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これは2002FIFAワールドカップのあと朝日新聞で「中田英 引退」という誤報について朝日新聞社に電話してした人の話です。朝日新聞社広報室(03-5540-7616)の説明 --------------------------------------------------------------------------------朝日新聞東京本社読者広報室に今電話しますた。 俺、 これは誤報なのでは無いか?訂正はないのか?朝日、取材した記者が自信を持って記事にしたことで、訂正はしません 俺、 ハア?! 記者が自信が在ろうが無かろうが本人は否定していますが、 せめてそのことを載せるのが筋では? 朝日、取材した記者は中田氏とも親交が深く、自信をもって記事にしたことで、訂正はいたしません俺、 すると朝日は中田氏の側が間違ってて、 自分達のほうが正しいと言う意見ということでよろしいのですね?朝日、そのようにとってもらってかまいません。 だそうです、朝日は中田が嘘をついてるそうです、自分達こそが正しいそうですなんか切れてんじゃないの?広報の人の声震えてたよ。--------------------------------------------------------------------------------先程、朝日新聞に電話。 担当として窓口に出たじじい、まず「貴方様は記事を読んでないのでは?」ときた。「いいえ、読みましたよ」と記事内容を読み上げたところ、「それでしたら、記事に 書かれている通りです。“引退表明”とは一言も書いておりません」「この記事内容はどこからどう見ても“引退表明”じゃないのか?」「いいえ。あくまでも『次w杯に選出される可能性は低いから』という中田選手本人の意思表示でしかありません」 「いや。この記事を読んだ大多数の人間が“引退表明”と受け取ったからこその騒ぎでしょう」 「それは記事の内容をきちんと把握されてない一部の方が騒いでるだけです」 「つまり『決意は固い』とまで報じたこの記事を目にして“引退表明”と受け取った読者の 読解力に問題あり、とおっしゃりたいわけですか?」 「そう取っていただいて結構です」 何だか先程までうpされてた電話内容と微妙に違ってきてる。今度は 「記事は正しい。中田が嘘を言ってる」→→「引退表明とは一言も言ってない」 という解釈論に論法を摩り替え、読者の読解力の問題にしようという作戦の模様。 物凄く馬鹿にされた気分になってきたので 「ああ、ちなみにこの会話内容は私自身のHP上でアップする事を目的に録音して おりますので」(←嘘。残念ながらウチの電話には録音機能なし) と言ってみたところ、ジジイ突然うろたえ出して 「あ、いや。それは困ります。認められません・・・」 「何故ですか?電話の内容に著作権でも存在するのですか?」 「いえ。私の承諾もなくそんなことをされては・・・」 「ハァ? まるでお宅様が常々批判されている『メディア規制三法』のような物言いですね」 「あ、いえ。それとこれとは話が・・・」 「私個人及び私のHPを閲覧する国民の“知る権利”を守るという意味でも、この会話内容は アップさせていただきますよ」(←我ながら意味不明な理屈だw) 「あ、いや・・・」 すごいね、朝日。自身の捏造を正当化する為なら読者まで馬鹿にする所存らしいよ・・・ どんだけだよ朝日新聞wwww以上、北の駅長でした。
November 16, 2007
