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September 12, 2006
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<三日目_夜_長岡(2)>



『ピー』
 俺の頭上で音がした。わざわざこんな状況で口笛を吹くやつがいるのか、と半ば感心しながら、俺は音のした方を見た。
 電子レンジだった。
 俺が頼んだグラタンを、強盗が現れているにも関わらず律儀に温めていたらしい。
 強盗はちらりと音がしたこちらを見た。俺は焦って、咄嗟に電子レンジを指差しながら左右に首を振った。『こいつがうるさいんです。俺じゃありません』という意思表示のつもりだ。さらに『後でよく言い聞かせますんで、今日のところは見逃してやってください』という意味を付け加えても良かった。
 彼に意思が通じたのかどうかは分からないが、強盗は再びレジと店員に意識を戻した。店員は相当焦っているらしく、普段慣れているであろうお金を出すための一連の動きを再現できずにいた。強盗はそれを見て苛立つ。それがかえって店員の恐怖を煽り結果的に悪い方向は向かって行くのだが、日本の景気と同じで、それは仕方のない事だった。

 事態はさらに悪い方向に向かっていく。痺れを切らした強盗は店員に向かってこう言った。
「どけ」

 店員が逃げた所はまさに俺がいる所だ。狭いカウンターの中で店員が動けるところなんてここしかない。すばやい動きでレジに手を伸ばす強盗。自分でレジを開けようという魂胆らしい。
 店員は全力でこちらに飛び込んできていた。だからだろう。何かにぶつかったようだ。そのせいで俺の隣に何かが落っこちてきた。

『ガン』
 電子レンジだった。
 こいつは、何か俺に恨みでもあるのだろうか?
 強盗はちらりと、音がしたこちらを見た。俺は焦って、咄嗟に電子レンジを指差しながら左右に首を振った。『こいつもわざとやってるんじゃないんです。仕事を始めると周りが見えなくなるやつなんですよ』という意思表示のつもりだ。さらに『ほら、今はこんなやつの事よりもレジの方に集中してください』という意味を付け加えても良かった。
 やはり彼に意思が通じたのかどうかは分からなかったが、強盗は再びレジに意識を戻した。
 そして、俺は、何故か、また、あるフレーズを思い出した。

『電波を放ち続ける機械
 機械と踊る無数の白衣
 白衣を纏った黒い生物

「これが人間の力だ」』

 俺は考えた。今、何故『エーテル』なのか? 俺はこのフレーズに、何でこんなにも意味を見出そうとしているのか?

 俺は唐突に『そうか!』とまるでノーベル賞級の発見をした科学者のように、すべてを理解したような感動を覚えた。あまりの感動のために本当に声を上げていたかもしれない。
 いや、上げていた。
 強盗が再びこちらを見る。

 一方、俺は切られた傷に対処している店員の補佐をする振りをしながら、大発見を実行する準備を整えていた。店員はそんな俺に不快感を示す事も無く、強盗に聞こえないような声で俺に言った。
「何をしてるんですか?」
 店員は俺より間違いなく年上なのだが、お客様に対しては敬語、という接客業の基本をこんな時まで守っていた。
「店員さん、聞いて驚かないでくださいよ」俺はグラタンを包んでいたビニールを解きながら言った。「俺はあいつを、ぶん殴ってやろうと思うんですよ」
「え?」
 案の定、店員は驚いていたが『驚かないでくださいよ』という言葉が効いたのか大騒ぎはしなかった。俺は店員が落ち着けるほどの間を取ってから、これからどうするのかを話した。

「やめた方がいいですよ」店員は俺の話を聞き終えてから言った。「絶対、危ないですって」
 俺はそう言われるのを見越していたから、既に次に言う言葉を準備していた。
「店員さんは見ていてくれればいいですよ」それからこうも言った。「俺は絶対にやらなくてはいけないんです」
 俺はこのとき幽霊の少年の事を考えていた。あの少年はなかなか、気が利く。

 店員と話している間に準備を終えた俺は、すぐに行動を起こした。迷ってはいられない。強盗はたった今レジを開けることに成功し、後はお金をバッグに詰めるだけとなっているのだ。
 俺は強盗に向かって走った。もう、後はやるだけだ。

『電波を放ち続ける機械』
 これはまさに電子レンジの事だろう。強盗が来てから『ピー』とか『ガン』とかうるさかったのにも意味があるのかもしれない。まあ、それを抜きにしても今この状況で電波を放つ機械なんて電子レンジくらいのものだろう。
『機械と踊る無数の白衣』
 機械が電子レンジ、白衣がグラタンとすると、分かりにくいこの歌詞もかなり具体的で分かりやすくなる。
 だから俺は、電子レンジの中でくるくると回って熱くなったグラタンを手にして強盗のすぐ近くに立った。

 強盗は近寄った俺を警戒し、刃物を握った。だが、遅い。もう俺の次の行動は始まっている。強盗は次の瞬間にも俺の一撃を受けて混乱するだろう。

『白衣を纏った黒い生物』
 白衣はグラタンで、黒い生物というのは、強盗の黒いフルフェイスヘルメット。俺は強盗の顔面にグラタンを叩きつけた。
「うっ」
 惜しい事に、強盗が熱さで悶え苦しむという事はない。ヘルメットのお陰でグラタンは皮膚まで届かないからだ。
 闇雲に包丁を振る強盗。俺はとっさに当たらない位置まで下がる。
 ヘルメットがグラタンを被ると前が見えなくなる。ダメージはないが、これは強盗にとっては致命的だ。
 急いでグラタンを手で拭おうとする強盗。焦ったためかどうかは分からないが両手を使っている。
 俺は間髪いれず腹を蹴った。よく考えてみれば刃物を持った相手に随分と大胆な行動をとっているが、俺だってもう正常な判断が出来るほど落ち着いてはいない。
 結果的に俺の行動が功を奏したのか強盗は素直にヘルメットを脱ぐ事にしたようだ。俺から見ればまんまと引っかかってくれた、という所なのだが強盗は気付くまい。
 俺は強盗がヘルメットを取るのを待った。それからここだけは落ち着いて行動する。ヘルメットがないせいで強盗の頭部を守るものは、もうない。
 俺は最後の気力を振り絞って『武器』を振り回した。

『ガン』
 電子レンジだった。
 後頭部を電子レンジで殴られた強盗はそのまま気絶した。専門的なことはよく分からないがしばらくは眠っている事だろう。
 あまり格好のつく戦法ではなかったが、俺は死ななければ良かったので気にしない事にする。
 唖然としている店員。気持ちは分かる。俺だって、昂っている今でこそ何も思わないが、後で振り返れば『凄かったなあ』と思うに違いない。

 休憩室から人が現れた。楓ともう一人の店員だ。もう一人の店員は、強盗が刃物を振り回し始めてすぐに警察を呼んでいたらしい。それから後は怖くて隠れていたそうだ。楓も似たようなもので俺に突き飛ばされた後に休憩室に逃げ込んだのだという。
 少しして警察が到着した。かなり時間をとられるだろうと思っていたが、数分話をして連絡先を教えた後ですぐに俺達を解放してくれた。監視カメラのお陰らしい。警察としてもどう見ても強盗が悪いのだから、俺達を疑いようがない。

 俺は安堵した。
 きっと、これで終わったのだろう。

 今日、強盗に殺されるはずだった俺は、幽霊である少年の予言によって命拾いした。
 きっと、そういう事なのだ。

 すべてを終えた俺と楓は、流石に今からDVDを借りる気にもなれず、一路、楓の家へ向かった。





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Last updated  September 12, 2006 11:58:13 PM
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