常識の世界とは違う世界の住人のように思っていた。どちらかというと“理論”は何も無く、“感覚”の非常に鋭い、いかにも芸術家であって、それが普通の芸術家よりも突出しているのだろうと・・・・。確かに“感覚”の非常に鋭い人ではあるのだろうが、その感覚を言葉で表現する事もとてもうまい、理論・理屈も達者な方なのだな、という事がこの本を読むと分かってくる。(秘書で後に養女となった岡本敏子氏による文章なのかな? と穿った見方もできるだろうけど・・・ 笑 )この『自分の中に毒を持て』は結構、お気に入りの本。芸術家という言葉を使ったが、太郎氏はこの言葉の直前にこんな事も言っている。いま世間で芸術と思っているのは、ほとんどが芸術屋の作った商品であるにすぎない。強烈な言葉。そして本当の芸術とはということを述べている。太郎氏にとって「芸術=生きること」だというのだ。「爆発」についても(中略)の後半で言及している。一般に「爆発」というと、ドカンと大きな音が響いて、物が飛び散り、周囲を破壊して、人々を血みどろにさせたり、イメージは不吉でおどろおどろしい。が、私がいう「爆発」はまったく違う。音もしない。物も飛び散らない。 国際的な評価を受けている芸術家なのだけれども、ぶっ飛んだキャラが受けて、変な人扱いをされつつテレビに出ていた人のイメージとはだいぶ違うのではないだろうか。子供の頃から胸の奥深いところに神聖な火が燃えているという、動かしがたい感覚を持っていたそうだ。絶対的な存在感のそれは自己のアイデンティティーのことのようだが、ずっとそれを守ろうと抱きしめていた。が、守ろうとし、大事にするから弱くなってしまう。と悟ったという。己自身と闘え。自分自身を突き飛ばせばいいのだ。炎はその瞬間に燃え上がり、あとは無。――爆発するんだ。 自分を認めさせようとか、自分の役割をどう果たすかとか、という状況や成果を考えても袋小路に入り込むだけだと続く。いま、この瞬間。まったく無目的で、無償で、生命力と情熱のありったけ、全存在で爆発する。それがすべてだ。 人生は爆発だ!?分かる。分かるのだけれど・・・いまこの瞬間を爆発させなければいけないのも賛成するが、無目的、無償、となってくると刹那的な風にもとれちゃう。難しい。けど総論賛成!頑張って爆発しようぜ!(ここまで書いて、ふと心配になったのだが、この時期に爆発って不謹慎? 大丈夫だよね。うん。そういうことにしてしまおう。)
2011.03.26
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あたかも一万年も生きるかのように行動するな。不可避のものが君の上にかかっている。生きているうちに、許されている間に、善き人たれ。マルクス・アウレリウス『自省録』(訳:神谷美恵子、岩波書店)マルクス・アウレリウスは以前「君の内面の平和は・・・」で触れたのでプロフィールは省略。「明日死ぬかのように生きよ。」というガンジーの言葉を思い出す。人生は永遠ではないのだから、今を精一杯生きろ!という意味だろう。「不可避のもの」とは“死”に違いない。ん?「善き人たれ」という表現なので、単純に精一杯というわけではないか?西欧人だし、バチカンのあるローマの皇帝ということから、パッと見では、「死後の永劫の地獄を怖れ、生きている間に悔い改める」というキリスト教を連想する。が、キリストを公認するのは200年程後のコンスタンティヌス帝まで待たなければならない。アウレリウスの時代のキリスト教は、勢力を伸ばしてきたといえ、ローマの神々を敬う既存の多神教文化を批判し、その上皇帝崇拝を拒むというとんでもない社会の異分子であり、怪しい新興宗教の一つに過ぎない。アウレリウスにしてみれば、自分が統治する社会を乱す悪者だったはず。キリスト教が全く関係ないとすれば、どういう意味なのか?彼はストア派の哲学者だったので、当然のごとく答えはその学派にある。ではこの哲学のいう“善き人”とはどんな人をさしているのだろう。結論だけいうと、「内なる自然」である「ロゴス」にジタバタしないで素直に従うということ、(「ロゴス」は知性と近いのものだと思う。徳とすべきなのかも。)がストア派の理想とする人間の生き方。この状態を「アパテイア(不動心)」と呼んだ。 (最初、結論の前にストア派の世界観を説明しようとしたのだが、 あんまり意味ないと思い直し削除した。 興味あれば参考として最後に置いておいたので見てみて)好奇心でストア派の説に触れたが、学説なんて実はどうでもいい。自分自身が理想とする生き方を送るには、時間が限られてるんだよ。ということが大事。生きているうちに、許されている間に、善き人たれ。参考---------------------------------------------------------------------キプロスのゼノンが創始したとされるストア派の世界観では、この世界は原因と結果の「因果律」と万物を支配する宇宙原理である「自然」(神?)によって決定されている。この「自然」は自然法則と動物の内にある「自己保存の衝動」(本能?)をいうが、人間だけはこの本能よりも「内なる自然」である「ロゴス」に従って生きる存在。自らの支配原理である「ロゴス」にではなく、動物的な「衝動」の方に従いたいという欲求こそが「ロゴスにいやいや従う」という人間の悪しき生き方の元凶であると考える。この「衝動に従おうとする欲求」さえ取っ払ってしまえば、人間は「ロゴスに素直に従う」という善き生き方を実現できる。 かくして「パトス」(負の方向に偏っているものすごく強い感情)の排除を目指す。「衝動」に関係するありとあらゆる「パトス」を排除した結果として、「アパテイア(不動心)」という状態を、人間の理想的なものとして提示している。この衝動の排除がストイック(禁欲主義)の語源となった由来だろう。 ---------------------------------------------------------------------参考とさせていただいたHPWebで読む西洋哲学史 ストア派(History of Western Philosophy Stoics) このHPによると-----------------------------------------------------------------ストア派の冒頭で、彼らの学説は実践的な方向に偏りすぎていたために、理論的な部分の完成度がプラトンやアリストテレスよりも低下して結果的に後世にまとまった形で残らなかったということを主張しました。-----------------------------------------------------------------という事らしい。確かに哲学という学問としては理論的な部分が重要なのでしょう。そこから完成度が低いとみなされるのも理解できる。でも私個人は実践し易いことの方が重要に思えるし、そっちを好む傾向があるようだ。なんとなく、儒教、それも孔子等初期のものに通じるものを感じる。儒教も朱子や王陽明になってくると理論的に完成されてくるが、『論語』をみるかぎりでは理論はないといってもいいぐらい。笑でも、深い!
