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『本当の今』 今の瞬間は、何かのスタートではない。何かのゴールでもない。まして、何かの途中でもない。 今の瞬間は、何かの始まりではない。何かの終わりでもない。まして、その過程でもない。 本当の今とは、「その全てが同時に完結している瞬間」なのだ。それが本当の今だ。
2018年09月09日
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『ダイナミックな旅』 ここひと月ほど、毎日、本を読んでいる。 その中から、何故か同じ著者の本を次から次に買って、読んでいる。 そして今は『母脳』という、受胎から、子育てまでのことを書いてある、脳科学の本を読んでいる。 来年は70歳になるという自分が、まさかこのような本を読むとは、夢にも思わなかった。 だが、この本を読み始めた途端に、自分の内側を成長させるため、自然と選んだ本だということがわかった。 潜在意識に、選ばされた本だということがわかった。 さらに、もう一つこんなことを感じた。 読書とは『旅』と言うことだ。 精神世界をダイナミックに旅している。 今の自分にとっての読書は、インドアの活動ではなく、 アウトドアの活動なのだ。 それも時空を超えた、世界を巡る旅なのだ。 特にこの10日間ほどの読書に、より自分の中で、人生のヒントがぎっしり詰まった、ジグソーパズルが次々とはまる感覚がある。 自分を成長させてくれる、このような状況に導いてくれた、見えないものに感謝する。 この本を閉じた時、奥付を見て、さらにある感慨が湧いた。 私の処女作『しあわせトリック』を担当してくれた、編集者だったのだ。 その偶然にも、思いを馳せた。
2018年09月08日
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20代の頃の脳は、がむしゃらな入力装置と化している。出力を要求するのは酷というものだ。「好きなことを仕事」とか、自分の棚卸しをして、5年後の自分の計画をする「自分プロデュース」をさせるなんて馬鹿馬鹿しい。五里霧中、無我夢中、与えられたことに精一杯、でいいのである。 30歳近くになると、脳は次の段階に進む。本人は「俺も昔ほどが、むしゃらにならなくなったなぁ」と、少し寂しく感じるかもしれない。だが、ここからが本当の人生の入り口で、その人らしさを作り人生の「本質」を知る段階に入るのだから。 30代の10年間は、脳が最も苦しむ時でもある。ものの見方が取り揃っているのだが、優先順位がついていない。だから、いちいち迷うし、惑うからだ。しかし、30代はたくさんの選択肢に挑戦し、痛い思いをして、自ら傷を舐めて立ち上がり、また歩き出す必要がある。これをしないと優先順位がしっかりと根付かないからだ。優先順位を決めるのは「本質を知る脳」になるためだ。30代をしっかり惑えば、「本質」しか見えない、秀逸な脳に熟成するのである。 「本質脳」になるのは56歳ごろだ。脳内では人類最大の英知=「連想記憶力」がピークを迎える。「連想記憶力」は物事の本質や、人の資質を見抜く力。事業戦略やトラブル対応力にも寄与する総合人間力である。 この能力が使えるためには、脳の回路にしっかりと優先順位が付いていて、無駄なデータは放棄(物忘れ)し、末端の回路は、一部拘束している位でちょうどいい。つまり、生理的な老化が始まらないと、人の脳は知的に完熟しないのである。 脳と神経系は、その持ち主の想像をはるかに超えた、精緻なセンサーなのである。例えば人の視神経は、光子(フォトン)を感知している。 光子は光の最小単位で、素粒子の一つである。量子の親戚だ。なのに、暗室に放たれた光子に、視神経は反応する。 とはいえ、当の本人はそれを把握していない。視神経はキャッチするが、その情報を顕在意識にまでは繋げないからだ。 光子の一つ一つの情報を、顕在意識に繋げたら煩雑でしょうがない。とっさの判断が下せない。そのため潜在脳のほうは、繊細に情報をキャッチしながら、有用な情報だけを顕在意識に伝えてくるのである。 こうして、私たちの脳は、繊細に情報収集しながら、脳の持ち主を、「生存に有利な場所」に精緻に送り込む。顕在意識の何百倍もぶれがない。 私は自分の潜在脳を信じている。だから、切羽詰まったときほど、無邪気に、楽しく、を心がけ、執着や悲観を捨てるようにしている。 うまくいかなかったとしたら、それこそが自分の潜在脳が望んだ、正しい道なのだと腹を決める。 実際、大きな商談を逃した直後に、もっと大きな商談が来ることがある。本当の正解は神のみぞ知る。その神とは、自らの神経系の導きのことだ。そう考えると、神経に神という字を与えた英知は深い。 自らの脳の底力を信じる。運がいいといわれ人になる、最大の奥義である。