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春(31)橙の木の下のココ ココは犬と同じ様な行動をとる。家の中は勿論、外に出ても自分のテリトリー内に限ってだがボクの後をついて廻るのだ。例えば近所で最後の空き地だった宅地の建築工事が始まって半年近く成って今は屋根まで出来上がった。そんな状態をブラリと観に行くとココも横に一緒に付いて来て同じ様に工事現場を観て居るのだ。工事の進捗状況が分かれば自宅に戻るだけだが、ココも矢張り一緒に戻る。まるで忠実な犬がご主人様の顔色を観て行動するのに似ている。まさか首輪をして散歩する訳にも行かないので自宅の近所で終えるが、もし本当に首輪に紐を結えれば一緒に散歩するかも知れない。庭ではボクのゴルフのピッチングやパター練習をジッと眺めている。退屈すればテラスでゴロリと転がっては時々ボクの方を観る。かつて飼った和猫はこういう行動は取らなかった。ひょっとして洋猫だけの習性かも知れない。しかし、隣家のアメショウ(アメリカン・ショートヘア)は老猫ながら一度もそういう行動は取らず、かつてココが未だ居なかった頃に我が家によく来ていた時も付いて廻る事は無かった。だから「ココは変わった猫だ」というのが我が家全員の評価である。要するに自分も人間だと想っている我の強い猫である事に違いない。続「猫と女と」(01) 蘭が枯れてしまった。十年ばかり育てて来たものだった。葬式の返礼として送られて来たもので、亡くなったのは高校の同窓生だった。同じ中学出身だったが特に仲が良かった訳ではなく同じ音楽クラブに所属していた関係で話をする程度だった。頭が良かった女生徒という印象だけがある。彼女は大学卒業後、一年ほどで高校時代の同級生と結婚したと聞いた。ところが、40代半ばで蜘蛛膜下出血で急死してしまったという連絡を受け、葬式に出掛けたのだった。が、遺映を観てもイメージとは違い違和感しか起きなかった。卒業以来、一度も会っていないのだから当然だった。誰が考えたのか返礼としての鉢植えの花は意外だった。受け取って、枯らさずに育てられるだろうかと想った。たまたま育てやすいシンビジュームだったせいかか数年で数鉢にも増えた。枯れた原因は水のやり過ぎだった。が、毎年花を咲かせていたから水の適量は分かっていた。 何か他に原因があるだろうと想い返すと、数か月前にホームセンターで蘭の栄養剤アンプルの大売出しがあった。それを夫々の鉢に数本ずつ刺したままにしておいたのを想い出し、成る程と想い当たった。可愛いがり過ぎて栄養過多状態だった訳だ。納得して、ふと蘭が枯れて彼等との付き合いも終ったと直感した。それは友人に対する不誠実な想いではあったが、シンビジュームを観る度に常々そういう想いが頭の片隅にあった。それなら、うじうじと想い悩まず一層の事キッパリと絶交しておけば気が済んだ筈なのに、変な友情意識や義理から年賀状の付き合いを続ける自分に愛想が尽きかけて居た。ところが、数年前に高校の同窓生数人で飲み会をやろうという誘いに喜んで出掛けて行った事があった。温泉宿での泊まりだった。其処へ、亡くなった彼女の夫も出席していた。彼とは気が合わず、嫌な奴が来ていると想った。 多分、相手も同じ気持ちだったろう。それを肌で感じながら単純に馬が合わないだけの事と割り切ったものの改めて彼の嫌な性格を見せつけられた。それは先年、彼が電鉄会社の取締役を退いた後、何処かの大学の非常勤講師を始めたと言った事だった。私にとって大学教授なら大学の同級生に沢山居たから珍しくも無かった。ところが彼は講義の資料づくりに時間が掛かると半ば嬉しそうに言うのだ。取締役という肩書が自慢だった彼は、未だその意識が抜けきらないのか週に一度の90分程度の講義の為に資料の準備を自分でやらねばならない今の境遇を不服そうに愚痴るのだった。馬鹿か、それが何の自慢になるものかと想った。が、そういう想いとは逆に「短い時間にまとめ上げる講義は案外難しい。一時間の講義だと三日ほどの資料調べは必要だろうな」と私は助け舟の様に言ってやったのだ。 「そうなんだ。いい加減な事も言えないからな」と彼は我が意を得た様に破顔になった。「聴く方の学生の質にも依るが・・・」と毒づきかけ私は無理に抑え「何処の大学だい?」と訊いた。「大阪の外環状線に在る私立大学さ」と敢えて名前を伏せて彼は口ごもりながら言った。それだけで嗚呼、あの大学かと推測出来、それ以上は訊かなかった。更に訊いて朝鮮系の三流大学の名を言わせれば気を悪くするだろうと想ったのだ。本人は大学で教えて居るという事だけを自慢したかったのだろう。そうは言いつつも二人の子供が独立した今では独り暮らしで、毎晩相手も無くアルコールに浸っているとも吐露する有様だった。それは、亡くなった妻を想い浮かべる彼なりの時間の潰し方だったのかも知れないが、知った処で同情する気にもなれず、今にして想えば矢張り蘭が枯れたのが決別の潮時だった様だ。 それと時期を同じくして舞子や女との生活にも隙間風が吹きこんだ。蘭が枯れた事が、かつて自分の生活の半分を占めていた彼女らとの生活に水を差した様で、更には妻と息子との生活の煩わしさからも逃れ、独りで生活を始めようと決断するきっかけにもなった。果たして独り身のアパート生活は身軽だった。蘭が枯れる迄は、離婚して舞子と一緒に生活する積もりで居た。が、想いの他妻の強硬な不同意に遭い、ずるずると来て、早いもので子供はもう三歳にも成った。今や事務所に近いアパートからの事務所通勤と週に一度の舞子のマンション通いが淡々とした生活リズムになって、父親らしい事は何もしないながらも子供は日に日に成長するものだと感心させられるのだ。それだけに、そろそろ子供の将来の事を考えねばと自覚するものの、コンペの駅前再開発プロジェクトの完成もあって、新たな仕事に毎日のめり込めていられる。 尤も煩わしくともいずれ妻や舞子や子供との生活に決着を付けなければならないとは想う。が、今直ぐその解決が出来なくても先延ばしにしていられるのは舞子や女が不満を言わないからだ。曲がりなりにも小さな設計事務所を経営している以上、若い所員の生活の事も考えねばならず、今時の若い連中が何を考えて居るのか分からないと言うのが正直な気持ちながら、給料さえ遅配せずに支払っていればそれだけで経営者として充分という時代の風潮に便乗して居られるのが有難い。それで何とか面目が保って居られるのだ。かつて若者を半分馬鹿にして女にうつつを抜かして来た自分が恥ずかしい気もするが、幸いにも反面教師的な教育効果があったのか事務所を任せられる助手が育ちつつあるのが嬉しく、息子には無い真剣さが彼等から伝わって来る。息子は相変わらず母親の盲愛にドップリと浸って、私には無かった幸せを享受している様だ。(五月につづく)
2013/03/31