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■'02W杯の韓国に対する賛辞■(日本人は言わない賛辞)マラドーナ (アルゼンチン・Diego Maradona)「キムチばっかり食べてるとああいう馬鹿が生まれるのかね。」 ジーコ (ブラジル・ZICO)「不可解な判定はいずれも韓国が一番苦しい時間帯に行われた。 これはもう偶然とは言えない、言っていいはずがない。」 ヨハン・クライフ (オランダ・Johan Cruijff)「W杯の恥さらし国家。韓国は史上最低の開催国として歴史に名を刻むことだろう。」 プラティニ (フランス・Michel Platini)「不愉快だ。W杯は世界最高の大会のはずだ。世界最高の大会は公正な場で行うのが義務だ。まして観客の声援を強く受ける開催国はこれに細心の注意を払わなくてはならない。それを怠った韓国には深く失望し憤りすら感じる。」ネッツァー (ドイツ・Günter Netzer)「米国、ポルトガル、イタリア、スペイン戦で韓国が行ったことは、 これまでFIFAが築いてきたフットボール文化を否定し、腐敗を招く行為でしかない。 私は多少混乱が生じたとしても韓国から勝利を剥奪しても良かった様に思う。 そうすればこのような過ちは繰り返されなくなるのだから。」 リネカー (イングランド・Gary Winston Lineker)「一つ確かなのは今回の韓国の勝利に名誉が伴っていないことだ。 後年日韓W杯を振り返った時に、 トルコやセネガルに米国、スウェーデン、ベルギー、日本の健闘が賞賛されることはあっても、 韓国が賞賛されることは決してないだろう。」 ストイコビッチ (ユーゴ・Dragan Stojkovic)(スペイン戦後) 「韓国が調子に乗るのもここまでだ。」 カペッロ (イタリア・Fabio Capello)「私は、世界中のサッカーファンが、記録の上では韓国の勝利となったが、 記憶の上ではイタリアの勝利だと受け止められることを確信している。」 オーウェン (イングランド・Michael Owen)(大会終了後) 「卑劣な手段によって準決勝まで進出した国が、 W杯の権威まで汚してしまったことを残念に思う。」 ラウール (スペイン・Raúl González)(スペイン戦後)「何度でも言おう。この試合は我々の勝利だと。」 スコールズ 「彼ら(フランス)は前回のW杯で好成績を挙げることが出来なかったが、それはW杯を開催してはいけない『馬鹿な国』での一時的不振に過ぎない」 オーウェン 「(大会終了後)卑劣な手段によって準決勝まで進出した国がW杯の権威まで汚してしまったことを残念に思う。」 イヴァン・エルゲラ「この先二度とサッカーが出来なくなってもいい!だからあいつらを殴らせろ!」リザラズ 「韓国での最初の1週間は、バスや飛行機での移動がとても疲れた。特にソウルはものすごく空気の汚れた街だったから。練習の間、ちょっと動いただけで皮膚がかゆくなった程だよ。とても不愉快な気分だった」エムボマ 「カメルーンのドローには満足しています。私は韓国でplayしたくなかったですから。グループの他のチームも強いですが、突破できると思います」 (注)彼の息子の名前は[kenji] もろ日本名。ペケルマン ディレクター 「希望していた日本でplayできるからokだ」 ミリノヴィッチ 「日本で試合をしたかった。Sloveniaを知ってもらえるchanceだったが…」 アレクサーダー・ツクマノフ (フットボール協会ディレクター) 「私たちは幸運だと思います。 抽選会の前、サポーターのために 日本で試合を行いたいと話していました。 」 カルビン 「組み合わせは幸運な組に当たったし、とにかく日本で試合ができるのがうれしい。どの国も韓国より日本で試合ができることを望んでいたようだ。われわれは決勝までずっと日本で試合できるが、例えばスペインは決勝まで残らないと日本で試合ができないからね」 リヴァウド 韓国で1次リーグを戦うブラジル代表のMFリヴァウドが韓国に振り分けられたことに不満を口にした。「日本では韓国と違ってDFロベルト・カルロス(レアル・マドリード)らの ブラジル代表選手はとても人気がある。韓国でプレーすることは残念だ」 ミルコ・ヨジッチ (監督) 「抽選には満足しています。試合会場が決まり、実感が湧いてきました」デルピエロ 「もうこんな国(韓国)に来る事はないね」 マルディーニ 「サッカーを侮辱した韓国は天罰が下るだろう。」 FCバルセロナ副会長 「韓国の国民はスポーツを観戦する態度がなってない。私の目が黒いうちはバルサが韓国へ来ることは二度とないだろう」 ※現実にバルサはその次の年から韓国に来なくなったアデバヨール「韓国はW杯に4大会連続で進出している立派なチームだが、われわれに勝つほど強いとは思わない。4年前に韓国が4強入りしたのは審判の助けとホームの利があったからだ。W杯本大会G組のフランスを除く3チームはほぼ同じレベルこれだけの批判を受けた国はこれまでなかったでしょう。↑と、いうよりこれからも無いと思いますが…。(北京五輪はどうか分かりませんがね…。)以上、北の駅長でした。
