2006年06月19日
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                        二十年を 共に過ぎ来し 紫陽花咲けり


                        来し方を 思へば 夢の如くなり
                        我か胡蝶か 夢か現か


                        嘆きつつ 紫陽花見れば
                        その花の 咲きてうつろふ 定めなりけり



                        花の命を 花に問へども


                        二十年を あはれこの地に 咲き継ぎぬ
                        親は在るらむ 今も在らむや


                        汝が親木 彼の地に遠く 咲き継ぎて
                        汝を思ふや 忘れたりしや


                        親てふは 悲しかりけり
                        その命 尽くる時まで 子を思ふらむ


                        揖保川の 水音高き 彼の地にて



                        夕されば もの思ひ勝る 
                        紫陽花を 我に賜ひし 人懐かしみ


                        汝が家は 千草夏草 茂むめり
                        セピア色為す 幸いの日々


                        夕影に 咲きぬ紫陽花 手折らめど
                        見すべき人を 在りと言はなく


                        紫陽花も 夾竹桃も 咲きにけり
                        季節は 往きて 止まらざりせば


                        ふと深き 心の闇に 我は居て
                        二十年過ぐる 紫陽花に泣く


                        揖保郡の新宮町は平成の大合併で「たつの市」になった。
                        我が家の20年来のガクアジサイの親株は
                        新宮町のクリーニング店の裏庭に在ったもので、
                        枝を貰い受けて挿し木を作った日が夢のようだ。

                        下さったクリーニング屋のおばあさんは、
                        若くして? 亡くなられた。

                        そのクリーニング屋のおばあさんの紹介で、
                        たくさんの植物を分けてくださった方も、
                        今はどうしておいでだろう。。。



                        「たつの」出身の三木露風の「赤とんぼ」
                        「山の畑の桑の実を小籠に摘んだは幻か」
                        そんな気分である。



                        真木柱 誉めて造れる 殿の如
                        居ませ母刀自 面変わりせず(東歌)



                        万葉集に一番好きな挽歌は大伯皇女の作である。

                        磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど
                        見すべき君が在りと言はなくに      


                        現し身の人なる我や
                        明日よりは
                        二上山をなせと我が見む



                        先の世紀に、この紫陽花やその親木を、
                        見てきた、たくさんの人たちへの挽歌としよう。。。 







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最終更新日  2006年06月19日 23時57分08秒
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いつもありがとうござます。  
「新生き方上手」の目次から
・日々を生き抜くとは自分の目標を達成し続けることです
・時間とは、人のために用いれば、豊かな喜びが与えられるのです
・出会いの経験はどんな場合でもすべて大切です
・毎日、腹式呼吸を、そして短くても日記をつける習慣を
・ゆるし、耐えること、その気持ちがあなたを幸福にします
・自分のいまが、誰かの未来につながる生き方を
・愛することの確かさは、愛される以上に生きる力を与えてくれます
☆日野原先生の言葉は、目次ですら確かに実践してきた人のパワーを感じますね。 (2006年06月20日 05時49分37秒)

Re:はたとせを ともにすぎこし あじさゐさけり(06/19)  
先日神戸に行ったとき、揖保川の上を通りました。
揖保川も斐伊川同様、製鉄に関連する川だと、兵庫在住の古代史に詳しい方に聞いたことがあります。

二十年のガクアジサイは、色が変わったりもしたのでしょうか?

紫陽花との付き合いは、まだ一月ほどです。山から
採ってきた枝を挿し木して、見つけた場所をラベルに書いています。来年もまた親木を見に行こうと思いました。 (2006年06月20日 05時51分52秒)

だれにも見せない私を・・・  
jun さん
ターシャ・テューダーの世界・ニューイングランドの四季の中の、「私たちはみな月と同じで、だれにも見せない秘密の部分をもっているのです」とトウェンの言葉を引用してあるページの、かぼちゃを持つターシャの写真が好き
「わたしも人間であることに気づかない」
そうは、なれそうにないけどね
だれにもみせない私を、ともに過ごした草花はみててくれてると感じるの
けさは、おじぎそうで、ずいぶん遊んだのよ
おじぎというより、手を合わせるって感じでしょ!