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春(30)橙と雪柳 雪柳が満開に成り掛けて居る横に橙の実が生っている。去年は橙は食べなかった。が、今年は考え方を変え蜂蜜と炭酸ソーダを混ぜたジュースにして冷蔵庫に冷やして毎日飲んで居る。喉が乾けば飲むから直ぐに減って次なる分を作って保管している。週に一度の割で作って既に二回経った。この分だと後二回程で橙の実は無くなってしまいそうである。捨てる事を想えば有効な利用方法である。鍋物の垂れやホット・レモンの様にして飲むのも良いが、大体柑橘類は身体を冷やすものだから矢張り冷やしてジュースにして飲む方が美味い。スポーツ・ドリンクも冷やしているが、あれは甘ったるいので水で少し薄めて飲めば丁度良い加減である。意外とそういう風にして飲んで居る人が多い様である。つまり自分に合った飲み方や飲み物を用意しておくのが良いという訳である。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・4月からの第2部へつづく)
2013/03/30
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春(29)五本指の龍が描かれた火鉢 数年前に仏間にあった使わなくなった火鉢を庭の鉢代わりにした。絵柄が青い色なので見た目にも悪く無く風景に溶け込むと想い底を抜いて、シマトネリコを植えた。シマトネリコは育苗店で数株買ったものだ。直植えのシマトネリコは成長が早く、鉢植えはその半分ぐらいのスピードでしか育たなかったが、小まめに水やりをしていると何とか2m程に育った。先日、久しぶりに枝振りを観て、ついでに鉢の傾きを直した際、絵柄に五本指の龍が描かれているのが分かった。龍は、普通は三本指が主流で五本指の龍は中国の皇帝で無いと使えないという話を聴いた事があったのを想いだし妻に言うと「父が戦時中、貴重な陶器類を庭に埋めて保管したものの内の一つ」なのだそうだ。彼女の父は戦前、政府系の銀行の駐在員で北京の天安門に住んで居たとか。それでこんな火鉢が残ったのかと納得したが、必ずしもお宝かどうか分からない。尤も、使わない火鉢よりも庭の植木鉢に使った方が役に立つ。ひょっとして後年、子孫がその火鉢の本当の値打ちを知ったとして、道楽爺がお宝を勿体ない使い方をしたものだと想うならと独りニンマリとほくそ笑んだ。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・4月からの第2部へつづく)
2013/03/29
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春(28)咲き始めた雪柳 昨年の春に挿し木しておいた雪柳が咲き始めた。物置小屋横の花畑に在る親株の雪柳は満開なのに、この露地口の日陰の雪柳はこれからである。今年は全国的に桜前線がバラバラで、関西は例年通りこれからだが東京では連日花見のニュースで日本は今が花見シーズンの様である。大体、4月の初め頃が関西の満開時期だから東京は二週間ほど早い様である。何処のテレビ局もそうだが、日本のニュースは東京発が80%だから残りの20%のニュースの中に関西が入っている程度で日本は東京しか無いのかと訝ってしまう。が、それも日本の国力では仕方無く、未だまだ地方分権は先の話だろう。中央集権では無く地方自治意識が全国的に高まるのは次の次の衆議院選挙、つまり早くて8年先の事に成りそうである。先の敗戦で戦前の中央集権体制が直ぐに復活して今や東京(霞が関)発が当たり前になって60年である。そろそろこの体制もアメリカ同様行き詰って、あと8年で崩壊すると想うと、その先の混沌が大いに気掛かりな処である。今の内に国民は生活防衛の手段を各自で講じておくべきなのだろう。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・第2部へつづく)
2013/03/28
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春(27)対馬の石屋根倉庫 盗人猛々しいというか常識を持ち合わせない国として隣国の朝鮮がある。今は朝鮮という名の国は無く、北緯36度にある川で休戦ラインとして北と南に分断され国連に管理されているので現在呼ばれている北朝鮮国とか韓国という国名は仮の名でしかない。だから何時変名するか分からないのでボクは認めず、北鮮(ノースコリア)、南鮮(サウスコリア)と呼ぶことにしている。北鮮は中国の援助を受けロシアやイランから知恵を借り核やミサイルを持つようになってからはアメリカやその同盟国に対し893まがいの行動をとっている。そのナンセンスな行動に南鮮は毅然とした態度をとれず逆に同情的な太陽政策(イソップ物語の風の神の寒風のやり方ではなく太陽の神の温熱で心を開かせようとするやり方)で対峙している。が、逆に「そんな生ぬるい考え方は駄目だ。分からなければソウルを火の海にしてやる」と言われオロオロするばかりで何も出来ず世界から馬鹿にされている。これでは統一どころか行く末が心配される。それどころか馬鹿の上塗りに常識までもが無いから、先日なぞ自国の盗賊が日本の対馬の寺から盗んで行った仏像について厚かましくも「あれは大昔に日本が盗んだものだから返さぬ。その代わりにマスコットで我慢しろ」とのたまい日本国民の失笑を買っている。朝鮮は儒教の国と言われていたのに盗人の国になってしまったらしい。矢張り身内の喧嘩を自分で解決も出来ない国には常識も無い事がよく分かる。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・4月からの第2部へつづく)
2013/03/27
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春(26)ひたひたと迫る津波 ボクは海か山か、どちらかを選べと言われれば矢張り海を選ぶだろう。何故なら島国日本では山を選べば海外に行けないからだ。ジョルジュ・シムノン(ベルギーの作家。メグレ警視で有名)は自分のヨットでヨーロッパやアメリカへ単独旅行を何度もしているが、実に羨ましい話である。彼は飛行機であっと言う間に目的地に着く方法なぞナンセンスとばかりに悠々とヨットで小説の構想を練りながら旅行を楽しんだのである。旅は道中も楽しみの内という訳である。だからこそ彼の作品には彼独特の観察力が実に巧みに織り込まれ、文字を読んでいるのを忘れるぐらい場面に感情移入出来るのである。一方、山ではイギリスの登山家エドワード・ウインパーの「アルプス登攀記」も臨場感があって実際に自分がロッククライミングしている気分にさせてくれるが、山はしんどい。青年時代、ボクも日本アルプスに挑んで槍・穂高縦走やキレット(岩場の谷)横断をしたが、若かったから無茶も出来たが、中年以降は山は精々ウォーキングで裏山の明神山や二上山を登った程度である。あんなしんどい目をしてまで山に登るのは嫌で、風景を楽しむのは楽しいが体力が続かないのである。老人になっても楽しめるスポーツはゴルフがあるが、あれも気楽に廻れれば良いが、スコアを気にしながら意地になってハアハアと息せき切ってまで頑張るのはナンセンスと想う。要は何でも自分に合った楽しみ方が在る筈なのである。日本人はどうしても打ち込み過ぎるきらいがあって真剣なのは良いがやり過ぎはいけない。そういう意味で、海に憧れてしまうのだが、矢張り津波は怖い。怖いながらも行きたくなるのは海が人類の起源の場だからなのかも知れない。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・4月からの第2部へつづく)
