全3408件 (3408件中 1-50件目)
昨日は安眠できるかと思いきや、甘かった。なんせ、肌寒い。布団が、合わない。やっと自宅の布団が自分と室温とにマッチしたと思ったのに、実家では丁度雨の影響で肌寒くて、おいてあった上着を羽織って午後から過ごしているくらいだったので、夜の寝方が難しくて、眠気が飛んでから、入眠できず、なんとか寝たらすぐ目が覚めて6時半。さすがにトイレに行ってもう一度寝て、今度は熟睡できて、9時前に起きた。熟睡感が得られて良かった。。。今日は、午前中の予定が何もない日なので、こんな入眠困難でも大丈夫だったけど、本当に大変だった。さて、お寺さんが来はる予定は15時なので、下の姪は14時過ぎに、妹は14時半に到着した。なんだかんだ話していたが、なかなかお寺さんが来なくて、15時を少し回って。。。大丈夫か?電話しようか???ってなった直後に、やっと、来はった。お参りの後も、妹とお寺さんとの話が尽きなかったが、一応、来月の予定だけは決めてもらって、切り上げた。6月27日の15時で。。。妹が言うには、7月からは第4土曜日に毎月老人施設の予定慰問の予定があるらしい。楽器を演奏したり、歌を歌ったりと、なかなか忙しいので、7月からは第4がダメとなった。私は第3土曜がダメで、まあ、7月は第2にしてもらうか、日曜日にしてもらうことになるのかなぁ。8月はお盆だし・・・そんな先のことを考えていた。お寺さんを送りだした後、妹に、実家の火災共済の7月満期のことを伝えたら、上の姪が住み続ける可能性があるから、もう少し、延長をと言われて、次の5年、できれば延長と考えることになった。結局私は、もらうはずだった母の遺産の現金の部分は、半分ほどしか、まだもらっていなくて、ここの火災保険だったり、妹の持ってる口座に残っているお金だったりする気がする・・・まあ、困っては居ないので、良いけど。妹は2600万を折半するという母の言葉を知っていたのに、なんか、手続きの都合で300万だけ先にくれて、それは、私の車を買い替える費用になってしまい、2000万円を二人で半分こするはずが、相続税と贈与税のとの関係で、一度にはできないとかで、毎年100万円を振り込むからって言うことになっている。納税の手続きの時に、何度も何度も念押しをしたのに、その時には、まったく取り合ってくれなくて、後になって、「勘違いだった、ごめん!」と言われて・・・「ほらぁ、やっぱなぁ・・・」って。私って、本当に、のんびりしてるんやなぁって、感心する。全部の手続きを任せているので、仕方ないんだけども。そして、面倒ごとを、全部してもらって、ありがたいことだと、心からおもっているんだけどね。ま、どっち道、私が死んだら、妹か姪たちに私の分は全部行くからね。私の生命保険の受取も、何千万円も全部妹になっているし・・・実家も、自宅も、蔵も、後始末をしてもらうから、お金が必要だろうし。そう思って、呑気にしているけど、下の姪のことを考えると、私が死んでお金が入るより、今、生きている時に、彼女の生活の方向性や指針が立つように、資金提供をしておきたいんだよね・・・原因不明のままの皮膚症状の改善にも、役立つだろうしなぁって。30代前半にもらうのと、50代になってもらうのとでは、違うだろうと思うんだ・・・もし、今日、相談した時に、妹が、「実家の火災共済の満期金を受け取れば」って言ったら、受取って二人で分けようと思っていたけど、そうはならなかったので、あと5年か・・・ペンディングだな・・・世界恐慌が起きて、手持ちの金融資産からの分配金が回らなくなったら、この火災共済を解約することになるかもしれないけど、まあ、それまでに、他にもいっぱい満期になる生命保険とかあるから・・・一体どれだけ、私は妹を受取人にして保険をかけてるのかって、可笑しくなってしまう。それほど、自分の 「お一人様の老後への不安」 が尽きないってことなんだよね。老いへの不安。足・腰・脳、考えればきりがないけど、ま、ここに書き連ねて、自分を整理して、後は、妹に任せるよりほかないからな・・・太くてたくましい妹の腕を見ていると、安心して任せられそうな気がする。彼女は、とっても、心身ともにたくましい。多趣味で多才で、お元気だ。。。さて、今日は、もう、さすがに眠れると期待している。上の姪が、夕方から昼寝で爆睡して、晩御飯が9時からだったので、入浴が遅くなりそうなんだけど、それさえなんとかなれば、後は寝るだけなので・・・取り敢えず、今は、帰宅に向けて準備を・・・
2026年05月23日
コメント(2)
朝の早い移動日は、それがストレスで夜にうまく眠れない。だから、眠い。。。昨夜も、夜中に何度か目が覚めた。朝は目覚ましで起きるって言うのは、やっぱり、まだまだだめだな・・・で、移動は順調で、1時間前に姫路駅について、新幹線のホームに移動して、早めに並び始めて、3本の新幹線を見送って、予定のさくら号には、一番乗りで乗り込めました。で、自由席だったけど座れて良かった。姫路駅でも、一応、駅員さんに指定席にできませんかって聞いたけど、満席で無理だったから。。。その上、岡山駅からは、空き席が出て、そこに移って、コンセントが使えたし、二人掛けの席に横に人が来なかったので、むしろ余裕だった。新下関まで、一人で座れた・・・で、姪に迎えに来てもらって、姪の夢中で語るミュージカルの話を聞いていた。アメリカのアニメらしいけど、最初は話が見えなかった。その後、夕方の買い物の時にはスマホで音楽も聞かせてくれて、説明してくれたので、詳しく分かった。「ハズビン・ホテル」って言うタイトルの大人向けのアニメだった。今の姪の楽しみがしっかり伝わってきたのは良かった。一旦家についてから美容院にカットと白髪染めに行って、その後、姪と買い物。今度は音楽もしっかり聴きながら解説も聞いた。買い物から戻って、お仏壇の準備をした。晩御飯は買ってきたものを食べた。予想外に上の姪が早く仕事から戻ったので、彼女の晩御飯の後、しばらく彼女の持つ投資信託の話をした。何か月か前に、放置してあった彼女の証券口座の暗証番号とかの管理をきちんとさせて、ついでにお勧めの安心安全な投資信託を伝えた。そしたら、なんと素直に買ったらしくて、今は毎月6000円以上振り込まれているそうだ。下の子は、何を言っても全くお金に関心が無いのだけど、上の子は、貯金が趣味で、ただで住めるならと、私の実家に転がり込んだので、もうすぐ、貯金が1000万円を超えるらしい。30代半ばまでにこの金額はまあまあかなぁ。。。私の30代半ばの頃は、それが既に持ち家に替わっていたからなぁ・・・せっせと繰り上げ返済をしていた頃かも・・・で、何もしなくて、1000万円貯金しておくだけなら勿体ないからって、一応次のお勧めを伝えて、ポートフォリオの組み方とか、ヤフーファイナンスの使い方とか、かつて私の妹が、熱心に、55歳だった私に教えてくれたことを、姪に教えている。姪は、自分の母親とも忙しくてあんまり会っていないので、ましてこの手の話はしていない。だから、代わりに教えてもらったことを伝えておこうと思って。。。初回は、放置してあった口座の使い方を教えて、手続きを完了させた。次は、お勧めの安定商品を推薦した。今回は、ホットな話題となっている商品を一応教えておいた。今日、話していたら、初任の時の給料の2倍くらいになっていると言っていた。最初は、栄養教諭としての採用ではなく、就職後に管理栄養士の合格を受けて任用替えの試験も受けての昇格だったから、初任給が安かったのだろう。まあ、今はそこそこ以上の稼ぎがあり、安定している。この子の大学入試の時のことを思うと、色々迷走してたけど、まあ、良かったかなぁと、思える。勤務して12年くらいで1000万円かぁ。後10年もすれば、3000万円くらいは貯めてそうだなぁ。下の子は、まだ普通の仕事もしていないけど、姉妹でも、こんなに違うんだぁって、感心する。さて、今日は、眠いから、すんなり眠れそうだと期待している。二人の姪とじっくり話せて、それぞれに違いすぎる現在地が興味深かった。どちらも、結婚しそうもない点は共通化もなぁ・・・両親はあんなに仲の良い夫婦なのに、なんでかなぁ。。。結婚生活に意味を見いだせないのだろうか。。。おもしろいなぁ、人生色々だわ。
2026年05月22日
コメント(3)
朝から雨で、ご機嫌でした。ほとんど降っていないようなしょぼい雨だったけど・・・雨は雨です!降ったり止んだりしてました。ミノムシは、15匹だけ。雨だから。。。今日は隣保のゴミステーションの清掃当番だったので、回収車が来るまでは外出できず、朝ものんびりと起きて、雨を確かめてゆったり朝食セット。何度も回収車が来たかどうかを見に行かないといけない。。。雨だから、なかなか来ないし。。。で、のんびりしてて、ハッと気づいたら、今日はいつもの体操の日と違った!11時30分から体操をして、それからみんなで会食して、それから・・・七並べだった・・・これは大変。。。全部荷物も車に積んで、小雨の中でも動けるようにして、回収車を待ちました。10時半近くに、やっとゴミステーションの掃除ができて、出発。今日も、いつものスーパーに行きます。それというのも、ザバスの特売日がいつだかわからないから。158円のザバスを、133円で買える日がくるので、切らしてからは2本くらいずつだけ買っていて、朝食セットの貴重なたんぱく源。それが、待ちかねた特売日で、やっと3本398円で買えました。売り場の表示を見ると、小さな字で21~24と書いてあったので、次は日曜日に買えるかも。頑張って買いに来なきゃ。今日は5セット買えたので良かった。それから庭の胡瓜用に支柱を買って、蔵につきました。バタバタと準備をして、5分前には何とか集会所についたけど、いきなり、今日、雨で来れない先輩にお弁当を届けに行くことになって、ちょっと離れた棟の4階まで、えっちらおっちら行ってきました。先輩同士がやり取りしていて、私に届けてもらってって言われたってことだったので、まあ、4階だしなって、思ったのでした。そしたら、部屋まで持っていったら、ご機嫌で、私を待っていてくれて、豆ごはん炊いたからって、目の前で持ち帰り容器についで持たせてくれました。行きは、会食の稲荷と太巻きのセットのお弁当を持って行き、帰りはホカホカの豆ごはんを持って帰る・・・まさか、体操しているところには持っていけなくて、車に積みました。それから体操。そして、会食。小さいとはいえ稲荷が二つと細巻き2切れと太巻き3切れ。気をつけないと、鍋切れない先輩から降ってきます。今日は稲荷2切れがいつもの大先輩から降ってきて、ニコニコ食べたら、別方面からも食べて~って言われたけど、もう無理ですぅ~~~って、お断りを。急いでおかずもお味噌汁も全部食べたら、今度は、車で、面会に・・・あれこれ語ろうとする元夫君に日曜日に来る時までにメモを書いておいてと言って帰ってきました。それから、七並べ。最後の6番勝負のトータルで、優勝して、賞金100円get!で、いつもの友達に声をかけて、野菜を採りに来てもらって、サラダ菜とかパセリとかに、紫タマネギを1つ、葉付きでおくれ~っていわれたので、葉付きでプレゼントしました。なんだかんだも終わって、強めの雨を避けて、早めに自宅に戻りました。途中まで車で戻りかけて、なんと、実家の鍵を入れたリュックを持ってくるのを忘れたことに気づき、なんかぼんやりしてるなぁと思ったけど。相当詰め込みだったからこうして、大きな抜け落ちがあったんだぁって思いました。さて、リュックは取りに戻り、帰省の準備もして、後は寝るだけ。あ、洗濯ものを干さなくちゃ。。。干してから、寝よう!明日は8時32分に近くの駅から乗るので、8時15分までには家を出る予定にして準備します!在来線がちゃんと動きますように・・・
2026年05月21日
コメント(3)
朝起きて、トイレに行って、ちょっと逡巡して、でも、まあ、起きて。。。天気予報は今日から雨だったけど、どんどん降り始めの予報が後退していたので、灌水はした。全くあてにならないことおびただしい。yumiさんのところはそれでも午後から降ったようだけど、こちらは雨雲が避けて通ったようで、蝉のおしっこほども降らなかった。所によっては短時間少量降ったところもあったようだけど、少なくとも、ここには、降らない。。。で、最初は様子見だった蔵の植え込みの灌水もした。昨日から今朝にかけて頑張って作ったゴーヤ用のネットを張って、ゴーヤにも灌水。結局なんだかんだで、植え込みの灌水はしっかりやってしまった。それというのも、明日も、たいして雨量が見込めないようだったから・・・加古川市でも、降雨が観測されている地点もあるけど、まあ、ほとんど・・・稲美町は、それも降っていないような。明日の港運予想は1~2mmって、そんなのまた灌水しなきゃダメじゃん。。。で、今日のエントランスの方の花ガラ摘みは、曇っていたのが唯一の救い。花ガラたけでなく、水不足で枯れた古い株や、アリの巣の犠牲で枯れた小株などを取り除いて行った。植え方に、そもそもメンテナンスを考えていないから、灌水してもウォータースペースが無くて、どんどん水が乾いた表土を流れて行ってしまう。今までならとおの昔に枯れて終わっていた花が、まだまだ頑張っているけど、頑張れていない花を取り除かないと、貧相に見えるので、その管理もしている。降らない雨を見越して、晩御飯のあと、まだ明るいから灌水に行った。昼間も見たけど、蟻の巣ができると、一日で枯れてしまう。沢山の傷んだ株を抜きながら、情けなかった。私の植え込みのビオラは、こんもりと茂って元気に咲き継いでいるのだが、花ガラ摘みだけでは、ダメだって、エントランスの花たちは言っている・・・昼間、面会に行ったときに、元夫君が言うには、月曜日の退院の時には、帰りに買い物に行きたいって。元夫君の車は何と言ってもバッテリーが上がってしまっていて、使えないし・・・だから、月曜日は退院の諸事務を済ませてから、病院の隣の「山の上」のスーパーに行く。なんか、帰ってくるとなると、それもあれこれ面倒だと思ってしまう私。。。まあ、仕方ないけどね。昨日の話を受けて、元夫君は、真剣に食養生の為の調理に取り組むらしい。善哉!私は、今年のニラの初摘みをした。固くなっているので、細かく刻んで使った。ニラを摘み、サラダ菜を摘み、大葉を摘み、イタリアンパセリを摘み・・・ちょっとあれば嬉しいなぁって言う薬味、ハーブを使える幸せ・・・さて、低残差食についての研究を続けよう。
2026年05月20日
コメント(3)
yumiさんのコメントを読んで、頑張ってみようと思って、今朝は、7時直前に6時間寝たところで目が覚めたので、エイヤっと起きてみた。そして、胡瓜の灌水からスタートして、いつもよりあらゆることを前倒しして頑張った。やるやん私!って感じで、ミノムシ退治の方も、高いところの大きい奴を110迄はあっという間に。。。9時ちょっと前に、ヤクルトさんに買いに行って、冷蔵庫にしまってからすぐに蔵に向けて出発。ほんの少しスーパーで買い物もして、蔵に着いた。まずは集会所に、買い置きのスティックコーヒーを届けに行って、ちょっと話をした。「まあ、遠慮せんと、コーヒー飲んでいきんかぁ」といつものように言われるのだ。そのコーヒーを切らさないように買ってきている私・・・金曜日にカボチャやトマトやその他の苗の植え付けって書いてあったけど、「ごめんなさい。山口に帰っています!」ってお断りを。管理事務所に4月から勤めてくれている人が、同じ建物に越してきている人なので、問題行動の続くおじいさんの情報交換などをして、一緒にコーヒーを飲んだ。紫玉葱食べますか???って聞いたら、食べますってことで、後でドアに吊るしておきますねって言って、私は先に帰った。まだ大きくはないけど、なんせ、放任栽培の紫玉葱だから、こんなもんでしょう???っていう感じで、2つ引っこ抜いて、調整して、袋に入れて吊るしておいた。その後、自分の前の植え込みだけ灌水や花ガラ摘みをした。今日は、13時から管理栄養士の退院に向けた栄養指導があるので、ギリギリにならないように、気を付けていた。昼御飯をかきこんでから、早めに出かけて、5分前には病室に着いたけど、元夫君が言うには、一階の部屋で話を聞くらしいので、また急いで逆戻り。小一時間あれこれ気になっていたことなどを聞いて、元夫君にも聞かせて、終了。その後は、ほんじゃってことで、又、蔵へ。夕方、エントランスの花ガラ摘みをちょっとだけして、晩御飯を食べて、涼しくなってから灌水。そして日照りで枯れた株の植え替え。なんだかんだと、忙しくもないのに、気の急く一日だったのは、やっぱり時間を指定されての栄養指導があったせいだなって思った。今日は、はっきりと、買い物も、食事の支度も、自分でしてもらうと、管理栄養士の前で、言っておいたので、そのつもりでいてくれることだろう・・・ゆめゆめ、私に、依存すべからず。さて、今夜もちゃんと眠れるかなぁ・・・
2026年05月19日
コメント(3)
昨夜は入浴の時に洗濯もして干してから寝たので、朝が楽だった。寝付きも良く、すんなりと眠くなって寝られたのは良かったけど、6時間で目が覚めてしまった。ここで、トイレに起きたら、あかんと思いつつ、トイレに起きてしまい、もうしっかり次の眠りに戻れなくて、中途半端に時間が経ってしまった。8時に布団を出たものの、良くない寝起きになってしまった。その後は、いつものようにまず胡瓜の灌水。ニラや紫陽花やツルナやと、次々に灌水した。そして、お湯を飲んで、朝食セット。庭で、ミノムシ退治を頑張っているうちに、ダスキンのモップの取り換えのオネエサンがやってきた。いつも、現物と代金をセットにして玄関に吊るしてあるので、持って行ってもらった。今日はミノムシ退治にも時間をかけて、150匹以上駆除した。頑張った。で、蔵に直行。着いたら、こないだまでエンドウが植わっていたところを副理事長さんが掘り返している。パンジーとかいう超小型の耕運機で。ご苦労様なことだ。もう77歳か78歳だが、年下の理事長に指図されて農業を仕込まれながら、家でも年下の嫁さんに、あれやこれやと指図されている。頑固だけど、ひとの良いおじいさんなんだけど、確かに要領は良くないかもしれない・・・そして、言われたことは、足らずがあっても、するけど、それ以上のことはできない人だ。さて、耕運機の爆音が、すごくてびっくりした。こんなに小さいのに、こんなにうるさいのかと、思った次第です。次はカボチャを植える予定と聞いている。植えたら放置できるところが、ポイントらしい。丁度終わり際だったので、私はそのまま自分の植え込みの花ガラ摘みや灌水をしていた。お昼を挟んで、面会に行ったら、退院の打ち合わせがあるとのことで、さっき8時の電話で確定して、明日の13時に管理栄養士とかとの打ち合わせだって。。。変な話だ。元夫君は、我が家に同居しているけど、基本は「独居老人」なのに、なんで、私が管理栄養士の話を聞くのか???まあ、ことを荒立てずに、明日は話を聞くけど、私は、何もしないよ~~~と、思った。だって、私の言うことなんか聞きはしないのだから。だから、私は、明日、管理栄養士の話を聞いて、低残渣食の知識は身に着けようと思うけど、それは、元夫君が知って対応すべきことであって、監督しておこうと思うだけだ。買い物も、調理も、自分でしてきたんだし、これからも、「彼が自分ですべきと存ずる」まあ、昼間の話でも、さっきの夜の電話でも、個室を待っている人があるようで、元夫君はがら空きだからそんなはずはないと思って居るが、そんなことは無いだろう。個室で競馬をやっている人のために、術後の安静を保てないのは本来おかしいものだ。もう、重症患者じゃあなくなったので、出るしかないと。。。それで、25日の月曜日の9時半に退院らしい。22・23・24と帰省しているので、月曜日の9時半は好都合だ。閑話休題面会後、いつものスーパーに買い物に行き、それから行きつけの郵便局に荷物の受け取りに行った。元の職場の真横の郵便局だ。家で受け取れなかった荷物の受取先をここにしてあるので、けっこうよく行く。で、蔵に戻ってから、花ガラ摘みの続きをして、灌水をひたすら頑張って。。。自分のところの植え込みが終わった後はエントランスの方の花ガラ摘みをした。晩御飯の用意に一旦戻っていたら、いつもの先輩がわざわざ部屋まで訪ねてきてくれて、美味しいポテトサラダと、スバゲッティを作ったからって。私の部屋を知らないので、訪ねて歩いたらしい・・・後姿を見て声をかけて良かった。御礼に、サラダ菜と初採りの紫玉葱を目の前で収穫して、調整して渡した。前ももらったけど、本当に、野菜たっぷりのポテトサラダ、美味しい。晩御飯を挟んで、今度はしおれた株の植え替えと、本格的な灌水と。雨水桶から如雨露に水を汲んで何往復もする。水が浸みない乾き方だから、時間がかかる。。。何十メートルも重い如雨露を持って往復するので、薄暗くなってからの涼しい時じゃなきゃできない。今日は理事長が、車で戻ってきたところで、車を徐行させて手を振ってくれた。。。来年はメンテナンスフリーのものを植えてほしいわ~~~と思った。でも、この1週間ほど、急に暑くなったからビオラの傷みが激しくて、可哀相な状態だ。作目の選定をする人は、植えたら植えっぱなしなんで、後のことなど気にもしないのだ。。。同じビオラでも、私の植え込みのビオラはまだまだ茂っているけどなぁ・・・まあ、去年までなら、とおの昔に枯れていたらしいから、良しとしよう。。。今日も、昨日ほど劇的ではないけど、右すねの外側の違和感がある。痛くはない。ただ、時々、違和感がある。不思議な感じだ。さて、今日は、眠れるかなぁ・・・昨日みたいにすっと眠れた嬉しいんだけど。。。もし、昨日みたいにすっと眠れたら、朝は、少し早くても起きてみようかなと思っている。ミノムシと向き合うために。。。ずっと上を向いてのミノムシ退治で、なんか、普段使わない首の後ろを使っているなぁ・・・さあ、帰って、早く眠ろう!