2011.03.21
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驥は一日にして千里なるも、駑馬も十駕すれば則ち亦たこれに及ぶ。 驥一日而千里、?馬十駕、則亦及之矣 荀子(荀況) 『荀子』(修身篇)(超意訳・直訳)驥は一日に千里も走るというけれど、足の遅い駄馬であっても十日も車につないで走らせれば、同じ距離を進むことができる。(凡才であったとしても、努力を続ければ、天才に追いつくことができるのだ。) 驥(き) ・・・一日に千里をはするという名馬。駑馬(どば)・・・足ののろい馬。駄馬。駕(が) ・・・馬に車を付けて走ること。荀子(紀元前313年? - 紀元前238年?)中国の戦国時代末の思想家・儒学者。諱は況、字は卿。孟子の『性善説』に対して、『性悪説』を唱え、外的規範である「礼」をもって秩序を正すべきと説いた。弟子に韓非や李斯がいる。『性悪説』とは、人間の性を悪と認め、後天的努力(すなわち学問を修めること)によって善へと向かうべきだとした説で、この立場から、孟子の性善説を荀子は批判した。だが、孟子の『性善説』も人間には「四端の心」が備わっているといっているだけで、完成した善であるといっているわけではない。そのまま放っておけばケダモノ同然なので、学問で矯正することが必要だとしている。結局、同じ事を言っているような気がするんだけど・・・。言葉の範疇というか定義の時点でずれた批判だったのかもしれない。※四端の心(「端」とは、兆し、萌芽の意味。)惻隠…他者の苦境を見過ごせない心(憐れみの心) 羞悪…不正を羞恥する心 辞譲…謙譲の心 是非…善悪を分別する心 元々がちょっとしたボタンの掛け違いであったとしても、人間の本性は善か悪かという背反する言葉を使ってしまうと教えを受ける方は輪をかけて違いが大きくなる。同じ儒教の教えの上での対立だったものが、片方は違う学問の完成に繋がっていく。今日の荀子や前出の孟子をはじめ、その祖である孔子などが活躍した、中国の春秋・戦国時代は諸子百家(しょしひゃっか)といわれる様々な思想が競い合っていた。その一つに、徳治主義を説く儒家と異なり、法治主義を説いた法家があった。(徳治は人間性というか道徳で世の中を治めようとし、法治は法律で治めようとする)荀子は徳の一つである「礼」(礼儀)で治めることを説いたのに弟子はそれを発展させ、法律で治める法家になってしまい、それの完成者といわれる存在になってしまった。それが『韓非子』の著者として有名な韓非や始皇帝の側近として活躍した李斯だった。特に李斯は始皇帝に焚書を進言したりしているので、儒家の評判が悪いようだ。そのためなのかは解らないが、師匠の荀子もあまり重要視されていない印象を受ける。実力主義や成果主義の有効性を説いていたりと、西洋的な考え方の人だったのかもしれない。いや、“東洋的な考え”と思っているのは、漢の高祖劉邦が叔孫通を任用し、武帝が大学者、董仲舒を得て、漢帝国の国教を孔子~孟子を正当とする“孔孟の教え”といわれる儒教に決めたことが原因で、孟子に馴染んでいるだけという気もする。法家の商鞅や韓非は合理的な考え方だし、合従策を唱えた蘇秦や連衡策を唱えた張儀などの縦横家はマキャベリと仲良くなりそうな気がする、また墨家の博愛主義はキリスト教と共通するところがあるように思われる。漢以来二千年も儒教が国家の精神的柱となっていたという歴史があって、現在の東洋的な考えが創り上げられてきたとすると、荀子が当時の世で変わっていたのではなさそうだ。いやはや、また脱線した上に自問自答?!汗世の中に天才といわれる人は、限りなく少数だろう。とすればほとんど全員が凡才となる。(乱暴な決め付け?失礼しました!笑)努力さえすれば、時間が十倍かかろうと同じ高みに昇ることができる。(そりゃ天才が同じことしたら追いつけないかもしれないが、 そんな事いってたら始まらない! )驥は一日にして千里なるも、駑馬も十駕すれば則ち亦たこれに及ぶ。 ウサギと亀の物語。一歩一歩、歩いていく事が大事。ちなみに、この言葉を勧学篇としているものもあるようだ。ほとんど同じものがあるから紛らわしい。麒驥も一躍にしては十歩なること能(あた)わず、駑馬も十駕すれば則ち亦(ま)たこれに及ぶべし。 騏驥一躍、不能十歩 駑馬十駕、功在不舍。 荀子 『荀子』(勧学篇)(超意訳・直訳)よく走るすぐれた馬でも、一回の跳躍で十歩の距離を進むことはできない。足の遅い駄馬であっても十日も車につないで走らせ、途中で捨て去らなければ、功績をあげることができる。(こつこつと努力することが大切だ。成果をあげるには、こつこつ休まずにやるほかない)※騏驥(きき)・・・よく走るすぐれた馬のこと。
2011.03.20
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字数制限に引っかかり、もう編集する気力が残ってないのでやむなく分割。(続き)また韓国。--------------------------------------------------------------------------「日本はある」…惨事でも配慮忘れぬ文化に世界が驚いた日本人は粘り強く一貫した災害対処教育を幼稚園の時から受ける。机の横のフックにはいつも災害に備えて頭にかぶる防災ずきんがかけられている。地震が発生すれば「防災ずきん着用→机の下に待避→運動場に待避→秩序確保」まで目を閉じてもできるほどだ。徹底した災害予防教育は小学校入学後に初めての授業で習う「迷惑をかけるな」という日本固有の精神価値とともに、大型災害に落ち着いて対応するようにする秘訣だ。ここには自身に訪れた境遇を宿命として受け入れる日本人の特性も作用する。 災害にあった日本人が泣き叫ぶことがほとんどないのも、「自分がそうした行動をすれば自分よりも大きな被害にあった人たちに迷惑になる」という極度の配慮精神のためだ。災害現場で見た日本の姿。それは「日本はある」だった。