November 16, 2007
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あるサイトからのコピーです。元サイトhttp://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog102.html _/ _/_/ _/_/_/ _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ _/ _/ _/ _/ Japan On the Globe (102) _/ _/ _/ _/ _/_/ 国際派日本人養成講座 _/ _/ _/ _/ _/ _/ 平成11年8月28日 12,359部発行 _/_/ _/_/ _/_/_/ _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 地球史探訪:エルトゥールル号事件のこと_/_/ _/_/ ■ 目 次 ■_/_/_/_/ 1.テへランに孤立した邦人_/_/ 2.日本・トルコ関係史に無知な朝日_/_/ 3.駐日トルコ大使のコラム_/_/ 4.島民挙げての救援活動_/_/ 5.明治日本人のオープンマインド_/_/ 6.「当然のことをしたまでです」_/_/ _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ エルトゥールル号事件のこと (国民同胞平成10年3月号より転載) 占部賢志(福岡県、高校教諭) ■1.テへランに孤立した邦人■ 昭和60(1985)年3月18日の朝日新聞朝刊に「イラン上空 飛行すれば攻撃/イラクが民間機に警告」という見出しが躍った。 当時はイラン・イラク戦争(1980-1988)の真っ只中であり、長 びく戦闘にしびれを切らしたイラクのサダム・フセインは、つい に総攻撃体制に入ったのである。 その一環として、あろうことか、テへラン上空を航行する航空 機はいづれの国のものであろうと撃墜するという方針に出たので ある。期限は日本時間の3月20日午後2時。 明けて19日の朝刊トップは「邦人に動揺広がる/脱出路探し に必死」と大書。外国航空の特別便が一部運航することにはなっ たものの、自国民優先のため日本人ははじき出されてしまい、邦 人一行の不安におののくさまを伝えた。 外務省は救援機派遣を日本航空に依頼したが、 「帰る際の安 全が保障されない」として日本航空側はイラン乗り入れを断念し たという。事態はますます深刻度を増した。同日タ刊には「テへ ラン 邦人300人以上待機」という見出しを掲げ、現地に釘付 けとなった邦人の孤立状況が続報された。 ■2.日本・トルコ関係史に無知な朝日■ こうして、もはや万事休すと思われた土壇場、翌20日の朝刊 に「テへラン在留邦人希望者ほぼ全員出国/トルコ航空で215 人」という朗報が載った。 何とトルコ航空機がテへランに乗り入れ、邦人215人を救出 してくれたのである。 まさに間一髪であった。掲載された写真には無事脱出できた子 供たちを含む邦人家族の喜びの顔が写っている。 さて、ここで考えなければならないのは、なぜトルコが危険を 冒してまで邦人を助けたのかということであるが、この疑問に対 して朝日新聞の記事はこうである。 すなはち「日本がこのところ対トルコ経済援助を強化している こと」などが影響しているのではないかと、当て推量を書いてお しまいなのである。 自国の歴史に無知とはこういうことを言う。日本とトルコには 歴史的に深いつながりがあるのだ。この記事を書いた記者が知ら ないだけである。 