2026年05月18日
コメント(3)
今朝も、七時前に一度起きてトイレに行って、また寝ました。起きたら、8時過ぎでした。今朝の起き抜けの夢は、大昔の卒業生の男の子で、お母さんが、生命保険の外交をされていたこととか、偽装離婚だったのに、結局は、普通の離婚になってしまった経緯とか。夢見て、その子のお母さんの言葉を30年以上ぶりに思い出した・・・その子自身はなんて言うことない普通の子だったけど、お母さんが強烈だったからなぁ・・・で、起きて、いつものように胡瓜に灌水して。斑入りのヤマアジサイとかも灌水して・・・それから朝食セット。今日は、さすがにゴーヤを植えるためのプランターを準備して車に積んだ。それからミノムシ退治。大きなミノムシがどんどん下に下りてきている気がする。で、今日も50匹以上退治した。10時過ぎに家を出て病院に行ったが、駐車場から建物に着くまでに右の脛の外側の下の方で、じわ~~~っとバイブレーターを当てているような感覚があった???すぐに収まったので、スマホの振動かなと思ったくらいだった。元夫君のところに行って、皮膚の塗り薬を持ってくるように頼まれた。それから、今日はいつものスーパーへ。この時も、店に入る前に、右足の脛の外側に不思議な振動が感じられた。この時もスマホかなぁ???って思った。すぐに収まったし。まさかの、インスタントのスティックコーヒーが今日までの特価だったので、10個買ったりとか・・・で、レシートが必要なのに、なんと紛失。一度荷物を積みに行き、次に証拠写真を撮りに行って、最後に車に戻って点検してから気が付いた。青くなって、店に戻り、一通り探して、紙ごみの箱も見て、いよいよどうしようもなくて、社員さんに落としたことを言ったら、支払い方法と、買い物時間と、並んだレジとを入れたら、レシート代わりのものが打ち出せると言われたので、感謝してお願いした・・・これが無いと、老人会の会計さんは絶対にお金出してくれないから。。。ありがたかったわ~~~~で、この後、店を出て、蔵へ。いつもの長閑な時間を過ごしているときも、花ガラ摘みに歩いていて、急にじんわりと右すねに振動がある・・・いやな感じになってきた。。。頸椎の圧迫からくる神経の異常かもしれない・・・右だけだからなぁ・・・しかも痛くもなんともなく、内側から振動する感じだ。思い切ってビオラの枯れたのを除去して、こぼれ種からのきれいなものに植え替えたりしていた。午後も、基本的には「晴耕雨読」の、「晴耕」ばっかりだった。・家から持ってきたプランターと土に、買ってきてあった園芸用土を入れてゴーヤを植えてみた。 白が一つと、緑が一つと。・トマトやバジルの植えてあるところに敷き込み堆肥を置いてみた。・ドクダミがあちこちから生えてくるので、せっせと剪定している。・5時からは灌水に注力。その後、場所をエントランスに変えて、花ガラ摘みをしていたら、見知らぬ女性が車を停めて、「きれいにしていただいてありがとうございます」って・・・嬉しいな・・・で、花ガラ摘んでから、重い如雨露を抱えてまた何往復もして、灌水を頑張った。歩いていると、やたらと、右すねの振動が続く・・・さて、ビオラたち、昼間に移植したところも、夕方移植したところも、活着しますように!!!移植したのはこぼれ種からの株だから、丈夫だと思うけど、時期が良くないからなぁ・・・如雨露を抱えての灌水は、仕方ないとして、来週の雨が本当に待ち遠しい。何だってこんなに雨が降らなんだろうってくらい降っていない。天気予報は外れてばかりだ。来週末に実家に帰る時に、いくらかでも地面に水がある状態であって欲しい。。。こぼれだねからのビオラは、勝手に交配されているので、意外と可愛い良い感じのもある。もう少し、良い状態を保ってほしいなぁ。。。最初に植えたビオラのいくつかが寿命だ。灌水不良が劣化に拍車をかけている。もう少し、良い状態を維持してほしいなぁ・・・その為には灌水あるのみだ!午後から、只管眠い。今も夕食後の眠さで、一瞬、打ちながら寝た・・・あかん!早く帰って寝たい。。。いや、寝よう。。。早く帰ろう。
2026年05月17日
コメント(3)
朝、休日だからって、寝汚く(いぎたなく)3度寝をしたら、すごい怖い夢を見て、目が覚めた。最初に目が覚めた時は6時頃そのまま寝て、で、次は7時過ぎで、ここでは起きてトイレに行った。でも、せっかく午前中の予定がない日だからと3度寝したら、なんと怖い夢を・・・こんな夢だ・・・買い物に行った先で、店の前の道路で車をバックしていたら、後ろに来た車とコツンと接触して止まった。あら~~~って思ったけど、どんな軽微な接触でも、接触は接触だから・・・車をどかして、処理しなきゃって思っていたら、過去の卒業生の色々困難を抱えた女の子達が、一度にどっさり出て来て、懐かしがって話しかけてくる。あかん、それどころじゃないんや~~~今は相手を待たせているから、ごめんよ~~~って感じで、その子等と別れて元の場所に何とか戻ろうともがいているところで、悪夢から目覚めた・・・もう、本当になんで、この子等の夢を見たんやろうと思って、自分に驚くぐらい鮮明に。で、その目が覚めた時間が、なんと9時!いくら何でも寝すぎじゃん。7時半からとして、一時間半も眠れている。それくらい、身体が、睡眠を求めていたってことなんだろうか。よくわからないけど、まあ、全然違う時期に教えた子等が、同時に女子高生の姿で登場するのも可笑しい。しかも、普段は、全く思い出しもしない子らなのに・・・関わった困難とともにあれこれ思い出されてしまった・・・そんなわけで、3度寝して、朝から脳をフルに疲れさせてしまった・・・10時には家を出て面会に行った。それまでの時間の過ごし方は、いつも通り。今日は、大きなミノムシばかり、30匹以上駆除した。どうも、高いところに居たのが、下りてきているのかと思うくらい、手の届く範囲なのに大きかった。今日から、長いトングで、台を使わずに、つかめる範囲はつかんでいる。面会に行って、蔵に来て、ちょっとだけ灌水や花ガラ摘みなどをして、12時少し前には、集会所に向かった。それから会食をして、1時から延々4時間、みんなでカラオケ。。。会食の最初に、たくさんのエンドウの掻き揚げと、ジャガイモの素揚げとをいただいた。美味しかった。理事長からの差し入れで、美味しいお取り寄せのちりめんじゃこも食べられた・・・いつも隣に座るカラオケ名人が、病院の指導で、生野菜を止めるように言われているらしく、最近、会食のサラダを、毎回私がもらって食べるようになっている。。。ごちそうさまです・・・さて、カラオケ、不思議なことに、いつも同じ人にエラーが発生して、得点が出なかったりする。今日も5回中3回、その人はエラーだった。なんでなんだろう・・・新しいネットカラオケになってから、彼女は、ずっとこんな感じだ。すごく歌が上手いハスキーな声の、ポップな歌を歌う人だから、聞いていて楽しいけど、エラーが気の毒。終わって帰る時に、理事長がお土産にってみんなにお取り寄せのちりめんじゃこをくれた。高いものだ。私は、釜揚げちりめんが当たった。帰ってすぐに小分けして冷凍した。カラオケ中にベビたんのママから、ラインで玄関ドアに餃子の入った袋をかけてくれた写真が来て、すぐにお礼のメールを送った。で、昼の会食で、いつもお料理を作ってくれる人が、シラス丼の話をしていて、上に、青じその刻んだのを散らしたら最高に美味しいって言っていたので、ちょっとだけだけど、植え込みから柔らかい若い青じそを選んで摘んで持って行った。丁度、部屋まで行かずに出会えて、大げさにならずに済んで良かった。喜んでもらえた。昨日だったら、もっといっぱいあったけど、まあ、シラスの上に散らす彩りだけなら、良いかぁって。今度は、青じその苗をどこか集会所の近くに植えてあげようと思った。いつでも摘めるし。さすがにSBのは無理だけど、こぼれだねのなら、いっぱいあるから。。。その後、いつもの花ガラ摘みと、本気の灌水を、マンションのエントランスの植え込みに実施。灌水用の水は、雨水を貯めてあるのを使わせてもらった。お天気が良いだけでなく、気温も、明日は上昇するようなので、枯れてしまいそうだから、気がかり。大きな如雨露にいっぱいに水を汲んで何往復もした。頑張って!そう言えば、花ガラを摘みに出ようとしたところで、別の植え込みの管理をしてるおじさんがドクダミを摘んでいて、駆除法を聞かれたので、有効活用をした方が良いですよって、詳しく教えてあげた。ドクダミの乾燥させ方、アルコール漬けの方法、生の使用法その他。色々聞かれるから、結構時間をかけて説明した。そのおじさんは、3階の部屋を事務所として使っている人で、私同様に、住んではいない。普段仕事帰りに来るときは、黒い軽四に乗ってるのに、今日は、ベンツの白いおしゃれな車だった。でも、おじさんはいつものおじさんで、小柄で、「男おいどん」みたいなキャラクターなので、白いベンツは想定外だった・・・「いかつい車ですねぇ」って言ったら、「かわいいやん?」て言われたけど。その後、エントランスの花ガラ摘みをしていたら、おじさんがそのベンツで帰っていくときに、「今年は管理してもらって、見違えるようにきれいや」って言ってくれて、嬉しかった。同じ山口県の出身で、気が合うおじさんだけど、どう見ても、黒のお仕事用の軽四が似合っていて、白のベンツは・・・・・さ、帰って明日の準備をして、寝よう。怖い夢を見ないように、早めに寝て、少しはyumiさんを見習って、早起きしなくては。。。
2026年05月16日
コメント(3)
朝、最初に目が覚めた時は6時過ぎで、次が7時過ぎだった。目覚ましは、父の形見のガラ携で、7時半に設定してあったから、停止にしてそこで起きることにした。睡眠時間は6時間半くらいだけど、まあ、6時間はつづけて眠れたから、大丈夫。いつもの水やりをして、8時半に蔵に着くように頑張った。8時半で、男性二人はもう作業を開始していて、女性陣も三々五々来ていて。今日は、実豌豆のサヤをツルから外したり、ネットからツルを外したりといった軽作業班と、次の苗の植え付けをする男性や若手労働力とに分かれての仕事。私は若手なんで、植え付け班。マルチングをしたり、ブロッコリー・オクラ・キュウリなどを植え付けたり、ジャガイモの試し掘りをしたり・・・前もって、私が一人でほとんどの作業をした場所も、今日は最終撤収作業があったし。2時間の労働時間は楽しくもあり、普段は来ない人も来ていて、良かった。豌豆をツルから外す作業は、足が悪くても、腕が痛くても、腰に不安があっても、まあまあ、できるので、シルバーカーの先輩も来ていたし、黙々とではなく、向かい合ってベンチに座ってやっていた。急ぐ人は2時間で帰って、お土産は掘ったばかりのジャガイモ(小ぶりな)と豌豆時間にゆとりのある人は上がってコーヒー飲みながらしばし談笑して、お菓子を食べる。私も11時まではコーヒーを飲んでいた。お菓子は、食べずに人にあげたけど。それで、残る人に挨拶して、配る豌豆があったので、預かって退出した。配達してから帰ろうとしたら、最近越してきた人が車から降りてくるのに出会ったので、食べるかどうか聞いて、もらったジャガイモと豌豆をプレゼント。その後は、植え込みの灌水や花ガラ摘みをしていた。12時から食事をして、1時の面会まで続きの花ガラ摘みや灌水。1時からは病室に朝刊を届けて、買い物の報告をし、5時からまた来るのでさっさと退出。山の上のスーパーでアイリスオーヤマの炭酸水を買った。その後、今日は15日なので、GG・WAONセールの5%offと、ポイントが多めにつく日だから、ちょっとだけスーパーに。そのついでに、ホームセンターで、オクラの苗を購入。ついでのついでに、松葉牡丹の苗も買ってしまった。オクラは、まだ植える場所も紫玉葱でふさがっているけど、低温障害の危険も無くなったので、取り敢えず買っておいた。松葉牡丹は、灌水過多で枯れそうになっていたので、救出買い。ポーチュラカと違って、葉が繊細なところが好き。白が1つと黄色が3つ。戻ってから、晩御飯の準備をして、5時からの医者の説明を聞くのに、早めにと思って、4時15分に蔵を出て、一旦家に戻り、amazonの配達物を確認した。そしたら、元夫君の分も、私の注文分も置き配で届いていた。まだ届いていないのは、あと、高枝切り鋏(yumiさんに教えてもらったやつ)だけとなった。そして、郵便局の不在通知が2枚入っていた。それ等をもって、病院へ。時間よりは5分前くらいになってしまっていたけど、取り敢えず到着して、物を元夫君に渡した。5時過ぎからは医師の説明で、経口薬のステロイドを減らしていく段階だと。30から25に減らして、来週の土曜日をめどに20迄減らせたら、退院できる日が近いと。早ければ25日とか? 私は22・23・24の金土日は居ないので、週明けにしてほしいと思っていると伝えた。大腸のカメラの映像では、それほど劇的には良くいなってはいないけど、患者本人の下痢が改善し、便の状態も良くなり、もう大丈夫だろうと。。。後は、薬の調整をしていくとかで。ちなみに元夫君は、この3日間、便が出ていない!つまり、便秘状態なんである・・・今は、ステロイドの副作用によると思われる糖尿病とか、いきなりインシュリン注射してる状態で、この先どうするんだ???ってところでもある。で、一応退院後の治療の流れなども聞いた。。。癌のことは、out of 眼中 なんで、今のところは、大腸と糖尿のコントロール・・・説明が終わって、ほんじゃって感じで、元夫君とはバイバイして、蔵に戻って晩御飯。その前に、花ガラ摘みもした。。。一日に3日分くらいのあれこれが詰め込まれているので、ちょっと思考がついて行かない・・・明日は、正午からカラオケで、午後はつぶれるとして、朝一に面会に行って、その前にミノムシ退治。早く高枝切り鋏来ないかなぁ・・・と思っている。
2026年05月15日
コメント(3)
朝目が覚めて6時過ぎ、次が7時過ぎ、最後に起きだしたのは8時過ぎ。寝る時の室温が25度から下がらない中で、なかなか寝るのに苦労するけど・・・いつものように、胡瓜に灌水して、他にも玉紫陽花とかその他に灌水を。そして、自分に朝食セット。この間に、炊き込みご飯をセットして、炊きあがるまでにミノムシ退治。今日は30匹くらい。高所のしか残っていなくて・・・炊き込みご飯は7つのお結びになって、それで、すぐに蔵に向けて出発。今日は段ボールを資源ごみのステーションに出して、それから集会所に昨日収穫したエンドウを車のまま届けた。で、自分の植え込みの灌水をして、晩御飯の下ごしらえをしてから、12時ちょっと前に集会所へ。七並べをして、良い感じに追い上げて、最後は合計点で一位になって終わった。体操をして、会食。なんか、体操は先週から珍しい人が二人、続けて来ていて嬉しい。でも、今日も七並べの時に、昨日とは別の人から、例の紫玉葱のことを聞かれた。先輩たちの安全な散歩のコースの一番端っこに私の花いっぱいの植え込みがあるのだが、誰かが来ると、上の部屋のおばあさんが下りて来て話しかけるらしい。そして、昨日の人と同じように、今日の人も、言われたそうだ。「私が植えた玉ねぎ」って。もう、本人の頭の中では、そうなっているのかもしれない。。。でも、私と話をしているときにはそうはなっていないから、微妙だ。。。ただ、色んな人が、散歩で通るから、その都度同じ話をしていたら、みんなが、認知機能の低下を知ってしまう。。。まあ、知ってくれて、共有されて心配してもらえるなら、それは、上の部屋の人の為でもあるけど。玉ねぎ泥棒にならないでね~~~~会食のメインはペペロンチーノだった。ニンニクと唐辛子が苦手な人も居るのだけど、それは、本人の食べられるおかずと入れ替わる。。。食べ終えて、すぐに、病院へ。今日のお願いは、イヤホンをamazonで注文してくれってことだった。ハイハイ、すぐ壊れる安物のイヤホンを私に注文させる・・・こないだは、鼻うがいの薬剤だったし・・・ま、良いけど。病院からの帰りに郵便局に寄って、元夫君の分も含めて自動車税とかを払った。もう、バッテリーの上がった元夫君の車・・・適期点検はもうすぐだけどな。もう一度、集会所に帰って、それから、灌水の為の知恵を聞いて、副理事長の部屋を訪ねて、灌水のお願いをした。このままではパンジーもビオラも明日には枯れます!!!って言って。それからが大変な作業だったが、ため池からのポンプでの揚水を撒水するのを待つ間に、私は雨水桶からの灌水を、頑張った。。。本来は、私の仕事ではないけど、毎日花ガラを摘んでいると、今にも枯れるって言うのが手に取るようにわかるので、変なの???って思いながら、副理事長の仕事を手伝ったと言うか・・・まあ、今度からは、雨水桶から、私が、汲んでちょくちょく灌水すればいいことなんだな・・・今日も晩御飯の後に、花ガラを摘んだ。ほとんど部屋には居なかったけど、まあ、忙しくしていたので、仕方ない。そう言えば、この灌水作業中に、先輩の一人がベランダから私を呼んで、お稲荷さんの6個入りパックをくれた。朝から作っておいて、上げようと思ってたんよ~って言われた。晩御飯の前だったからね~~~色々もらうけど。手作りのお稲荷さんをもらうのは、これは初めてですよ~~~美味しくいただきました。さ、帰って、明日の農作業に備えて、早く寝よう。。。明日は、9時から(私以外は、もっと早いけど)!
2026年05月14日
コメント(3)
昨日は、入眠に困難もなく、割と眠れた。夜中に覚醒しているが、時間も見ずにまた寝たので、何時だったかわからない。腕時計を外していて、それを見るのも億劫だった。最終的には8時前に目が覚めて、まあ、7時間半は、寝ていると思われる。起きなくてもよい朝って、いうのは、本当に睡眠にはありがたいものだ。庭の胡瓜の苗には朝日が当たるので、一番に灌水して、それから朝食セット。そして、9時を目ざして、ヤクルトさんに行った。戻ってからは、しばし、ミノムシ退治。今日は、昨日できなかった分も頑張って、100匹以上は退治した。小規模短時間の前庭の除草もして、蔵に向かった。予定では午前中はチューリップの掘り上げ。管理事務所の閉まる11時半までに済ませて持って行こうと思っていたので、頑張った。完了後、管理事務所に行って、いつもの先輩たちと出会って、ちょっとティータイム。それから、野菜を分けてあげている先輩と二人で戻る道すがら、怖いことを聞いた・・・「あの植え込みの玉ねぎは自分が植えたん?」って聞くから、「そやで、なんで?」って言うと、上の部屋の認知症のおばあさんが言うには、「自分の主人が苗を買ってきて植えた」と。つまり、自分の玉ねぎだと言う認識・・・ずっと、見に来ては玉ねぎのことを話していると思ったが、そういう認知のゆがみがあったのかぁ・・・上の部屋のおばあさんのご主人は、「もう亡くなってから3~4年になるのに。」と。。。驚いたって。でも、私は、まあ、たいして驚かないけど、面倒なことだとは思った。勝手に紫玉葱を収穫していく可能性があるからだ・・・実は、今朝、部屋に来てみて驚いたことは、植え込みの一番手前に配置したカーネーションの植木鉢、無くなっていたのだ・・・この数日の、上のおばあさんの話しぶりから、相当な執着を感じていたけど・・・(その後、遠くからベランダを見たら、良く見える場所の、室外機の上に、ド~ンと、飾ってあった)貰った母の日のカーネーションなぁ・・・それは、すっと持って上がりやすいんだろうけど。紫玉葱は、私の植え込みの奥の方に2列植えにしてあるから、勝手に収穫されたら、相当な花盛りの花たちを犠牲にする可能性がある・・・やっと少しずつ太ってきたところで、6月までには収穫したいと思っていたけど・・花泥棒と違って、農作物の玉ねぎとったら、泥棒じゃん???困ったなぁ・・・とかなんとか思いながら、歩いて自分の建物に近くなったところで、なんと、隣の部屋のおじいさんの車と、お巡りさんのバイクが2台と・・・目の前にとまろうとしている・・・いやいや、とうとう、捕まるようなことをしたのか???と、驚いたのだが、お巡りさんのうちの一人に、「〇〇さん、どうかされましたか?」と尋ねたら・・・お巡りさんは、どうも困っているようで、渡りに舟って感じでした。事情聴取みたいに名前と生年月日と電話番号とを聞かれました。既に、地域包括センターにも相談していると説明し、状況を話し、包括センターの相談員さんからもらった名刺の写真も、スマホを出して見せた。4月以降の状況の深刻化を説明したところ、実は、警察に来談したのは、一昨日に続き2度目らしい。で、おじいさんが、今日も自分で警察に相談しに行って、若いお巡りさん二人を連れてきたと判明。その相談の内容たるや・・・「上の部屋のおばあさんが、自分の車のキーを盗んだ」という、荒唐無稽なものだ・・・お巡りさんの方では、言葉が聞き取りにくい困難に加えて、認知症の疑いを抱いて応談している様子。しかし、あくまで、対応しなきゃいけないので・・・ってことで。仕方なく、私は、その場を離れて、もう一度集会所に向かって行って、理事長に報告しようとしていたのだが、なんと、仕事の終わった役員さんたちの昼食のBBQの真っ最中で・・・「ええとこに戻ってった。あんたも食べ」って言われて、意味不明にお昼から焼肉やらエビやらイカやら・・・それでも、ちゃんと事実の報告はしなきゃなんで、して、デザートの果物までしっかりいただいて、やっと部屋に戻りました。それからいつもの面会に行って、あれこれ頼みごとの書いてあるメモをもらって、初費の支払いなどを依頼されて・・・蔵に戻ってきたのは2時前。植え込みの管理をしていると、上の部屋のおばあさんは、普通に話しかけてくるし。。。(もうベランダのカーネーションを見た後だけど、私は、そ知らぬふりをしていました)で、玉ねぎの話もして・・・まだ収穫は先だからって言っておきました。そしたら、今日は、大きな植木鉢のゼラニウムのことを褒めてきたので・・・危険!かも・・・その後、建物の陰になって日が当たりにくくなるのを待って、エンドウ豆の収穫を済ませ、ついでに、金曜日の仕事が楽になるように、ネットを外したり、支柱を抜いたりもしておきました。作業をしていたら、○○さんが・・・車で戻ってきて、私に、買ってきたスマホをくれようとするので、「要りませんよ。」と断りました。本当に、認知のゆがみが、心配。私のガラ携がつながらないから、(古くてバッテリーがやばいから電源を切ってあると言っているので)スマホを買って与えようとする・・・そんなものもらっても、契約の関係で何の役にも立たないし、そんなことも理解できないのだなぁと・・・それで、地域包括センターの担当者さんに電話をして、二人の巡査が来たことと、二度目であるらしいこと、最近のトラブルなどを伝えた。本人は今日は休みらしいが、問題は共有されているようで、スムーズだった。勿論、私にスマホをくれようとしたことも、話した。。。お昼の、管理組合の役員さんとかの会話を通して、高齢者の問題は共有されていることを知ったし、みんな、色んな人の老いを見てきているので、鷹揚だと思った。その上、なにせ、老人としてではなく、もっと若いころからの50年近い付き合いがあっての、今だから。。。私は、最初から問題を抱えた老人としての、彼らしか知らないから、問題の受け止め方や、切り取り方が、みんなとは違うと感じた。夕食を挟んでから、いつもの花ガラ摘みをして、今日も一日一善・・・長い一日だったわ~~~日焼けもしたし、相当疲れた・・・
2026年05月13日
コメント(4)
月に一度だけ、いきいきサロンという催しがあって、社会福祉協議会から指導者が来る。そして、普段はこない老人会のメンバーも、この日は来ることが多い。今日はそうでもなかったけど。午前9時半からスタートして、体操やら、頭の体操やら、歌やら、ゲームやら・・・ゲームは一応チーム分けを毎回して、紅白で勝負する。今日はペットボトルボーリングだった。。。僅差での勝負になった。ルールの徹底が難しい。特にちょっとボケ加減の人は・・・お開きの後、みんなでコーヒーを飲んで、色々と種類のあるパンを、好きなのを選んで食べて、ワイワイ話して、昨日頑張って採った実えんどうを持って帰ってもらった。集会所からの帰りに、来れていない会員の為にエンドウを配ったりする仕事もあった。で、いつもの先輩に、サラダ菜を採りに来てね~って声をかけて、お互い配達をしながら、私は先に戻って、植え込みの管理をしながら待っていた。今日は、サラダ菜、赤いサラダ菜、イタリアンパセリ、それと、摘芯した大葉、摘芯したバジルを持って帰ってもらった。気になっていた大葉の摘芯もできるくらいの大きさになってきて、下の方に脇芽も見えたので、良かった。13時からは面会に行った。元夫君は、長期戦に備えているらしいが、今日が2回目の新しい分子標的薬の点滴で、昨日から今日にかけては下痢も収まっていて、ひもじいらしい・・・食事は、大腸の負担の少ない魚中心で、物足りないらしい。体重が減っていると嘆いていた。59kgらしい。身長も縮んでいるし、そんなに気になるなら、医師に相談してって言っておいた。私に何を言われても、どうしてあげることもできないのだから。食欲はあるし、本来トンカツが好物って言う人だから・・・退院したとしても、私ではなくて、自分で作ってもらうことになるから。買ってくるにしても、病気を考えてくれないと・・・面会を終えて帰る時にふと思った。今は、癌の方の痛みや苦しみが無いから、潰瘍性大腸炎に注力できているけど、これが、骨転移部の痛みも出てきたら、どんなにか大変だろうなぁと・・・のんきに食べもののことを言っているうちが、平和で、実は幸福な状態なのかもしれない。どうやら、8月の誕生日は、生きて迎えられそうな雰囲気だ。蔵に戻る前に、火曜日の買い物にいつものスーパーに寄った。主に野菜を買う日。それから、昨日と一昨日の受け取れていなかったゆうパックの荷物を、指定した近くの局に取りに。で、それから蔵に戻って、只管エンドウ豆をむいていた・・・まずは、固そうな、ちょっと熟しすぎたやつを選んで剥いて、塩ゆで。それからちょっとはマシそうなのを選んで剥いて塩ゆで。残りは明日以降に。豆は、サヤの中だと良いけど、一旦むくと早く美味しくなくなるので。晩御飯の支度を挟んで、花ガラ摘みもして、ちょっと灌水もした。結構灌水している我が家のビオラは溢れるように咲いている。花ガラもマメに摘んでいるし。。。一方、共有スペースのは、誰も、灌水すらしないので、この日照りで、可哀相なことになっている。遠目にはきれいに咲いているようにしか見えないけど、近くで見ると、花傷みが早くなっている。植えて平気で放置している神経が、わからない。灌水の管理をしないなら、植えなければいいのにって思う。何もない方が、荒れ果てた感じはしないものだ。植栽されたものが、枯れたり雑草に覆われたりしていると、ひどく荒れた感じがする。次の花は、ポーチュラカになるのだろうか。。。メンテナンスフリーの乾燥に強い植物にしてほしいものだ・・・ポーチュラカとか、午後はしぼむし、雨の日は咲かないし、乾燥には強いけど。植栽の選定は誰がしてるのか知らないけど、今年のビオラ選びは、最悪だった・・・手許で見て可愛いのと、大きな花壇に植えて長期間楽しむのとは違うものなのだから。明日は、午前中はチューリップの掘り上げをしたい。午後は、えんどうの収穫と株の管理をしたいと思っている。今日も、ちゃんと入眠できますように。。。まあ、6月の植え替えまでは、持たせてあげたいと思っている。
2026年05月12日
コメント(5)
さすがに、昨日は、入眠には苦労しなかった。でも、途中で何度か目が覚めた。起きなかったけど。トイレに行かないまま、7時20分過ぎを迎えたので、目覚ましを切って、起きた。で、昨夜から気になっていたサッカーの色々なチームの勝敗を確認して、まあまあと、機嫌良く、今日一日をスタート。大急ぎの朝食セットを済ませて、家を出た。今日はさすがに殺生は無しと思ったけど、目の前に2匹居たので、仕方ない・・・で、蔵に着いて、冷蔵庫に食事の用意を詰め替えたら大急ぎで、農作業に向かったけど・・・もう、8時半と言ったって、住んでる先輩たちは、大抵、8時くらいには、やってきて始めている。ソラマメは少ししかないからその場で刈り取ってみんなで寄ってたかってむしっていた。その場で、枝などは袋に詰めて捨てに行くと。。。私が行くと、段取りが良くなるから、あっという間に終わった。その後、終わり際のレタスを収穫して、ソラマメの袋詰めとレタスの新聞紙包み。で、一時間ほどで終わって、みんなでコーヒー飲んでお開き・・・のはずが、急転直下、エンドウ豆も採っちゃおうってなって。。。他の人たちは、集会所の傍のを採って、私は、自分の部屋の前のを採った。私の方が、エンドウ豆の栽培量が多いので、せっせと採って、そうこうするうちに、上の部屋の人も下りて来て手伝ってくれたりして、2列あるうちの1列が終わった。エンドウ豆の末期で、うどん粉病が出ていたので、来ている黒いベストが白くなった・・・でも、まあ、頑張って、閉まる直前の集会所に持って行った。私の分、として、たくさんもらったし、手伝ってくれた上の階の人や、グランドゴルフの帰りに、収穫の途中からちゃっかり来た人にもたくさん上げた。(この二人仲が悪いのに、隣の部屋のおじいさんとは、どちらも犬猿の仲で、 敵の敵は味方・・・的な、話の合い方が、おかしかったけど、実は、結構やばいことが分かった)さて、ソラマメは、剥いたら10分の1にもならないくらいだけど、エンドウ豆は結構な量になるから、剥くのも大変だし、保存も冷凍になるなぁ・・・夜なべかな・・・ここで、昼食を食べて、1時をめどに、面会に行った。今日は新聞休刊日だから、持って行く新聞は無かったけど、前回預かっていた競馬資金用のカードを。それで、話を聞くと、入院期間は最低でももうあと2週間くらいは延びるようで、元夫君はげんなりしている。しかも昨日の競馬にも負けたらしいので・・・で、読み物も切れたし、次に持って来てほしい本をリストアップしてあって、その他にもお金やら、文具やらなんやらリクエストがあったので、家まで5分やから、取ってきてやろうと思って、帰ろうとしたら、主治医が売店で買い物中。先方も私を視認したので、様子を聞こうと思ったら、先に主治医から、治療方針についての話をしたいので、金曜日の5時に会いたいと。。。まあ、なんということでしょう。金曜日の5時なら何とかなるので、会う約束をして、帰宅した。自宅で、リクエストの会った書籍その他をそろえて、病室に戻ったら、さっき出てから30分以内だったので、驚かれたし、喜ばれた。もう一つの懸案だった診断書の方はまだできていないとのことだったので、明日以降にまた折々連絡することになるだろう。午後は、それから、ソラマメを剥いて、切れ目を入れて塩ゆでにして・・・「高いから買うては食べへん」と、先輩は口々に言っていたから、まあ、みんなにとっても、今年の初物で、最初で最後のソラマメかも・・・本当に、「買うては食べへん」ものだと、実感する。晩御飯の前に、掻きチシャを採ってきたりしたし、昼間、上の階のおばあさんにもあげたし、掻きチシャは本当に重宝する貧乏人之友だな・・・。ソラマメは、一回採ったら終わりだからなぁ・・・季節のものなんだな・・・午後の少し余裕のできた時に、短時間だけ、残りの2列目の豆を採って、集会所に持って行ったけど、当然、四時半ごろなんて、誰も居ないので、まず役員さんの部屋によって、鍵を開けてもらった。最初は、玄関わきに置こうかと思ったけど、丁度そこにカラスが来ていて、「あかん!」と思って。それから、花ガラ摘みに行って、軽く摘んでから、晩御飯を食べて、腹ごなしに、灌水に行った。エントランスには、ちょっとだけHB-101を入れた大きなペットボトルを持って行って、2往復した。それ以外の場所には、汲み置きの水を汲んでちょっとだけ灌水。全く雨が降らないのと、誰も、灌水をしないのとで、さすがに気になる状態になってきたので・・・本来なら5月は余裕のはずのパンジーとビオラとが、水切れと極端な暑さとで傷んできている。せっかく花ガラ摘みと、こぼれ種の移植とで見違えるくらい立派な植え込みにしてあるのに。。。私の部屋から水を大量に持って行くには、ちょっと遠いんだよね・・・しかも、朝は、無理だしなぁ・・・そんなわけで、夕日の落ちた後の薄明りの中で、せっせと灌水したけど・・・まあ、また、今後のことは明日以降に考えよう。次の植栽計画を聞いてから・・・今日は、長時間、強い日差しの中で働いたので、結構な疲労感がある。その上、車での家との往復も、面会の関係で2回になったし。。。早く帰って寝よう。。。
2026年05月11日
コメント(3)
眠いのは、昨夜の入眠を失敗したから。いつも同じ条件で、ひいきのサッカーチームの試合が日本時間の23時に始まる時、それは大抵土曜か日曜日の夜で、現地は昼間の時間。で、私は、結果が気になるから、いつも、「最初から見ないでおこう」と決めて、その割に、ついついtwitterを見たりしてしまうのだった。はじめからもっと遅い午前4時(28時)からとかだったら大丈夫なんだけど・・・それで、昨日も11時半には布団に入ったのに、全然眠れなくて、眠気も来なくて、寝苦しくて、最悪って思いながら、何度も何度も寝返りを打って、とうとうトイレに行こうと思い立って、で、1時過ぎごろについついスマホを見てしまい、日本代表の三笘薫選手が故障で交代したって言うので余計に眠れなくなり・・・チームの勝利は喜べたものの・・・ってこんな感じで、今までにも3回くらいあった、23時キックオフの試合の時。しかも、今回も、翌朝の予定が入っていて、8時半には家を出たかったので・・・そういう時間に縛られているときって、緊張して眠りに入りにくくなる。寝たけど。結局は4時間くらい寝て、それからまた一時間寝て、7時半に起きたのだけど・・・いつものルーティーンを済ませて蔵へ行って、蔵の月一の掃除に参加して・・・掃除って言っても、今日初めてわかったんだけど、主に除草作業ね。。。9時からなんだけど、8時45分にはみんな始めていて、早い人はもっと前から。広い6面の芝生を専用機で7時から刈ってくれていて、その刈った芝の処分とかも。。。で、我が家の隣のおじいさんとか、上の部屋のおばあさんとか、色々と悶着を起こしていて。。。でも、まあ、取り敢えずは小一時間で終わったので、それから面会に行きました。ところが行ったら、シャワー中。待つことしばし。やっと戻ってきて、頼まれていた靴下などを渡し、服薬その他の変更についての話などを聞いて、ほんじゃって、出てきました。11時からは、自治会の焼き肉の日だったので。これも10時45分くらいに着いたら、もう始まっていて。ベビたんのパパも焼き手で、ベビたんやママも私の隣に一緒に座って、食べたり話したりしていました。88歳の大先輩の元気なことと言ったら。80歳や78歳なんて、まだまだ・・・60代の私はもう小僧ですね・・・ベビたんが、とっても私になついているので、みんなにうらやましがられました。「孫やからね・・・」って言っておきました。なんといっても、私が名付け親ですから。40人近くの参加者の中には、老若男女。老女が多いけど・・・焼き肉は、とっても柔らかい。酵素に漬けてあったのかもしれない。高齢者でも大丈夫な。社員社宅に使っている会社もあるので、外国人労働者の人たちも居るし、バーベキューと焼きそばと、コンビニのおにぎりと、ビール・ノンアル・お茶、飲み放題・・・参加無料で。。。それでも来ない人は当然いるので。2時間ほどで、来る人も三々五々、帰る人も三々五々、最後はテーブルや椅子を片付けて、お開きです。役員さんはご苦労様でした。私は、片づけを手伝った後、蔵の部屋に戻って行きました。その後、自治会長さんと植え込みの管理中に出会って、自治会長さんからおじいさんとおばあさんのことを聞かれて、情報交換しました。自治会長さんは女性で、高齢者施設にお勤めの方なので、二人の認知症について、知見をお持ちだったので、話が早かったです。おじいさんの方は、3月以降に急速にということのようです。おばあさんの方は、前々からで、じんわりと進行中とか。。。まあ、みんなで支えていかないとねって感じでした。「行く道 来た道」ですからね。その後、また花ガラ摘みをしてから、見ていなかった試合を観ながら、晩御飯。早くに蔵を出て、いつものスーパーに行きました。今日は第二日曜日なので、すべての人が5%offで、その上10日は、ポイントが普段の10倍。金額にして5%分還元されるので。二つのラッキーが重なる日だったので、夕方に行きました。今から、入浴して、早めに寝ます。それというのも、夕方、花ガラ摘みをしていたら、先輩の一人から声がかかり、明日8時半からそら豆の収穫と調整があるからとのことだったので・・・今日こそ早く寝て、明日は8時半に間に合うように行こうと思っています。私は、本当に若手。老人会の先輩方のあちこち悪い、あちこち痛い中で、頑張っているのを見ると、もっと頑張って、元気をもらおうって思えるので、参加できる限り参加しようと思っています。。。来週はそら豆で、再来週はエンドウ豆・・・頑張れ、私!