中央日報日本語版 2011.03.14 --------------------------------------------------------------------------日本はある・・・・?こんな教育あるの?後半は納得かな。これも。--------------------------------------------------------------------------【コラム】日本はある日本は刺激的だ。日本の自然災難は異質だ。津波・地震・火山爆発に韓国人は慣れていない。それだけに災害に対応する日本人の方式は新鮮で強烈に迫ってくる。 巨大な災難を吸収、克服する日本の文化は特別だ。危機への対処が沈着だ。列に並び、順番をきちんと守る。ガソリンスタンドやスーパーでの割り込みもない。商店の略奪も見られない。個人の利己的突出もなく、周囲のことを考える。生死の争いの前でこうした集団的な秩序意識は驚異的だ。 国家的な悲しみは計り知れない。しかし絶望の中で泣き叫ぶことなく、悲しみを抑える。日本のテレビで遺族の号泣は見られない。遺体は撮らない。絶叫と激憤、喚き、大げさな振る舞いに慣れた韓国人に衝撃的な印象を残す。 日本人の落ち着きと秩序は配慮精神の勝利だ。他人に迷惑をかけることを日本人は本能的に嫌う。「人に迷惑をかけるな」という教育のおかげだ。嘆きや絶叫は伝染病のように伝播する。動揺と無秩序、恐怖と興奮を引き起こす。だから悲しみを静めて表出を自制する。感情の伝染病を周囲に移さないでおこうとするのだ。その徹底された節制は感嘆を呼ぶ。世界は文化衝撃を受けている。日本の底力だ。日本人はそのように存在する。それは日本の国格とイメージを高めている。パク・ポギュン編集人中央日報日本語版 2011.03.16--------------------------------------------------------------------------常々韓国のニュース映像で、感情を爆発させる韓国人を見て、スゴイなと思っていた。文化の違いを感じ、正直、大袈裟な感じを受ける事もあった。だが自然な感情だし率直だ。同時に、逆に韓国の人々が日本の映像を見た時はどう思うのだろうか、随分冷淡な国民性として映っているのかもしれないと考えることもあった。だからかも知れないが、このコラムはおもしろかった。それにこうみてくれるのは嬉しい。記事の方の「日本はある」などを日本で報道しているのがこれ。他の記事も紹介している。--------------------------------------------------------------------------被災者の冷静対応を称賛 「譲り合いの文化」「略奪ゼロ」紹介「お先にどうぞ」「いえ、私は大丈夫です」-。14日付の韓国紙、中央日報は、東日本大震災で被災地の住民たちが譲り合いの精神を忘れずに対応し、怒号が飛び交うこともなかったと称賛する現地ルポを伝えた。また、13日付の米紙ロサンゼルス・タイムズは、東日本大震災の被災者が最悪の状況下でも秩序を保ち、他人を気遣い続けているとして「日本人の気質は損なわれていない」と好意的に伝えた。同紙は、日本語では「迷惑をかけてすみません」など、謝罪の表現が多用されると解説。時には無意味なほどだが、危機的状況の中では、こうした礼儀正しさが国民を一つに束ねる効果を発揮するようだと指摘した。フジサンケイビジネスアイ 2011.3.15 --------------------------------------------------------------------------他にも沢山の記事がある。エコノミックアニマルと蔑まれたのは昔の話にしても、その後もイエローキャブや買春しまくるエロオヤジ。最近では落ち目のかつての経済大国。などなど悪いイメージしか浮かばない。世界から嫌われている日本人というイメージが固まってきているのかと思っていたので、嬉しい限りだし、誇らしい。評価ではなく、応援もすごい。--------------------------------------------------------------------------「試練乗り越えられる」=国連総長、日本語で哀悼-大地震【ニューヨーク時事】国連の潘基文事務総長は11日、記者団に対し、三陸沖を震源とする大地震に関し、「日本政府と国民に心から哀悼の意を表します。日本がこの重大な試練を乗り越えられると確信しています」と日本語で声明を読み上げた。潘事務総長は、日本は世界で助けを必要としている人たちに対する最大の支援国の一つだと述べた上で、「この極めて困難な時に、国連は日本国民と共にある。われわれは(日本のために)全力を尽くすだろう」と強調した。時事ドットコム 2011/03/12 --------------------------------------------------------------------------「国連は日本国民とある」ってすごい。--------------------------------------------------------------------------英紙には「がんばれ、日本。がんばれ、東北」英メディアは連日、東日本巨大地震の被害と福島第一原発の状況を大きく伝えている。共通しているのは、日本国民に対する同情と支援の姿勢であり、悲劇に冷静に対処する日本人の「回復力」への評価だ。インデペンデント紙(13日付)は1面の全面に大きく「日の丸」のイラストを掲載し、日本語で「がんばれ、日本。がんばれ、東北」と書いた。デイリー・ミラー紙(14日付)は1面の題字下に「日本、みなさんは一人じゃない」とやはり日本語で書き、社説では「日本は復活する」と強調した。読売新聞 2011年3月15日 毎日新聞・画像 --------------------------------------------------------------------------頑張っていきましょう!!そして世界からのエールが被災地にも届け!
