幸せ雫(しずく)

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きっさこ1956

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2010.11.24
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カテゴリ: 小さな幸せ
要支援2の同居している義母のこと
主人が大学生の時、義母は主人の母になりました
そうなんです
主人にとっても義母
私は家庭環境はわかってお嫁に来たのだけど
恐いもの知らずってこのことなんでしょうね
誰が悪いというものでもないのでしょう
それぞれの思い
それぞれの立場
いろんなことがありました
いつも針のむしろに座っているようで
その当時のことを思い出すと今でも胸が詰まってしまいます
今思えば
主人も辛かったんじゃないのかな?
義母も辛かったのじゃないのかな?
それも今では過去のこと
義父が15年前に亡くなり
義母は自分の兄弟との同居の話を断り
私たちと一緒に生活をすることを選びました
私たちも当然一緒に生活するものだと・・・
長い年月がお互いの心を少しづつ縮めていたようです
 それでも恨みに似た気持ちはなくなったものの
私の心から昔の辛かった思いがなくなることはなく
大人3人の生活
いずれは義母を介護するに当たり
心から介護できるようにならなければ誰も幸せにはなれない
ある意味自分との闘いだと思っていました
その方法として私が選んだのは
 “感謝”すること
大きなことから小さなことまで“感謝”を思い浮かべ
 いつも心を“義母への感謝”で満たしたのです
 そして主人にも同感してもらいたく
感謝の思いを口に出すことにしました
私の行動は間違っていなかったようです
数年前義母に軽い物忘れが始まった時
私の心は穏やかに介護の体制に向かうことができました
今では一つ一つできないことが増えてきているけれど
いつの日か来るであろう“その日”まで
 できる限りのことはしてあげたいと
本気で思えるようになったのです
こんなに嬉しいことはありません
この夏食べ物の管理ができなくなり、三食を一緒に食事するようになってから
週に三日間デイケアに通っているものの
それ以外はテレビを見るか寝るかの生活
このままでは、痴呆も進むし生きる気力もなくなるでしょう
まだまだ手足は丈夫な義母なので
義母にできることを捜してお願いすることにしました
 掃除や草取りは「私嫌いだから・・・」というししょんぼり
 今日は書類をシュレッターにかけてもらいました
一緒に整理していると
中から、3歳のころの長男がおばあちゃんに手を引かれている写真が
大好きな電車に乗り
おじいちゃんとおばあちゃんに遊びに連れて行ってもらってる写真のようでした
 義母にみせると
とっても幸せそうな笑顔になりスマイル
「ま、かわいい~。取っておいてね」
子供たちいっぱいいっぱいかわいがってもらってたんですね
まだまだ“感謝”忘れていることがあるようです





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Last updated  2010.11.24 22:15:59
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