2026年05月10日
コメント(3)
今日も、頑張って朝までお布団に居ました。8時前にやっと起きだして、毎日のルーティーンを開始・・・胡瓜の水やりとか、ミノムシ退治とかの、ちょっと増えたお仕事。準備を済ませて、まず10時に家を出て病院に。近くて本当に助かります。家から病院までに信号が2つしかない。踏切もあるけど・・・全くの裏道をスイスイ通っていくので、駐車場から駐車場までは、10分以内です。でも、勿論休日受付を済ませて部屋に着くころには10分くらいになっています。で、今日は、なんか、あと少しでシャワーだとかで、待ち構えていてメモを渡されました。履き替えの靴下に関する要望でした、それと、明日の時間が朝か午後かわからないと私が言ったら、急にうろたえて・・・明日の競馬のレースの資金がはいってるかどうかわからないとか言い出して。。。専用の口座への振り込みを頼まれたのだけど、うだうだ言いながら、お金が足りているかもしれないとか言い出して、いや、念のため入れたらいいやん???って言うのに、スマホで、口座の残金を確認して、無駄になるからやっぱりやめるって、言うので、彼のカードと、一旦出した3万円を置いて、好きにして~~~って、シャワーの時間だから急いでね。って言って、切り上げて、蔵に。で、植え込みの潅水や、花ガラ摘みなどをしていたら、なんか、異音がするので・・・もしやって思ったら、マナーモードになっているガラ携でした。元夫君の必死の電話。ものすごく長いこと私が応答するのを待っていたようです。今どちらですか???って言うので、稲美町に来てるけどって言ったら、やっぱり、入金が不足しているので、お金を入れて欲しいとのことでした。こいつ、何処まで、馬鹿???って、勿論、思いました。だから、私に、さっきカードと現金を渡しておけば済んだのに、わざわざ、繋がらないかもしれない電話をかけて、私を呼び戻して!!!ため息が出るし、うんざりするし・・・でも、まあ、入院以来、競馬だけが楽しみで、それがあるからスマホも使えるようになったことを思い。仕方ないなぁって、引き返しました。蔵からの時間も10分ほどなんで、本当に近くて良かったですけどね。心の中では、「私が節約して一生懸命、道順を考えているのに、ガソリン代出せ!!!」って叫んでました。まあ、入院だけで毎日12000円かかっている人にしたら、ガソリン代なんて out of 眼中でも、私にとっては、固定資産税とかの面倒な支出の時期で、余計に惜しい気がしました。。。時間は、今日は、無限にあるので、良いけれども。明日はいっぱいの予定が詰まった日なので、まあ、今日のうちに済ませておかないとね。さすがに、元夫君も、恐縮していましたが、自分の勘違いだったとのことで、くれぐれも交通事故に気をつけてって、言われました・・・AHO目!入金を頼まれたのは2回目で、過去にもあったけど、その時は何でだったのかな・・・まあ、セブンイレブンのATMで手数料無料で入金出来ました。そのまま蔵へ帰って、お昼を食べて、腹ごなしの運動がてら炎天下に花ガラ摘みをして、91歳の大先輩に会ったり、ベビたんのままに会ったりして、午後が過ぎました。いつもより早くに、晩御飯を食べて、自宅に戻ったのは、ミノムシ退治に励むためでした。高いところにも足が届くように、ちょっとだけ踏み台を持って帰りました。小さな踏み台だから、安全性は高い反面、高いところには届かなくて・・・仕方ないです。でも、朝の50匹に続いて、夕方も50匹退治しました。一日で100匹も殺生して・・・南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。より高いところは、どうしようか考えているところです。。。そもそも、元夫君の部屋に当たる西日を和らげるための斑入りの椎の木なので・・・で、その強烈な、まったく遮るものの無い西日の季節なので、我が家の2,3mのガラスの玄関ドア、めちゃくちゃまぶしくて、かつ、暑い!!!真夏までには、芙蓉の枝が伸びて、西日を遮ってくれるはずですが、今はまだ、ほんの新芽なんで、今日は、ついでに玄関ドアの日よけを、探し出して、設置しました。これにも、踏み台は使えました。なんだかんだと夏支度をしないといけない。。。普段は夜にならないと帰らない自宅だけど、今日は、たまたま早く帰ったので、あれこれしました。明日は、朝から蔵のマンションの自治会の月1回の掃除の日です。そして、その後11時からは自治会のBBQ。ベビたんのパパは、焼き肉の係りなんだって。数少ない物分かりの良い若手。。。去年初めて、誘われて参加したけど、今年は、お手伝いもしようかと思っています。足手まといかもだけど。。。なので、早くいかなきゃだから、早く寝なきゃ・・・
2026年05月09日
コメント(3)
今朝は、目が覚めたら8時前で、まあまあ、続けて寝てました。とは言え、やっぱり、何度か眠りの浅い時間はあった様子。でも、さすがに、今朝は、布団への未練を捨てて、起きられました。そして、起きて最初にしたことは、(勿論トイレに行った後)、胡瓜の灌水でした。理事長が作ってくれた胡瓜の苗を4つももらってきたので、最低でも2本は枯らさないでおきたいと。で、水をやり始めたら、ついつい続けて灌水してしまいました。やっと目を覚ましたランタナとかの斑入りの植物達を、枯らさないように。本当は、今日は雨の予報だったのに、外れてしまい、むしろ良い天気に・・・なので、せめて灌水してあげようと思って。それから、朝のお湯を飲んだり、朝食セットを済ましたりして、蔵に行く準備をして、でしなに、車に荷物を積んでから、今日のミノムシ狩りをしました。今日は30匹の殺生をしてしまいました・・・蔵に着いて、小一時間は植え込みの管理を、灌水を中心にしていて、11時からは、約束の包括センターの人と会うので、集会所に行きました。で、一応、民生委員さんと、協力委員さんと、担当者さんと、当事者のおじいさんと、私と。私は、本当は関係者ではないけど、おじいさんが、居てって言うので、同席して。今までいろいろわからなかったことが、今日はわかって、おじいさんの困り感の正体は、わからないまま、ただ、民生委員さんとの感情のもつれとかは取れて、今後のことも含めて、良かったと思います。そして、おじいさんが、そもそもなんで、民生委員さんに包括センターへの同道を頼んだのか、おじいさん自身が思い出せなくて、ただ、怒りとか憤りだけがあったようで・・・それも氷解したので、包括センターの担当者さんも、まあ、今回は良かったと言うことで・・・って。それで、おじいさんは帰って、残った私たちで、色々な情報を交換し、今後についてなど、話しました。結果として、有意義な時間になったと思いました。おじいさんの言語の不明瞭さは、勿論、下の入れ歯が外れて口の中で動いていることにもよるけど、1)元々の持って生まれた障害からか、構音障害があった。2)4年前に脳血管の切れたことで、入院している。3)感情失禁を起こしやすい状況にある。入れ歯のケア等をしっかりとしていないことも、担当者は注意したが、「大丈夫」と、おじいさん。まあ、共有された情報に基づいて、今後も民生委員さんを中心に、入居されている間は支援されると。帰り際に、担当者の方が、名刺を下さいました。その後、昼食、面会 花ガラ摘み・・・ゴミ捨て。そして、今日は、二つ向こうの棟の一階で先輩が植え込みの管理をしているのと出会って、そこに居た若い女性とお友達になりました。今から、野菜を植えるそうです。トマト・辛い唐辛子・イチゴ・・・で、コリアンダーとかも欲しいようでしたので、後で、届けました。話を聞いていると、ミャンマーからの外国人労働者で、病院で、介護職をしているようでした。マンションには、ベトナムの人も多いけれど、最近ではミャンマーの女性も来てるんだなぁ・・・自転車で、買い物に行って、追加の苗や支柱3本を買ってきていたので、足りないだろうから、私の古い竹の支柱を上げました。苗を植えるときは、結構ドキドキしながらも可能性を感じている時なんだけど、日当たりの悪さもあって、なかなか思うようには育たないかもしれない・・・部屋に戻ってからミャンマーの野菜やハーブのことを調べたら、小さい茄子や、隼人瓜、ゴーヤも上がっていたので、まあ、長くいるなら、隼人瓜とか、手に入った時に分けてあげようと思いました。コリアンダー = パクチー は、喜んでくれました。においが大好きって、言ってました。良かった。新しい出会いが有ったのは、良かった。閑話休題今日は、元夫君の話では大腸カメラの結果が思わしくなかったらしいけど、一応、点滴の2回目は来週やってみようと言うことになったそうで、本人の感じている改善と、実際のカメラの映し出す内部とは合致していない様子。元夫君は、ちょっと落胆傾向にありました。。。そして、前回のカメラの後のように、主治医から私が呼ばれるかもって言ってたけど、夕方電話が入って、それは無くてもすむようでした。もう1クールやってみてと言うことで、いくつかの服薬を変更するくらいだそうで。なんだかんだと、心労なんだなぁと、昼間病院から戻るときの自分の感情と、夕方の元夫君からの電話を受けての今の感情とでは、ちょっと違うなぁと・・・本当に愛のある夫婦だったら、どんなにか辛いだろうと、先輩たちのご主人を看取った気持ちを考えました。今は、みんな気楽に一人暮らしだけど・・・あ、いや、一人と出戻りの娘と孫と・・・ってケースも多いけど。振り回されているのは、面倒だけど、当事者ではないからね。一時期の血圧の急低下と酸素つけてる状況からは、よほどましだし、下痢も、回数は激減してるし、食欲はあるし・・・毎日12000円が飛んでいく個室の入院生活なんだけどね・・・さ、また、帰って、週末に備えよう。。。
2026年05月08日
コメント(5)
そもそも、最近、夜中に起きなくて済むようになって、寝つきもそんなに悪くはない。昨夜も0時半過ぎには、1)洗濯して、元夫君の靴下だけ、更衣室の乾燥機をセット。2)発芽玄米の炊き込みご飯を7食分つぎ分けて、ラップ。以上の、普段は夜にしないことを済ませて、寝ました。次に目が覚めた時は7時過ぎで、7.5時間は眠れてないので、もう一度寝たいって思ったけど、トイレに手間取ったので、もう8時前に起きてしまいました。朝食セットを済ませて、乾燥した靴下他、元夫君に依頼された品などを詰めて、自分の飲み物とか、食料品とかも別に詰めて、出かける準備をしてから、今日は殺生をしないで、近所の信用金庫に行きました。元夫君名義の色々な引き落としがあるのに、忙しくて行けていなくて、連休明けの今朝、行ってみたら、ガス代の通帳の方が、4月分が引き落とせていなくて、失敗でした・・・元夫君がお風呂に浸かるようになって以降、ものすごいガス代が高くなっていて、それまでの4ヵ月5ヵ月分くらいが一度に出ていくので・・・5月末に2か月分をまとめて引き落としてもらうしかないなぁ・・・それ以外の電気とか水道とか、ネット関係とかの分は、まだ大丈夫でした。そもそも、通帳が分かれていて、面倒過ぎる・・・でも、本人じゃあないから、まとめようがなくて。。。仕方ねぇーなーとか、落ち込んでました。で、蔵に向かって行って灌水をしていたら、待ちわびていた隣のおじいさんが、車に気づいて、明日の時間を聞きにやってきたので民生委員さんに確認してもらっているけど、私はまだ知らないこととか、民生委員さんに会えるのが2時になるから、待っていてほしいとか、説明をしました。当事者にしたら、一刻も早く知りたいのは当然と思って、一応、管理事務所に聞きに行ったけど、民生委員さんの車は無くて、役員さんが言うには、今日はまだ見ていないよ~~~ってことでした。昨日もらった今川焼と一昨日もらった今川焼とを役員さんたちで食べてくださいとお渡しして、代わりに、「遠慮せんと、食べ~」ってもらったおでんを抱えて、一旦戻ろうとしたら、歩いているときに、協力委員さんが車の中から声をかけてくれて、時間の変更は聞いていないとのことで、じゃあ、大丈夫かもって、希望が持てました。且、その方の話では、今日は、民生委員さんは奥さんを連れて病院に行ってるってことで、じゃあ、また後でいいかあと、思って、12時近くなってから、すぐ病院へ行けるように、車で、管理事務所に行きました。でも、見ると、民生委員さんの駐車場に車が戻ってきていたので、先に、お部屋を訪ねて、おじいさんが気にして聞きに来られたので、教えてくださいとお願いしたら、明日の時間は予定通り11時に来てもらえると言うことだったので、そのことを、おじいさんの部屋に伝えに行きました。大丈夫かなぁって思ってけど、一応、昨日のうちにメモも渡してあるし。。。明日も、早めに行って、声をかけようと、思いました。それから、また急いで戻って、七並べです。。。で、体操して、軽食をいただいて、3時前に中抜けで、病院へ面会に・・・微熱はあるものの、朝のシャワーも浴びられたそうで、まあまあ元気っぽかったです。元気になると、いつもの嫌なおじいさんに逆戻りですが、私が中抜けで来ていると知っているくせに、自分の読んでいる本の内容やら感想やらを、語るので、明日聞くからと言って、出ました。彼の語る内容に興味がないだけでなく、切り取り方が嫌いなので、話を聞きたくないし、こちらは行事を中抜けしてきているとわかっているのに、縷々話そうとする身勝手さに、辟易。。。で、蔵に戻って、車を置いて、掻きチシャやらパセリやらを摘んで、いつもの先輩に渡す分。今度は、歩いて集会所に戻りました。食後のコーヒータイム中でした。。。軽く一杯飲んで、少し話を聞いて、それから、花ガラ摘みがあるのでって、帰りました。1時間、花ガラを摘んで、一日一善。花ガラを摘むだけでも、けっこう、膝や腰には負担になります。1時間が限界かな。それにプラスして、少しづつカヤツリグサ科の雑草を根本駆除する努力もしているので、結構体力使います。それに、今日は「いきいき百歳体操」を非常に真剣にやっている日なので、結構、あちこちに負担が!自分の管理する植え込みのところの掻きチシャを掻いたり、ドクダミをハサミで駆除したり、膝&腰は大切ですね・・・今日は、朝二度寝できなかった分、少し眠いので、早く帰って早く寝ようと思っています。でも、まあ、いつものことなんだけど、早く帰っても、うだうだしてるうちに日付が変わるので、そうならないように、気をつけよう!
2026年05月07日
コメント(3)
この数週間私を悩ませていた JANE EYER の本文があげられない問題、何度もコピーに失敗し、何度も手打ちしては消え、大きな落胆を私に与えていたが、兼好法師の言う通りで、「何事にも先達はあらまほしきものかな」でした。弱音を吐いて、/>文字化けして全部打った本文が何十行も消えたショックをあげたら、yumiさんが、「ぷろんぷと」のせいではないかと、全く私には想像もつかない原因を指摘してくれて、現に、今も、試しに英語でプロンプトを打ったら、文字化けして後ろが消えたので、日本語にした。この単語のせいで、あらゆる努力が一瞬で無になっていたのだと知って、もう、その呪いの言葉をあきらめて( )表示にしたり日本語で書いたりしてみて、コピーが完了したのだった。勿論、完璧な本文ではないけど、どうしようも無いよね。。。ともかく、私は、今日、JANE EYER の37章を一応聞くことが可能になった。右上の … をクリックして、その他のツールを クリックして 音声で読み上げる を選べば、ちゃんと英語らしい英語で、スピードも選んで、聞くことができた!!!これって、3月末までは考えられなかった進歩。今まで、英文のニュースや投稿の読み上げ機能を知っていて使っていたけど、本文をブログにあげて、何度でも読んでもらえるなんて、ヒアリング能力の向上に、発音のブラッシュアップに、最高じゃないですかぁ・・・yumiさん、本当にありがとう!!! これで、サッカー関係のニュース記事と同様にいつでも37章が聞けます!閑話休題最近、できるだけ続けて寝ることに注力しているので、途中で目が覚めてもトイレに行かないようにしている。6時間くらい続けて寝てから、トイレに起きても、その後、また寝て、朝は8時をめどにして過ごし、9時には朝食セットを終えて、っていう感じで。今日は、荷物も無かったけど、ちょっとだけミノムシ退治を頑張って、今日は50匹駆除。それから元夫君のところへ、昨日頼まれた関川夏央氏の著作を5冊届けた。うだうだと続く話を聞き流し、最近の下痢が改善したことなどを喜んで、全粥ながらも一応固形物を食べているし、まあまあかなぁと。24時間のうち、話を聞いている時間はほんのちょっとだから、話したい内容があれば、思いついたときにメモするように言ってある。思いついても、いざ私が来た時には忘れるらしい・・・知らんがな・・・である。明日から平日で、しかも木曜日だから、来るのは遅いと言っておいた。中抜けの日だからだ。しばらく10時から11時の間に行く日が続いていたので、15時とかだと面食らうだろうから。まあ、そうは言っても、私の都合優先だ。今日は買い物もせず、蔵に直行した。そして、先輩たちにも会ったし、理事長にも会ったし、色んな人と会って話をした。主に、私の隣の部屋のおじいさんのことだけど、玄関向かいの隣の部屋の看護師さんも巻き込んで、なかなかなお話だ。連休の間は地域包括センターの動きも無かったので、今日になって、明日と明後日のことが動き出した。それにしても、地域包括センターの側は、私が、おじいさんのことが心配だから、連絡した後、金曜日のうちに、民生委員に連絡したらしい。集会所に会いに来てくれるってなって。民生委員さんが、当の本人に全然連絡をしないで、6日間もほうっておいたってことで、一方、協力委員さんには協力を依頼しておきながら、肝心の調整をしていないところに、驚いた。協力委員さんは昔民生委員をしていたから、仕事はわかっているけど。その人への協力は仰いでおきながら、当の本人との調整を後回しにしてしまったのね・・・まあ、頑張って私があれこれ聞いて回って、今のところ、明後日の11時でどうかということで、平日の朝、明日5月7日のできるだけ早い時間に、民生委員さんが包括センターの責任者に電話してくれることに。渋々って感じで。民生委員さんは、隣のおじいさんの厄介ごとに巻き込まれたくないって言うか、先週の出来事があって、すっぽかされたから、かかわりたくないって感じだな。。。おじいさんは約束の時間に20分ほど遅れて、行ったらしい。でも、民生委員さんがもう帰った後だったので、包括センターの人とは会ったけど話せないで、帰ったと。おじいさんは、下の入れ歯が合っていなくて、ふがふが言っていて、話が伝わりにくい。それも、多分、民生委員さんをいら立たせているところかも。鼻水とかよだれとか、付き物だし・・・でも、私の玄関向かいの方のお隣は、高齢者施設の看護師さんなんで、ものすごく的確。話を聞くのに、ティッシュと、それを捨てる袋を用意して出て来ていた。。。プロは違うなぁって、感心した。明日の包括センターの結果を聞いて、また、私から、おじいさんに日時を伝えることになるなぁ・・・で、色々ありつつ、一応は明日待ち。先方から、会いに来てくれるって言うことになっている。民生委員さんは明日と来週1週間は多用で無理らしい。明後日で、決まると良いけど。さて、今日も、花ガラ摘みをしていたら、ベビたんの一家が通って、早いけどって、母の日のカーネーションをプレゼントしてくれました!花は、ベビたんが選んでくれたらしい。隣のおじいさんも、私と看護師さんとに、わざわざ買いに行って、今川焼をくれました。恐縮するわ・・・なんだかんだで、おじいさんに振り回されたGWいや、おじいさんと民生委員さんと、「ぷろんぷと」に振り回されたと言うべきね。。。。明日からは、また世間は平日に。世界人類が平和でありますように。一日一善も花ガラ摘んでできたので、今日は、もう、この後は、ちょっと動画を見てから帰ろう!もう一度、yumiさん、本当にありがとう!