2011.03.19
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But the Japanese people themselves were truly noble in their perseverance and stoicism and orderliness. 日本人の忍耐力や冷静さ、秩序は実に高潔だった ニコラス・クリストフ(NICHOLAS D.KRISTOF)米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)今日も関東地方で地震があり、まだまだ安心はできない様子。被災者の方々は救援物資も少なく大変な状況のようで痛ましい。だが、今、肉体的にも精神的にも限界のところで頑張っている被災者の人たちにこれ以上“頑張れ!”とは言えない。ただ、立ち直り元気になってくれることを祈り、信じるのみだ。時間がその傷を少しでも癒してくれることを願う。頑張らなくてはいけないのは、我々、被災していない日本人一人一人だろう。義援金の寄付や節電をする事はすばらしい。(ここ北海道では節電は無意味のようだが・・・)(被災者の為にという意味ではね。エコその他の意味では推奨されることでしょうが)だが、普通の生活に戻り、日常の生活をこそ頑張らなくてはいけない。悲惨な映像を繰り返し見ていると体験していなくても、体験したかのような状態になる。と精神科の医者だったか心理学者だかの誰かが言っていた。私も、どうしてもニュースが気になったり、呆然としてしまうことがある。なかなかブログを書く気にもなれなかったりする。こんな事ではダメだ!被災した方々が必死に生き抜こうとし、復興を期しているのに情けない。同情ばかりで、日本全体が沈滞してしまったら、支援する力も失うことになる。粛々と日常通りの生活に戻り、そこで精一杯頑張る事こそ大事なんじゃないか!と思うわけなのだ。前置きが長くなってしまったが、だからといってTVのコマーシャルのように、ある日突然、地震前と同じに切替えるというのもなかなかできない。その為の区切りとして、世界が賞賛している声を集めてみた。もう時間が経っていて、今さらなのだが、感動する言葉だ。地震の報道で悲しい涙ばかりではなかった。もちろん悲しみや痛ましさが根底にあるのだが、現地の人たちの姿に逆に励まされる事も多かった。そうした姿に、“人間”って素晴らしい!と思っていたのだが、他の国々の人たちは“日本人”は素晴らしい!と見てくれていたようだ。タイトルに付けたのは毎日新聞の記事の見出し。以下冒頭の言葉の部分を引用すると。--------------------------------------------------------------------------「不屈の日本」…米紙称賛米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は11日、阪神大震災当時に東京支局長だったニコラス・クリストフ氏の「日本へのお悔やみ、そして称賛」と題するコラムを掲載、日本人の精神力の強さをたたえ、復興に向けてエールを送った。クリストフ氏は、阪神大震災時の取材で、崩壊した商店街で略奪がほとんどなかったことや、支援物資の奪い合いが生じなかった事例を紹介。「我慢」という日本語を引き合いに「日本人の忍耐力や冷静さ、秩序は実に高潔だった」と説明し、「今後、それらが示されるだろう」と期待を寄せた。毎日新聞 2011年3月13日 --------------------------------------------------------------------------原文はこちら米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)見出しの「不屈の日本」は同じ米紙でもウォールストリート・ジャーナルの社説の題名。毎日の記事もこちらの社説のお話しから始めている。この記事の中では、日本の建築物の耐震技術の素晴らしさを説いている。「不屈の日本」私が見たテレビの報道では「高潔な日本民族」となっていたような気がする。思わずホイットマンの詩に謳われた侍を連想し、涙が出てきた。これもアメリカ。--------------------------------------------------------------------------「なぜ略奪ないの?」=被災地の秩序、驚きと称賛-米東日本大震災の被害や福島第1原発事故が連日、トップニュースで伝えられている米国で、被災者の忍耐強さと秩序立った様子に驚きと称賛の声が上がっている。「なぜ日本では略奪が起きないのか」-。米メディアは相次いで、議論のテーマに取り上げている。時事通信社 2011/03/16 --------------------------------------------------------------------------昨年だったか、知人の経営コンサルタントの先生との話の中で、この記事と同様、ハリケーンと暴動の話となったことを思い出す。日本では起きることは先ずないという趣旨の私の意見に対し、彼はいざとなったら日本も同じ、だとうそぶいた。(この先生は悪気はなく、私の意見には取り合えず反対する習性を持っているだけなので、 悪く取らないで下さいませ。笑 批判的な意見を生業とする職業病?笑)自分をコンサルタントと呼ばれるのも、先生と呼ばれるのも嫌いな彼は、実は感激屋さん。TVの前で涙していることでしょう。....脱線。我々から見るとなんでもないようなこの写真。中国の人々はこの写真で日本の民度が高いと賞賛してくれているという。何でか?全く解らなかったのだが、通行する人のために真ん中を開けているからだという。当たり前に過ぎないことで、こんな事褒められても、どうなのかなとも思うのだが、よそ様からするとそうではないようだ。それが世界的にそうなのか、中国人だけなのかはわからない。が、あの反日教育のお国で好意的に取り上げられるのはいいことなのだろう。 --------------------------------------------------------------------------「マナー世界一」 中国、日本人の冷静さを絶賛地震多発国で東日本大震災への関心が高い中国では12日、非常事態にもかかわらず日本人は「冷静で礼儀正しい」と絶賛する声がインターネットの書き込みなどに相次いでいる。