2013/03/26
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春(25)淹城(えんじょう)公園をグーグル・アースで観る 最近、中国の春秋時代のドラマをインターネットで観て居て想うに、中国には折角立派な物語りになる様な歴史的事実が多くあるのに何故、今の中国はこうも馬鹿なのかと訝ってしまう事だ。史記や三国志から何も学んで居ないのかと想う。因みに近年、日本の尖閣列島を893まがいのやり方で因縁をつけて一色即発の状態にもって行き、あわよくば戦争状態になれば良しとしている処なぞ馬鹿としか言いようが無い。話は歴史ドラマに戻るが、今の蘇州の西に淹城(えんじょう)という小国があった。呉越同舟という言葉がある様に仲の悪い呉と越、更には楚の間に挟まれた肥沃な土地で戦略的にも有利な場所柄だけに周辺の列強が我がものにせんと虎視眈々と狙っていた。が、列強同士の睨み合いで迂闊に手が出せず、更に難点として土地が低いせいで大雨や長雨ともなれば直ぐに洪水に成るのであった。そこで淹城の国王・伯淹が考えたのは治水を行い国を安定させ商業を発展させれば列強に対峙出来るであろうとし、領土の模型でシミュレーションを行い方法を探った。そして工事の改良を重ね、国土と領民を安定させ周辺諸国と均等に国交し淹城を存続をさせたのであった。その模型が今も城址公園として残って居て市民の憩いの場となっている。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・第2部へつづく)
2013/03/25
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春(24)大津波 大津波の代表的なものは旧約聖書に書かれたノアの箱舟を襲った津波であろう。あれは歴史に残る巨大津波で、ノアの箱舟はアララト山に今も残骸が残っているそうである。それによく似た話は世界中にあって今も語り継がれている。日本では先の東北大震災の例があるが、似た大津波は昔にもあった様で考古学的検証で証明されている。だから海浜に住む用心深い人は常に津波の怖さを知って居て、数年前まで車で売りに来ていた三重県の魚屋さんなぞは「地震で何が怖いかと言えば、まず津波だネ」と言って居たぐらいだ。それなのに東北三陸海岸の人々は巨大防波堤があるから大丈夫と高を括って居たせいで数万人もの人々が波に飲まれてしまった。哀れと言うか残念としか言いようがない。人間は、愚かな科学的根拠で大丈夫と想う生き物だから動物よりも程度が悪い。昔、中学時代に富士登山を目指して旅行したが、台風のせいで諦めて麓の静岡県の三保ノ松原でキャンプした事があった。天候は回復したが折からの余波で海岸に押し寄せる波の高さは6m以上もあって驚いた。勿論、泳ぐ様な余裕も勇気も無かったが、今時のサーファーなら好んで波乗りをしたかも知れない。しかし、水の力というものは凄いものでビルをも倒すから防波堤も波の一撃で押し流されるほどだ。人間の愚かな知恵で自然を制御できるという慢心ほど怖いものは無い。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・4月からの第2部へつづく)
2013/03/24
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春(23)大津波の被害者 津波(TSUNAMI)は今や国際語になった。地震は地球のプレートの何枚かの移動による摩擦で生じる部分振動である事もほぼ世界共通の認識に成った。その地震で海水が揺さぶりを受け、津波となって陸地へ押し寄せる。そのスピードはジェット機並みである。つまり、地球は生きているからスケールからして人間の力では防ぎようが無い。しかし、人間は考える葦であるから逃げ方は知っている。高い処へ逃げれば命は助かるのである。海浜に設けた施設は跡かたも無くなってしまうが、亦造り直せば良いのである。但し、傲慢にも再び其処へ住もうと想う事なぞ考えぬ事である。仮の場所として港と漁業関連設備を設け、仕事だけの場所と考えれば、住む処は自ずと高台になる。それが人間の知恵である。防波堤で絶対安全と考えるのはナンセンスである。津波は幾らでも防波堤をかけ登って越えてしまうのである。水を上手く治める人は政治のコントロールも上手いと古人は言って居る。今の政府は無能で傲慢だからそんな基本的な事すら気が付かない。うぬぼれも此処まで来れば笑い話にもならない。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・4月からの第2部へつづく)
2013/03/23
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春(22)大津波 和歌山県沖の東南海トラフ(海溝地震帯)に依る大津波が近々来るといういい加減な流言をマスコミが流している。被害は原発事故を除いて220兆円にも上るという試算まで出して国民に恐怖を与え、明日ににでも来るかも知れないと脅かす。実に怪しからんマスコミである。恐らく政府が東北大震災から国民の眼を反らせようと企んでの垂れ流し情報だろうし、更には大阪維新の会のジワジワと勢力が伸びている事への恐怖心がそうさせるのだろう。自民党(衆議院)にしろ民主党(参議院)にしろ何も出来ない無能な政党が権力を握って放さない為の方策なのだろうが、国民は胡散臭いやり方に警戒心だけしか抱かない筈だ。福島第1原発事故の稚拙な後処理への批判や今夏の参院選挙への不安から今の内に国民の芽を東南海に向けさせ関西に揺さぶりを掛けておこうという腹積もりなのだろうが、おっとどっこい関西人はそんな柔な手段では騙されない。本当の事を言えばどんな結果を招くか分からないから恐ろしくて言えないというのが実情なのだろうが、既にバレバレの状態で国民は知ってしまったのである。今の時代、政府なぞ信用する方がおかしいと常識人は言う。因みに何処かの国の戦争へ加担(国連軍と称して)で稼ごうという腹積もりがあるとすれば悪魔そのものの考え方である。戦争の可能性は今の処中東(イランとイスラエル)と朝鮮半島(中国とアメリカ)の2か所が考えられるが、日本はどちらにも加担しては成らない。政府は憲法改正で参戦出来る態勢を整え、自衛隊を国連軍に付け漁夫の利を得ようとするだろうが国民は挙って反対せねばならない。昭和25年の朝鮮動乱(戦争)で特需利益を挙げた日本は夢よもう一度と願っているのだろうが、世界の良織派はジッと冷静に観て居る。人の不幸で利益を上げようとするなぞ人間の屑である。津波対策は高台へ避難する事が最善策だ。高さ20mを越すスーパー防波堤を幾らこしらえても津波はそれを越えてしまう。古人の忠告を心して聴くべきである。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・第2部へつづく)