無知だけならまだしも、金目当ての行為であったかのように書 くとは冒涜もはなはだしい。トルコは長いあいだ日本に対する親 愛の情を育ててきた国である。■3.駐日トルコ大使のコラム■ その証左として、昨(平成9)年一月の産経新聞に載った駐日 トルコ大使ネジャッティ・ウトカン氏のコラムを紹介する。 これを読むだけでも、トルコが何故日本に親愛の情を寄せるに 至ったかの消息が明らかになろう。それは日露戦争をさらに遡る 明治二十三年の出来事に端を発している。 勤勉な国民、原爆被爆国。若いころ、私はこんなイメージを 日本に対して持っていた。中でも一番先に思い浮かべるのは軍 艦エルトゥルル号だ。1887年に皇族がオスマン帝国(現ト ルコ)を訪問したのを受け1890年6月、エルトゥルル号は初の トルコ使節団を乗せ、横浜港に入港した。三ヵ月後、両国の友 好を深めたあと、エルトゥルル号は日本を離れたが、台風に遭 い和歌山県の串本沖で沈没してしまった。 悲劇ではあったが、この事故は日本との民間レべルの友好関 係の始まりでもあった。この時、乗組員中600人近くが死亡 した。しかし、約70人は地元民に救助された。手厚い看護を 受け、その後、日本の船で無事トルコに帰国している。当時日 本国内では犠牲者と遺族への義援金も集められ、遭難現場付近 の岬と地中海に面するトルコ南岸の双方に慰霊碑が建てられた。 エルトゥルル号遭難はトルコの歴史教科書にも掲載され、私も 幼いころに学校で学んだ。子供でさえ知らない者はいないほど 歴史上重要な出来事だ。 ここに挙げられたエルトゥールル号遭難に際して、台風直撃を 受けながらも約70人のトルコ人を救助した地元民とは、和歌山 県沖に浮かぶ大島の村民である。■4.島民挙げての救援活動■ 当時、通信機関も救助機関もない離島のこととて、救助は至難 を極めたという。怒涛に揉まれ、岩礁にさいなまれ、瀕死のトル コ人達に対して、大島村民は村長沖周の指揮のもと、人肌で温め 精魂の限りを尽くして救助に当たった。 さらには非常事態に備えて貯えていた甘藷や鶏などの食糧の一 切を提供して精をつけ、彼らの生命の回復に努めたのである。 この事件の詳細な消息は、陣頭指揮をとった沖村長がみずから まとめた「土耳其軍艦アルトグラー號難事取扱二係ル日記」に克 明に記されている。知る人も知ろうとする人も少ないだけである。 ちなみに、エルトゥールル号遭難4年前の明治19(1886)年に は、同じく紀州沖でイギリス貨物船ノルマントン号事件が起こっ ている。こちらの方は現在も小中高の歴史教科書に掲載されてい て、多くの子供たちも周知の史実である。 難破して沈没する船を放置して船長のドレイク以下外国人船員 は全員がボートで脱出、乗り合わせていた日本人乗客25名は見 捨てられ、全員船中に取り残されて溺死するという無残な結末と なった。 にもかかわらず、領事裁判権を持つイギリス領事は船長に無罪 判決を下した。のち日本政府は船長を殺人罪で告訴したが、3ヵ 月の禁鍋程度で賠償は一切却下。まさに不平等条約の非情さを天 下に知らしめた事件である。 それからまもなくエルトゥールル号の遭難事件は起こった。大 島の村民もノルマントン号事件に見られた残酷な仕打ちは知って いたであろう。それでも前述のように異国の人々の救助に献身し たのである。 ■5.明治日本人のオープンマインド■ いったいこの精神の高さはどこから来るのか。この点に関して、 トルコ大使に就任した遠山敦子氏と東京大学教授の山内昌之氏は、 こう述べている。 (中央公論社「世界の歴史」第二十巻月報) 山内: 明治時代の初等教育の普及率は大変な高さですね。小 学校の就学率は、明治30年代で90パーセントを突破します。 1891(明治24)年には非識字者は26.6パーセントでした が、明治の最後の年になると字が読めない人の率は2.9パー セントに低下しています。 (中略)これが明治日本の成功の 大きな理由だと思います。そして、そこにエルトゥールル号救 助の際の献身的な行為が生み出されてくる。 