短文投稿サイト「ツイッター」の中国版「微博」では、ビルの中で足止めされた通勤客が階段で、通行の妨げにならないよう両脇に座り、中央に通路を確保している写真が11日夜、投稿された。「(こうしたマナーの良さは)教育の結果。(日中の順位が逆転した)国内総生産(GDP)の規模だけで得られるものではない」との説明が付いた。この「つぶやき」は7万回以上も転載。「中国は50年後でも実現できない」「とても感動的」「われわれも学ぶべきだ」との反響の声があふれた。大震災を1面で報じた12日付の中国紙、環球時報も「日本人の冷静さに世界が感心」との見出しで報じた。(共同)毎日新聞 2011年3月13日--------------------------------------------------------------------------お次も中国での報道の様子。--------------------------------------------------------------------------日本の秩序や防災対策を称賛 同じ地震大国・中国、連日トップ報道東日本大震災に、同じく地震に苦しむ中国が高い関心を寄せている。被災状況の報道の一方で、未曾有の震災に直面した日本人の秩序の良さや、防災対策を評価する声が目立っている。「教師は最後に電気を消してから教室を離れ、避難民は暗闇の中で秩序正しく並び救済物資を受け取る」と日本人が見せる秩序と冷静さを高く評価している。フジサンケイビジネスアイ 2011.3.16 --------------------------------------------------------------------------同じく日本に対して手厳しい筈の韓国でも・・・--------------------------------------------------------------------------<東日本大地震>一つになった日本に海外メディアが感嘆愛媛県松山市に15日、平日にもかかわらず、数百メートルの列ができた。東日本大地震で負傷した患者に緊急輸血が必要だというニュースが報道されてからだ。若者を中心に一日300人を超える献血者が集まり、献血まで1時間以上待たなければならないほどだった。献血された血液はすぐに日本赤十字社を通して被害地域に送られる。 こうした日本の姿に海外メディアからは激励と賛嘆が相次いでいる。中央日報日本語版 3月16日 --------------------------------------------------------------------------また中国。--------------------------------------------------------------------------生死にかかわる時でさえ集団の利益を優先する日本人=中国中国メディア広州日報は14日、東北地方太平洋沖地震が発生したことについて、「日本人は大地震という生死にかかわる時でさえ、公共秩序を守り、集団の利益を優先している」と評価する記事を掲載した。サーチナ(Searchina) 2011/03/16--------------------------------------------------------------------------そして台湾。--------------------------------------------------------------------------日本人は世界中から尊敬を浴びても足りない日刊紙「聯合報(ユナイテッド・デイリー・ニュース)」は、「世界を震撼させる天災で、日本人に心を動かされた」というタイトルで記事を掲載。「我々の隣国・日本が、地球史上めったにない規模の大きな災難に直面した。だが彼らの態度はいたって冷静。世界中から尊敬を浴びても足りないくらいだ」と伝えた。サーチナ(Searchina) 2011/03/19--------------------------------------------------------------------------褒めすぎではないのか?サーチナという会社は日中友好を図る目的もあるようなので、(この意図がダメということではない。これは素晴らしい意図。こうなって欲しい。)深読みすれば、中国でそんなに大きく報道されていないニュースも日本人が喜ぶモノがあれば紹介するのかも(?)知れないが、それを割り引いたってありがたい言葉だ。インドでも。--------------------------------------------------------------------------「被害の中でも規律保つ」インド紙が称賛の声紹介天井や壁が完全に崩れ落ちるような災害の中でも、すべての規律が保たれていた-。インド紙ビジネスラインは13日付で、日本への出張中に被災したインド人技術者が日本人の冷静な対応を称賛する声を紹介した。フジサンケイビジネスアイ 2011.3.13 --------------------------------------------------------------------------字数制限に引っかかり、もう編集する気力が残ってないのでやむなく分割。(続く)
2011.03.19
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タンポポ魂 踏みにじられても食いちぎられても死にもしない枯れもしないその根強さそしてつねに太陽に向かって咲くその明るさわたしはそれをわたしの魂とする坂村真民坂村真民は以前「生きるのだ」という詩でご紹介しているのでプロフィールは省略。今日のような大災害があると、前向きな言葉など虚しく響くだけのような気もするが、こんな時だからこそ、そういう言葉が力を持つと信じたい。わたしはそれをわたしの魂とするとあるので、タンポポのように逞しく、生きていくという宣言文ととれる。タンポポはしぶとい。私も庭いじりをするが、タンポポを根絶する事は至難の技。だが、それだけではなく、常に太陽に向かっている明るさがある。タンポポのような、その根強さ、その明るさ、が必要なのだ。地震・津波による被害の実態が刻々と明らかになってきている。テレビのこちら側にいても、映し出される光景に驚愕し呆然とする。口で言うほどたやすい事ではないだろう。でも、だからこそ、タンポポ魂を送りたい!(東日本大震災の2日後)