2013/03/22
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春(21)花畑のココ ココは常に自分の安全場所を確保して寛ぐ。例えば、身の危険を感じなくとも何か嫌な事が起こりそうな時でも警戒心が働き、安全若しくは安心していられる環境に身を置きたくなる本能的なものが働く。ボクなんかココの一番の理解者なのだが、それでも時々悪戯を仕掛けるからボクには親しみながらも警戒心を抱いてしまう。そのせいか抱っこされても早く離れようと耳を後に傾けながら身構える。抱っこの時間的限界は、眠い時以外は3分が良い処で、腹が減っている時は抱っこなぞ要らないから直ぐにでも離れようとする。花畑で写真を撮っていてもボクとの間合いを考えて位置している。そのくせ、ボクが何もしないと分かると自分で何かの素振りをする。自分の居場所の確認であったり、何か変化でも無いかと目を光らせるのである。猫の聴力は人間の千倍はあると言うから少しでも異音がすればハッとそちらを向く。ボクなんか突発性難聴になってからは物音が聴こえ難くなって生活に支障が出るか出無いかの境目に居るからココの身構える素振りでそれを知る程度である。つまり、ボクのセンサー代わりになってくれている様なものである。そういう意味でもペットは生活に欠かせない存在になっている。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・第2部へつづく)
2013/03/21
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春(20)橙の木の下のココ 温かな陽射しにココは毎日が楽しいのか庭で過ごす時間が長く成った。春めいて来るとボクの方も目覚めが早く成り、時として未だ薄暗い4時頃にはトイレに行って戻って来ても寝つけ無く成り、そのまま寝て居ても頭が冴えて眠れない状態が続き、仕方無く起き出して書斎でパソコンに向かう事に成る。ココも同時に起き、餌を食べ、書斎に入って来て窓辺で待機する。しかし、未だ早すぎるので雨戸は開けて貰えない。そうと分かればココはパソコンの上に乗って仕方無く大人しく夜明けを待つ。やがて白々と朝を迎える頃になって庭に出して貰ったココはそのまま何処かへ出掛ける。何処かと言っても表の前栽かガレージの塀の上にでも乗って丸く成って風景を眺めているのだろう。何故そんなに外が良いのか分からないが、冬の寒さと違う薄ら寒い程度の朝方の冷え込みなら風景を眺めて居るのが落ち付くのだろう。やがてボクが庭に出てゴルフのピッチング練習を始めるとココも音に釣られてやって来る。そして花畑や橙の木の下辺りからこちらを眺めている。のどかな春の風景である。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・4月からの第2部へつづく)
2013/03/20
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春(19)クリスマスローズとココ ココは春めいた庭でボクがとる行動総てに関心があるのか傍に付いて廻るので、たまたま花畑のクリスマスローズの紫が綺麗なのが目に付いた事もあって一緒に撮ってみた。背が低い花なのでもっと高く育てて花がよく見える様になってから撮っても良かったのだが、逆に花畑で素朴に咲いているのも良いと想ったのもある。ボクは昔から紫系の花が好きで、小学時代に遠足で行った比叡山で観たアザミや中学時代に旅行した信州の高原でのキキョウが脳裏に残っている。トルコキキョウも綺麗な紫をしている。他にも様々な紫の花があるが、単色での紫の花が一層目立って可憐な風に観えて好きである。紫は情緒不安定な色とか高貴な色とか総ての電子を撥ねつける色だとか色々言われるが何故かボクには心惹かれる色なのである。そう言えば花では無いが紫水晶も綺麗である。ところで、ココには紫はどの様に観えるのか知らないが、薔薇にしてもその他庭に咲く花には興味は無さそうである。しかし、花の存在は分かって居て敢えて花を踏んだり噛んだりはしない。香りも気に成らないらしい。矢張り、好物の魚の臭いの方が良いのだろう。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・4月からの第2部へつづく)
2013/03/19
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春(18) 食べ物の好みは加齢と共に変わると言われるが、ボクの場合は子供時分とそう変わらないまま来ていると想っている。尤も、子供時分に嫌いだった物の中には今では好きな物になった物が二つ三つあるから大人の嗜好品と子供のそれとは明らかに違って居るのが当然であろう。言わば子供の口に合う物は比較的無難で癖の無い物が多く、大人に成るにつれて刺激の強い物や変わった物が増えて行く。故郷の味とかお袋の味というものは一種の慣れで出来上がったものだから人それぞれで違って当然なのだ。関西人にクサヤ(関東の乾物)を食べさせると飛んで逃げるが、納豆は今では関西人の常食にまでなった。ボクは京都人だから納豆は大阪に出るまで食べた事が無かったし、お菓子の甘納豆の事だと想って居たぐらいだ。しかし、単身赴任で東京に7年近く居て、飲み屋でクサヤを食べた事があったが、ああいう癖の強いものは関東人でも好き嫌いが激しいと想っただけで決して美味いとは想わなかった。三日間ほど鼻腔の中で臭いが充満して困った。その代わりブルーチーズは好きで、クサヤと同系の臭いがすると言われるがボクに言わせれば全く違って、ブルーチーズは後に残らない。スコッチに合うだけあって、若い子(事務所員)にスコッチの美味しい飲み方を教える時は必ずブルーチーズを勧める事にしていて殆どが旨いと言う。中にはスコッチが飲めない子が居てもブルーチーズが旨いといって食べたりしている。最近の若い子はスコッチを飲まないのか飲めないのか需要が可也減っていて、軽いビール程度で酔うそうだが、これも時代のせいなのだろう。何せ、日本は今や女性の時代に替わりつつあって女親父が増えているのだ。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・第2部へつづく)
2013/03/18