2026年05月06日
コメント(3)
The manor-house of Ferndean was a building of considerable antiquity, moderate size, and no architectural pretensions, deep buried in a wood. I had heard of it before. Mr. Rochester often spoke of it, and sometimes went there. His father had purchased the estate for the sake of the game covers. He would have let the house, but could find no tenant, in consequence of its ineligible and insalubrious site. Ferndean then remained uninhabited and unfurnished, with the exception of some two or three rooms fitted up for the accommodation of the squire when he went there in the season to shoot. To this house I came just ere dark on an evening marked by the characteristics of sad sky, cold gale, and continued small penetrating rain. The last mile I performed on foot, having dismissed the chaise and driver with the double remuneration I had promised. Even when within a very short distance of the manor-house, you could see nothing of it, so thick and dark grew the timber of the gloomy wood about it. Iron gates between granite pillars showed me where to enter, and passing through them, I found myself at once in the twilight of close-ranked trees. There was a grass-grown track descending the forest aisle between hoar and knotty shafts and under branched arches. I followed it, expecting soon to reach the dwelling; but it stretched on and on, it wound far and farther: no sign of habitation or grounds was visible. I thought I had taken a wrong direction and lost my way. The darkness of natural as well as of sylvan dusk gathered over me. I looked round in search of another road. There was none: all was interwoven stem, columnar trunk, dense summer foliage—no opening anywhere. I proceeded: at last my way opened, the trees thinned a little; presently I beheld a railing, then the house—scarce, by this dim light, distinguishable from the trees; so dank and green were its decaying walls. Entering a portal, fastened only by a latch, I stood amidst a space of enclosed ground, from which the wood swept away in a semicircle. There were no flowers, no garden-beds; only a broad gravel-walk girdling a grass-plat, and this set in the heavy frame of the forest. The house presented two pointed gables in its front; the windows were latticed and narrow: the front door was narrow too, one step led up to it. The whole looked, as the host of the Rochester Arms had said, “quite a desolate spot.” It was as still as a church on a week-day: the pattering rain on the forest leaves was the only sound audible in its vicinage. “Can there be life here?” I asked. Yes, life of some kind there was; for I heard a movement—that narrow front-door was unclosing, and some shape was about to issue from the grange. It opened slowly: a figure came out into the twilight and stood on the step; a man without a hat: he stretched forth his hand as if to feel whether it rained. Dusk as it was, I had recognised him—it was my master, Edward Fairfax Rochester, and no other.I stayed my step, almost my breath, and stood to watch him—to examine him, myself unseen, and alas! to him invisible. It was a sudden meeting, and one in which rapture was kept well in check by pain. I had no difficulty in restraining my voice from exclamation, my step from hasty advance. His form was of the same strong and stalwart contour as ever: his port was still erect, his hair was still raven black; nor were his features altered or sunk: not in one year’s space, by any sorrow, could his athletic strength be quelled or his vigorous prime blighted. But in his countenance I saw a change: that looked desperate and brooding—that reminded me of some wronged and fettered wild beast or bird, dangerous to approach in his sullen woe. The caged eagle, whose gold-ringed eyes cruelty has extinguished, might look as looked that sightless Samson. And, reader, do you think I feared him in his blind ferocity?—if you do, you little know me. A soft hope blent with my sorrow that soon I should dare to drop a kiss on that brow of rock, and on those lips so sternly sealed beneath it: but not yet. I would not accost him yet.He descended the one step, and advanced slowly and gropingly towards the grass-plat. Where was his daring stride now? Then he paused, as if he knew not which way to turn. He lifted his hand and opened his eyelids; gazed blank, and with a straining effort, on the sky, and toward the amphitheatre of trees: one saw that all to him was void darkness. He stretched his right hand (the left arm, the mutilated one, he kept hidden in his bosom); he seemed to wish by touch to gain an idea of what lay around him: he met but vacancy still; for the trees were some yards off where he stood. He relinquished the endeavour, folded his arms, and stood quiet and mute in the rain, now falling fast on his uncovered head. At this moment John approached him from some quarter. “Will you take my arm, sir?” he said; “there is a heavy shower coming on: had you not better go in?” “Let me alone,” was the answer. John withdrew without having observed me. Mr. Rochester now tried to walk about: vainly,—all was too uncertain. He groped his way back to the house, and, re-entering it, closed the door.I now drew near and knocked: John’s wife opened for me. “Mary,” I said, “how are you?” She started as if she had seen a ghost: I calmed her. To her hurried “Is it really you, miss, come at this late hour to this lonely place?” I answered by taking her hand; and then I followed her into the kitchen, where John now sat by a good fire. I explained to them, in few words, that I had heard all which had happened since I left Thornfield, and that I was come to see Mr. Rochester. I asked John to go down to the turn-pike-house, where I had dismissed the chaise, and bring my trunk, which I had left there: and then, while I removed my bonnet and shawl, I questioned Mary as to whether I could be accommodated at the Manor House for the night; and finding that arrangements to that effect, though difficult, would not be impossible, I informed her I should stay. Just at this moment the parlour-bell rang. “When you go in,” said I, “tell your master that a person wishes to speak to him, but do not give my name.” “I don’t think he will see you,” she answered; “he refuses everybody.”When she returned, I inquired what he had said. “You are to send in your name and your business,” she replied. She then proceeded to fill a glass with water, and place it on a tray, together with candles. “Is that what he rang for?” I asked. “Yes: he always has candles brought in at dark, though he is blind.” “Give the tray to me; I will carry it in.” I took it from her hand: she pointed me out the parlour door. The tray shook as I held it; the water spilt from the glass; my heart struck my ribs loud and fast. Mary opened the door for me, and shut it behind me. This parlour looked gloomy: a neglected handful of fire burnt low in the grate; and, leaning over it, with his head supported against the high, old-fashioned mantelpiece, appeared the blind tenant of the room. His old dog, Pilot, lay on one side, removed out of the way, and coiled up as if afraid of being inadvertently trodden upon. Pilot pricked up his ears when I came in: then he jumped up with a yelp and a whine, and bounded towards me: he almost knocked the tray from my hands. I set it on the table; then patted him, and said softly, “Lie down!” Mr. Rochester turned mechanically to see what the commotion was: but as he saw nothing, he returned and sighed. “Give me the water, Mary,” he said. I approached him with the now only half-filled glass; Pilot followed me, still excited. “What is the matter?” he inquired. “Down, Pilot!” I again said. He checked the water on its way to his lips, and seemed to listen: he drank, and put the glass down. “This is you, Mary, is it not?” “Mary is in the kitchen,” I answered. He put out his hand with a quick gesture, but not seeing where I stood, he did not touch me. “Who is this? Who is this?” he demanded, trying, as it seemed, to see with those sightless eyes—unavailing and distressing attempt! “Answer me—speak again!” he ordered, imperiously and aloud. “Will you have a little more water, sir? I spilt half of what was in the glass,” I said. “Who is it? What is it? Who speaks?”“Pilot knows me, and John and Mary know I am here. I came only this evening,” I answered. “Great God!—what delusion has come over me? What sweet madness has seized me?” “No delusion—no madness: your mind, sir, is too strong for delusion, your health too sound for frenzy.” “And where is the speaker? Is it only a voice? Oh! I cannot see, but I must feel, or my heart will stop and my brain burst. Whatever—whoever you are—be perceptible to the touch or I cannot live!” He groped; I arrested his wandering hand, and prisoned it in both mine. “Her very fingers!” he cried; “her small, slight fingers! If so there must be more of her.” The muscular hand broke from my custody; my arm was seized, my shoulder—neck—waist—I was entwined and gathered to him. “Is it Jane? What is it? This is her shape—this is her size—” “And this her voice,” I added. “She is all here: her heart, too. God bless you, sir! I am glad to be so near you again.”“Jane Eyre!—Jane Eyre,” was all he said. “My dear master,” I answered, “I am Jane Eyre: I have found you out—I am come back to you.” “In truth?—in the flesh? My living Jane?” “You touch me, sir,—you hold me, and fast enough: I am not cold like a corpse, nor vacant like air, am I?” “My living darling! These are certainly her limbs, and these her features; but I cannot be so blest, after all my misery. It is a dream; such dreams as I have had at night when I have clasped her once more to my heart, as I do now; and kissed her, as thus—and felt that she loved me, and trusted that she would not leave me.” “Which I never will, sir, from this day.” “Never will, says the vision? But I always woke and found it an empty mockery; and I was desolate and abandoned—my life dark, lonely, hopeless—my soul athirst and forbidden to drink—my heart famished and never to be fed. Gentle, soft dream, nestling in my arms now, you will fly, too, as your sisters have all fled before you: but kiss me before you go—embrace me, Jane.”“There, sir—and there!”’ I pressed my lips to his once brilliant and now rayless eyes—I swept his hair from his brow, and kissed that too. He suddenly seemed to arouse himself: the conviction of the reality of all this seized him. “It is you—is it, Jane? You are come back to me then?” “I am.” “And you do not lie dead in some ditch under some stream? And you are not a pining outcast amongst strangers?” “No, sir! I am an independent woman now.” “Independent! What do you mean, Jane?” “My uncle in Madeira is dead, and he left me five thousand pounds.” “Ah! this is practical—this is real!” he cried: “I should never dream that. Besides, there is that peculiar voice of hers, so animating and piquant, as well as soft: it cheers my withered heart; it puts life into it. —What, Janet! Are you an independent woman? A rich woman?”“Quite rich, sir. If you won’t let me live with you, I can build a house of my own close up to your door, and you may come and sit in my parlour when you want company of an evening.” “But as you are rich, Jane, you have now, no doubt, friends who will look after you, and not suffer you to devote yourself to a blind lameter like me?” “I told you I am independent, sir, as well as rich: I am my own mistress.” “And you will stay with me?” “Certainly—unless you object. I will be your neighbour, your nurse, your housekeeper. I find you lonely: I will be your companion—to read to you, to walk with you, to sit with you, to wait on you, to be eyes and hands to you. Cease to look so melancholy, my dear master; you shall not be left desolate, so long as I live.” He replied not: he seemed serious—abstracted; he sighed; he half-opened his lips as if to speak: he closed them again. I felt a little embarrassed. Perhaps I had too rashly over-leaped conventionalities; and he, like St. John, saw impropriety in my inconsiderateness. I had indeed made my proposal from the idea that he wished and would ask me to be his wife: an expectation, not the less certain because unexpressed, had buoyed me up, that he would claim me at once as his own. But no hint to that effect escaping him and his countenance becoming more overcast, I suddenly remembered that I might have been all wrong, and was perhaps playing the fool unwittingly; and I began gently to withdraw myself from his arms—but he eagerly snatched me closer. “No—no—Jane; you must not go. No—I have touched you, heard you, felt the comfort of your presence—the sweetness of your consolation: I cannot give up these joys. I have little left in myself—I must have you. The world may laugh—may call me absurd, selfish—but it does not signify. My very soul demands you: it will be satisfied, or it will take deadly vengeance on its frame.” “Well, sir, I will stay with you: I have said so.” “Yes—but you understand one thing by staying with me; and I understand another. You, perhaps, could make up your mind to be about my hand and chair—to wait on me as a kind little nurse (for you have an affectionate heart and a generous spirit, which ( ) you to make sacrifices for those you pity), and that ought to suffice for me no doubt. I suppose I should now entertain none but fatherly feelings for you: do you think so? Come—tell me.” “I will think what you like, sir: I am content to be only your nurse, if you think it better.” “But you cannot always be my nurse, Janet: you are young—you must marry one day.” “I don’t care about being married.” “You should care, Janet: if I were what I once was, I would try to make you care—but—a sightless block!” He relapsed again into gloom. I, on the contrary, became more cheerful, and took fresh courage: these last words gave me an insight as to where the difficulty lay; and as it was no difficulty with me, I felt quite relieved from my previous embarrassment. I resumed a livelier vein of conversation. “It is time some one undertook to rehumanise you,” said I, parting his thick and long uncut locks; “for I see you are being metamorphosed into a lion, or something of that sort. You have a ‘faux air’ of Nebuchadnezzar in the fields about you, that is certain: your hair reminds me of eagles’ feathers; whether your nails are grown like birds’ claws or not, I have not yet noticed.” “On this arm, I have neither hand nor nails,” he said, drawing the mutilated limb from his breast, and showing it to me. “It is a mere stump—a ghastly sight! Don’t you think so, Jane?” “It is a pity to see it; and a pity to see your eyes—and the scar of fire on your forehead: and the worst of it is, one is in danger of loving you too well for all this; and making too much of you.” “I thought you would be revolted, Jane, when you saw my arm, and my cicatrised visage.” “Did you? Don’t tell me so—lest I should say something disparaging to your judgment. Now, let me leave you an instant, to make a better fire, and have the hearth swept up. Can you tell when there is a good fire?” “Yes; with the right eye I see a glow—a ruddy haze.” “And you see the candles?” “Very dimly—each is a luminous cloud.”“Can you see me?” “No, my fairy: but I am only too thankful to hear and feel you.” “When do you take supper?” “I never take supper.” “But you shall have some to-night. I am hungry: so are you, I daresay, only you forget.” Summoning Mary, I soon had the room in more cheerful order: I prepared him, likewise, a comfortable repast. My spirits were excited, and with pleasure and ease I talked to him during supper, and for a long time after. There was no harassing restraint, no repressing of glee and vivacity with him; for with him I was at perfect ease, because I knew I suited him; all I said or did seemed either to console or revive him. Delightful consciousness! It brought to life and light my whole nature: in his presence I thoroughly lived; and he lived in mine. Blind as he was, smiles played over his face, joy dawned on his forehead: his lineaments softened and warmed. After supper, he began to ask me many questions, of where I had been, what I had been doing, how I had found him out;but I gave him only very partial replies: it was too late to enter into particulars that night. Besides, I wished to touch no deep-thrilling chord—to open no fresh well of emotion in his heart: my sole present aim was to cheer him. Cheered, as I have said, he was: and yet but by fits. If a moment’s silence broke the conversation, he would turn restless, touch me, then say, “Jane.” “You are altogether a human being, Jane? You are certain of that?” “I conscientiously believe so, Mr. Rochester.” “Yet how, on this dark and doleful evening, could you so suddenly rise on my lone hearth? I stretched my hand to take a glass of water from a hireling, and it was given me by you: I asked a question, expecting John’s wife to answer me, and your voice spoke at my ear.” “Because I had come in, in Mary’s stead, with the tray.” “And there is enchantment in the very hour I am now spending with you. Who can tell what a dark, dreary, hopeless life I have dragged on for months past? Doing nothing, expecting nothing; merging night in day; feeling but the sensation of cold when I let the fire go out, of hunger when I forgot to eat: and then a ceaseless sorrow, and, at times, a very delirium of desire to behold my Jane again. Yes: for her restoration I longed, far more than for that of my lost sight. How can it be that Jane is with me, and says she loves me? Will she not depart as suddenly as she came? To-morrow, I fear I shall find her no more.” A commonplace, practical reply, out of the train of his own disturbed ideas, was, I was sure, the best and most reassuring for him in this frame of mind. I passed my finger over his eyebrows, and remarked that they were scorched, and that I would apply something which would make them grow as broad and black as ever. “Where is the use of doing me good in any way, beneficent spirit, when, at some fatal moment, you will again desert me—passing like a shadow, whither and how to me unknown, and for me remaining afterwards undiscoverable?” “Have you a pocket-comb about you, sir?” “What for, Jane?”“Just to comb out this shaggy black mane. I find you rather alarming, when I examine you close at hand: you talk of my being a fairy, but I am sure, you are more like a brownie.” “Am I hideous, Jane?” “Very, sir: you always were, you know.” “Humph! The wickedness has not been taken out of you, wherever you have sojourned.” “Yet I have been with good people; far better than you: a hundred times better people; possessed of ideas and views you never entertained in your life: quite more refined and exalted.” “Who the deuce have you been with?” “If you twist in that way you will make me pull the hair out of your head; and then I think you will cease to entertain doubts of my substantiality.” “Who have you been with, Jane?” “You shall not get it out of me to-night, sir; you must wait till to-morrow; to leave my tale half told, will, you know, be a sort of security that I shall appear at your breakfast table to finish it. By the bye, I must mind not to rise on your hearth with only a glass of water then: I must bring an egg at the least, to say nothing of fried ham.” “You mocking changeling—fairy-born and human-bred! You make me feel as I have not felt these twelve months. If Saul could have had you for his David, the evil spirit would have been exorcised without the aid of the harp.” “There, sir, you are redd up and made decent. Now I’ll leave you: I have been travelling these last three days, and I believe I am tired. Good night.” “Just one word, Jane: were there only ladies in the house where you have been?” I laughed and made my escape, still laughing as I ran upstairs. “A good idea!” I thought with glee. “I see I have the means of fretting him out of his melancholy for some time to come.”Bronte, Charlotte. Jane Eyre (ジェーン・エア): 英語原書×日本語ルビ (English Edition) . Kindle 版.
2026年05月06日
コメント(2)
自分は別に休みでもなんでも一緒なんだけどさ・・・昨日、遅くまで37章を古い訳で読んでいて、寝たのが1時ごろだったから、今朝、一旦トイレに起きたけど、もう一度寝て、結局8時過ぎまで寝た・・・で、まあ、今日は、カゴメの野菜ジュースが午前中に届く日なので、それを受け取ってから、面会に行こうと準備してから、下に下りて庭仕事とかしてた。でもなかなか来なくて、やっと11時ちょっと過ぎに、郵便局のお兄さんが・・・私のジュースだから、まあ、重くても受け止めるけど、配達の人には気の毒。で、再配達にならないように気をつけているけど、郵便局って、融通が利かなくて、置き配にしてくれない人も居るのよね・・・判子要らないのに・・・全部置き配にしてほしい。。。11時過ぎにやっと面会に出発したけど、それまで、散々、除草やミノムシ狩りをしていました。今日は、元夫君は普通に点滴を受けてました。11時過ぎに行ったので、もうシャワーも済ませていて、朝は37度以上の熱だったようですが、シャワーも点滴もOKと医師に言われたとかで。下痢が落ち着いたことも有って、機嫌は良かったです。私は、ミノムシを駆除することで頭がいっぱいで、機嫌は悪かったけど。朝から50匹以上殺生したので・・・明日は関川夏央さんの本を持って来てほしいと言われました。ハイハイ・・・今日は、買い物にも行かずに蔵に行きました。いつものように、植え込みの花ガラ摘みをしたけど、その前に、ゴミ出しに行ったら先輩が二人ゴミステーションで会話中だったので、ご一緒しました。で、別の先輩のところから木の芽(山椒の新芽)をもらうとのことで、摘み始めたので、私は小さな袋を取りに、部屋に戻って、それから再合流。そしたら、なんと、山椒の芽にはもうちゃんとアゲハの幼虫が付いていました。もしやと思って点検すると、あちこちに直径が1mmほどの可愛い卵が・・・なので、それを先輩にお伝えして、気を付けてくださいねって言いました。それから、自分の植え込みの掻きチシャを6枚ほど掻いて、その先輩にプレゼント。抗がん剤で治療中の先輩です。。。それから、また、植え込みの管理をしばらくして、お昼ご飯に。お昼は、前にもらった中華饅頭3つ。と文旦。少し休んでネットを観てから、今度は腹ごなしに3時前からエントランスの花ガラ摘みに行きました。4時まで、帽子をかぶって、日よけもして、頑張りました。で、一旦部屋に戻って、休んで、今度はスーパーに、火曜日の買い物に行きました。いつもの火曜日の安売りに加えて、今日は5のつく日で1%分のポイントがついて、更に、連休中の得点で、5%の値引き券をもらっているので、明日に行くよりは、今日、行っておこうと思って。。。買ったものは安い物ばかりだったけど。その後、つい出来心で、ホームセンターに行って、前回見て欲しかったクレマチス白万重を買いました。本当は別のものをさがしに行って、実際見つけたんだけど、1鉢だけのクレマチスを買ってしまう・・・ちょっと、散財してしまいました。でも、GWもどこにも行かずにいい子にしているので、ま、良いかぁって感じで。2178円の心の贅沢をしました。本当はトレニアの新品種のブルーをネットで見かけて、欲しいなって思って行ったけど、実際に見たら、ブルーじゃなくて、紫って感じだったので。。。躊躇しています。。。今の黄色主体の植え込みに、合う合わないってあるからなぁって言うのも。白なら、何でも大丈夫なんだけど。オレンジがかった黄色には、紫っぽい色はなぁ・・・って。蔵に帰宅してから、晩御飯。しっかり食べました。そんなこんなで、一日が過ぎて、今日はまあまあな端午の節句でした。今日もらったのは、隣のおじさんから今川焼を2パック。亡くなられた奥さんが、きっと甘いものが好きだったんだろうな・・・柏餅じゃなくて・・・今川焼って言うのが・・・明後日迄賞味期限があるので、明後日、みんなに食べてもらおう。。。今日は、ちょっと早く帰って、したいことやしなきゃいけないことに取り組みます・・・追記、昨日20260504の晩御飯に食べたものに、大根の若さやの茹でたんと、カボチャの焼いたんを書くのを忘れていました・・・どんな時も、野菜は意識して摂っています。
2026年05月05日
コメント(5)
He replied not: he seemed serious—abstracted; he sighed; he half-opened his lips as if to speak: he closed them again. I felt a little embarrassed. Perhaps I had too rashly over-leaped conventionalities; and he, like St. John, saw impropriety in my inconsiderateness. I had indeed made my proposal from the idea that he wished and would ask me to be his wife: an expectation, not the less certain because unexpressed, had buoyed me up, that he would claim me at once as his own. But no hint to that effect escaping him and his countenance becoming more overcast, I suddenly remembered that I might have been all wrong, and was perhaps playing the fool unwittingly; and I began gently to withdraw myself from his arms—but he eagerly snatched me closer. “No—no—Jane; you must not go. No—I have touched you, heard you, felt the comfort of your presence—the sweetness of your consolation: I cannot give up these joys. I have little left in myself—I must have you. The world may laugh—may call me absurd, selfish—but it does not signify. My very soul demands you: it will be satisfied, or it will take deadly vengeance on its frame.” “Well, sir, I will stay with you: I have said so.” “Yes—but yu understand one thing by staying with me; and I understand another. You, perhaps, could make up your mind to be about my hand and chair—to wait on me as a kind little nurse (for you have an affectionate heart and a generous spirit,which プロンプト you to make sacrifices for those you pity), and that ought to suffice for me no doubt. I suppose I should now entertain none but fatherly feelings for you: do you think so? Come—tell me.” “I will think what you like, sir: I am content to be only your nurse, if you think it better.” “But you cannot always be my nurse, Janet: you are young—you must marry one day.” “I don’t care about being married.” “You should care, Janet: if I were what I once was, I would try to make you care—but—a sightless block!” He relapsed again into gloom. I, on the contrary, became more cheerful, and took fresh courage: these last words gave me an insight as to where the difficulty lay; and as it was no difficulty with me, I felt quite relieved from my previous embarrassment. I resumed a livelier vein of conversation. “It is time some one undertook to rehumanise you,” said I, parting his thick and long uncut locks; “for I see you are being metamorphosed into a lion, or something of that sort. You have a ‘faux air’ of Nebuchadnezzar in the fields about you, that is certain: your hair reminds me of eagles’ feathers; whether your nails are grown like birds’ claws or not, I have not yet noticed.” “On this arm, I have neither hand nor nails,” he said, drawing the mutilated limb from his breast, and showing it to me. “It is a mere stump—a ghastly sight! Don’t you think so, Jane?” “It is a pity to see it; and a pity to see your eyes—and the scar of fire on your forehead: and the worst of it is, one is in danger of loving you too well for all this; and making too much of you.” “I thought you would be revolted, Jane, when you saw my arm, and my cicatrised visage.” “Did you? Don’t tell me so—lest I should say something disparaging to your judgment. Now, let me leave you an instant, to make a better fire, and have the hearth swept up. Can you tell when there is a good fire?” “Yes; with the right eye I see a glow—a ruddy haze.” “And you see the candles?” “Very dimly—each is a luminous cloud.”“Can you see me?” “No, my fairy: but I am only too thankful to hear and feel you.” “When do you take supper?” “I never take supper.” “But you shall have some to-night. I am hungry: so are you, I daresay, only you forget.” Summoning Mary, I soon had the room in more cheerful order: I prepared him, likewise, a comfortable repast. My spirits were excited, and with pleasure and ease I talked to him during supper, and for a long time after. There was no harassing restraint, no repressing of glee and vivacity with him; for with him I was at perfect ease, because I knew I suited him; all I said or did seemed either to console or revive him. Delightful consciousness! It brought to life and light my whole nature: in his presence I thoroughly lived; and he lived in mine. Blind as he was, smiles played over his face, joy dawned on his forehead: his lineaments softened and warmed. After supper, he began to ask me many questions, of where I had been, what I had been doing, how I had found him out; but I gave him only very partial replies: it was too late to enter into particulars that night. Besides, I wished to touch no deep-thrilling chord—to open no fresh well of emotion in his heart: my sole present aim was to cheer him. Cheered, as I have said, he was: and yet but by fits. If a moment’s silence broke the conversation, he would turn restless, touch me, then say, “Jane.” “You are altogether a human being, Jane? You are certain of that?” “I conscientiously believe so, Mr. Rochester.” “Yet how, on this dark and doleful evening, could you so suddenly rise on my lone hearth? I stretched my hand to take a glass of water from a hireling, and it was given me by you: I asked a question, expecting John’s wife to answer me, and your voice spoke at my ear.” “Because I had come in, in Mary’s stead, with the tray.” “And there is enchantment in the very hour I am now spending with you. Who can tell what a dark, dreary, hopeless life I have dragged on for months past? Doing nothing, expecting nothing; merging night in day; feeling but the sensation of cold when I let the fire go out, of hunger when I forgot to eat: and then a ceaseless sorrow, and, at times, a very delirium of desire to behold my Jane again. Yes: for her restoration I longed, far more than for that of my lost sight. How can it be that Jane is with me, and says she loves me? Will she not depart as suddenly as she came? To-morrow, I fear I shall find her no more.” A commonplace, practical reply, out of the train of his own disturbed ideas, was, I was sure, the best and most reassuring for him in this frame of mind. I passed my finger over his eyebrows, and remarked that they were scorched, and that I would apply something which would make them grow as broad and black as ever. “Where is the use of doing me good in any way, beneficent spirit, when, at some fatal moment, you will again desert me—passing like a shadow, whither and how to me unknown, and for me remaining afterwards undiscoverable?” “Have you a pocket-comb about you, sir?” “What for, Jane?”“Just to comb out this shaggy black mane. I find you rather alarming, when I examine you close at hand: you talk of my being a fairy, but I am sure, you are more like a brownie.” “Am I hideous, Jane?” “Very, sir: you always were, you know.” “Humph! The wickedness has not been taken out of you, wherever you have sojourned.” “Yet I have been with good people; far better than you: a hundred times better people; possessed of ideas and views you never entertained in your life: quite more refined and exalted.” “Who the deuce have you been with?” “If you twist in that way you will make me pull the hair out of your head; and then I think you will cease to entertain doubts of my substantiality.” “Who have you been with, Jane?” “You shall not get it out of me to-night, sir; you must wait till to-morrow; to leave my tale half told, will, you know, be a sort of security that I shall appear at your breakfast table to finish it. By the bye, I must mind not to rise on your hearth with only a glass of water then: I must bring an egg at the least, to say nothing of fried ham.” “You mocking changeling—fairy-born and human-bred! You make me feel as I have not felt these twelve months. If Saul could have had you for his David, the evil spirit would have been exorcised without the aid of the harp.” “There, sir, you are redd up and made decent. Now I’ll leave you: I have been travelling these last three days, and I believe I am tired. Good night.” “Just one word, Jane: were there only ladies in the house where you have been?” I laughed and made my escape, still laughing as I ran upstairs. “A good idea!” I thought with glee. “I see I have the means of fretting him out of his melancholy for some time to come.” Bronte, Charlotte. Jane Eyre (ジェーン・エア): 英語原書×日本語ルビ (English Edition) . Kindle 版.