2011.03.13
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Memento mori. 死を忘れるな(死を記憶せよ、死を想え) ラテン語の格言地震の被災者の方々に心よりお見舞い申し上げます。東北沖大地震は東北地方だけでなく、全国的な規模の大きな被害をもたらしている様子。お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りいたします。今は、一人でも多くの方が無事救出される事を祈るしかない。この天変地異ともいえる大災害で思い出されたのがこの言葉。以前同じラテン語の言葉 Carpe diem をご紹介した時にチラッと触れていた。自然の力は凄まじい。車が、家が、そして街そのものまでが丸ごと流されてしまう。普段、不景気だだの、金がない職がない、やれ浮気がどうの、などと悩んでいる事が一瞬でたいした問題ではなくなってしまう。(本当か?汗)(私の周りの人たちの悩み。大病を抱えていたり大きな悩みはあるのだろうが)人の一生の中で唯一確実な事は、みな必ず“死”が訪れることだ。とはよく言われる。が人間はその事をまったく意識しないで生活し、これからも生きていくという前提の中で、悩んだり苦しんだりしている。今普通に生きている私たちは、明日もきっと生きるものだと錯覚しているだけだ。明日、いや今日、今、なにがあるかわからない。災害に遭われた方々に死なぞ当たり前の事だと言っているわけでは決してない。心中察してあまりある。かける言葉も見つからない。金や財産がどうでもいいとも思わない。たとえ生命が無事であっても家や財産がなくなり明日からの生活の糧を失うことは大変な事だ。そうではなく、誰にも保証された明日なんかない!ということ。今、この瞬間を大事に、精一杯生きる。それしかないのではないか。汝は不死なる神ではなく、死すべき人間であることを自覚せよ 「汝みずからを知れ」(ギリシア語で「グノーティ・サウトン」、ラテン語で cognosce te ipsum.)の解釈としての言葉だが、今日のメメント・モリの意訳としてもおかしくない。(『ギリシア・ローマ名言集』(柳沼 重剛著))日常の悩みはちっぽけなことの方が多い。Memento mori. 死を忘れるな 死を想え最後に少し脱線するが、この言葉を題名にした写真集がある。20年も前に出版された古い写真集。藤原新也という方の本。これも衝撃的なものなので機会があれば手にとって見て欲しい。こちら藤原新也オフィシャルサイト -fujiwara shinya official site- でも一部見ることができる。
2011.03.12
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人参呑んで縊(くびくく)る癡漢(たわけ)あれば、河豚汁(ふぐじる)喰ふて長寿(ながいき)する男もあり。一度で父(てて)なし子(ご)孕(はら)む下女あれば、毎晩夜鷹買ふて鼻の無事なる奴あり。大(たい)そふなれど嗚呼天歟命歟。 平賀源内 『放屁論』平賀 源内(享保13年(1728年)- 安永8年12月18日(1780年1月24日))江戸時代の日本の本草学者、蘭学者、医者、作家、発明家、(蘭)画家。号は鳩渓・風来山人・福内鬼外・貧家銭内など。多方面に才能を発揮した天才、奇才。だが、世間にはなかなか認められない一生だった。訳はいらない気がするんだけど、一応付けとこうかな。(超意訳・直訳)健康のために、高価な朝鮮人参を飲んでいたのに、自分で首をくくってしまうたわけものがいる。そうかと思うと当たったら死ぬかもしれないフグ汁を、好んで食べているのに長生きするものもいる。一度Hしただけで父親のいない子供を身篭る下女がいる一方で、毎晩、夜鷹を買って遊びまくっているのに、鼻が無事なまま済んでいるヤツもいる。大層な言い方だけれど、運か寿命か!人参 ・・・朝鮮人参。高価な薬ということ。夜鷹 ・・・江戸時代の街娼(がいしょう)の一種で、夜になると出てきて 野天、もしくは夜だけの仮小屋で売春した女性たちのこと。 遊郭なんかより数段格下。病気を貰う事も多かったのだろう。鼻の無事 ・・・梅毒にかからないで無事なこと。梅毒にかかると鼻がもげる? (解説するまでもない?けど念のため)天歟(か)命歟(か)・・・運か寿命かって感じだと思う。源内といえば『エレキテル』をすぐに思い出される人も多いだろう。日本での機械学・電気学の草分けといえる人。他にも火浣布(かかんぷ、石綿製の燃えない布)やライター等を開発している。こうした科学者(発明家?)の印象が強いのだが、もともとは※本草学者。日本各地から特産品を集めて物産博覧会を開催し、(現在のものと違い、現物をも集めた、薬学の学会という感じだったのだろう。)それをもとに『物類品隲(ブツルイヒンシツ)』という今でいう図鑑を刊行している。※本草学・・・動・植・鉱物とその薬用について研究する、薬学・博物学のこと。源内のことを、『解体新書』で有名な杉田玄白は、『蘭学事始』の中でこう評している。この男、業は本草家にて、生まれ得て理にさとく 敏才にして よく人気に叶ひし生まれなりき。 また、こってり脂濃くて夏にはうなぎを食べる人がいなく、困った鰻屋に相談されて考えたのが、「本日土用丑の日」という宣伝コピー、という話はよく知られている。コピーライターの元祖ともいわれているようだ。経営コンサルタントともいえる。他にも鉱山の開発にたずさわったり、源内焼という焼き物をプロデュースしたりと八面六臂の大活躍。浮世絵を多色刷りにしたのも源内の発案だった記憶がある。講談や浄瑠璃の作家としても活躍している。浄瑠璃の世界では、それまで上方言葉が使われていたが、彼は題材を関東に取り、江戸言葉や吉原の廓言葉を舞台で使っている。(「神霊矢口渡」)大きな転換だった事だろう。その号がしゃれていて浄瑠璃号「福内鬼外(ふくうちきがい)」と名乗っている。節分の豆まきか!と、思わず突っ込みを入れたくなる。笑名前といえば、「後編」に出てくる貧家銭内(ひんかぜにない)も貧乏で銭がないって・・・爆(内より無の方が分かり易いのに・・・笑) (貧家銭内は、源内自身の生い立ちに近い男で、彼自身の自画像とみられる。)