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春(17)事故前の福島第1原発 長年生きて来て、青雲の志をもっていた頃が妙に懐かしく想えるこの頃である。つまり、日本人の本当の心を知らず理想に燃えて居た未熟な時代を想い出すのだ。本当の心とは、日本人は優しくて温和で清らかな心を持って居るというのが表向きで、実は卑怯で姑息な心根しか持って居ない人々で成り立っている未熟社会の民族であるという事を言う。こんな事を言えば、何と怪しからん事を言う奴だと言う人も居るだろうし、俺は違う、自分の周りにも志の良い人々は多く居ると言うだろう。だが、結果的にはそれは自惚れに過ぎず世間知らずであると言わざるを得ない。何故なら現実の日本を観ていないからだ。原発一つ観ても分かる。政治家が、学者と役人と電力会社が絶対安全で大丈夫と太鼓判を押す以上、我々は自信を持って推し進める事が出来るとして来た原発があっさりメルトダウンしてしまって、あれは想定外の出来事だからとして自分達には責任が無いと逃げまくっている。逃げて責任逃れが出来ると信じる馬鹿連中は、裁判で弾劾されても時間稼ぎ(検察とグルになって裁判を先延ばし)して、生きている間は係争中という事で、寿命が尽きて亡くなってしまえば罪に問われ無いと高をくくっているからである。しかし、膨大な数の生命財産を奪っておきながら無罪で済むと想う心根が嫌らしい。それが詰る処、日本人の姿なのである。彼等を日本のリーダーとして認めて来た我々国民にも責任の一端がある。だから何も知らなかった若かりし頃が懐かしくも哀しく想いだされるのである。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・第2部へつづく)
2013/03/17
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春(16)311福島原発 311の記念日という事で東北大震災のマスコミ報道が賑々しく「あれから2年、何も進まない復興支援」と五月蝿く言っていた。何の事は無い、嘘ばかり垂れ流して肝心な事実を隠したままのマスコミが、今度は自分こそは正義の味方の様な顔をして復興支援をしない国(地方政府=地方自治体)を攻め立てるのではなく国民を批判するのだ。日本国民は此処まで馬鹿なのかと溜息が出る。何と国民の70%迄もがマスコミを信じるとあるから尚更馬鹿さ加減が分かる。フランスなぞはマスコミへの信用度は30%と言う。それが今日の先進諸国の常識なのだ。日本は後進国並みなのである。中でも原発報道は余りにも稚拙で隠ぺいばかりしている。腰ぬけ政府は民主党時代の大失態を揶揄して自分達ならもう少しましな処置をするであろうと嘯き今も原発処理に手を拱いている状態だ。メルトダウンした原子炉3基を具体的に処理する方法を海外の協力を得て研究するのは良いとしても、さて今何をすべきかと言う事になれば暫く様子見と称して2年が経った。除染というナンセンスな行動で地域住民を騙し、結果的には除染は効果が無いと言い出す始末なのである。放射能は直ぐには無くならず大量にばら撒かれたセシウムの半減期ですら(消滅する迄の期間の半分・放射線量が三分の一になる迄)30年掛かるという。結語すれば福島原発は30年間放置したままで、死ぬべき人々はサッサと死んでくれと内心想っているのだ。「日本人には失望した」と先年日本人に帰化したドナルド・キーン氏が言ったという。「馬鹿じゃなかろうか。今頃、日本人の正体を知ったのか」と言いたい。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・4月からの第2部へつづく)
2013/03/16
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春(15)春めいて来た庭 陽気がすっかり春めいて来ると自然に衣替えも冬から春になる。自然にというよりも、それまでの衣服が重苦しくなって来るのだ。庭に出てゴルフのピッチング練習をしていると汗ばんで来る。カーデガンを脱いでも身体が火照って暫くは暑い。家の中の方がひんやりと冷えて居るから気持ちが良い。ココも家の中に居るのが窮屈なのか庭に飛び出して中々帰って来ない。ボクがピッチング練習をしていると何処からともなく現れて日向ぼっこを兼ねてポーチでゴロゴロ回転しながらボクの仕草を観て居る。そういえば朝方、ゴルフボールが散らばっていた事があった。多分、ココが独りでボールと遊んでいたのだろう。ご主人が飽きもせずクラブでボールを転がしていたのが不思議に観え、自分もやってみたのだろう。しかし、直ぐに飽きて芝生に放りっぱなしにして出掛けてしまったのだ。その内、芝生に雑草が出、見苦しくなって来るのも時間の問題だ。芝刈り機を回す前に額に汗しながら屈みこんで芝生のバリカンで刈り始める季節となった。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・4月からの第2部へつづく)
2013/03/15
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春(14)(クリックすれば拡大します) 未だ建築家として掛け出しの頃、数寄屋建築を学びたくて京都のある棟梁の処へ雇ってくれと頼みに行った事があった。一面識も無く紹介状も持たずにだ。今想えば随分無鉄砲な行動だった。棟梁は訝りながらもボクの履歴書を見ながら「ほうー、□ □ さんの息子さんですか。昔、お父さんに使われた事がありましたヨ。宜しい、明日からでも来なさい」とアッサリと承諾してくれた。それから1年余りその工務店に居たが、勿論大工でも無し、数寄屋の図面が描ける訳でも無く、現場の見廻りと積算をやるぐらいしか能が無かったが、ボクにすれば貴重な体験だったから毎日が数寄屋の勉強だった。お蔭で、京都は勿論、浜松や丹後宮津の数寄屋建築を生で経験する事が出来、老人の数寄屋大工には質問ばかりして「えらい熱心やなあ」と興味を持ってくれて様々な事を教えてくれた。だから大学で学ぶよりも早く正確な知識が身につけられたと想う。中でも、昭和天皇の宿泊宿であった浜松や宮津の旅館改修工事では竣工記念に菊の紋入りの煙草を貰った。吸ってみると軽くて上品な味だったが、ボクはその頃、パイプ煙草だったから頼り無い味にしか感じなかった。戦時中は特攻隊員がこの煙草を吸って帰らぬ人となった事を想えば時代は変わったと想った。その後、結婚して子供が生まれる事になって胎教に悪いからとキッパリと禁煙をして40年近くなる。ロンドンや香港から手に入れたパイプを惜しげも無く煙草好きな相手にプレゼントしたが、数寄屋を教えてくれた老大工には教えてもらうばかりで何の礼もしなかった。その代わり今では事務所の若い職員には食事したり飲ませたりしてお返しをしている積もりである。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・第2部へつづく)
2013/03/14