2026年05月05日
コメント(2)
He replied not: he seemed serious—abstracted; he sighed; he half-opened his lips as if to speak: he closed them again. I felt a little embarrassed. Perhaps I had too rashly over-leaped conventionalities; and he, like St. John, saw impropriety in my inconsiderateness. I had indeed made my proposal from the idea that he wished and would ask me to be his wife: an expectation, not the less certain because unexpressed, had buoyed me up, that he would claim me at once as his own. But no hint to that effect escaping him and his countenance becoming more overcast, I suddenly remembered that I might have been all wrong, and was perhaps playing the fool unwittingly; and I began gently to withdraw myself from his arms—but he eagerly snatched me closer. “No—no—Jane; you must not go. No—I have touched you, heard you, felt the comfort of your presence—the sweetness of your consolation: I cannot give up these joys. I have little left in myself—I must have you. The world may laugh—may call me absurd, selfish—but it does not signify. My very soul demands you: it will be satisfied, or it will take deadly vengeance on its frame.” “Well, sir, I will stay with you: I have said so.” “Yes—but yu understand one thing by staying with me; and I understand another. You, perhaps, could make up your mind to be about my hand and chair—to wait on me as a kind little nurse (for you have an affectionate heart and a generous spirit,which プロンプト you to make sacrifices for those you pity), and that ought to suffice for me no doubt. I suppose I should now entertain none but fatherly feelings for you: do you think so? Come—tell me.” “I will think what you like, sir: I am content to be only your nurse, if you think it better.” “But you cannot always be my nurse, Janet: you are young—you must marry one day.” “I don’t care about being married.” “You should care, Janet: if I were what I once was, I would try to make you care—but—a sightless block!” He relapsed again into gloom. I, on the contrary, became more cheerful, and took fresh courage: these last words gave me an insight as to where the difficulty lay; and as it was no difficulty with me, I felt quite relieved from my previous embarrassment. I resumed a livelier vein of conversation. “It is time some one undertook to rehumanise you,” said I, parting his thick and long uncut locks; “for I see you are being metamorphosed into a lion, or something of that sort. You have a ‘faux air’ of Nebuchadnezzar in the fields about you, that is certain: your hair reminds me of eagles’ feathers; whether your nails are grown like birds’ claws or not, I have not yet noticed.” “On this arm, I have neither hand nor nails,” he said, drawing the mutilated limb from his breast, and showing it to me. “It is a mere stump—a ghastly sight! Don’t you think so, Jane?” “It is a pity to see it; and a pity to see your eyes—and the scar of fire on your forehead: and the worst of it is, one is in danger of loving you too well for all this; and making too much of you.” “I thought you would be revolted, Jane, when you saw my arm, and my cicatrised visage.” “Did you? Don’t tell me so—lest I should say something disparaging to your judgment. Now, let me leave you an instant, to make a better fire, and have the hearth swept up. Can you tell when there is a good fire?” “Yes; with the right eye I see a glow—a ruddy haze.” “And you see the candles?” “Very dimly—each is a luminous cloud.”“Can you see me?” “No, my fairy: but I am only too thankful to hear and feel you.” “When do you take supper?” “I never take supper.” “But you shall have some to-night. I am hungry: so are you, I daresay, only you forget.” Summoning Mary, I soon had the room in more cheerful order: I prepared him, likewise, a comfortable repast. My spirits were excited, and with pleasure and ease I talked to him during supper, and for a long time after. There was no harassing restraint, no repressing of glee and vivacity with him; for with him I was at perfect ease, because I knew I suited him; all I said or did seemed either to console or revive him. Delightful consciousness! It brought to life and light my whole nature: in his presence I thoroughly lived; and he lived in mine. Blind as he was, smiles played over his face, joy dawned on his forehead: his lineaments softened and warmed. After supper, he began to ask me many questions, of where I had been, what I had been doing, how I had found him out; but I gave him only very partial replies: it was too late to enter into particulars that night. Besides, I wished to touch no deep-thrilling chord—to open no fresh well of emotion in his heart: my sole present aim was to cheer him. Cheered, as I have said, he was: and yet but by fits. If a moment’s silence broke the conversation, he would turn restless, touch me, then say, “Jane.” “You are altogether a human being, Jane? You are certain of that?” “I conscientiously believe so, Mr. Rochester.” “Yet how, on this dark and doleful evening, could you so suddenly rise on my lone hearth? I stretched my hand to take a glass of water from a hireling, and it was given me by you: I asked a question, expecting John’s wife to answer me, and your voice spoke at my ear.” “Because I had come in, in Mary’s stead, with the tray.” “And there is enchantment in the very hour I am now spending with you. Who can tell what a dark, dreary, hopeless life I have dragged on for months past? Doing nothing, expecting nothing; merging night in day; feeling but the sensation of cold when I let the fire go out, of hunger when I forgot to eat: and then a ceaseless sorrow, and, at times, a very delirium of desire to behold my Jane again. Yes: for her restoration I longed, far more than for that of my lost sight. How can it be that Jane is with me, and says she loves me? Will she not depart as suddenly as she came? To-morrow, I fear I shall find her no more.” A commonplace, practical reply, out of the train of his own disturbed ideas, was, I was sure, the best and most reassuring for him in this frame of mind. I passed my finger over his eyebrows, and remarked that they were scorched, and that I would apply something which would make them grow as broad and black as ever. “Where is the use of doing me good in any way, beneficent spirit, when, at some fatal moment, you will again desert me—passing like a shadow, whither and how to me unknown, and for me remaining afterwards undiscoverable?” “Have you a pocket-comb about you, sir?” “What for, Jane?”“Just to comb out this shaggy black mane. I find you rather alarming, when I examine you close at hand: you talk of my being a fairy, but I am sure, you are more like a brownie.” “Am I hideous, Jane?” “Very, sir: you always were, you know.” “Humph! The wickedness has not been taken out of you, wherever you have sojourned.” “Yet I have been with good people; far better than you: a hundred times better people; possessed of ideas and views you never entertained in your life: quite more refined and exalted.” “Who the deuce have you been with?” “If you twist in that way you will make me pull the hair out of your head; and then I think you will cease to entertain doubts of my substantiality.” “Who have you been with, Jane?” “You shall not get it out of me to-night, sir; you must wait till to-morrow; to leave my tale half told, will, you know, be a sort of security that I shall appear at your breakfast table to finish it. By the bye, I must mind not to rise on your hearth with only a glass of water then: I must bring an egg at the least, to say nothing of fried ham.” “You mocking changeling—fairy-born and human-bred! You make me feel as I have not felt these twelve months. If Saul could have had you for his David, the evil spirit would have been exorcised without the aid of the harp.” “There, sir, you are redd up and made decent. Now I’ll leave you: I have been travelling these last three days, and I believe I am tired. Good night.” “Just one word, Jane: were there only ladies in the house where you have been?” I laughed and made my escape, still laughing as I ran upstairs. “A good idea!” I thought with glee. “I see I have the means of fretting him out of his melancholy for some time to come.”
2026年05月04日
コメント(0)
私の朝は、なんか、続けて寝られて、快調だった気がする。朝、7時半に起きて、トイレに行って、ついでに排泄も済ませて、なんか、そのまま起きることになった。8時から朝食セットだったけど、その前に、ほんの少しだけ庭の除草。それと、昨夜から洗って準備しておいた炊飯器の玄米を、タイマー解除してスイッチオンに。今回は、なんと、玄米だけ、且2合だけで炊いて、カレーとかチャーハンで食べようと・・・で、2合を4回分につぎ分ける算段で。10時過ぎに、のんびりと病院を目指して、元夫君に新聞を届けに。看護師の詰め所に、担当の医師が出勤していたので、挨拶をしに行き、ついでに様子を聞いたら、まあ、良さそうな話だった。薬の大きな副作用も出ていなくて、このまま続けましょうと・・・今日は、入院以来初めて、ベッドではなくソファに腰かけていた。体調が良いってことだろう。機嫌も良さそうだった。そしたら、なんか、昨日の競馬の話を聞かされて、本当に、しょうもない話に・・・要するに、メインレースは外したけど、買う予定の馬券を時間内に買えなかったので、結局損をしなかったと。そう言うことだった。そんな話を縷々聞かされる身の上は、本当につまらない・・・けど、他の人には話せないから、仕方無いので・・・そうこうするうちに、見たことの無い医師が入ってきて、元夫君は知った人のようだったので、話を聞いていたら、その人には割と元夫君もあれこれと相談をしている。特に、足のむくみについてなど、実際に右足の足首からふくらはぎについて、以前も他の若い医師に聞いたようだが、この医師に聞いていた。触診して、何か所も皮膚を押してみて、浮腫みが戻らないことを確認してから、栄養状態が悪いからだろうと言っていた。以前の若い医師の言葉と同じだ。「心臓ではないですか?」と聞くと、左右の足で違いがあるし、心臓ではないだろうと。そして、潰瘍性大腸炎の既往症についてとか、2001年以前の古い病院での電子カルテが無い話とか。元夫君の普段のかかりつけ医が、県立加古川病院に居た頃に、その人の下で、働いていたらしい。私もあれこれ聞いて、その人がふと「患者さんとはどういうご関係ですか?」と、思いついたように聞くので可笑しかった。家族でもない人なら、こんな治療や経過の内容をペラペラ話さないと言うことだった。本当に、全く、家族ではないのに・・・保証人の、大家の、元妻の・・・すると、元夫君が取り繕って、「元々夫婦だったけど、今は夫婦別姓の為に離婚した状態」ってウソをつく!!!それは、子供が中学に合格して、私の姓にしたときの話!!!それも、子供が、「父親がいた方が、何かと不都合が少ないだろう」と言ったから。元夫君は、私の姓を名乗ることにしたのだった。その時も、だったけど、その後の子供の親権を考えずに済む20歳で二度目の離婚をした!顔も見たくないくらい嫌いやから、結婚の時の約束を守らんかったから、離婚したんやんか!こいつの頭の中では勝手にそんなお話が出来上がってたのか???と、思いつつ、面倒だったので、そのまま。。。その医師が出て行ってから、元夫君に、「どなた?」って聞いたら、消化器内科のトップの人らしかった。なるほどね。。。今日は、休日だったのに、二人も来てくれていたおかげで、主治医と、その上位者との話ができて、良かった。ともかくも、排せつ物は、かなり普通に近くなっていて、血便を確認しにくくなっているらしい。そして、休み明けには、又大腸カメラを入れると聞いた。少なくとも、悪化はしていないし。。。早く退院してくれないと、裏庭の雑草がえらいことになっている。。。表は何とかしているけれども・・・さて、その後、ちょっとだけいつものスーパーに行った。その前にホームセンターで、ミニトマト用の支柱を買った。スーパーでは大した買い物はしていないけど、まあ、ちょっと生鮮品の見切り品とか・・・それから、もう一度ホームセンターに戻って、今度は野菜の苗を2種類買った。一つはゴーヤで、今まで買ったことは無かったので、初挑戦。もう一つは大葉で、これは、前に普通のを買ったんだけど、yumiさんのHPで、SB食品の香り大葉って言うのを買ったって書いてあったので、欲しくて、見つけたのでついつい買ってしまいました!!!高かった!次はオクラを植えたいので、楽しみにしていますが、今はまだ冷え込む時期のあることを考えて、我慢。で、今日は蔵に来て、植え込みの花ガラを摘んだ後、SBの大葉を、植えました!植えている途中で、ベトナム人の青年が、通りがかって挨拶をして、しばらく戻ってこないと思ったら、駐輪場の裏側で、ドクダミを摘んでいた様子。次に戻ってきたときはざるに結構な量のドクダミの葉が詰んでありました。葉だけ摘んで、摘み続けて使うようにしている様子。どうやって食べるのか聞いたら、牛肉と炒めるとのことでした。少し酸っぱいって。。。さて、ゴーヤはもう少し考えてから。。。の予定。植える場所が思いつかなかったら、最悪、自宅に植えることに。。。それからトマトの支柱を立てたりしてから、遅いお昼ご飯を。お昼ご飯の後は、いつものように少し歩いて、エントランスの花ガラ摘みに。。。頑張りました。昨日は、贔屓のチームが負けていたので、サッカーの試合は見なかったけど、今日は、今だけ応援しているトッテナムの試合の結果が勝ちだったので、花ガラ摘みの後、見逃し配信で試合を観ました。この4試合指揮を執ることになった新監督のファンなので、チームはともかく、監督を応援しています。監督就任後の初戦は0-1の負けで、次戦は2-2の引き分けで、3戦目は1-0の勝ち、そして、今朝は2-1の勝ちでした。時間を追うごとに、チームの状況が好転しているので、監督の魔法が効いていると感じられます。以前、彼が、私の贔屓のチームの監督だった時、2022~2024、チームは劇的に強くなった。そして、彼は太陽を求めて地中海のチームに行ったんだけど、降格危機のトッテナムの再建を依頼されて、とんでもない火中の栗を拾っているところ。後3試合。どうなるのか、待ったなしの状況だけど、何とかプレミアリーグ残留を果たしてほしい。というのも、このチームに、若い日本人選手が川崎から移籍していて、今はローンでドイツに居るけど、プレミアに戻ってきたら、三笘や田中碧のクラブの後輩なので、対戦が楽しみだからもある。まあ、単にデ・ゼルビのミーハーなファンだからが、大きいけど。今日は園芸日和だったけど、風は強い一日だった。さて、ゴーヤ、どこに植えようかなぁ・・・
2026年05月04日
コメント(3)
Very early the next morning I heard him up and astir, wandering from one room to another. As soon as Mary came down I heard the question: “Is Miss Eyre here?” Then: “Which room did you put her into? Was it dry? Is she up? Go and ask if she wants anything; and when she will come down.”I came down as soon as I thought there was a prospect of breakfast. Entering the room very softly, I had a view of him before he discovered my presence. It was mournful, indeed, to witness the subjugation of that vigorous spirit to a corporeal infirmity. He sat in his chair—still, but not at rest: expectant evidently; the lines of now habitual sadness marking his strong features. His countenance reminded one of a lamp quenched, waiting to be re-lit—and alas! it was not himself that could now kindle the lustre of animated expression: he was dependent on another for that office! I had meant to be gay and careless, but the powerlessness of the strong man touched my heart to the quick: still I accosted him with what vivacity I could. “It is a bright, sunny morning, sir,” I said. “The rain is over and gone, and there is a tender shining after it: you shall have a walk soon.” I had wakened the glow: his features beamed. “Oh, you are indeed there, my skylark! Come to me. You are not gone: not vanished? I heard one of your kind an hour ago, singing high over the wood: but its song had no music for me, any more than the rising sun had rays. All the melody on earth is concentrated in my Jane’s tongue to my ear (I am glad it is not naturally a silent one): all the sunshine I can feel is in her presence.” The water stood in my eyes to hear this avowal of his dependence; just as if a royal eagle, chained to a perch, should be forced to entreat a sparrow to become its purveyor. But I would not be lachrymose: I dashed off the salt drops, and busied myself with preparing breakfast. Most of the morning was spent in the open air. I led him out of the wet and wild wood into some cheerful fields: I described to him how brilliantly green they were; how the flowers and hedges looked refreshed; how sparklingly blue was the sky. I sought a seat for him in a hidden and lovely spot, a dry stump of a tree; nor did I refuse to let him, when seated, place me on his knee. Why should I, when both he and I were happier near than apart? Pilot lay beside us: all was quiet. He broke out suddenly while clasping me in his arms— “Cruel, cruel deserter! Oh, Jane, what did I feel when I discovered you had fled from Thornfield, and when I could nowhere find you; and, after examining your apartment, ascertained that you had taken no money, nor anything which could serve as an equivalent! A pearl necklace I had given you lay untouched in its little casket; your trunks were left corded and locked as they had been prepared for the bridal tour. What could my darling do, I asked, left destitute and penniless? And what did she do? Let me hear now.” Thus urged, I began the narrative of my experience for the last year. I softened considerably what related to the three days of wandering and starvation, because to have told him all would have been to inflict unnecessary pain: the little I did say lacerated his faithful heart deeper than I wished. I should not have left him thus, he said, without any means of making my way: I should have told him my intention. I should have confided in him: he would never have forced me to be his mistress. Violent as he had seemed in his despair, he, in truth, loved me far too well and too tenderly to constitute himself my tyrant: he would have given me half his fortune, without demanding so much as a kiss in return, rather than I should have flung myself friendless on the wide world. I had endured, he was certain, more than I had confessed to him. “Well, whatever my sufferings had been, they were very short,” I answered: and then I proceeded to tell him how I had been received at Moor House; how I had obtained the office of schoolmistress, &c. The accession of fortune, the discovery of my relations, followed in due order. Of course, St. John Rivers’ name came in frequently in the progress of my tale. When I had done, that name was immediately taken up. “This St. John, then, is your cousin?” “Yes.” “You have spoken of him often: do you like him?” “He was a very good man, sir; I could not help liking him.” “A good man. Does that mean a respectable well-conducted man of fifty? Or what does it mean?” “St John was only twenty-nine, sir.” “‘Jeune encore,’ as the French say. Is he a person of low stature, phlegmatic, and plain? A person whose goodness consists rather in his guiltlessness of vice, than in his prowess in virtue.” “He is untiringly active. Great and exalted deeds are what he lives to perform.”“But his brain? That is probably rather soft? He means well: but you shrug your shoulders to hear him talk?” “He talks little, sir: what he does say is ever to the point. His brain is first-rate, I should think not impressible, but vigorous.” “Is he an able man, then?” “Truly able.” “A thoroughly educated man?” “St. John is an accomplished and profound scholar.” “His manners, I think, you said are not to your taste?—priggish and parsonic?” “I never mentioned his manners; but, unless I had a very bad taste, they must suit it; they are polished, calm, and gentlemanlike.” “His appearance,—I forget what description you gave of his appearance;—a sort of raw curate, half strangled with his white neckcloth, and stilted up on his thick-soled high-lows, eh?”“St. John dresses well. He is a handsome man: tall, fair, with blue eyes, and a Grecian profile.” (Aside.) “Damn him!”—(To me.) “Did you like him, Jane?” “Yes, Mr. Rochester, I liked him: but you asked me that before.” I perceived, of course, the drift of my interlocutor. Jealousy had got hold of him: she stung him; but the sting was salutary: it gave him respite from the gnawing fang of melancholy. I would not, therefore, immediately charm the snake. “Perhaps you would rather not sit any longer on my knee, Miss Eyre?” was the next somewhat unexpected observation. “Why not, Mr. Rochester?” “The picture you have just drawn is suggestive of a rather too overwhelming contrast. Your words have delineated very prettily a graceful Apollo: he is present to your imagination,—tall, fair, blue-eyed, and with a Grecian profile. Your eyes dwell on a Vulcan,—a real blacksmith, brown, broad-shouldered: and blind and lame into the bargain.” “I never thought of it, before; but you certainly are rather like Vulcan, sir.”“Well, you can leave me, ma’am: but before you go” (and he retained me by a firmer grasp than ever), “you will be pleased just to answer me a question or two.” He paused. “What questions, Mr. Rochester?” Then followed this cross-examination. “St. John made you schoolmistress of Morton before he knew you were his cousin?” “Yes.” “You would often see him? He would visit the school sometimes?” “Daily.” “He would approve of your plans, Jane? I know they would be clever, for you are a talented creature!” “He approved of them—yes.” “He would discover many things in you he could not have expected to find? Some of your accomplishments are not ordinary.” “I don’t know about that.”“You had a little cottage near the school, you say: did he ever come there to see you?” “Now and then.” “Of an evening?” “Once or twice.” A pause. “How long did you reside with him and his sisters after the cousinship was discovered?” “Five months.” “Did Rivers spend much time with the ladies of his family?” “Yes; the back parlour was both his study and ours: he sat near the window, and we by the table.” “Did he study much?” “A good deal.” “What?” “Hindostanee.” “And what did you do meantime?” “I learnt German, at first.”“Did he teach you?” “He did not understand German.” “Did he teach you nothing?” “A little Hindostanee.” “Rivers taught you Hindostanee?” “Yes, sir.” “And his sisters also?” “No.” “Only you?” “Only me.” “Did you ask to learn?” “No.” “He wished to teach you?” “Yes.” A second pause. “Why did he wish it? Of what use could Hindostanee be to you?” “He intended me to go with him to India.”“Ah! here I reach the root of the matter. He wanted you to marry him?” “He asked me to marry him.” “That is a fiction—an impudent invention to vex me.” “I beg your pardon, it is the literal truth: he asked me more than once, and was as stiff about urging his point as ever you could be.” “Miss Eyre, I repeat it, you can leave me. How often am I to say the same thing? Why do you remain pertinaciously perched on my knee, when I have given you notice to quit?” “Because I am comfortable there.” “No, Jane, you are not comfortable there, because your heart is not with me: it is with this cousin—this St. John. Oh, till this moment, I thought my little Jane was all mine! I had a belief she loved me even when she left me: that was an atom of sweet in much bitter. Long as we have been parted, hot tears as I have wept over our separation, I never thought that while I was mourning her, she was loving another! But it is useless grieving. Jane, leave me: go and marry Rivers.”“Shake me off, then, sir,—push me away, for I’ll not leave you of my own accord.” “Jane, I ever like your tone of voice: it still renews hope, it sounds so truthful. When I hear it, it carries me back a year. I forget that you have formed a new tie. But I am not a fool—go—” “Where must I go, sir?” “Your own way—with the husband you have chosen.” “Who is that?” “You know—this St. John Rivers.” “He is not my husband, nor ever will be. He does not love me: I do not love him. He loves (as he can love, and that is not as you love) a beautiful young lady called Rosamond. He wanted to marry me only because he thought I should make a suitable missionary’s wife, which she would not have done. He is good and great, but severe; and, for me, cold as an iceberg. He is not like you, sir: I am not happy at his side, nor near him, nor with him. He has no indulgence for me—no fondness. He sees nothing attractive in me; not even youth—only a few useful mental points. —Then I must leave you, sir, to go to him?” I shuddered involuntarily, and clung instinctively closer to my blind but beloved master. He smiled. “What, Jane! Is this true? Is such really the state of matters between you and Rivers?” “Absolutely, sir! Oh, you need not be jealous! I wanted to tease you a little to make you less sad: I thought anger would be better than grief. But if you wish me to love you, could you but see how much I do love you, you would be proud and content. All my heart is yours, sir: it belongs to you; and with you it would remain, were fate to exile the rest of me from your presence for ever.” Again, as he kissed me, painful thoughts darkened his aspect. “My seared vision! My crippled strength!” he murmured regretfully. I caressed, in order to soothe him. I knew of what he was thinking, and wanted to speak for him, but dared not. As he turned aside his face a minute, I saw a tear slide from under he sealed eyelid, and trickle down the manly cheek. My heart swelled. “I am no better than the old lightning-struck chestnut-tree in Thornfield orchard,” he remarked ere long. “And what right would that ruin have to bid a budding woodbine cover its decay with freshness?” “You are no ruin, sir—no lightning-struck tree: you are green and vigorous. Plants will grow about your roots, whether you ask them or not, because they take delight in your bountiful shadow; and as they grow they will lean towards you, and wind round you, because your strength offers them so safe a prop.” Again he smiled: I gave him comfort. “You speak of friends, Jane?” he asked. “Yes, of friends,” I answered rather hesitatingly: for I knew I meant more than friends, but could not tell what other word to employ. He helped me. “Ah! Jane. But I want a wife.” “Do you, sir?” “Yes: is it news to you?”“Of course: you said nothing about it before.” “Is it unwelcome news?” “That depends on circumstances, sir—on your choice.” “Which you shall make for me, Jane. I will abide by your decision.” “Choose then, sir—her who loves you best.” “I will at least choose—her I love best. Jane, will you marry me?” “Yes, sir.” “A poor blind man, whom you will have to lead about by the hand?” “Yes, sir.” “A crippled man, twenty years older than you, whom you will have to wait on?” “Yes, sir.” “Truly, Jane?” “Most truly, sir.” “Oh! my darling! God bless you and reward you!”Bronte, Charlotte. Jane Eyre (ジェーン・エア): 英語原書×日本語ルビ (English Edition) . Kindle 版.
