2007.02.04
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毎週日曜更新! 「ブログ」がテーマの連続サイコドラマ

第八話




 T市の田町病院。12月の風が、残り少ない銀杏の葉を揺らしていた。精神科のあるこの病院は、塀がさりげなく高い。

 504号室には、「塩見雪絵」という名前の札が、プラスチックのホルダーに入れられていた。塩見雪絵。それがMoonの本名らしい。扉を開くと、ブログのプロフィールで見た顔がそこにあった。写真よりも少しやせている。

「・・ホントに来たんですね!」

 彼女は最初びっくりした顔を見せたあとにっこりと顔をくずした。時子は、“住所”を教えてくれてありがとう、と言って、手土産に買ったkiddyのキャラクターグッズ(子猫のぬいぐるみ)を手渡した。「うわぁ、ありがとう」と、Moonは10代の子どものようにそれにほほずりした。そして、ぬいぐるみを胸に抱いた姿勢が、彼女の基本スタイルになった。

 逆光線の中、ベッドの上に上体を起こした彼女は、はかなかった。はかないという形容詞が一番ぴったりきた。入院用のパジャマの上から半てんを着ていた。左の袖から、手首に巻いた包帯がのぞいていた。彼女が、あの絵や詩にあるような激しさを内に秘めているなんて信じられなかった。
キャビネットの上にノートPCが置いてあった。その横には、真っ白なユリの花が、薄水色の花瓶にさしてあった。その甘いにおいは、今ここにはいない彼女の母親の、確かな愛情の存在を代弁するように病室を包んでいた。
 時子は、改めて自己紹介した。

「・・それで、今日は取材にお邪魔したんだ」

 改まったしゃべり方はしない。その方が相手もしゃべりやすいことを時子は知っている。


「えぇー。写真載っけてくれるのかと思ったのにー」

 彼女は、時子がとまどう様子を見ながら、いたずらっぽく笑った。
 お昼の給食まで、1時間ほどしかないという。慣れない道があだになった。この1時間の間に「答え」にたどり着きたい。

「なんでブログを始めたの?」

 焦りが時子を詰問調にさせた。とたんにMoonは、表情を硬くした。

「私、好きな人がいるんです」
「うん・・」
「もう、何カ月も連絡してないんですけど、きっと私たち、再会して・・。将来は一緒になるんです。だから、病気を早く治して・・」

 まるで学校の先生に質問された児童のようだった。それも模範的な。
 時子は直感した。この子は10歳にも満たない、少女だ。年齢こそ24、5だが、心の中は少女なのだ。良くも悪くも。いや、良し悪しの評価は必要ない。とにかくこのまま行けば、重大な距離を作ってしまう。時子は、とっさに話題を変えた。

「ねえ、雪絵ちゃん、誕生花って知ってる?」

「そう。誕生花。1年365日、どの日に生まれても、その日の誕生花がちゃんとあるんだよ」
「・・知らなかった」

 Moonは目を丸くして、多少興味を持った様子だった。

「あなたの誕生日は?」
「1月20日。『大寒』の日なの」


 二人はPCを前にちょこんと並んで、しばらくお互いの誕生日にまつわることを調べあった。その間、彼女は子どものように素直で、笑顔だった。危ういくらいの無防備な笑顔―― 時子にはそう映った。

「あっ、お薬のまなきゃ」

 Moonは、袋から青い錠剤を2粒取り出した。

(続く)

【この小説はフィクションです】





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Last updated  2007.02.04 10:08:39
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