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春(13)新しい茶室のにじり口と下地窓と竹の樋 茶室は当初は素朴な田舎家の物置小屋程度の金の掛からないものであったのが、秀吉に依って金張りの茶室にまで変貌するのであるが、人間の傲慢さや贅沢なぞ高が知れて居て、金箔を建物内外の仕上材に張りつけて満足して喜ぶのが関の山である。あの鹿苑寺(金閣)でさえ足利将軍が贅を尽くしたものとされ、エジプトのツタンカーメン王の金の棺も金で出来て居る程度である。最近の金持ちが自分専用の便器やバスタブに金地金を使って自慢しているものの実にナンセンスでしかない。死ねば相続した人が笑いながらも用心をねて溶かしてインゴットにしてしまい金庫にしまい込むのが目に見える。つまりレアメタルは換金性があり経済の基本と成るものの観て楽しむ以外は食べた処で無味であり消化するものでも無く、矢張り化学の役割として部品に使われ科学の恩恵にあやかるのが正当な使い道なのだろう。それでも富の象徴として人は自慢し褒められたいから幼稚な方法で見せびらかすのである。が、それだけの事である。質素な茶の湯を喫しながら心を沈め落ち着くだけで雑念も振り払われ人生も爽やかなものに成るのだから金塊なぞ小事な事でしか無い事が分かる。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・第2部へつづく)
2013/03/13
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春(12)茶室のにじり口 子供には茶室は変な小部屋にしか観えないが、にじり口は格好の遊びの出入り口だった。そもそも精々60cm角の出入り口は子供でこそ面白く楽に出入りできるものの大人にとっては狭くて窮屈な出入り口である。狭くした訳は武士が刀を持ち込めない様にする事と小さな入り口を通る事で内部空間を広く感じさせながらも大きな動きを制する為には効果的だからである。人を殺めるには大きな行動が必要に成る。仮に脇差で突くにしても紐で首を絞めるにもそれなりの空間が必要になり、狭い茶室では相手に息遣いで気取られる至近距離でもある。つまり、それ程近くで対峙する関係を演出する空間は胸襟を開いて心を割って接するには最高の距離なのだ。そういう時代の名残りが現代にも伝承され茶の湯の精神を伝えているのだろうが、現代人には甚だ不向きな代物でしか無い。しかし、それでも茶室のディテールからすれば主人が主の襖の出入り口から楽に出入りし、客が庭先の露地からにじり口を経由して茶室に身を屈めて入る苦楽の落差が一種の精神上のヒエラルキーを感じさせ、是から喫する茶に重みを持たせるには充分なサイズでもある。唐天竺から日本に伝わった嗜好品の茶も日本独特の精神論で茶道にまで昇華させたのは太平洋で背水の陣となる地の果ての地に多民族(縄文人や弥生人や、その後はアイヌ民族や琉球民族・朝鮮・中国・その他南方人種など)が融合した結果出来上がった大和民族の知恵であったのだろう。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・4月からの第2部へつづく)
2013/03/12
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春(11)代表的な茶室の内部 ボクが茶室を殊更欲しいと想うには昔の懐かしい記憶もある。小学時代によく友人の家で遊んだ事があって、其処は大きな屋敷で、何故か子供部屋に茶室があてがわれていた。彼は中学時代に東京へ引っ越してしまって以来、音信不通となった。しかし懐かしさから大学時代に東京本郷の彼の家へ遊びに行った事があった。住所は京都の隣の親戚に訊いて知った。東大の赤門の近くで、考えてみれば中学の修学旅行で泊まった旅館が近所に在るのだが、それは最近になって分かった事で、件の友人のお母さんが旅館まで来て「近くなので遊びにいらっしゃい」と誘ってくれたのが想いだされる。しかし、絶交状態になった彼に不信感を抱いていたので行かなかった。では何故、大学時代にわざわざ訪ねて行ったのかと言えば、かつて仲の良かった高校の同窓生が東京に住んでいて彼の下宿に泊まってジャズを聴きに廻るついでに友人のお母さんにも会いたくなったからだった。彼女は優しい人でボクの母とも仲が良かった。夜、下宿先の武蔵小山から駒込へ、其処からバスで東大赤門前まで行くと友人が出迎えていた。行くと家族に歓待された。翌日早々に辞したが、友人は既に出掛けて居なかった。「田園コロシアムでテニスの試合があるので申し訳ないが失礼すると言っていました」と朝ごはんを用意しながらお母さんは申し訳なさそうに言った。そういう想い出も茶室で遊んだ記憶と一緒に脳裏にあるからなのだろう。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・4月からの第2部へつづく)
2013/03/11
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春(10)茶室の丸窓 最近、食卓で抹茶を立てて飲む事が多い。毎日飲むお茶は、グリーンティー(緑茶・玉露)とコーヒー(マンデリン)が主だが、時に紅茶(ニルギリ、アッサム)やウーロン茶(鉄観音)も飲む。日本人に限らず世界中の人々が夫々の国でお茶を楽しんでいる。ボクは茶室を持ちたいと想いながら他人の茶室ばかりを建てて来たが、お茶は何も茶室でなければ飲めない事は無いのは分かっているものの、どうしても欲しいと想ってしまう。金が出来れば庭に茶室でも建てようとは想うのだが「お父さん、何も茶室をわざわざ建てなくても、仏間で飲めば良いじゃありませんか。そんなお金があるなら船旅で世界旅行にでも連れて欲しいわ」とまで言う始末である。確かに仏間でも居間の食卓でもお茶をすれば良い訳だが、他人様の茶室を設計するばかりでは詰らないと想ってしまうのだ。しかし、時代が違って、今は何でも軽便が流行る時代、飲みたい時に直ぐに茶碗に抹茶を茶杓で入れ、ティファールで湯を注ぎ、茶筅で泡立てれば飲めるのだから何も古めかしい茶室を建てるのは能が無いのかも知れない。しかし、利休の造った二畳台目の小さな茶室を想い浮かべると大山崎の田舎でのんびりと客と対峙して飲む風流が羨ましくなってしまうのだ。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・第2部へつづく)
2013/03/10