2026年05月03日
コメント(2)
昨日の天気予報では、正午ごろから雨になると言うのだったので、そのように予定を組んでいたのだが、もっと早くに降り始めてしまい・・・朝起きて、朝食セットの前に少し前庭の除草をして、朝食セット済ませて、10時には少し早いと思って庭に出て、ミノムシをちょっとだけ駆除して、9時55分に、薬局に向けて出発した。元夫君に昨日頼まれた紙おむつ用のパッドを買う為。元夫君は、状況が悪化して酸素とか点滴とかで動けず、ベッド上にずっと居た時に、一日500円で使い放題の紙おむつのセットを頼んでいたのだが、状況が改善したので、止めたらしい。本人は、「言うたやろ!」って言うけど、聞いてません!でもって、以前私が買ってあげてた紙おむつと紙パッドに戻っていて、紙おむつは追加で買ったのがあるけど、紙パッドが心もとないと言うので、買いに行ったのでした。5000円以上なら12%offになる日だったので、2つ買って、ついでに私のビタミンDと亜鉛も。なんとか5000円にして、12%offで。それを買って車に戻ろうとしたら、小雨が・・・早いがな・・・と思ったけど、現実は厳しく、病院の駐車場も少しでも屋根に近いところを選んでとめることに。病室に着いたら、点滴が終わって、10時半からはシャワーの予定ということで、丁度5分前で、良いタイミングでした。看護師さんも入ってきたので、渡すものを渡して、すぐに退室しました。今日は、シャワーのあとは、競馬が忙しい日だったので、まあまあのめぐりあわせ。それから蔵に来て、久しぶりに朝寝をしてしまいました。精神的に疲れてるって感じたので、なんとなく浅い眠りを寝ていた昨夜のことを考えて、小一時間、蔵のベッドで、仮眠。布団も無いので、熟睡感はないけど、とにかく、目を閉じて、身体を緩めていました。右足の足裏が、今にも痙攣しそうだったけれど、何とか大丈夫で。。。で、12時前にすんなりと起きて、お昼の飲み物を飲みました。ラブレの鉄分とBF-1とミルミルSと。追加で文旦を1つ。天気を見て短時間だけ花ガラ摘みにも行ったけど、すぐに雨が降り始めて断念しました。その後は、晩御飯の支度をしたり、昨日もらった大根の若さやの始末をした在りしていました。なかなか気合の入らない一日です。でも、大根のサヤを食べる国のこととか、日本国内での出荷状況とか、京都の専用品種のこととか、結構勉強になりました。私は、大根の若さやは生のまま食べるのが好きだけど、炒め物のレシピも上がっていたので、沢山あるからやってみようと思いました。レンチンすると角が固くなるので、やっぱり茹でた方が良かった。天候が思わしくなくて、気が滅入るけど、なんとか気を取りなおして、今からジェイン・エアの英語を勉強しようと思っています。英語の発音は、日本語とは使う筋肉とかがちょっと違う場所があるから、音読はしっかりしないと発音が悪くなるから・・・繰り返し聞いて、発音をブラッシュアップしたいと思っています。物事を整理する能力と、一つのことを継続する能力とが、私には欠けているので、それが課題。頑張れ! 私!
2026年05月03日
コメント(1)
昨夜は、珍しく、日付の変わる前に就寝して、その後、6時間寝ました。トイレに起きて、それからまた寝て、今度は90分寝て7時半ころに起きました。明け方、本当に涼しくて、布団にくるまってましたが、排泄には勝てません。。。都合、7時間半は寝ただろうと。いうことで、起きました。贔屓の選手の一人の居るチームの試合の結果を確認して、勝っていたので、まあまあな朝。朝食セットの前に、一旦庭に出て、外の様子をチェックして、その後、8時から朝食セット。9時前に準備を済ませて、今日は10%offのインスタントコーヒーとか調味料とかを買いに行って、それから10時に間に合うように病院に。面会できる時間は10時からだけど、なんせ、土日祝日は窓口が一か所で、並ぶと大変だから、20分も前に着いて、最初は外で、途中からは入り口の内側で、待っていました。9時58分くらいに来たおじいさんが突破しようとしたけど、ちゃんと止められてて、今日が退院の人の家族以外は入れてもらえない厳格さ。9時59分にやっと並べるようになって、記帳して、シール貰って、急いで5階へ1,昨夜洗濯して乾燥させた元夫君のお気に入りの靴下を6足2,昨日の夕刊と今朝の朝刊から広告を抜いたもの以上の2点を渡して、元夫君の覚書のメモを読み、話を聞き、要望の紙パンツの間に挟むパッドの写真を撮り、15分少々の面会は終わり。今日は「ありがとうございました」と、やっと、普通に、言いました・・・ばかやろ、最初からちゃんとそう言え!と思っていましたが、「へえ、ほんじゃ」と言って帰りました。車まで歩く時間も必要だし、急いで歩いて、慎重に運転して帰宅して、すぐに家を出て、加古川線に。集合時間は三宮のお店に12時なので、10時54分の加古川線でギリギリ。なのに、加古川で、JR神戸線が、いつも通り遅延していて、焦りましたが、私の予定してたのは3分ほどで済んで、まあまあ間に合いました。12時から、歓談しながらの昼食会で、メニューはスペイン料理(カタルーニャ料理)そう、ジュリーの歌っていたビバ・カタルーニャのあのカタルニアですね!ワインも主にその地域のワインです。色々なソース類のニンニクの量が半端じゃなくて、これは嫌いな人には耐えられないなぁと、みんなで舌鼓を打ちました。イカ墨のリゾットの中の出汁に使ってあった魚が何かわからなくて、帰る前にシェフに聞いたら、なんとアンコウでした・・・シェフのこだわりの仕入れで、淡路島の漁師さんがとってきた魚を使うのだけど、アンコウだったそうです。想定外で、みんな外れました。私は意識して食べたことは無かったので、もしかしたら人生初のアンコウかも・・・デザートは、せっかくだから、クレマ・カタルーニャって言う柔らかいプリンみたいなのを。この店に来て、メニューにあるときは、いつもこれを頼むのですが、ジュリーのおかげで、ちょっと嬉しかったりしました。ガウディ・ガウディを見た後、カタルニアについてあれこれ調べたことが、ちょっと記憶にあって、嬉しかったかも・・・3時間楽しんで、お店を出るときに、出口近くのカウンターの上にPENっていう雑誌が置いてあって、サグラダファミリアの特集号でした。さて、JRで戻って、加古川駅で緑の窓口に行って、来月の新幹線の予約。ギリギリ、次の加古川線に間に合う時間にチケットを取れて、良かった。でも、向こうへ行くさくら号の指定席は満席で取れなかったので、5月22日はちょっと早めに並ばなければ・・・それから、夕方になってから蔵に来て、花ガラを摘んでいたら、私の部屋の下の植え込みを管理しているおじさんがわざわざエントランス迄来て、大根のサヤをどうやって食べるのかと聞くので、そのままかじっても、大根の風味で美味しいし、茹でると甘いよって、ちょっと実り過ぎのもあったけど、前に教えてあげたのが1ヵ月ほど前だったので、丁度ギリギリの時期でもあり、間に合って良かったって、思いました。私が花ガラを摘んで戻ったら、そのおじさんがせっせとサヤを収穫しているところでした。私にも何株分かくれたので、パシパシ噛むことができそう。私は、生が好きだけど、冷凍しておいて茹でても・・・って思っていたら、上の部屋の先輩ももらっていて喜んでいました。美味しいって・・・最近、売っているのを見かけたと、同じマンションの人に聞いたし、良かったって思いました。今日は何ももらわないだろうと思ったのに、まさかの大根のサヤをもらってしまい、これはラッキー。そう言えば、この大根のサヤを枝ごともらってた時に、地震警報が鳴ってた・・・震度3くらいの揺れだったけど、全然揺れは感じなかった。外に居るとわからないものですね。色々なことが次々に展開する一日でした。明日も休み。明日は、朝から雨の降り出すまでの間に、面会を済ませようと思っています。まず、紙パッドを買いに行って、それから、面会かな・・・午後からはかなりの雨になりそうなので、朝のうちに蔵に来たいと思っています。花ガラは早めに摘もう。帰ろう!
2026年05月02日
コメント(3)
GW、ミニマムの開始は明日からですよね・・・こちらの予報は、明日は晴れです。でも、今日は、朝のうちまだ雨で、その後、上がって晴れてきたけど、ものすごい強風でした。今日の花ガラ摘みは、途中で断念するくらいの強風だった。しかも、一度は晴れて青空が広がったのに、大風とともに海側から分厚い雲が押し寄せてきていて。急いで部屋に戻りました。その後、やっぱり降り出して、しばらく降ってました。でも、まあ、上がったので、ゴミステーションのゴミ出しはできたけど。。。夕方、ゴミステーションで出会うおじいさんあばあさん方に、エライ強い風で・・・って言われたので、やっぱりそうなんだねって実感。自分だけが思うのではなくて、他の高齢者にも、めったにない強い風として認識された様子。歩いていて、物が飛んでくる危険を感じました。とある部屋の外れて下に落ちてた網戸が、丁度、飛んでいくのが見えて、慌てて、掴んで、元の部屋の窓の下に、飛ばないように挟みました。上手くいくと良いけど。。。あのままでは駐車場の車に当たる!部屋の前の、老人会で植えたエンドウ豆が、風で支え毎倒れそうだからって、朝のうちに、副理事長がブロックに紐でくくりつけていたけど・・・そのころはまだ、大した風じゃなかったから、多分、理事長に言われたんだろうと思いました。前もってしておくようにって。まあ、大正解ですね。今日は朝から、朝食セットを済ませた後、1,ヤクルトさんに、取り置きをお願いしていた分を買いに行き、2,いつものスーパーで買い物を少しだけして、3,そのまま金・土・日が安い行きつけのGSに、ガソリンを入れに行きました。@148円!4,蔵に行って、植え込みの花ガラ摘みをしてから、お昼ご飯を食べて、5,1時からの面会に行きました。一応大きなペットボトル2本、水を買って行きました。6,その後は蔵に戻って、花ガラ摘み。でも、風が強くて、半分ほどで断念。7,雨に降られて、「ステムレタス」の下調理をしていました。さて、明日は、昔の同僚と神戸で昼食会なので、ちょっと緊張しています。食事に出かける前に、面会を済ませておかなくてはいけなくて・・・面会は土・日・祝は10時からだから、9時から買い物に行って、10時には面会に行って、10時半には戻って、出発。今日は、昨日と違って、時間に余裕があったので、うだうだ言うのも、ちょっとは聞いておきました。yumiさんのありがたいお言葉のおかげで、考え方にゆとりが・・・スマホの写真によれば、食事が、重湯から、ちょっとましなおかずもついたものになっていて、便も血便ではあるものの、回数は減っていました。本人にしか体調の変化はわからないので、本人の言動を総合すると、以前よりはましと・・・今日も、歩いて一階の売店迄行ったと。。。競馬用の新聞を買う為に。じゃあ、もう、水は買ってこなくていいんだなって、わかりました。取り敢えず、明日のことを考えて、今日はまた、早めに帰って準備をして寝ようと・・・体調を整えておかないと、神戸に出るのも一苦労になるので。一日の中でも気温の変動が激しく、更に日替わりで天候も、朝晩の冷え込み具合も違うので、十分に気を付けないといけません・・・そうそう、4の植え込みの花ガラ摘みをしていた時に、2階の先輩が降りて来て、彼女の亡くなったご主人が植えたアイリスが咲いているのを欲しそうにしてらしたので、どうぞ切っていってお供えしてくださいねって、行って鋏を渡しました。5~6本咲いていたのを、全部と、葉っぱのこましなのを、。ご主人がいらした頃は、本当に丹精されていたのに、認知症で施設に入られてからは、奥さんがなさらないので、管理組合に返す(実質は接収)ことになったようです。今は管理組合から老人会が引き取ってエンドウ豆を植えているところです。それと、私の手入れしている植え込みとかなぁ・・・でも、宿根草はちゃんと咲くから、ご主人も喜ばれることでしょう。管理組合に返すときに、球根やら宿根草やらは、あちこちに奥さんが植えたようで、色んな思いがけないところに花が咲きます。でも、手入れは全くされていないので、今は、私があちこちと、除草とかしているところですね・・・人は老いるし、老いは多様なので、予見できない変化もあったと思いますが、それは、お互い様。できることをして、支えていかなくてはね・・・今日も、一日一善は、完遂!
2026年05月01日
コメント(3)
忙しい一日でした。昨日、早く寝るはずが、ネットの動画を観ていて日付が変わり、その後すっと眠れたけど、たった90分で、一度すっきり目が覚めて、あかんやんかあと思ってまたそのまま寝ました。それから、次はもう7時近かったけど、トイレに起きて、新聞屋さんに集金のことで電話をかけて、それからまた寝て、8時過ぎまでうとうとしてました。もう眠れないかなぁと思っていたけど、存外、目が覚めたら8時を過ぎていたので、あらま、なんとかねむれてるやん・・・って。起きだしました。外は弱い雨でした。新聞代の集金のためのお金をセットして、白い袋を玄関の外にぶら下げて、朝食セットを済ませてから、準備をして、外出。1,郵便局から固定資産税の実家の分の払い込み2,郵便局の通帳に入金確認のための記帳をして、ついでにGW資金を下ろして。3,いつものスーパーに、久しぶりに散歩兼買い物に行きました。4,蔵に着いて、買い物を整理してから、集会所に車で出かけました。雨の中、途中で病院に行くので。5,いつものメンバーで七並べをしました。6,体操を頑張りました。7,軽食をいただきました。先輩たちの食べられないものをもらうので、お腹いっぱい。8,中抜けで面会に行きました。9,昨日の晩に頑張って探したものを渡して、マイナンバーカードの暗証も記録を渡して10,集会所に戻ったら、イチゴやらサクランボやらをいただいて、カラオケをしてました。さて、1の固定資産税は、去年から実家の土地と建物の両方が私の名義になって、以前は土地だけだったのに対して、当然ながら、高くなっています。下関市のは、早く届いて、今日が締め切りです。2は、一応念のため、現金を手元に置きたくて。GWを無事に乗り切るために。給料が無くなって、年金になって、退職金を取り崩さなくても済むように、証券会社に預けてあるので、毎月3回から4回ほど、いくらかずつ、分配金が振り込まれていますが、GW中は、ATMも使えなくなるかもって思って。ちょうど1週間あるので。3のいつものスーパーは、なんと十日ぶりでした。今日は5%offの日なので、一応行っておこうと思って。でも、買いたかったホールの黒胡椒は、買うのを忘れました・・・6の体操の時に、久しぶりの元気な大先輩が来てました。認知症のご主人が緊急入院で即手術ってなって、ショックを受けつつ、一人でおったら気持ちが塞いでしまうからって。80代の半ばのご夫婦なんだけど、仲良しなんですよね・・・ご主人にも会ったことがあるけど、奥さんの後をついて歩くし、居ないと不安になるらしい様子でした。週に一度しかない「いきいき百歳体操」だけど、筋肉の使い方とかを工夫して、結構鍛えられています。特に、スロースクワットに当たる椅子からの立ち上がりとか、1年前よりも良くなりました。8の面会なんだけど、また、スマホで、見たい画面が見られなくなっていて、イラついてました。健全な病院で、JRA日本中央競馬会のHPに入れないのは、なんでかわかりませんが、私がやったら、前回と同様普通に入れたので、なんか、どっかの手違いなんでしょうね。でも、わかる。なんか、うまくつながらない時の不安とか、苛立ちとか・・・ネットにバカにされているような気がするもん・・・そして、今日も、私は中抜けなので、とろとろ、たらたら話を聞いてあげる気はさらさら無いんだけど、それが、不満のようで、せかせかされるのが嫌だって言うのよ。。。毎日、欠かさず来てもらってるだけでも、赤の他人の、しかも居候して迷惑をかけてる身の上で、どんだけ???って思うのに、私が用件を済ませたらさっさと帰ろうとするのが嫌なんだっていうの。「来て、せかせかされて嫌なら、こんとこか?」って、思うじゃないですか・・・私のプライバシーを寸断されてるのに。。。どこに行こうが、誰と会おうが、私の勝手だし、仕方なく来てあげてるのに、とやかく言われて。本当に、うんざりする。。。毎週木曜日は、予定があるって言ってるし、毎週の予定は木曜日だけなのに。。。いや、もう、本当に、諦めているんだけど、この人の身勝手さには・・・新聞代の集金だって、ずっと手渡しじゃなきゃ嫌だって言ってきたのはこの人だし、入院で直接払えなくなって集金人に迷惑かけてるのに・・・今朝も、私があれこれする羽目になって。一昨日はシャワーの後熱が出て、昨日はシャワーの後も大丈夫だって、今日もシャワーを浴びてて。体調も、超絶不調っていうのは脱して、明日からはちょっと食事もマシになるらしいのだけど、5月の中旬には退院して家で競馬をしたいらしい。。。そんなことを、話たくて、私が急いで帰るのを邪魔する。普段、家に居る時は、ほとんど会話をしないし、顔を合わせても、ずっとイヤホンをつけてクラシック聞いてるだけの癖に、なんで、私に話しかけるの???・・・そんなこんなで、私は、疲弊している。分刻みで移動して、あれこれして、つまらない競馬の話をされても・・・スマホでつながるようにしてあげたのだから、もう、自分で対処してくれ!!!!と、集会所に戻ってカラオケをしながら、全然楽しくないけど、この場に居るたくさんの未亡人たちは、みんな愛する夫を看取って、辛い別れをして・・・ってわけでもなく、泥沼離婚の果てに相手が死んだことを知ったとかっていう人もあるし、人生は色々なのだ。認知症になっている夫の、急病で緊急手術を思って辛いと言う老婦人も、カラ元気で歌を歌っている。ここに来たら、色んな「幸・不幸」がやがては必ず「死」によって収束し終息することを考えられる。どんな幸せな人生にも「死」は訪れるし、死別も生別も、残されれば「独居高齢者」そして、やがては「死ぬ」。だから、今をどう生きるかが、本当は一番大切なことなんだと、切実に感じる。元夫君が、今の私の年齢だった時、本当に好き勝手にしていた。私に、元夫君の年齢まで生きる運命があるなら、しっかりと生きていかなくちゃな・・・元夫君は、骨転移までした癌患者なのに、今は癌の闘病生活は全くしていない。下痢に人生を支配されている潰瘍性大腸炎の重症患者として、かつてあれほど、生産性の無い高齢者をののしっていたのも忘れて点滴を受けて生きている・・・そして、5月の下旬には退院していたいと、念願しているのだ・・・はぁ・・・私は、やるせない。元夫君のことじゃなく、我が身のことが、「悲しくてやりきれない」
2026年04月30日
コメント(3)
昨夜、遅くまでかけて、ピンの設定とかいうのをしていて、指紋認証も顔認証も無理なので、どうしていいかわからなくてひと月以上放置していたけど、これ以上は無理かぁ・・・って思って、手続きを頑張ってみた。なんとか蔵のパソコンではできた。もう、あらゆることが、スマホやパソコンができることを前提になっているので、泣けてくる・・・まあ、ネット証券を使っている人で、スマホもパソコンもできない人は居ないってことだけど、にしても、指紋認証とか、顔認証をパソコンで設定できないので、「pinて、何?」、パソコンを立ち上げる時に使ってるやつ以外にどうするん???って感じで、何とか設定ができた時は、ヘロヘロでした・・・妹の一家は、日常的に、みんなパソコンを使い倒して楽しんでいるので、私とは大違いですが、傍で聞けないから、自分で頑張るしかない・・・前にスマホを買った時は、下の姪にも上の姪にも手伝ってもらった気がする。将来、私が死んで、相続が発生した時に、残す財産が入っている証券会社だから、使えるようにしておかないといけないし、指紋認証や顔認証だと、入れなくなる気がして・・・そもそも、急に、今年に入ってから変更手続きをしろとパソコンの画面からお告げがあって・・・今なら入れるけど、そのうちは入れなくなるからね!!!って脅迫してくるし・・・PINの数字なら、何とか入院中の枕元でもパソコンでできそうだし・・・元夫君はデスクトップ一台なので、生命保険の会社の医療保険の請求手続きもできない感じ・・・入院費用とか、どうするんだろうか・・・私も、他人事ではないので、保険会社の證券とか約款とかを妹家族の方に渡しておく必要があるし、手続きが代行できないままのを、早く手続き代行できるようにしておきたい。そもそも、色んな医療保険に入っているのを、段階的に整理して、終身タイプの保険だけにしていかないと・・・とか何とか、今回の元夫君のことで、あれこれ考えさせられている。で、昨夜は早く寝たかったけど、ちょっと日付を跨いでしまった。それから、すっと眠れて、6時間は確実に寝てるんだけど、なんと、7時前に目が覚めてしまって、トイレにいってまた寝ようとしたけど、無理で、諦めて起きました。そんなわけで、今日は、ものすごく眠たい・・・私はサンデー毎日な生活だけど、今日は世間は祝日で休日だ。だから元夫君の面会は10時から可能だ。朝食セットの後、庭の手入れをちょっとして、今年初収穫の三つ葉を摘んだり、理事長にもらった胡瓜の苗を植えてみたりして、ミノムシも30匹くらいは、取り除けた。ま、焼け石に水ですが。。。10時に病院に出かけたら、今日は朝からボランティアが除草作業をしていた。気になっていたところだったので、ご苦労様・・・と思った。元夫君は部屋に居なくて、シャワーに行っていた。昨日も、シャワーのあと発熱したのだが、今日はどうだろう。排泄の汚れとかをきれいにしたい気持ちもあるだろうし・・・昨日、新しい潰瘍性大腸炎の点滴薬は15時以降にスタートできたらしい。そして、シャワーを使う許可があったってことは、今朝も体調は、まあまあってことだろう。写真を見せながら話をして、その後、彼の欲しい物のメモをもらった。使いかけのノートと、4色ボールペンの新品と、ラインマーカーの2色と、合計4点をご所望だ。場所も書いてあった。明日は、私は体操や七並べの日だから、1時には来ないよ!って言っておいた。普段より話をする時間が長いのが、私の生活時間を削っている・・・さて、今日も買い物にも行かずに、蔵に直行した。植え込みの管理をして、菊菜をちょっと収穫してから、文旦を食べていたら、ブザーが鳴って、来客だ・・・二軒隣の大先輩が「柿の葉寿司を買うたから2切れあげるわ!」って箱ごと持って来てくれて、「選んで」って言われて、2包をもらいました。すぐに食べましたぁ!美味しかった!その後、昨日もらった肉まんを3つ食べた。具はニラとパクチーとひき肉だった。これも、美味しかった。で、それから食べたら歩けなんで、外に花ガラ摘みに出かけた。今日は色んな先輩方から声をかけられた。で、ベビたんのママやパパとも話をしたし・・・花ガラを摘んだ後、ちょっとだけビオラの移植をしたりもして・・・一日一善を頑張った。晴耕雨読だけど、兵庫県の瀬戸内海側は、基本的に晴れが多いから、今日も曇りだった。明日は雨の予想だ・・・だから、移植してみた。外に居る時間が長くて、結構幸せ。ガラ携にメールが入って、卒業生が、「玉ねぎを収穫したから、置いておくわ」って。なんか、雨が多かったので、腐りやすいから保存に気を付けてってことだった。。。その後、晩御飯用に炊き込みご飯を延して焼いていたら、またブザーが鳴って、今度はベビたんのパパが、スナップエンドウをたっぷり一袋!キュウリを植えるのに、スナップエンドウを抜いたのでって。・・・大好物! あざっす!!!もう、貰い物で生きて行けそうな勢いだわ・・・今夜は眠いので、早く帰って、寝ようと思っている。何かよくわからないけど、今日は通信エラーが多発していて、スマホの調子もパソコンの調子も・・・私の脳みそも・・・眠いので。早く帰ってしまうのが一番だろう・・・明日は雨。雨を待っておこう。今日の貰い物、柿の葉寿司2つと玉ねぎとスナップエンドウと・・・明日すること。下関市の固定資産税を払いに行くこと!