規則正しい生活をして、神経系のストレスを軽減し、無邪気に生きて、脳全体の神経繊維の連携をよくし、自らの神経系にその判断を仰ぐ。それが、私がこれまで語ってきたことの、本質である。 人の脳は遠く離れた脳と連携する。東大の研究グループが以心伝心が起こるとき、遠隔地の二つの脳が、40ヘルツの整数倍の周波数で連動していることがわかった。 粒子レベルに突き詰めれば、量子波動ということになる。量子波動は、時空を超える。したがって、物理学的にも遠隔地の脳の連動は、それほど不思議なことではない。 脳の構造からいえば、感性の回路が似ている相手ほど、その思念伝達は、起こりやすい。 脳の創世記に10ヵ月も一つの生態として機能した母と子は、その最たるセットに違いない。 脳の神経信号は、化学的な反応で起こる電気信号である。 静謐な平常心を大切な人に届けよう。時折、瞑想してそれを届けよう。静かな集中と広い展望、それを私の脳に起こしておけば、大切な人を守ってあげられる。 その思いは、ピンポイント通信ではない。だから、似たような脳の持ち主で、その波動を必要とする人には、私たちの思念が届いているのかもしれない。思いは、同傾向の脳の間で増幅しあうもののようである。 クリスチャンの友達にその話をしたら、「それが私たちの祈りなのよ」と微笑んだ。彼女の、その宗教的な確信に、科学的な根拠あることに彼女は歓喜してくれた。私自身は、世界中の宗教者の共通項が、「祈り」「念じる」ことであることに思い至り、深い感慨を覚えた。脳は、答えを知っている。脳科学に触れていると、何度も思う真実である。
2018年09月05日
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脳は、人生最初の28年間、著しい入力装置なのである。だが28歳が脳のピークであり、後は老化と呼ぶのには、疑問がある。 私たちはこの世にたったひとつの脳を持って生まれてくる、遺伝子の組み合わせの妙と体験とによって形づくられる、脳という装置は、この宇宙時空で過去にも未来にも、たった1つの装置なのである。 その装置の目的が、世間を知り、一般モデルを踏襲した優等生になることにあるとは到底思えない。 「その脳にしか見えないもの」。「その脳にしか出せないことば」。それを見つけてこそ、この世で唯一の装置なのではないだろうか。 大人の脳は思い込みの強いのなのである。それぞれの人なりの、思考回路の型枠ができあがっているのである。 親戚のおばさんに、「あー、あんたはあれよね」と決めつけられて、内心怒りに震えた経験は無いだろうか。おばさんは、大雑把な型枠で世の中を切り取っているので、こちらの繊細な心情をいくら、言い募っても、型枠からはみだした部分を脳が認知しないのだ。 大人の脳と言うのは、多かれ少なかれそんなところがある。優秀なビジネスマンは、「エリートの型枠」で世の中を見る。ナチュラリストは「植物系が体にいい。の型枠」で世の中を見る。男女の溝は「男性脳の型枠」と「女性脳の型枠」の違いで生まれる。 さまざまな型枠を持ち、それらをチャンネルを切り替えるように使える、汎用性のある脳の持ち主が、頭が柔らかい人センスのいい人と言われるのだ。そしてこの汎用性は、失敗が作り出すのである。脳が失敗を認めてフィードバックすることで、異なる型枠を使ったり、切り替えのポイントを知ったりする。その型枠の引き出しが、多ければ多いほど、組み合わせ方が一気に増えていく。 失敗が多い人生は、お得な人生なのである。 49歳。人は生殖のために生きてきた人生を、別の人生に切り替えるのである。多くの人は生殖能力をしまって、異性にモテる要素が消えてくると「人生は、おしまい」と感じるようだが、それは違う。生殖だけが人生の目的なら。100を超えて生きたりはしない。脳を研究してみて、深くわかったことがある。脳は、決して無駄な事はしないものなのだ。 脳が100を超えて生きる以上、人類の脳には、生殖以上の目的があるのだ。 29歳から56歳までの第二ブロックでは、膨大な数の回路の中から、余計な回路は切り捨て、必要な回路だけを残す28年間である。 無駄なところに電気信号が行きやすい状態では、人は他者に翻弄されやすく、本質を見失ってしまう。いらない回路を捨てることによって、人の思慮は深くなっていく。 それを見極めるためのエクササイズが失敗なのである。失敗して痛い思いをすると、その晩、眠っている間に脳内では失敗に使われた関連回路に、電気信号が行きにくくなるように調整する。 つまり失敗の数だけ、人は失敗しにくくなり、判断に迷わなくなる。失敗が心に痛いほど、取り返しがつかないほど、脳の学習効果は大きい。失敗は脳をよくするために、人生で最も有効な入力なのである。 歩き始めた子供は、何度も転んで、痛い思いをする。そうしてバランスの取り方のセンスを、身に付ける。人生も一緒である。