ちょっと前に流行った青木雄二氏の漫画に出てくる登場人物を思わせる。このお茶目な一面が書かさせたのか?『放屁論』。屁。おなら。・・・・それと“こく”動作の動詞「放つ」をふっつけて放屁。これを論じているのだ。笑音に三等あり。ブツと鳴るもの上品にしてその形円(まろ)く、ブウと鳴るもの中品にしてその形いびつなり、スーとすかすもの下品にて少しひらたし。 なんのこっちゃ。笑当時、江戸に「放屁男(へっぴりおとこ)」なるものがいて、屁をこいて、見事に音楽をを奏でたりして人気を博した。この男に発想を得て『放屁論』となったようだ。源内は人の体内から出るものには貴賎があり、頭から出る智恵や声などは貴いとし、糞尿の類は賎しいとした。が、糞尿は肥料として使い道があるから一番ではない。最も賎しいのは屁で、何の役に立つ事も無いからだという。そして、この男はその役立たずの屁を見事に活用しているから偉い。となる。また(江戸時代当時の)昨今は、古の先人の教えをただひたすらに研究するだけの人が多い中、この放屁男は誰もが見向きもしないものに目をむけオリジナリティがある。と絶賛しているのだ。そこまで大層なモンでもないと思うが、筋は通っている。笑(「放屁男(へっぴりおとこ)」ということは“へっぴり腰”って放屁の時の腰つき?? “へっぴり腰”で屁こいてる人を見たことはないが・・・・笑 )冒頭の言葉はそんな『放屁論』にある一説。軽妙な語り口で面白い。自分自身が、山師、法螺吹きと半ば狂人扱いを受けていることに対する励ましなのか、人生の転がり具合の予測しづらさを書いているのだろう。「人間万事塞翁が馬」(「淮南子(えなんじ)」)を思い出すが、「塞翁が馬」は一人の人間の、福と思えることから禍(わざわい)へ、また禍と見えることから福へと人生に変化をもたらした話で、まったく禍福というのは予測できないものであるという故事成語になっている。ちょっとニュアンスが違う。いろいろな人間をみていき、普段の行動などの原因とそこから来るはずの結果、とが納得できにくいことも多い。ということをいっている。源内自身が、どんなに凄くても、(当然評価されてもいいはずが)評価されない事もある。という諦めの気持ちなのか、怒っているのか。自暴自棄気味ではある。でも、何かうまくいかない時、思い通りに事が運ばない時に、こんな言葉を思い出せれば、「こんな事もあらぁ~な!」てな具合に軽くいなすことも出来そうだ。人参呑んで縊(くびくく)る癡漢(たわけ)あれば、河豚汁(ふぐじる)喰ふて長寿(ながいき)する男もあり。一度で父(てて)なし子(ご)孕(はら)む下女あれば、毎晩夜鷹買ふて鼻の無事なる奴あり。大(たい)そふなれど嗚呼天歟命歟。「ま、なんとかなるさ!なるようになる!」平賀源内は人生についても、かなり投げやり。寐(ね)れば起(おき)、おきれば寐、喰ふて糞(はこ)して快美(きをやり)て、死ぬるまでが活きる命 『痿陰隠逸伝(なえ(ゆ)まらいんいつでん)』寝て起きて、起きては寝ての繰り返し。喰って糞して、Hでいって、死ぬまでが生きてる命。一刀両断。身も蓋も無い。本のタイトルがこれまた凄い。ちなみに、Hが出てくるけど源内さんは女性は苦手だったらしく。もっぱら男性が相手。衆道(しゅどう)における権威(?)だった様子。『江戸男色細見-菊の園-』という陰間茶屋と男娼のイエローページを出版しちゃってる。他にも『乱菊穴捜(みだれぎくあなさがし)』等がある。(このタイトルも凄い。汗)衆道(しゅどう)・・・日本における男性の同性愛・少年愛の事。 「若衆道」(わかしゅどう)の略。陰間(かげま) ・・・陰間とは歌舞伎等の芝居の修行中の少年。まだ舞台に立てず、 “陰の間”にいることから付けられた。 特に女形(女役)は、男性と性的関係を持つことが修行の 一環と考えられていた。江戸時代においては陰間遊びが町人の間で流行しており、明治になるまで男色は特別、変態的な行為とは見なされず、男色を行なう者は別に隠すこともなかったようだ。少なくとも私達が普通と思っている男女間のものと比較して倫理的に問題がある行為ではなかった。かなり変わった(間違った?)方向へ脱線。笑源内の墓碑銘「嗟非常人、好非常事、行是非常、何死非常」 (ああ非常の人、非常のことを好み、行いこれ非常、何ぞ非常に死するや)これを記したのも前出した杉田玄白で、友人である源内の才能に驚嘆しその死を惜しんだことが伺われる。 現代の我々から見ると相当な奇人だった。反面、日本の“ダヴィンチ”と称されるのも頷ける実績。私たちも小市民的な“いいこちゃん”を卒業して好き放題やったほうがいいのかも。
2011.03.06
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第一、先ず倒れ得る者は強うございます。倒れるところまで、グン、グンと行きぬける力を、私はどんなに立派な、また有難いものだと思っていることでございましょう。今度倒れたら、今度こそ、もうこれっきり死んでしまうかもしれない。が、行かずにはいられない。行かずにはすまされない心。ほんとうにドシドシと、ほんとうにドシドシドシドシと、真の「自分の足」で歩き、真の「自分の体」で倒れ、また自ら起き上られる者の偉さは、限り無く畏(おそ)るべきものではございますまいか。 『貧しき人々の群』(序にかえて) 宮本 百合子 全文はこちらで青空文庫宮本 百合子(1899年(明治32年)2月13日 - 1951年(昭和26年)1月21日)昭和期の小説家、評論家。旧姓は中條(ちゅうじょう)、本名はユリ。17歳の時に『貧しき人々の群』で文壇にデビュー、天才少女として注目を集めた。その後もプロレタリア文学の作家、民主主義文学のリーダーとして活躍した。日本共産党元委員長宮本顕治の妻で、宮本と共に投獄、執筆禁止などを繰り返しながら活動を展開した。『伸子』『播州平野』『道標』など。 父方の祖父中條政恒は、福島県の典事(課長職)となり福島に移住し、「安積開拓の父」と呼ばれた人物。(『貧しき人々の群』に出てくる開拓者。)母方の祖父西村茂樹は、福沢諭吉や西周らと「明六社」を興した啓蒙思想家。百合子は明治の変革期に貴重な功績を残した二人の歴史上の人物の孫ということになる。父中條精一郎は、文部省の建築技師で、文部省建築課札幌出張所長となり、現在の北海道大学の前身である札幌農学校の校舎の設計監督や同校土木工学科の建築学講師の嘱託を務めた。