(2006年06月20日 08時38分02秒)

じ~~んときました・・  
kumaポン  さん
挽歌・・・小芋さんって、心優しい方ね。。
ますます、お会いしたくなってきました。。

命の継承・・その紫陽花は小芋さんにあやかれて幸せな紫陽花だと思います。 (2006年06月20日 08時58分42秒)

日野原先生の言葉を・・・  
小芋さん  さん
短くても日記をつけているのが、この場です。

ちいさな目標を立てて、その達成を確かめながら、
毎日、種を蒔き続けている・・・

そうでありたいと、思っています。

是非、手に取りたいです・・・ (2006年06月20日 21時34分35秒)

親木の保全を・・・  
小芋さん  さん
昔、斑入りのアカメガシワを挿し木しました。

あとになって、親木が火災で枯れてなくなってしまったのが、
非常に残念でした。

元々枝変わりでわずかな部分でしたので。

私のガクアジサイの親木は元気なのかしらと、
いつも思います。

ハーブでは、栄養繁殖で世代交代を図ることが基本です。
だから、古い紫陽花の挿し木はせっせとしています。
そして、希望される方には古典紫陽花をせっせと差し上げています。

不注意が無くても、思いがけないことで枯れることがあると、
アカメガシワの火災消失で知ったからです。

少しでもたくさんの、広い範囲の方に育ててもらうことで、
貴重な古典紫陽花を後世に遺せると思うからです。 (2006年06月20日 21時45分12秒)

オジギソウをね・・・  
小芋さん  さん
フッと息を吹きかけて、
合掌させるの。

私は、シンガポールで雑草になってるオジギソウを見て、
その棘の多さに驚きました。。。

ターシャさんを見てるとね。。。
この人は、ずっと昔から、
完全なおばあさんだったはずも無いのに・・・って、
当たり前のことが信じられなくなるの。

だって、あまりにも完璧なおばあさんなんだもの。
きっと、すごく老成した少女だったろうって思う。

もっと元気だったころの彼女の自給自足ぶり!

それに、彼女は、DVDの中で、
トヨタ車に乗って買い物に行っていたって言うのよ。
信じられないわ。

信じられないことがおかしいんだけどね。 (2006年06月20日 21時51分58秒)

kumaポンさん、柏葉に会えましたか?  
小芋さん  さん
紫陽花は20年経っても、
小さいのよ。
同じ頃に植えたほかの木は、
育ちすぎたりしてて、
この3年間、かなり切ったのよ。

でも、ヤマアジサイの仲間の甘茶・ベニガク
古典紫陽花の初霜・十二単、
そしてこのガクアジサイ。

どれも小柄なの。。。
私の身長よりも低いのよ。
背が高いのは、ホンアジサイだけ。。。 (2006年06月20日 21時56分12秒)

げんげ田の少女  
北斗 さん
小芋さん こんにちは。

 小芋さんの紫陽花の御歌、引用された万葉集の挽歌…いずれも切なく読ませて戴きました。

げんげ田にお手玉落とし泣ける少女探しあぐねて紅(くれなゐ)の中  北斗

 今から65年位前の私が紅顔の美少年であったころ、代掻き前の田圃一面には、紅のげんげが絨毯を敷き締めたように咲いていたものです。そこへお手玉を落とした少女が、その大事な宝物を探しまわりましたが遂に見つからず、茫然と立ちながら泣きじゃくっています。美しいげんげの紅に染まりながら…。
 65年位前の原風景の中に、或る少女をイメージして、上のような短歌を詠んでみました。

北斗


(2006年06月21日 12時58分40秒)

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