痛い思いをしなければ、センスは良くならないのだ。失敗を避けていては、人生は先に進まない。良い結果の出る方向に進め。 ただし、失敗を他人のせいにする人は、その失敗を、脳に反映することができない。せっかく痛い思いをしたのに、脳が失敗だと認知しないからだ。失敗は他人のせいにしてはいけない。もったいなさすぎる。 失敗したら、潔くそれを認めて、清々しい気持ちで寝ればいい。くよくよする必要は無い。私は失敗したら「しめた!」と思うくらいだ。何しろ、今夜、頭が良くなるのだ。他人の失敗も「私も、〇〇してあげればよかった」と言って、自分の脳にフィードバックすることにしている。失敗の横取りだ。 人の失敗も横取りして、自分のものにしてしまおう(笑) 40代の「正解」は確かに正解なのだが、周囲を「一点の曇りもなく」動かすパワーに欠けるのである。 さて、50代。脳が十分に「失敗しにくく、成功しやすい」状態になってくる。失敗の時と同じように、成功してうれしい思いをした時、脳は眠っている間に、成功回路に信号が伝わりやすいように、回路を書き換える。成功回路の優先順位が上がるのである。 複数種の成功に共通して使われる回路は、さらに優先順位が上がって、いっそ信号が通りやすくなる。 そして、あらゆる成功に使われる、共通の回路、最高水準の優先順位を誇るそれこそが、成功の秘訣「本質」の回路である。 56歳近くなると、その回路が目立ち始める。 30代の惑い(失敗事例の蓄積)。40代の苛立ち(成功事例が増えてくるものの周りの理解を得られない)を乗り越え、脳は50代に「本質」を知る。 誰もが人生の達人になる「本質」の回路は膨大な失敗の果て、成功事例をいくつも重ねて仕上げられる回路である。だから人に教えられてもだめ。一方向の成功事例だけを、なんとなくに繰り返すだけでは手に入らない。 長く生きること。たくさん泣くこと。転んで傷ついて立ち上がる。それだけが、脳を成熟させる。つまり人生そのものである。 見方を反転させれば、人生は脳を成熟させるために、わざと過酷なようにデザインされている、という捉え方もできる。私たちの脳に宿った意識は、本当は宇宙の外からやってきていて、意識のレイヤを上げるために、この宇宙で修行しているのかもしれない。 なぜなら、才能がある人ほど、人生から大きな苦難を突きつけられるからだ。そして、それを乗り越えて、大輪の花を咲かせる。脳科学的には、苦難を乗り越えて、脳がよくなったから成功した、と言えるのだが、才能のある人には、そもそも凡人に降りかからないような苦難が、降りかかることが多いように思えてならない。 というわけで、苦難が降りかかったときには、「私には、特別な才能がある。神に選ばれた人なんだ」と思えばいい。私が保証する。 60代、理由のいらない納得。60代に入ると「本質」の回路の抽象度が上がり、直感の域に入ってくる。存在の真理が腹に落ちる。言葉にならない納得が、降りてくるのである。 野に咲く花にも、人生の真髄を感じるような達観の域に入ってくると、これが本当の脳の成熟期だ。この世の生きとし生けるものの存在、あらゆる事象の意味を知る。言葉ではなく、腹に落ちると言う感覚で。 老人が「ことばのいらない納得」脳で出す結論は、めちゃくちゃ早い。「あーだから、こう」という因果関係で答えを出すわけではない。腹に落ちる結論なので、議論の余地もない。 頑固でせっかち、とんでもない。見事なほどに、即断・即決・即行の、脳なのだ。瞬時に出た答えであっても、40代までの、熟慮、深慮より、深いところで出す答えである。即断・即決の中に人生の全てが詰まっている。軽率とは程遠い、成熟脳のいうことには、従っておいて間違いない。 どうも私たちは、生まれたときに、「この度の、この宇宙で過ごすバカンスは、やや短期で行く」とか、「今回は覚悟を決めて、長期滞在形にする」と決めているような気がするのだ。 どの脳もその脳が決めた、人生と言うバカンスを堪能して、最後は何らかのこの世の秘密を知って、旅立つのなら、長いきかどうかなんて、この際どっちでもいいのかもしれない。 長生きを、憂うこともないし、早めに枯れても、敗北感を持つこともない。誰もがそのような最高の人生を生きているのである。 宇宙バカンスをご一緒する皆様、これからもぜひ共に楽しみましょう。
2018年09月04日
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風邪の薬、四日目。やたらと眠い。本。運がいいと言われる人の脳科学。黒川伊保子。河出書房 西原理恵子 総特集。テレビ。中野信子。脳科学の話。松本隆。作詞の話。全てとても面白い。大船に符合することがとても多い。ますます、大船に確信を持てる。
2018年09月02日
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