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春(09)旅館 鳳明館 偶然とは恐ろしいものだ。50年以上も頭の片隅で探しものをしていたものが昨日、偶然に茶の間で見つけたのだ。お茶の時間に何気なくテレビを観て居ると何だか見覚えのある風景が映った。それは東大赤門近くの旅館だった。場所は本郷3丁目で明治期からの老舗旅館という。樋口一葉も近くに住んでいたそうだ。実はそれは中学の修学旅行で泊まった旅館だった。20年前に東京単身赴任している頃にも探した事があった。が、名前も住所も分からずうろ覚えで車を走らせ探したが見つからなかった。遠い昔の想い出として記憶に残しておいたのが、たまたまテレビに映るとは偉い時代である。今では旅館はやっていず都の教育委員会の指定文化財という。当時、東京タワーは建設中だった。翌年には出来上がり、妻は修学旅行で登ったそうだ。翌日は日光に向かった。懐かしい記憶が走馬灯の様に現れたり去ったりする。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・第2部へつづく)
2013/03/09
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春(08)五分咲きの枝垂れ梅 向かいの家の枝垂れ梅が咲き始めた。我が家の鉢植えの枝垂れ梅は未だ蕾が膨らんだ状態だ。陽射しの関係で北側玄関に置いた梅は咲くのが一呼吸遅い。それでも春の息吹は充分感じられる。春と言えば昨日は一級建築士の定期講習会があった。三年に一度、定期講習会を受けるのが義務付けられて三年になる。それまでは年次報告だけで良かったのだが、東京の姉歯というとんでもない建築士が出鱈目な設計をして違反建築事件を起こして日本国中が大騒ぎとなった事で定期講習会が義務付けられる様になったのである。日進月歩の技術を修得する意味で定期講習を受けるのは良い事だが、我々の様に管理建築士(設計事務所の責任者)として若い職員を指導している立場の建築家には当然すぎる知識ばかりの講習会だけにかったるい気がする。それでも実力は顔に書いてある訳では無いので一律に誰もが受けなければ周知徹底しないのだろう。春は役所の書類審査や点検も活性化する時期だけに、それで世の中も忙しく気忙しく成る訳である。役人に急かされるまでも無く、花でも観る余裕を心に持って優雅に行きたいものである。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・4月からの第2部へつづく)
2013/03/08
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春(07) オーギュスト・ロダンの考える人(ダンテの「神曲」に触発されて作られた彫刻「地獄門」の頭部にある部分の拡大像)である。春になればボクは京都国立博物館のこの像を想い出す。小学生の頃、当時では珍しかった花粉症に悩まされながらもこの像を見上げ感激した記憶が60年近く経った今でも蘇って来る。幼少期の記憶は人生に大きな影響力を持っているものである。アレルギーは少し残ってはいるものの先ずは健康体に感謝したい。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・第2部へつづく)
2013/03/07
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春(06)ようやく膨らんで来た薔薇の蕾 三寒四温というか如何にもゆっくりと春は近付いて来て、薔薇の蕾もほころび始めた。春が本格的に成れば亦何かと忙しくなって来る。仕事もそうだがゴルフもそうだ。それまでに冬の間休んで居た身体の調子を整えておかない事にはイザと言う時に言う事をきかない。そんな生半可な健康状態で万能選手だった青年時代を想い出すと情けなくなって来るから先ず足腰を慣らしておく。その為に冬場も庭でゴルフのピッチング練習をして来たのだ。頭で描く自分の健康と実際に動いた時の健康とのギャップを感じるのが老化現象だから加齢に対して反比例させる運動意識だけでも養っておけば怪我をしなくて済むだろう。ウォーミングアップは念入りにだ。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・第2部へつづく)
2013/03/06
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春(05)膨らんだ枝垂れ梅の蕾 もう梅が咲いたというニュースが入って来る頃となった。我が家の鉢植えの梅は未だ咲く寸前だが「梅は咲いたか、桜は未だかいな」と、つい小唄を口づさんでしまう気分である。そうこうしている内に春一番が吹き、桜が咲き、菜の花が咲いて春も本番になるのだろう。季節の移ろいは実に早い。うかうかと人生を過ごしているとTPPとか尖閣列島とかMP2.5とか日本を取り巻く訳の分からない連中の餌食にされかねないと政治経済のニュースを苦々しく聴いてしまうこの頃である。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・4月からの第2部へつづく)
2013/03/05
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春(04)斑入りの柊 柊はクリスマスの飾りつけに用いる木で葉っぱの棘が悪魔(日本では鬼)払いをしてくれるという民間信仰がある。柊南天もその一種で、先日、斑入りのノシメ蘭の葉っぱを紹介したが、あれは直線の斑入りだったのに対して、柊の葉っぱは棘があるものの豹柄の斑入りがあるお蔭で綺麗に観え、棘も気に成らず鉢植えにしてポーチにでも飾ろうかという気にもなる。その代わり水やりの心配が要る。地植えの木や草が水やりの気遣いが無い分、世話も余り焼かないのとは正反対である。鉢ものは小まめに水やりをしなければ夏場は直ぐに枯れてしまう。盆栽をいやっている人は旅行に出かけられないとぼやくが、楽しみなのだから仕方が無い。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・4月からの第2部へつづく)
2013/03/04
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春(03) ポーチに出て室内を振り返ると成り金の葉が元気そうな色合いをしていたのでガラス越しに撮った。成り金なぞ珍しくも無い観葉植物だが未だ一度も花を咲かせた事が無い。花を咲かせるには年末の頃に寒冷紗の様な黒い日除け布で光を一旦遮断して数日してから外して陽に当てれば花の芽が出るとあったので何度か試みたが駄目だった。もっと具体的で正確な情報が欲しいものだ。例えばアロエの花を咲かせるのが難しいと何かの本に記されていたが、何の事は無い、伊豆旅行で植物園に沢山のアロエの赤い花が咲いているのを観て、温暖な地方なら放っておいても勝手に咲くのを知った。つまり、咲かせるのに難しい地方で苦労して咲かせた処で適材適所で無いだけの事で時間の無駄を知ったのだ。成り金も適した地方では花が咲くなぞ珍しくも無いのだろう。関西では精々濃い緑の葉の綺麗なのを観て楽しむのが正解なのだ。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・4月からの第2部へつづく)