2026年04月29日
コメント(3)
昨日の晩に、元夫君の国民健康保険料とか、住民税とかを調べて、後期高齢者の保険で、所得区分で2割負担らしいことが分かったので、その通知書などもそろえて、準備してから寝た。朝、起きて、いつものセットを済ませてから、9時ちょっと前にヤクルトさんに行って買い物。それから一旦しまいに戻って、今度は、加古川駅の向こうにある総合庁舎に出かけた。昨日のうちに場所を確かめ、ルートを確かめ、67年間で3回目くらいの場所に、面倒な一方通行を確認しながら行ってきた。申請用紙をもらいに行き、代理人でも大丈夫か聞き、必要なことについて説明を受けた。たまたま、総合庁舎の一階に古書の寄付で成り立っているコーナーを発見し、ちょっと嬉しかった。児童書とかの寄付は受け取ると言うことだったので、元気が出た。総合庁舎にたどり着くまでは、たった10分ほどなのに、緊張して吐きそうだった。昨日の晩にルートを調べていた時、血圧が上がって、心拍数も上がって、動悸がした・・・くらい、私は本当に社会性が無いのね・・・で、車を走らせて、大昔に通ったことのあるルートを使って行ったけど、運転しながら「頑張れ、頑張れ、K子。頑張れ、K子」と「神様、助けて!神様、助けて!」を心の中で連呼していた。実際には、3回目くらいだから、知らないわけでもないのに緊張するのは、加古川市の道路がどんどん工事で変わっているのと、一方通行が多いのとで、日頃、駅より南には行かない私にとっては、なかなか厳しい感じだったから。働いていた頃には、県央の出張とかも車で行っていたのに、もっと若いころには自分で下関まで運転して帰っていたのに・・・機能を縮小していった結果、こんなにも怖がりになっていた。閑話休題。難病申請の担当のお姉さんは、優しかったし、話もスムーズで、実際には、するするっと終わったのだ。それから、今度は病院の診断書の申請窓口へ。ここも、県の総合病院だから、分業が進んでいるが、一応、主治医の言葉ともらったプリントを見せ、本人が現在入院中と説明したら、元夫君の情報を確認されて、その後は早かった。2週間以上かかると言われたが、出来上がったからと言って連絡が来るのではなく、電話でできているかを確認してくれと言われた。なんせ、GWを挟むので、時間は余分にかかるだろうと。それもあるから、今日のうちに済ませたかったのだった。どちらも、代理人で大丈夫だったが次の書類の申請にあたっては、総合庁舎には元夫君のマイナンバーカードと暗証番号が要るらしい。そして、元夫君は、暗証番号など、覚えていなかった・・・そうだろうね。入院前に、私が前もって聞いておこうとしたときに、けんもほろろだったのは、面倒だったからかな・・・あんなに偉そうに、ヒステリックに言ってたのに、今はこのざまだよ。。。閑話休題2昼御飯を済ませた後で、今度は面会に行った。それまでの経緯を説明しなきゃだったんだけど、元夫君がトイレから出てこれなくて・・・昨日は、男性看護師の悪口を言っていたが、今日は、女性のしっかりした看護師だった。本来なら、午後から、あたらしい薬の点滴が始まるはずのところ、午前中にシャワーを浴びに行って以降、発熱して、38度の熱が出ていて、点滴ができないとか。シャワーは四日ぶりだったらしい。昨日までと打って変わってあれこれしようとして、熱が出た様子だ。看護師も、医師に相談の上、もう少し待ちましょうと・・・迷惑なことだ。私の話が終わっても、元夫君はなにか言いたかったようだが、もう、十分、トイレを待っていた分も、時間がかかっているので、退出した。明日は、祝日だから、面会時間も早いので、ちょっと時間的に余裕がありそうな気がする。いや、有って欲しい・・・買い物にも行かずに蔵に戻った。気疲れしていたし、ホッとしたので、ぐったりだったけど、頑張って花ガラ摘みとかした。花ガラ摘んでいたら、外から帰ってきた車から先輩が降りて来て、シュークリームを1袋くれた!「ワン!」ってっ貰っておいた。で、部屋に戻ったら、玄関のドアに、ステムレタス2本と肉まん6つの入った袋がぶら下がっていた。明日のご飯だぁ!そうそう、今日の午前中に蔵に来た時に、理事長と部屋の前の植え込みで出会って、エンドウ豆の中に、一際高く、私が植えた豆苗が育って実がついてるって話をしたら、当然知ってて、植えた直後から知っていたらしい。。。でも、話をしてみたら、あれはさやえんどうとしても食べられると言われたので、その後、収穫した!!! ヤッホー閑話休題3日曜日以来、隣の部屋のおじいさんのことで、あれこれ大変だ。。。隣の部屋のおじいさんは、奥さんにも、飼い犬にも死なれ、長期間にわたって、話す相手もいないので、言語不明瞭だ。しかも歩く姿も、なかなかよろよろしている。ゴミを捨てに行くときは、本当によろよろしている。挨拶はしているけど、何かと話しかけて来ても、言っている言葉はわからない。そして、おそらくは困窮している。まだ、車の運転はできているんだけど、手許とか、おぼつかない気がする。この人が、日曜日の午後、私が蔵に来た時に、急に話しかけて来て、非常に困っていることが分かったんだけど、困っている内容がわからなかった。なんせ、言葉が・・・気持ちが先走ると、余計に、言葉が出なくなるようで・・・で、民生委員さんが管理組合の副理事長さんだから、その方の名前と、号棟、部屋番号とを書いてメモを持って行ったら、その民生委員さんの名前と電話番号を書いた社会福祉協議会か何かのチラシを持っていて、28日に役場に一緒に行く約束らしいことが、なんとなくわかった。しかし、行き方とか、アポイントとかをちゃんとできているかどうかもわからないようだった。しかも、確認しようと電話をしても出ないし、部屋に行っても居なかったと言うのだ・・・仕方なく、同行して民生委員さんの建物のお部屋まで行きましょうと、提案したら、雨の中、傘をさしながら、よろよろとついて来られたので、3階だから、私が、先に上がって居られるかどうか見てきますねってそう言って、待っていてもらった。民生委員さんは、相当うんざりしていた。それが口調からわかるくらいだった。でも、まあ、二人で話して、その場は、帰った。昨日、朝から、また、今度は農作業中に電話がかかってきて、今日のうち合わせをもう一度していた。またまた、民生委員さんはイライラしていた。わかる。だって、言葉が本当に不明瞭だから。そして、気持ちが先走る感じだから。民生委員さんて、善意のボランティアなんだろうけど、訓練を受けてはいないから、対応がまったくなっていない。筆談をするのも、相談者の言いたいことを紙に書いてもらうだけではだめで、話した内容を、順番に紙に書いて、後で見直せるようにしておかないといけないのに、自分の言葉は、口頭で言いっぱなしなのだから、相談者は不安になる。結局、今朝、別々に行って、11時に現地で落ち合う約束だったのに、民生委員さんが、今朝、30分前に相談者に声掛けをしたら、まだ早いのでと言われたらしい。それで、むっとして、先に出かけてしまって、現地で待っていたと言うのだ。しかし、11時20分まで、30分も待っても来ないので、帰ってきたと・・・その後は、「私は知らん!」と、まだ怒っている感じだった。待って、車を連ねて、同行してあげていれば、それで済んだのにって思うと、残念だなぁと。私は、今日は相談者さんの行く前に、もうそろそろ行く頃と思って、部屋に声をかけに行った。そして、準備して玄関に居たので、じゃあ、って別れた。それから5分ほどして、車に来たところも見たし、彼の手が震えて、プリントの束を取り落としたのを拾ってあげて、気を付けていってらっしゃいと送り出した。彼の車が出ていったと思っていたし、その後、面会から帰ってきたら、いつもの場所じゃない所にとめたあったので、なんだろう???って思っていた。そして、花ガラを摘んでいたら、たまたま民生委員さんが、奥さんと病院から戻ってきた。だから、今朝のいきさつを聞いたのだった。奥さんも、何度も電話がかかってきて困惑していたこととか、以前、まだ、相談者さんの奥さんがおられたころのこととか、犬の記憶とか、転入されたころのこととか、あれこれ話して下さった。ご主人より、奥さんの方が、社会性が高い・・・民生委員向きと思う。。。奥さんがいたことも、その時まで知らなかった。犬は、記憶していたけど。。。なんせ、そんなこんなで、果たして役場にちゃんと一人で行けたのか、わからないままだ。日・月・火と、この相談者のことが気がかりだったが、まあ民生委員さんとも話したし、今後のことも含めて、一応は、対処してもらうべき人に渡せたので、もう良いかぁと思っている。後期高齢者の男性の体調不良の一人暮らしの・・・悩みは深いだろうなぁ・・・身につまされる・・・
2026年04月28日
コメント(3)
朝から早起きして、頑張って蔵に来て、サツマイモの植え付けやトウモロコシの植え付け。9時からだったから、早起きできたのは良かった。一応、昨日のうちに寝て、6時間ほどは寝てから、目が覚めた。トイレに行ってまた寝たけど、小一時間も眠れなかった。起きなきゃって思うからだろうな。で、朝食セットを済ませて、昨夜洗濯して乾しておいた元夫君のお気に入りの靴下の履き替えとか、面会時に持って行くものの準備をしてから、蔵へ。8時45分くらいには着いて、農作業を開始。理事長が来るまではしばらく待っていたけど。最初にサツマイモ、次にトウモロコシ、それからレタスは収穫して持ち帰り用に調整。最後の玉ねぎは、引っこ抜いて並べて。終わってから、先輩が作ってくれた炊飯器の蒸しパンを食べた。リンゴ入りか、栗入りか、選べたけど、私はリンゴで。。。それにしても、みんな食べることが好きだと、感心する。私は朝が遅いから、お腹もすいていないけど、早起きの人はお腹がすくんだろうか。その後、いつもの年の近い先輩に、パセリを取りに来てもらって、ついでにバジルの摘芯してカットした葉っぱもあげた。で、昼ご飯を食べてから、病院に行って、山の上のスーパーでちょっと買い物をしてから、面会に。新聞と靴下を渡して、話を聞いて、昼食後の下痢をしたばかりの情けない元夫君を見る。で、4時半前にはまた来るからと告げて、さっさと蔵へ帰った。それからは晩御飯の準備もそこそこにパンジーとビオラの花ガラ摘みを頑張った。ベビたんのママにラインして、スナップエンドウを摘ませてもらったりして、あっという間に4時。4時半を前についておきたいので、切り上げて、病院へ。すると、昼に行ったときよりも元気そうな元夫君がいた。と言っても、寝たきり状態だったけど。医師を待つこと20分。前からの担当の先生が来て、元夫君に付いている点滴の針やら、酸素量の計器やらをスカスカ外して、自分で歩いてきてね・・・って感じだったけど、トイレも歩いていない感じで。で、ふらついたら怖いので、先生と手をつないで歩いてもらったが、説明を受ける処置室に着く前に、自分で歩いていた。ところが、処置室の前で、別の医師も二人居て、都合、医師三人、よほどのケースなんだろうか。最初の説明を受けた時は今回の先生一人だったのに、いきなり三人って・・・ま、話は副作用の大変さと、薬価の高さとに集約されたけど。。。要するに、全くステロイドの点滴は効果が出ていないことは、大腸カメラで明らかだった。だけど、すごい副作用は出ている。血中の酸素濃度は低下しているし、血圧は急激に下がっているし、脈拍は大きい数値のままだ。そして、下痢している。下痢は、多少ともマシになったのは、牛乳を止めてからではないかと思う。木曜日に、行ったときに、あまりに下痢がひどいので、「最初に見てもらった先生から牛乳は避けてって言われたよね?」って私が聞いたんだよ。それで、念のため、元夫君が頼んで、牛乳を外してもらったとのことで。ステロイドは続けるけど、次に「インフリキシマブ」という分子標的薬を足すらしい。この薬の免疫力を阻害する力が強いので、副作用の説明もあり、三人がかりでの説明だったのだと思う。まあ、話しているのは一人なんだけど。2年前の4月に腎臓がんの摘出手術を受けた時、元夫君は、自覚症状も何もない状態だった。開腹手術から1年半の間も、何の自覚症状も出なかった。しかし、キイトルーダとレンビマの投与が始まってからは、次々と副作用が襲ってきた。強度の便秘から脱腸の手術までしたし・・・その続きが今に至る潰瘍性大腸炎の再発増悪だ。潰瘍性大腸炎の重症例の見本みたいなひどい状態の写真を見せられて、治療前と、治療開始後の写真を見比べても、全く改善が無い・・・どころか、開始後は病院の食事もしているせいか、悪化してる気さえする。本人は気が滅入るだろうが、下痢という症状もさることながら、「トイレが間に合わない」肛門括約筋のだらしなさが・・・ところで、そんな症状のある中でも、病室の中では、口の減らない、口の悪い、気立ての悪い・・・好々爺の反対の 厭々爺 or 嫌々爺 (そんな言葉があるかどうかは知らないが)色々な記憶を遡ってまでの悪口雑言を吐くので、閉口する。それだけ元気なのだけど。で、最後に、高額医療の国庫補助の申請について、言われたので、それは私がすることに。まあ、ある意味、仕方なく・・・面倒とは思いながらも。。。なんかなぁ・・・いつか、私が元夫君のような状態になった時に、誰かにしてもらうのだろうからと、全力を振り絞って良い人になろうとするのだけど、「じゃんくさい」との思いが邪魔をする。でも、仕方ないから、するんだけど。そんなこんなで、5月1日までに、できることをしておきたいと・・・
2026年04月27日
コメント(3)
昨夜はすごい風が吹き荒れていたが、雨は無かった。一昨日、今まで人生で一度もしたことのない洗車を家でしたので、まあ、雨が降ってもおかしくない???しかし、夜は降らず、朝になって、しかも出る時間の10時半になって、降り始めた。出る準備をしていたら、元夫君から電話があって、まだ家ですか?って聞くから、そうか、今まではそんなことも知らんかったんやなって思った。本数が無いから、いつもこの時間なんだけどな・・・電話の内容は、サンケイスポーツという新聞を買ってきてほしいとのことだった。なんでも、血中の酸素濃度が低下して、酸素を鼻から入れてるので、売店に行けないらしい。しかも、紙おむつになっていて、今日から、一日500円で使い放題のを契約したらしい。大変だわ・・・ステロイドの点滴治療で、その副作用が出てるのか・・・木曜日は、血圧が急に低下して驚いていたが、今度は酸素濃度。肺の機能低下なのか、何なのかも、わからない。そして、紙おむつが必要なくらいの粗相が続いたらしく、パンツは断念したそうだ。で、トイレ付きの個室なのに、更にすぐ使えるように、簡易便器が置かれていた。元々の病気と関係なく、どんどん身体機能が低下している様子だけど、下痢をしていても、食欲はあるらしい。そして、競馬の為のサンケイスポーツは買ってきてほしいらしい。岡山駅で、最後の1つが残っていたのを買えて、競馬をしたいのなら急ぐだろうと思って、加古川駅からはタクシーで帰って、急いで届けに行った。弱っているのか、いないのか、なかなか意味の分からない状況が続いている。競馬に関しては、元気そうだったが、なんでもスマホが、昨日突然使えなくなったらしい。というか、競馬の予想をするyoutubeとかが、見られないとかで・・・知らんよそんなもん。私は!って思ったけど、もう、それしか生きる望みもないのならと思って一応設定を見直して、もう一度、フリーWi-Fi をつないでみたら使えた。いきなり競馬中継が始まったからびっくりした。多分、rakutenとかのわけのわからないフリーWi-Fi に繋がってしまったのだろうか。そんな表示がWi-Fi 設定のところに出たので、やり直したのだった。明日の医師の説明は4時半からだけど、遅くなる可能性もあると。しかも、説明時間がどのくらいかもわからいと来ている。元夫君にしても、木曜日の検査の結果を、金曜日に聞くはずが月曜日に伸びているので、できるだけ、明日で済ませたいと思っている。実は、もっと前から月曜日の夕方には先約があったのだけど、少し遅れるねって、謝っている。少しじゃなくなったら、困るんだけどな・・・今日預かった靴下を帰ったら洗濯して、明日の午後の面会で渡したい。明日は9時からサツマイモの植え付けが待っている。午前中で終わったら、一旦買い物に行って、1時からの面会に行って、それから4時半にもう一度行くことになると思う。私の一日は、ずたずたになってしまうけど、まあ、ジェットコースター並みの体調の激変なんで、もしかしたら、木曜日の見立てと、明日とで、変化があるかもしれない。9時から植え付け12時から買い物1時から面会4時半から医師の話を聞く・・・6時から・・・先約の食事会帰って、体調を整えるために、ちゃんと寝よう。。。
2026年04月26日
コメント(3)
今朝は、意外なほど冷えて、室温が16度になっていた。用心して準備して寝ていて正解だったかも。8時に起きだして、朝食セット、それからしばらく除草。お昼は、昨日のうまかっちゃんのスープに、焼いた豚肉を入れて食べた。それから今度は笹をちょっと抜いてりして・・・1時からはお墓にもちょっと行ったりして。昨日頑張って洗車をしたので、走りやすかったかも。で、3時からお寺さんの来て下さる前に、妹の方から晩御飯を外食しようと言われて、ま、瓦そばかな???ってことで、OKしました。お参りの後は、お大師さんの話や、鹿児島県では仏教弾圧がすごかった話など・・・お寺さんが帰られてから、私は、ネット見てうだうだしてました。6時から外食だったので、5時50分に上の姪の車で出かけました。現地集合。川棚温泉名物の「高瀬の瓦そば」を食べました。けっこう久しぶりです。前は、母が存命中で、家から一緒に行った記憶があります。勘違いかなぁ・・・なんせ、久しぶり。私は一品はフグのから揚げを追加しました。食べるのはあっという間なので、本当に回転の速いお店です。世間話をする暇もろくにない感じですが、思うに、上の姪と、話をしたかったのではないかと。。。GWの予定とか。。。明日の駅へ乗せて行ってもらう打ち合わせをして、別れました。今夜も、少し早めに休もうと思っています。気疲れしてる気がします・・・
2026年04月25日
コメント(3)
いつものことながら、寝坊ができない緊張感があると、睡眠が難しい。それでも昨夜は早めに寝て、ちょっと入眠も良かった。ただ、3時間寝て、1時間半寝て、1時間寝て、30分寝て・・・諦めて起きました。7時12分にアラームはセットしてたから、自分で先に切った感じです。睡眠が改善して、最終的に、7時から7時半くらいにいつも起きるようになったら、今年の1月に断薬した後の睡眠に関しての努力は終わるんだけど。今のところは8時が標準に近くなってきているので、もう一息。。。薬を止めただけでも、自分を褒めたいので。。。さて、隣のおうちに、8時過ぎに行って、日曜日の溝掃除を休むのを隣保長に伝えてもらうように頼んで、8時15分に家を出て、駅に向かいました。今までなら8時40分に車を出してもらっていたのだから、30分近く早くなって、その上、最寄り駅まで重い荷物を持って歩くので、なかなか大変。今日は雨じゃなかったから良かったけど、昨日みたいな雨だったら、タクシーかなぁ・・・幸いにして、JR神戸線も順調で、新幹線も順調で、11時34分に新下関について、妹に乗せてもらって帰宅しました。車中で、お互いの家族の状況などを話したあと、私がジェイン・エアに凝っているって話して、37章の再会のシーンを読んでもらいたいってお願いして、車が家に着いた後、2ページ分を読んでもらいました。当然、妹も読んでいるし、英語の教員だったし、英検1級で英語はペラペラなんで、車内で聞き流しにかけていたハングルを切ってもらって、初見で・・・例の Her very fingers!を含むページを。sir の読み方も、注意深く読んでくれて、嬉しかった・・・持つべきものは、語学の堪能な妹です・・・その後、昼食に、私はうまかっちゃんの濃厚新味を食べて、腹ごなしに郵便局まで歩いて行って、年金の通帳記帳とかして、3時から下の姪と買い出しに行きました。お仏壇用の花を買ったりして、お供えを探していたら、西瓜があって、姪も私も、意見が一致して、亡くなる前に冬の西瓜を欲しがった母のために、西瓜を買いました。お供えの果物は、全部妹の家族が食べるので、まあ、私の口には入りませんが・・・お花を飾って、準備は終わり。お持たせは、外郎です。帰宅してからは車を洗ったり、家の周りの除草をしたりしました。黄砂がすごい上に、先月は車に乗らなかったので、汚れ放題。呆然としてしまいます。家の周囲の草も伸び放題・・・こちらも、かなり呆然としてしまいます。。。さ、明日は3時なので、余裕があります。実家の草引きももう少ししないと。。。
2026年04月24日
コメント(3)
朝起きて、雨の状態を見て、まあまあ、軽い降りのうちに蔵に向かった。昨日もらった野菜を下処理しておかないといけないので。リーフレタスが2株で、外葉を、サラダに使うように洗ったら、可愛いナメクジが・・・3匹も中心部はさっと洗って2株とも袋に入れて冷蔵庫へ。次にパクチーは、来週まで置けるところはさっと洗ってこれも袋に入れて冷蔵庫。急ぐところは、夜用に取り除けた。セロリの大株が1つあって、これは見事だったので、欲しい人があれば柔らかいところを上げようと。最も、高齢の先輩たちが、セロリを好むかどうかは不明だけど。残るビーツは、茎と根を切り分けてこれも冷蔵庫へ。すぐに時間になって、後の面会を考えて、車で集会所の来客用駐車場に行った。12時から2時間七並べ。雨で、出足が悪かったけど、まあ、一応2チームできて、楽しんだ。14時からは30分体操、それから軽食会。今日は本当に軽食だった。。。で、15時ちょっと前に、中抜けして面会に行った。病院の駐車場に入る直前に元夫君が電話をよこして、「今日はどうした?」と聞くから、「今、駐車場。」と言って切りました。こんな吹き降りの雨の中でも、病院の中に居たら、想像もつかないのだろうけど、ねぎらいも何もなく・・・今日は午後から検査って言ってたから、検査が終わった後の方が話が聞けるかと思って、いつもより2時間ずらしたのだけど。それに、売店で、飲み水も買ってあげたし、4kg持って上がったのに・・・検査の結果は、思わしいものではなかったようだけど、聞いていないらしい。そして、話をしたがるので、聞くと、国の難病指定の潰瘍性大腸炎についての、書類申請の話。プリントがあるんだけど、要領を得なくて、要するに本人でなくては手続きできないのか、代理人でも出続きが可能なのか、必要な書類は何なのか???いつまでに必要なのか???どうせ、私は明日から帰省するのに、今、話を聞いてもどうしようもない。なので、電話をかけて本人でなくてもよいのかどうかの確認を元夫君自身がするのが先だろ・・・ってそういうことになって、そこで、話を切って、蔵に戻りました。そしたら後から元夫君から電話がかかってきた。医師が、今日の結果の説明とそれをうけての治療方針の話を明日したいと言っているけど、私が帰省しているので、無理だと言ったら、なら、月曜日の4時半でどうかと言われたらしい。その時間を確認してくれと、医師が言うからとのことでの、電話だった。まあ、月曜日の4時半で大丈夫ですよってことで、電話は切った。明日の朝から帰省して、日曜日の夕方まで戻らないのだから、そして医師は、土曜と日曜とは無理なのだから、仕方ないだろう。私は、月曜日の朝は、9時から予定があって、13時に面会に行って、それからまた16時半に病院に行くことになる。先に、本人に説明しないで、二人で聞いてほしいのだろうか・・・構わないけど、私は、「家族」じゃないから。重大な話なら、仕方ないから聞くけども・・・こんな時、本当に独り身だったら、どうするんだろうか・・・将来の我が身のことを考えてしまったわ・・・そうそう、セロリは、昨日も野菜をあげた一番年の近い先輩にもらってもらうことになった。漬物とかにして食べられるってことだった。無駄にしなくて済んで良かった。せっかくの好意を、無にするのは嫌だもんね・・・でも、帰省には持って帰れないし。。。新鮮で、柔らかくて、美味しいセロリだった。できていない荷造りに、さっさと帰って取り組まなくては・・・元夫君に送ってもらうって言う手が使えないので、最寄り駅まで荷物を持って歩くことになる。朝が少し早くなるし、荷物は重いし。まあ、何とかなるようになるだろう。野菜の目途がたったので、ホッとして、週末を帰省する。頑張って、帰ってこよう。
2026年04月23日
コメント(3)
朝が冷えると言うのは、予報通りだったけど、まさか8度まで下がるとは思っていなかった。寝る前の室温が22度だったのに、朝起きたら18度だった。4度も室温が下がるほど、外気温は低かったのを実感した。6時過ぎにトイレに起きて、肩口が冷えてるってわかって、予報の正しかったのを知り、その後、8時過ぎにはもう起きて、す~っと冷えた朝の空気を楽しんだ。洗濯しながら朝食セットを摂って、洗濯物を干した後、少し早めに蔵に向かった。今日は買い物とか予定は無くて、すんなり蔵。それというのも、火災保険の振込用紙を届けるためと、スティックコーヒーを届けるためと。そしたら、届けに行く途中で、丁度ベビたんの部屋の前を通りかかった時に、ベビたんとママとが同じく集会所に行くと言うので出てきたところだった。マンション生まれの赤ちゃんが久しぶり過ぎて、みんなのアイドルだから・・・老人会のばあちゃんたちは、もう、構いたがって仕方がない・・・でも、ベビたんは、ママとババたんのところへ行かなきゃだからね。それぞれに、なんかそこらにあるお菓子を与えようとするのを阻止して・・・「やらんとって下さい!」って言いました。「私の孫やし!」甘いものを与えられると、ろくなことはない・・・その後、グランドゴルフ帰りの友達にパセリを摘みに来てもらって、パセリ・掻きチシャ3種類・分葱を差し上げました。今日は、その後、上の階の先輩にも出会って、パセリと掻きチシャを差し上げました。HB-101で育ててるので、柔らかくて美味しいし、成長が速い。部屋に入る前に、植え込みの花ガラ摘みをして、部屋でネットで贔屓のチームの試合の配信を見て、途中で、昼食食べ終えてから、面会に行きました。その前にコンビニで入金も忘れずに。元夫君は、下痢がひどくて弱っていました。やっぱり、経口的に食物を入れると下痢が悪化するようで、本人も気にしていました。明日は、大腸のカメラを入れるらしいです。弱っていて、謙虚になっていました。先日、水を買っていったときに、「自分で買いに行くって言うたやろ!」って偉そうに言ったのに、下痢がひどくて、5階から1階の売店迄行けそうもないと・・・で、「あんな偉そうに言うた手前」もあって、なんだか言いにくそうだったけど、別に、水くらい買ってくるよって言っておきました。2kgくらい持って運べるし。4kgでも大丈夫。。。その後、戻って、ミニトマトの植え付けを頑張りました。植え付け自体は全然すぐできるけど、問題は、植える場所を作るためのドクダミの除去。ドクダミと、芝と、ハナカタバミと、ハタケニラという、すごい雑草カルテットを何とかしなきゃトマトを植えるどころではないので、90分くらい、只管掘って除去して掘って除去して・・・なんとかトマト5株とバジルとを植えました。。。50センチ四方も無いような狭い範囲に、ドンだけっていうくらいのドクダミの地下茎。何年分だろう???この地下茎は何年前からの地下茎だろうって、思っていました。地上部は毎年きれいに枯れるけど、地下茎はすごいなぁと・・・労力と、苗の値段とを引き合いに考えたけど、それでも、ミニトマトを毎日お腹いっぱい食べたいので、頑張りました。それから、花ガラ摘みに行ったのだけど、摘み始めてすぐに、道路から、私を見つけて元の同僚が軽トラックで入ってきて。しばらく話をしていました。話の終わりかけに、今度は、ベビたんのママが、ババたんのところからお土産の野菜をいっぱい持って、やってきて。パクチー、セロリ、ビーツが溢れそうなくらい・・・今夜は、セロリとビーツの食べ方を研究しなければ。。。元お百姓さんだけあって、そりゃあ立派な野菜です。でも、量が・・・多すぎ・・・それに、パクチーもセロリもビーツも普通の日本人のおばあさん受けしないので、誰かにあげることができない・・・頑張ろう!そうそう、野菜のほかに、部屋の前の植え込みの手入れ中に、大先輩が通りかかり、いつも世話になるからと言って、お菓子を一袋くれました。大豆入りのおかき。油断も隙もありません・・・私は、本当にお菓子とか今は食べなくなっているので、どなたかにあげる算段をしなくては・・・さ、今夜の宿題は野菜の調理法。。。何とかしないとね。