幼い百合子も札幌で暮しており、北海道にも縁のある人物だった。彼女は共産党員であり左翼活動家でもあるようだが、私は一切そういった思想や、組織とは無関係。(わざわざ言うことでもないが・・・汗)(私の持論の中には左翼的な面もあるようだが、同じように右翼的な面もある。)でも調べていると、夫・宮本顕治との不仲を論証(?)しているサイトもあり、面白い。宮本百合子論 いやそんなことはどうでもいい。最近は女性が強くなったというが、いやいや、明治の女もとってもタフで強い!今度倒れたら、今度こそ、もうこれっきり死んでしまうかもしれない。が、行かずにはいられない。行かずにはすまされない心。 死んでしまうかも知れないと言いつつ、それでも行かずにいられない、という。ドシドシドシドシという擬態語がまたいい。無様だろうがなんだろうが、そんなことお構い無しに、堂々と行く様を思い浮かべられる。真の「自分の足」で歩き、真の「自分の体」で倒れ、また自ら起き上られる者 これが百合子の目指す姿だったのだろう。“自分の”足で歩き、倒れるのさえ“自分の”体。その上“真の”とわざわざ断ってさえいる。そして助けられるのではなく、自ら起き上がることができる。倒れる、挫折する、失敗することを大前提とした目指す姿。強く逞しい、そして厳しい。惚れ惚れする。倒れない事は、別に難しくはない。何もしなければいいだけ。だから挫折がない、失敗してないということは誇れる事ではない。宮本の姿勢こそが見習うべき姿。少し飛ばして続きを載せておく。けれども、どうでも歩き廻らずにはいられない何かが、自分のうちに生きているのでございます。たといよし、いかほど笑われようが、くさされようが、私は私の道を、ただ一生懸命に、命の限り進んで行くほかないのでございます。 自分の卑小なことと自分の弱いことに、いつもいつも苦しんでばかりいる私は、一体何度倒れなければならないのか?それは解らないことでございます。けれども、私はどうぞして倒れ得る者になりとうございます。地響を立てて倒れ得る者になりとうございます。そして、たといどんなに傷はついても、また何か掴んで起き上り、あの広い、あの窮(きわま)りない大空を仰いで、心から微笑出来ましたとき!その時こそどうぞ先生も、御一緒に心からうなずいて下さいませ。 力強い!17歳の文章とはとても思えない。 いかほど笑われようが、くさされようが、私は私の道を、ただ一生懸命に、命の限り進んで行くほかないのでございます。この部分は、坂本龍馬や勝海舟も言ってる事だが、こうありたいものだ。(世の人は、われをなにともゆわばいえ)共産党と関係のあるというだけで、言葉そのものとは全く関係ないところで、敬遠する人もいるだろう、そうすると折角いい言葉も読んでもらえなくなる・・・・なんて下心が出てしまい、「共産党じゃないよ」なんて説明する自分がいじましいというか、小っちゃいというか、せこくて嫌になる。どう思われようが、バーンと紹介すればいいだけなんだろう。・・・・けど、それでもその説明を消さないのは、やっぱり、バックボーンとか偏見なんか関係なく、いい言葉はいい!と解って欲しいから。ということにしておこう。ついでに言い訳すると、誤解されるかもしれないからといって、「じゃアップするのは止めようか」とは微塵も思わない。説明しても受け付けられない人はいるだろうけど、それはもう仕方ない。ってことは「私は私の道を・・・」を実践できてる???(・・・汗、嫌になるとかいっといて結局それかい!笑)(「親馬鹿」ならぬ「自分馬鹿」が再発。能天気親爺の戯言。 爆)私はどうぞして倒れ得る者になりとうございます。倒れ得る者になろう!
2011.03.05
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風狂狂客起狂風 来往婬坊酒肆中 具眼衲僧誰一拶 画南画北画西東 風狂の狂客、狂風を起こす婬坊、酒肆の中、来往す。具眼の衲僧、誰か一拶す、南を画し北を画し、西東を画す。 一休宗純 『狂雲集』(超意訳・直訳)戒律なんぞは全く守らない、気が狂ったような私が、激しい風を巻き起こす。酒屋や遊郭を行き来している(酒を呑み、女色を犯してる)本質を見抜く見識をもっていると自負する禅僧よ、誰でもいいから一つ私を推し量ってみろ南をはっきり区分したり、北を区分したり、西東を区分するようなものだ(方角をはっきりと区分できるはずがない。それと同じで私の本質は見極められまい。)酒肆(しゅし) ・・・酒を売る店。また、酒を飲ませる店。酒屋。風狂(ふうきょう)・・・常軌を逸した行動(戒律破りなど)を破戒として否定的にとるのでは なく、悟りの境涯を現したものとして肯定的に評価した用語である。具眼(ぐがん) ・・・物事の本質を見抜き是非・真偽などを判断する見識をもっていると。衲僧(のうそう) ・・・衲衣(のうえ)を着けた者の意で、特に禅僧のこと。 衲子(のうす、のっす)と同意。拶 ・・・迫る、という意。押す意の「挨」と合わせ「挨拶」となるが、本来、 禅家で門下の僧に押し問答して、その悟りの深浅を試すことらしい。画(かく)す ・・・物事をはっきり分ける。区分する。(一線を画す など)一休 宗純(応永元年(1394)~文明13年(1481)11月21日) 室町時代の臨済宗大徳寺派の禅僧。狂雲子、瞎驢(かつろ)、夢閨(むけい)などと号した。後小松天皇の落胤とされいる。(一休の墓は宮内庁の管轄らしい。)室町時代の茶人で「わび茶」の創始者と目されている人物村田珠光の参禅の師という説も。著書に『狂雲集』『続狂雲集』『自戒集』『骸骨』など。以前の一休の記事( No.1 NO.2 )先日の閑吟集で思い出したので、一休さん。型破りで大好きな人物。彼の奇行は、上辺だけ調え、その実は腐敗しきった僧たちを糾弾するための、偽善ならぬ偽悪だったのではないかという説もあるらしい。今日の言葉は、まさしく、他の禅僧に対する挑戦状の趣がある。いや、趣なんて軽くない、はっきりとした挑戦状。むしろ宣戦布告だったのかもしれない。風狂の狂客、狂風を起こす私たちも、ちまちま細かいルールや慣習を無視して、思いっきり暴れてみますか?!特に、社内の慣習や前例、業界の商習慣、なんてぶち壊す勢いが必要かも。ただ婬坊、酒肆の中、来往す。こっちの方はお奨めしませんよ。自己責任で!程ほどに!笑
2011.03.02
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