2013/03/03
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春(02)露地に群生するノシメ蘭 愈々、冬が去り春が来たという雰囲気になって来た。このノシメ蘭は秋に紫の可愛い花が咲くが、常緑の斑入りの葉っぱが綺麗で露地に群生させてある。色も毒々しい緑では無くあっさりとした若草色で春らしい。これから陽射しは強く成って行き直ぐに晩春に成ってしまうだろうが、梅が咲き、桜が散るまでの短い春を楽しめる季節に合う緑である。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・4月からの第2部へつづく)
2013/03/02
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春(01) 温かな日があって、一旦蕾が膨らんだ薔薇も、寒い日が来たり雪が降ったりでなかなか花を咲かせる事が出来ない。今日こそはと想いながら温かな陽射しを待っているのだろう。そんな薔薇を観ると愛おしくなって来るが、春の足音はつい其処まで来ているから、春一番でも吹けば一挙に咲くのだろう。毎年二月末から三月にかけて春の嵐が来る。それが済めば春は直ぐ間近である。小説「猫と女と」(32) 女のマンションに住み始めて一カ月が過ぎた。最初、ホテルに泊まろうかと想ったが時間的に遅かったのでモーテルや連れ込み宿しか無く、独りでは怪しまれるので止した。突然だったにも拘わらず女も舞子も歓迎してくれた。彼女達は自分達が原因で夫婦喧嘩に成ったものと想っていた様だった。が、私が真相を言わないまま時間が経過して行くだけで毎日女のマンションに帰って来る様になると本格的に家を飛び出したと想った様だった。「本当に、家に帰らなくても大丈夫?奥さん心配しているのじゃ無い?」女も舞子も別々に同じ事を訊いた。妻からは携帯に毎日の様に掛かっていたが、女のマンションでは携帯は切っていた。とうとう事務所にやって来て私が本当に怒って居るのを観て「申し訳ない事を言って悪かったワ、許して」と謝った。が半月経っても戻らないと電話は三日に一度となり、やがて週に一度に成って行った。 「私は絶対に離婚はしませんから、その積もりで居ていて下さい」と妻から留守電にメッセージが入っていた。が、そんな離婚手続きよりも実質の方が意味があった。毎月の給料が振り込まれ無くなって預金が瞬く間に減って行く現実に妻は切実に私の存在の意義を感じ取った様だった。二か月目になって青ざめた顔で妻は息子を連れて事務所にやって来た。所員の手前、話ができないのでビルの一階の喫茶店へ行った。「あの家は、あなたの名義にしますからどうか帰って来て下さい。この子も反省していますから・・・」妻は小声で言った「・・・・」私は黙ったまま只コーヒーを飲んでいた。「何とか言って下さい」催促されて、私は息子の顔を観て重い口を開いた。「君はどう思っている?」「悪かった・・・」「そんな分かり切った事なんか訊いてない。仕事をどうするか訊いているんだ。自分の身の振り方も決められないのか」 「今、仕事を探している」「ほう、探し続けて何年に成る?これからも探し続けるのか?」「はい」「何年も仕事もせず、試験にも合格せず、良い歳をした若者が親に喰わせてもらうしか能が無いのか。恥ずかしく無いのか?」「アルバイトをしている」「それは自分の小遣い分だろ?お母さんはどうする?やって行ける自信があるのか?」「ありません」「ふん、自信も無いのに親に殴りかかって何を考えている。もっとまともな返事をしないと話に成らない。帰ってくれ」そう言ってから妻の方を見て言った。「金は?預金を持っているのだろ?」「もう残り少ないワ。困っているのヨ」「君の息子が何とかするだろう。そうでないと生活がやって行けないと想うが・・・」「そんな意地悪言わないで助けてヨ」「家を追い出されたんだ。自分の生活が掛かっていて君の事まで面倒見られないヨ」「家を譲ると言ったでしょ」「要らない」「そんな事言わずに・・・」 押し問答の様な状態が続いた。私は腕時計を見て「来客予定があるから」とレシートを取ってレジの方へ立った。後から妻と息子が続いた。ビルの外へ出て財布から数枚の札を取り出し妻に手渡して言った。「何時でも離婚届に判を押すから送ってくれ。幸いにもリフォームした家は早く売れるから良かったじゃないか。親子二人なら充分喰って行けるだけ有る筈だ」そう言い残してビルのエントランスへ向かった。後でワッと泣き声がしたが振り返らなかった。自業自得だと想った。愚息が母親を見て何とも感じず私だけを恨むならそれも仕方が無いと想った。もう三十近く成った男が泣いている母親を見てオロオロしている図なぞ観たくも無かった。勝手に生きて行くが良い。私は自分の青年時代を振り返って、両親が離婚した際に親父がしょげかえっていたのを想い出していた。それに引き換え母親は高校生だった私を引き取り小さな小料理屋を開いて活き活きしていた。 「そうだ、ココの事を訊くのを忘れた」と独りごとを言った。多分、妻から餌を貰っているだろう。もう私の事なぞ忘れているかも知れないが、ひょっとして私の居ない寝室の椅子で毎晩眠っているのかも知れない。それとも妻の寝室で寝ているのだろうか。どちらにしろ猫は家に付くというから何処にも行かないだろう。しかし、家を処分するとするならココは何処へ行くのだろう。妻は連れては行かないだろう。愚息は勿論面倒なぞ見る筈も無い。私が面倒を見てやりたいが大人に成った猫は引っ越しは無理だろう。最初、女のマンションから車で仔猫のココを運んだ時は途中で泣き叫んで仕方無かった。唯それだけが気に成る。妻や息子の事よりも気に成る。そういう私は薄情な人間なのだろうか。両親が離婚した為に自分の家庭だけは絶対に離婚なぞしないと心に誓ったものだったのに此のざまだ。人の別れには様々な理由があるが他人には絶対分からない理由もある。 そろそろ大型プロジェクトの指名発表がある。それが取れるかどうかかで私の人生も変わるだろう。女達と子供との四人の生活も影響を受けるだろう。神様はどちらの女を救うだろう。私は両方の女達を救いたかった。しかし、妻が私に最後通牒を突きつけるとは想わなかった。と言う事は彼女は一人ででも生きて行けるという事だ。それ位の気概があるのだ。だからこそ愚息は彼女を頼ったのだ。私を父親とは認めず単なる金の成る木としか考えなかった。将来、あいつが結婚でもする様になれば初めて父親の気持が分かるだろう。男は自分で人生を切り開いて行かない事には良い女にも巡り会わないものだ。巡り会っても最後通牒を言い渡される場合もある。それを跳ね返すか受取るかは男の気持ち一つだ。其処から更なる次の人生が始まる事もある。私は女と舞子と新しい命とが待つ家庭に新たな人生を見出す積もりだ。(第1部終了・第2部へつづく)
2013/03/01
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