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August 25, 2006
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 僕は聞いた。
「何でこの店の名前はHomelessなんですか?」
「『a homeless dog』『a homeless cat』」
 雪穂さんは妙に発音が良かった。
「それぞれ『野良犬』『野良猫』っていう意味。この店はノラ専門店だからそのまま店名にしたのよ」
 聞いてみればそのままの意味だった。はじめに店名を見たときは『考えたって分からない』と思ったのだが、今となっては何故分からなかったのか分からないくらい明快な名前に思えた。

 僕は聞いた。
「雪穂さんが作ったお店なら、何で篠塚さんが店長なんですか?」
「事務仕事は店長の判子が必要なの。あたしはほとんど書類とか見ないから、その内容の判断は全部、篠塚君がするわけでしょう」

「だから、篠塚君が店長になったほうがスムーズに仕事が出来るというわけ」
 改めて思った。篠塚さんは優秀だ。



 僕は急に思い出した。『ノラ』というフレーズがさっきから何か引っかかっていたのだが、このときになってようやくその理由を突き止めることが出来たのだ。
「雪穂さん。僕、昨日テレビを見たんです」
「今の時代、テレビを見たくらいじゃ誰も驚かないわ」
 その通りだが、僕が言いたいことはもちろん、そんな報告ではない。
「最近『ノラ』が減ってるっていうニュースがあったんですけど、あれは雪穂さんの仕事のせいなんですか?」
 僕が、フリーター嫌いの政治評論家を見直すきっかけになったニュースだ。
「それはあたしのお陰ね。他に減る理由がないじゃない。だから、そのニュースは、あたしの仕事の成果」
 確かに、原因はまだ分からないというようなことを言っていた。専門家もまさか一人の女性が捕まえて回っているなどとは思わないだろう。
 今までの雪穂さんの話はどこか真実味がない、霞がかかったような話を聞いているような感覚だったが、すでにニュースとして放送されているということで、僕は実際に起こっていることだと認識することが出来た。


「桐原君、疑問は全て解決しましたか?」
「いえ」
 言いながら思った。疑問の疑問は疑問なのだろうか?
「僕は何で疑問を解決しているんでしょうか?」
 これはカルト教団の思想ではないし、哲学的な命題でもない。僕はただ、シロを返してもらいに来ただけなのに、何故この店の歴史なんかを聞いているのか、というとても具体的な問題だった。

 そう言うと篠塚さんは席を立ってまた店の奥へと行ってしまった。



「話があるの」
雪穂さんは心なしか真剣な顔つきになっているような気がした。
「桐原君、ここで働かない?」
「はい?」
「君は今、無職だよね」
 無職ではなくフリーターなんです、と言いたかったが、何故雪穂さんがそのことを知っているかということの方が気になった。
「夏美ちゃんがここによく来るから『お兄さん』の話を聞くこともあるのよ」
 一体、僕のどんな話をされたのだろう?
「どう、桐原君? 君の仕事は今のところ車の運転って事にしようかと思ってるんだけど」
「車の運転ですか? それなら雪穂さんがしてるじゃないですか」
 雪穂さんの運転がうまいかどうかは別の話だ。ただ、してるかしてないかを言えば雪穂さんは車の運転をしていた、ということだ。
「篠塚君、ドライバーが欲しいってうるさいの。まあ、確かにあたしは下手なんだけどね。桐原君は無職で免許を持ってるんだから、まさに私たちが探していた人材なのよ」
僕が気付かないうちに面接が始まっていた。
「普通免許とフリーター、まさに鴨がネギを背負って来た感じですね」
 僕は冴えないことを言ってお茶を濁した。
正直なところ、僕は勢いで入りそうになっていた。フリーターという現代社会では居心地の悪い地位、人とは違うことをしたいという若者特有の欲求。目前に迫った短絡的な解放を求めて、僕は一歩足を踏み出してしまうところだった。
僕は現実を見る必要がある。労働の量、金銭、考えることはたくさんある。一歩踏み出した土地が、地雷原になっていないとも限らない。これは当然、慎重に考えるべき問題だった。
僕が真剣に考えていると雪穂さんは何でもないように言った。
「そんなに考えなくていいじゃない。始めてから少しの間は研修期間にして、いつでも辞められるようにしておいてあげるから」
「いいんですか? そんなバイト感覚で入っても」
「いいわよ。但し、お金とかそういう細かい話は篠塚君と話して決めてね。私はその辺、ノータッチだから」
 この人は本当に動物を集めてくることしかしないのだろうかと、僕は少し不安になった。
「じゃあ、とりあえず入ります。いつから来ればいいですか?」
 とりあえずで就職を決める辺り、僕には男らしさが足りない。
「次に来るのは一週間後でいいわ。その代わり、一週間でバイトを辞めてくること」
「分かりました」
僕はあの店長ならあっさり話が通ると思って、すぐに了解した。






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Last updated  August 25, 2006 11:22:16 PM
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