遠山: そのとき、救助にあたった村民たちがエルトゥールル 号の乗組員を人肌で温めて蘇生させたとか、村中の二ワトリを かき集めてご馳走したとか、エルトゥールル号事件には、私は 大変感動しておりまして・・・。言葉は通じないけれど、1890 年にすでに日本の国民は、地方でもオープンマインドをもって いて、いざというときには人類愛というか人間愛を発揮できた んですね。 山内: そこに困っている人たちがいる、遭難している人たち がいたら助ける、そこに理屈は何もない。この無償の行為に強 く心がうたれますね。やはり初等教育の普及といったことが背 景にあって、知らず知らずに人間愛が生まれてくる。これがや はり文明というものだと思います。 この対談で山内氏は初等教育の普及が育んだ人間愛について言 及しているが、たしかに沖村長とともに救援活動に最も功労があ ったと言われる樫野区長の斉藤半右ヱ門は、当時樫野小学校創立 期の学務委員として初等教育確立に尽カした人物である。救援活 動の過労と心労のためか翌年死去したが、誠実な人であったとい う。 ただし、筆者は近代教育が与えた影響は否定しないが、むしろ 側隠の情は近代以前から地下水のごとく育まれていたと見るべき ではないかと想像する。そうした精神的基盤があったればこそ、 わが国の近代初等教育に生命が宿ったと見る者である。 ■6.「当然のことをしたまでです」■ いずれにせよ、一世紀を経た昭和60年に身の危険をも顧みず トルコがテへランに孤立した日本人を救出したのは、エルトゥー ルル号事件に対する恩義を背景として培われた親日の行為だった と見てはじめて得心がゆく。 じつは、このエルトゥールル号事件のことを授業の教材にすべ く、昨年七月にトルコ大使館から貴重な資料を送っていただいた。 その際、邦人救出に対して感謝の旨を伝えると、大使は通訳を 通じて「いやぁ大したことではありません。当然のことをしたま でですよ」とこともなげに謙遜されたが、忘れ難い言葉である。 かくてこれらの資料のほか和歌山県の串本町や、この事件の顛 末を調査研究された和歌山県立串本高校の森修先生(故人)の遺 族の方などから送っていただいた資料をもとに、昨秋「日本・ト ルコ関係史-エルトゥールル号事件の顛末-」と題する主題学習 にこぎつけることができた。 今どきの高校生であっても、こうした史実に学ぶと、例えば 「明治の人々は、見ず知らずの外国人に広く優しい心で接してい る。トルコの人も今も変わらず日本人を思っていてくれてジーン とした」と率直な感動を示すものである。 一方、経済援助に対する見返り行為だと憶断する朝日新聞の記 事に対して、「自分が日本人であることが恥ずかしくなった。感 謝することが大事だと思う。経済的にではなく、気持ちで恩返し したい」と胸のうちを吐露する生徒もゐて頼もしい。 ★★★ 歴史教育とは、闇に隠されてしまった史実をも虚心に掘り当て、 今の世に鎮魂と顕彰の記念碑を打ち立ててゆく地道な作業である。 目下、春を迎へて如何なる史実をどのように取り上げるか、思案 と勉強の最中である。以上です。日本人は自虐的な一面があるが実は世界に誇れることが多々ある。以上、北の駅長でした。
November 10, 2007
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今回は親日家たちの話を集めたサイトを紹介しようと思います。サイト名は『反日マスコミが伝えない親日の話』です。http://mikomo.hp.infoseek.co.jp/ここは、かなり興味深いので皆さんご覧ください。
November 10, 2007
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仮に日本が正規空母(基準排水量6万t以上)を保有しようとしたら、皆さんはどう思いますか。↑ちなみに、米海軍の戦略空母は基準排水量9万t以上賛成、又は反対かを理由もつけてコメントしてください。以上、北の駅長でした。
November 3, 2007
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