2026年04月22日
コメント(3)
今日は火曜日だから、火曜日にしかできない買い物もあって、いつものスーパーに。面会が13時からだから、12時には家を出て、いつものスーパーによって、それから面会に。県立加古川医療センターの雑草だらけの植え込みの中に、これも雑草だけどミヤコグサが咲いていて、鮮やかな黄色と深みのある緑の葉のコントラストが美しい。面会に行ったら、丁度、下痢の便意が、すぐにやってきて、なんだかほとんど顔も見ずに話して終わり。経口的に昨日から水分ばっかりの食事が始まっているのだが、今日はなんと、スマホで、写真を撮ってあった。ジョアと雪印の牛乳と、重湯だった。大丈夫なのかなぁと、入院前の医師の話では牛乳は脂肪分がどうとかで、良くないように・・・ま、いいかぁ。でも、今のところ、ステロイドは点滴が続いているけど、栄養補給のための点滴用のポートの埋め込みは実施されていない様子。本当は昨日からだったんだけど、せずに済ませているってことだった。でも、下痢が続いて、経口的に何かを摂取するのが辛いなら、しばらくは経管栄養で良いんだけどな。ま、そんな状況で、個室のトレイに入ったままの元夫君に、「ほんじゃ」って言って出てきました。後は、いつものように、蔵での植え込みの管理や、エントランスの花ガラ摘みや、除草。昨日、期待したほど雨が降らなかったので、ちょっと灌水も頑張った。そんなこんなの一日一善をしてから、面会の為に昼間が寸断される生活を続けている。明日は、まあ、コンビニに入金に行かなきゃいけないくらいで、他には面会だけだから、良いけどさ。今日、植え込みの花ガラを摘んでいたら、隣の部屋のおじいさんが、やってきて、何か困っている様子。手には、プロパンガスのガス会社からのはがきを持っている。はがきは三つ折りになっていて裏からと表からとはがして中身を見るタイプので、このおじいさんは、開け方もわからないのか、元のままのを私に示すので、両面をはがして中身を一緒に確認してあげた。裏は、基本料金の表示で、表は、今月の請求金額、銀行口座からの引き落としの通知らしい。1889円か、1198円か、どっちかだったと思うけど、本当に節約してて使っていないらしい。私は、そもそも蔵では電気と水道しか使っていなくて、ガス会社は契約していないからわからない。このおじいさんは、昔、室内で小型犬を飼っていた記憶がある。そのころは、私は今みたいにはここに居なかったから定かではないけど、でも、管理組合の規約で、生き物を飼うのは、今居るのだけで、今後は新たには飼えないってなったらしい。多分、何らかのトラブルを避けるためだろうけども。それで、おじいさんの犬が亡くなってからは、彼は、ずっと一人で、ほとんど話さない。犬が居れば犬に話しかけていたのだろうけど。。。歯も悪いし、話をする習慣もないし、以前に比べて明らかに会話が難しくなっている。独居の高齢男性っていうのは、社会性を維持できないと、本当に大変だと思う。私は、努めて誰にでも挨拶をするようにしているけど、それは、職業的な訓練があったから、習慣としてできることであって、本当は、私は人見知りで、面倒くさがりで、非社会的存在だから、このおじいさんと非常に近い生き物だ。老人会に参加していることは、奇跡的で、すべては偶然から始まった。去年の5月からだ。だから、老人会の先輩方には本当に感謝している。私という、見慣れない若輩者を、受け入れてくれて、労働力として重宝してくれて、グイグイと近づいてきてくれたのだから。老人会は、来る者は拒まずだと思うけど、基本的に募集もしていないし、私がたどり着いたのは奇跡。そして、自分の意志で、入らない人もたくさんいるけど、積極的に勧誘もしない。この隣のおじいさんは、今後どうするのか、わからないけど、彼の部屋の真上の部屋のおじいさんは、末期がんで、自分の部屋で、去年亡くなった。かつては羽振りが良かったらしく、通称「社長」で、人気が有ったらしい。訪問看護・医療も受けていたし、息子さんも通ってきていたけど、亡くなってから、二日か三日は、息子さんが来るまでに時間があったから、発見時は警察が来た。でも、言わば、予定調和の円満な最期だったので、部屋は改装されてすぐに買い主が見つかって、事情も分かっている同じマンションの別棟で賃貸をしていた人が買って、3月から入居している。また、隣の棟の高齢男性は自死で、夏場に、しばらく発見されなかった。後の部屋の管理が大変だったし、しばらくは開け放って建具の入れ替えとかもしてて、最近になって、何とか次に向けての内装工事が始まった。完全に認知症が悪化しているのに、独居のおじいさんとか、階段に脱糞していることも有ったが、民生委員が働きかけてももう、対応できないらしい。同じくらいの年齢で、癌の治療を続けている男性は、この半年、老人会に顔を出すようになった。この人は、病気が進んでいるが、訪問看護を受けていて、認知はしっかりしている。かつては自治会の役員とかもしていた人らしいので、みんな一目置いている。他にも、人工透析を続けながら、普段は、趣味の農業をしているおじいさんとか、カラオケ名人の、グランドゴルフには参加しているおじいさんとか、80歳過ぎての高齢男性の独居の様子は様々だ。さて、くだんの私の隣の部屋のおじいさんは、どうなのかなぁ今度、木曜日に民生委員さんに会ったら、自治体でできる支援とかを聞いてみよう。その為の民生委員さんだと思うので。私としては、介入したくないので、話を持って行くだけでと、思っている。。。まだ、運転とかもされているし、ゴミ出しとかも毎回しっかり自分で行っておられるから多分大丈夫とは思うのだけれども。
2026年04月21日
コメント(3)
まず、昨夜はちょっと早めに就寝して、0時30分にはなんとか・・・その後、寝付くのにはちょっとだけかかったけど、気が付いたら朝でした。幸せ・・・でも、まだ、6時30分だったので、粘って更に寝ていたら、8時前に目が覚めた。悩んだけど、今日は朝の予定があるから起きた。外を見ると快晴で、洗濯日和だったので、めったにしない洗濯をした。なんせ、元夫君が居れば、洗濯は彼の仕事だから。。。その間に朝食セットを摂って、その後、元夫君の洗濯物を干して、自分のも干した。庭の除草も毎日ちょっとでもしようと思っているので、頑張った。9時過ぎには出発したのに、なんとスマホを充電していて忘れていて、ちょっと行ってから、気が付いて、取りに戻って、結局9時30分に蔵に着いて、9時45分に集会所に到着。理事長が戻るまでに、茄子と胡瓜の支柱への8の字結束をしていた。それからトマトを植えて、これも8の字結束をして、その後、来週の作付けの為にマルチを張った。コーンを植えるらしい。終わってからコーヒーを飲みながら話をしていて、農作業のできる78歳の先輩が、今年初めて花粉症になったと・・・私もそうなんで、意気投合して・・・だいたい、農作業の時はこの先輩と一緒にすることが多くて、農業法人で働いてるとかで、色々とご存じだからありがたい。来週の月曜日のコーンの植え付けの時にも、また一緒になるに違いない・・・その後、植え込みの花ガラを摘み、部屋で昼食をとってから病院へ、昨日、yumiさんにせっかく詳しく教えてもらったので、自分のスマホで確認して、「設定」を押してネットワークを確認するって言うのをやれそうだと思ったので、元夫君のスマホで試してみた。最初は相変わらずグダグダ言っていたけど、してもらえるならしてもらいたいとのことで、私が、わざわざ教えてもらったことや、自分ので探してみたことなどを言いつつ、やってみたら、案の定「設定」からでできたので、喜ばれた。負け惜しみの強い、減らず口の多い面倒臭い性格だけど、「競馬」というキーワードには滅法弱いので、フリーWi-Fi を繋げたら、容量を気にせずに動画も観られるよって言ったら、さっきまでの渋り渋りがうそのように、喜んでいるのだから、本当にAHOである・・・やっぱり観たい動画とか有ったようだ。競馬関連の。そして、「ありがとうございます」と言いよりました!よほどうれしかったんだな・・・たまたま、元夫君のスマホは私のスマホと一緒のアップルのiPhoneなんで、しかも、プロバイダーも、たまたま一緒なんで・・・私の乏しい知識でも、yumiさんの励ましのおかげで何とかなった!ありがとうございました!その後、ホームセンターに行って、ミニトマトの苗を7つほど買って、いつものスーパーにも行って、老人会用のコーヒーとか、自分用のものとか買った。ミニトマトは、どこにどうやって植え付けるかまだ確定はしていないけど、せっかく午前中に定植したから、何かの縁だと思うことにして、苗を買ったのだ。蔵で、HB-101の灌水をしてあげた。。。今は、色々と苗を植えている時期なので、HB-101の出番が多い。ついでに、掻きチシャを3種類ちょっとずつ摘んで、分葱もちょっと切って(抜かない)パセリと、春菊も切って収穫した。春菊はもうすぐに茹でて、ゆで汁は隙間から生えてくるドクダミの駆除に使った。分葱はネギ代わりに使う。小さく、かわいく、小松菜の花が咲いている。今日は小松菜の中心のかなり咲いた枝を切り捨てて、脇芽の花を伸ばそうと思った。その後、エントランスからの花ガラ摘みとかしてたら、先輩が部屋から呼ぶので、「お紅茶」のお呼ばれ。先輩の亡くなったご主人の話を聞きながら、手際よく作るポテトサラダをお土産にもらった。ポテト・人参・キュウリ・玉ねぎ・ゆで卵・ハム・・・ジャガイモは1つだったのに、色々な野菜が加わって、美味しかった。色々なことがあったけど、今日は一日一善もちゃんとしたし、多忙で充実した一日だったと言うことで。音読練習も頑張ろう!
2026年04月20日
コメント(3)
昨日行ったときに、自室にある紙パンツを持って来てほしいと言われて、おかしいなぁ、紙パンツと、紙パッドを1つずつ買ってきて渡したはずだけど、って思っていた。元夫君は、確かめもしないで、どちらも紙パンツと思い込んでいたらしい。で、家でも、たまたま開けて使ったのが紙パンツだったので、思い込みが強化されていた。昨夜、一応部屋に見に行ったら、やっぱり紙パッドだったので、今日、持って行って事情を話し、夜とかはこれを使ってみたらと言ったら、使うと言ったので、その上で、今使っている18枚入りで1990円のを買うことにして、面倒だから2つ買った。5000円以上の買い物だと12%offの日だったので。他にもちょっと買って、12%浮かして、その上、溜まったポイントを使うと10%還元とかで、レジの人に教えてもらって、ちょっとラッキーかも・・・その後、ホームセンターに黄色の大き目の花の咲くマリーゴールドを買いに行った。パンジーは、日が陰ってもつぼんだりしないが、ポンポンキンセンカはつぼむ。マツバギクもつぼむ。なので、午後の日差しのなくなった後にもそのままの黄色というと、マリーゴールド。植え方を考えながらだけど、今はまだビオラがいっぱい咲いてるので、次に備えたい。今日は、そのマリーゴールドを6つ植えて、それから青じその株も植えて、少し灌水をした。植え込みの花ガラも摘んでいる。花ガラを摘むことで、ランダムに芽を出すドクダミの切り取りもできる。昼食後、また、イングランドプレミアリーグの見逃し配信を見て、これで、2時間ほど、その後は花ガラ摘みとか除草作業と・・・昨日ベビたんのママから、いくらでもスナップエンドウ採って食べてくださいって言われてて、花ガラ摘みに出かけたついでに、15本もらってきた。ラインで15本もらったよ~って伝えたら、遠慮せんともっと採ってくださいね~と言われて、また、明日ももらうよ~って送っておいた。私が収穫しなかった菊菜は、綺麗なツートンカラーの花を咲かせていた。菊菜の花はきれいだけど、切り花にすると悪臭を放つので、切り花にはできない。いくらでも採って下さいって言われたときに遠慮しておいたから、勿体無かったかも。。。でもママたんは、菊菜の花を見たのは初めてって言ってた。私がきれいだよって言ったから捨てなかったらしい。43歳かなぁ・・・で、初めて見たって・・・さて、蔵の部屋で早い晩御飯を食べた後、植え込みの隅の方のドクダミと芝とが絡んだところを小さな区画だけど処理した。なんか、充実の週末だった。色んな事があって、もうぱっつんぱっつんな状態だから、この一週間は一日が二日分くらいに感じた。夜も、あんまり良い状態では眠れていないけど、昼寝は避けて、頑張っている。明日は10時からトマトの植え付けで、一旦来て作業して、お昼を挟んで、今度は病院に、いつもの届け物とかを持って。平日が13時以降しか面会できないのが、いかにも負担だ。ここで、一日が分断される。ま、言うて詮無きことなれど、なんで赤の他人の面会に行くのか・・・それを当然と思っている大馬鹿野郎と顔を合わせて、普段なら昼間は顔を合わせることも無いのに、うだうだと話しかけられるのも、修行の足りない私には苦痛である。「ありがと」って言われるたびに、「ありがとうございます、だろうが! このばかたれが!」って心の中で、悪態をついている。後生が悪そう・・・性格が悪くなることは間違いない・・・さ、また、ジェイン・エアを音読する練習、頑張ろう。今日の良かったことブライトンとトッテナムが2-2で引き分けて終わったこと。三笘が活躍したこと。リーズが3-0で勝ったこと。田中碧が先発で重用されてきたこと。大谷翔平くんの連続出塁記録が50試合迄伸びたこと。ベビたんのママから言われたスナップエンドウを摘めたこと。3人の先輩と、花ガラ摘みと除草で出会えたこと。。。一日一善もできたし、良い一日だったと思うことに・・・今朝の最後の起き抜けの夢は、母と電話がつながらない夢で、予定時間の変更を知らせたいのにつながらなくて焦っていた。そして、良く出てくる架空の駅前商店街で、うろうろしていて、昔一緒に石垣島に行った同僚たちに偶然出会った。3人とも、違う職場での食事会の帰りっぽかった。同僚に恵まれた学年団だったと、振り返って思えるのも、幸せ。。。
2026年04月19日
コメント(3)
昨日の晩、帰宅したらヤフオクで買った河出書房のジェイン・エアが届いていた。正確には、ジェイン・エアと嵐が丘とが一冊に入っていて、ブロンテ姉妹・・・そして、この本をさがしたポイントは、yumiさんに教えてもらった青空文庫の底本だからだ。十一谷さんという人の翻訳だったのでこれだろうと思って、買った。青空文庫の方は旧漢字の旧仮名遣いだったけど、こちら、昭和29年版は、旧漢字だけど仮名遣いは新仮名遣いに改まっていた。でも、この、求めていた訳だったので、嬉しかった。・・・ので、ついまた、読みふけってしまい・・・それが、まあ、3段組みの本で、驚いた。2段までは想定してたけど、まさかの3段。訳の方は、角川文庫の訳よりずっと良かった。今では使わないような言い回しが使ってあるところは、さすがに時代を感じたけども。寝たのはまあ、1時ごろ。で、6時半ごろに一度トイレに起きて、次にまた熟睡して、起きたら8時半だった。明け方以降に熟睡できるのは、遮光を頑張っているからもあるだろうな・・・一階のトイレまで降りて、又上がってからも熟睡できてしまうところに感心する。熟睡感があることには感謝する。起き抜けの夢は、ブロッコリーを茹でている夢だった・・・起きてからはいつものルーティーンで、トイレに行く。ぬるま湯を200cc飲む朝食セットまたトイレ。それから前庭の除草をちょっとして、荷物をまとめて病院へ。今日は10時から面会可能なので、新聞と昨日届いた電気シェーバーを届けに。病室に行ったら、昨日からの研究の成果で、スマホで競馬ができるとわかったらしく、嬉しそうにスポーツ新聞を広げて、スマホを観ていた。これで、思い残すことはなく、入院生活を競馬三昧で送れることだろう。「必要は発明の母である」ということで、味気ないものであったはずの入院生活に、素晴らしい希望が射しこんできて、元夫君は元気いっぱいだった。点滴でつながれているものの、競馬さえできれば、幸福なのだから、競馬のシーズンで良かったと言うべきだ。気が紛れて、憂さが晴れると言ったら、彼にとってはこれほどの娯楽は無い。それで、私優しく教えてあげた。嬉しがっていらん時に動画いっぱい見とったら、肝心の時にギガ数が不足してしまうよ。繋がらなくなったり、レースが、見られなくなったりするよ・・・彼は自分の契約内容も覚えていないのだから、どうするんだよ!って感じで。ま、それで、珍しくも真摯な感謝の言葉を聞きました・・・で、それから蔵に行って、ちょっとだけ植え込みの手入れをしてから、カラオケに・・・今日は理事長の考えてきたゲームの説明が理解できない人が多くて、説明だけで時間がかかったけど、最終的に、会食のあとスタートした。yumiさんところで見かけたタケノコを、今日は、持って来てくれる人があって、若竹煮をいただいた。それと、蕨の炊いたんと、長芋のわさび醤油と・・・分葱とカニカマの卵焼きと・・・後はお寿司とかの盛り合わせの安い奴を・・・蕨の炊いたんとか、至福の時間だった。その後、カラオケを開始したけど、最初の一巡は、最高得点の人が500円の賞金で、私は85.13で、小数点以下の僅差で12人中の一位だったので、まずは500円をゲット。この初回は、トップだけ賞金だったので、安全策で「瀬戸の花嫁」を。二回目以降は、自分の申告した得点と1点差までなら500円の賞金で、100円を掛け金に出して、「さそり座の女」を歌って、82点でぴったり賞で500円ゲット。三曲目に、先月用に練習していた「越冬つばめ」を歌った。どうしようかと、季節外れだしなって、思っていたけど、前に冬の歌を歌った人が居たので、せっかく一から練習して覚えた曲だからと、歌った。なんせ、「ひゅーるり~ひゅーるり~らら」しか知らない曲だったのだけど、2ヵ月くらい今年の歌にしたいと思って練習してたから・・・カラオケで歌うまでに覚えたのは、我ながら頑張った。去年「吾亦紅」をyoutubeで覚えたので、そのことを思い出してyoutubeで練習したから。でも、予想点を82点にしておいたら、85点を超えてしまったので、100円は没収。最後は、思いがけず、村田英雄の曲を歌った人が居たので、自分も頑張って「王将」を。これは、声の高さを考えず、全くのノー勉でいきなりだったので、ワーストを出して74点だった。実は、最後のゲームのくじ引きが、点の低かった人から順にトランプを引けるルールだったので、それまでの最高点と三位とを取っていたこともあって、ま、いっかぁな感じだった。上手くいって、下から3番目だった。くじ引き順は3番目で、7を引き当てた。12人に対してカードは11まであって、ジョーカーも一枚。1なら100円、11なら1100円だけど、ジョーカーを引いた人に選ぶ権利が移るので、みんなドキドキしていたら、うまい具合に、ジョーカーを引いた人は胴元だった。それで、11を引いた人はそのまま1100円をゲットした。私は700円をもらって、合計で1700円をゲットし、300円を支払ったことになる。純益は1400円もあるので、また来週の体操の時にお菓子を買っていこう。カラオケの前にも集会所の前の除草をしていたけど、終わってからもちょっとして、それから、理事長にエントランスの葉ボタンを切ってもいいかを聞いて、エントランスの葉ボタンを整理しておいた。そのまま花ガラも摘んで今日の一日一善。月曜日には、10時からトマトの植え付けらしい。まあ、10時なら植え付けてから病院に行けばいいので、大丈夫だろう。花ガラを摘んでいたら、今日はベビたんのパパとママと、車で通りがかって、4人で話をしていた。ベビたんは男の子らしいヘアスタイルになってきた。。。そして、可愛い。色白で、目が大きい。鼻の形が、ババたんに似ているのが、ちょっと残念。でも、ババたんにとってはそれがまた可愛いのだから。。。部屋に入ったのは、もうさすがに薄暗くなってから。。。これ以上は花ガラ摘みができない時間まで、花ガラは摘んだ。。。なんと、花ガラ摘みながら口をついて出たのが王将だったから、思いがけなかった。村田英雄の歌って、王将と柔道一代と人生劇場と・・・あんまり知らないかも・・・瀬戸の花嫁が口をついて出ても、花ガラ摘んでるときは周りに誰も居ないから大丈夫だけど・・・考えてみれば、今は、家で、歌を歌っても、閉め切っていれば大丈夫な時だ。何か、歌えるようになりたいなぁ、Memory か、 Amazing Grace か、なんか、普段は声出し練習できない曲をやりたいな。完全に覚えてしまいたいと・・・さて、明日も、また庭の草引きをちょっとして、見たら悲しくなるけど、頑張ろう。今日の「越冬つばめ」がまあまあなスタートだったので、後は90点台を目指す練習も。元夫君が居なかったら、家で歌を聞けるし、歌を歌えるのだ・・・ジェイン・エアの音読練習だけじゃなくてね・・・
2026年04月18日
コメント(3)
昨日も、ついつい、ジェイン・エアを読みふけり、気が付いたら一時半で・・・めったに読まない子供時代のところを読んだら、あれれ、ジェインって、癇癪持ちでADHDかも。思ったことをふっと行ってしまうところとか、長じて穏やかになっていても、「好男子と思う?」って聞かれて「いいえ」って返事をしてしまうところとか、衝動性の強さとか、思い込みの激しさとか・・・ミス・テンプルとヘレンのおかげで良い子になっていったけど、地金が・・・筋金入りの偏屈な感じだなっておかしかった。夢見がちで、現実に打ちのめされ続けているけど、直情径行で・・・そそっかしくて、ハラハラさせて、このタイプが好きな人にはとことん輝いて見える性格で・・・そこに、後天的に習得した技術や自分を落ち着かせる技術が加わって・・・ロチェスター氏がイチコロになってしまったのは、そこかも。。。サイズが極小なのも、ロチェスター氏にとっては良かったのだ。施設での8年間、長い休みの間もあって、結果として彼女は内省と自戒を身に着けたのだ。様々なスキルも大事だったけど。施設に預けられなかったら、ピアノや手芸や裁縫や絵画や語学などは身につかなかったろう。結果的に、良かったということだ。そんなことを考えながら拾い読みしていた・・・明け方、6時過ぎにトイレに起きて、それから8時まで熟睡した。熟睡した自覚があるのはありがたいことだ。起きて、朝食セットやら、ヤクルトの買い物やら、庭の除草やら・・・あれこれしている間に元夫君から電話があって、持って来てほしいものの確認。ま、13時になるまでは面会に行けないので、ごそごそしているうちに時間になった。平日は13時から20時土・日・祝は10時から20時が面会可能時間だ。毎日の新聞を届けに行くのと、洗濯物を回収するのと、これからは毎日5分足らずでOKだろう。蔵に来て、植え込みの花ガラ摘みをして、それからエントランスの花ガラ摘みと周辺の除草。一日一善。ゴミ捨てやらなんやらで、夕方になる。明日は月に一度のカラオケの日だけど、土曜日だから早めに面会に行って、点滴で歩き回ることの難しい元夫君の為に私の足踏み健幸ライフを貸してあげることに。持って来てと依頼されたのは書籍の「高慢と偏見」と映画のDVDとだった。それと、まさかのスマホの使いこなし術の本。。。はあ・・・届けたけど、読むのかぁ・・・
2026年04月17日
コメント(3)
朝起きて、普段はしない洗濯をして、朝食セットすましてから自分の分は干して、元夫君には声をかけてサンルームに自分で干してもらった。その後、元夫君にも声をかけて準備を確認しつつ、自分はまず、体操しにファミリークラブに。11時半から体操して、12時からみんなでお弁当を食べて、世話役の人の作ってくれたクリームシチューも・・・で、12時半に、ちょっとだけ声をかけて一旦中座して、帰宅。元夫君を拾って、病院へ。入院手続きを済ませて、5階の病棟に。個室が準備されていて良かった。なんせ、夜間頻尿と下痢とがひどいから、相部屋は無理・・・で、担当の医師が3人居るらしいけど、そのうちの一人から治療についての話を聞くことに。13時30分のチェックインから、既に30分以上経過しているけど、なかなか医師が来なくて、やっと話を聞いて、大腸カメラの映像を見ながら、症状や、治療方針や考えられる副作用の説明、それから、経管栄養のチューブの設置等について・・・元夫君の関心は入院期間の長さ(競馬が何週間くらいできないのか)と、直る見込みはあるのか・・・なんてこと・・・この状態が、潰瘍性大腸炎の再発悪化なのか、キイトルーダに起因するものなのかが、わからない。見分けがつきにくいそうだ。糜爛して出血して粘液が出ているし、全体に腫脹しているが、強めのステロイドで治すとか。どちらにしろ、治療は同じなのだが、潰瘍性大腸炎なら、国指定の難病だったくらいだから、時間もかかりそうだ。今日も、水分だけで、食べてはいなかった・・・まあ、その説明等を聞いた後、私はファミリークラブに戻って、15時から七並べの続きをした。元夫君は私と二人で病室で待っている間も、ずっとしゃべり続けているので、心細いのだろう。嗄声が戻ってきていて、細い聞き取りにくい声になっている。なんでかわからない。一時期もとに戻っていたのに・・・色々と気がかりはあるが、どうしようもないので、ともかく、私は気を強く持って、家のこととかをしておかなきゃいけない。ひと月は思うより長いのか、短いのか・・・妹には、さっき連絡した。入院して、ホッとした面もあるので、そのことも伝えた。帰省の日程は変えない。24・25・26だ。2年前の4月の腎臓がんの摘出手術から、合わせて4回目の入院だ。近くて、良かった。遠かったら、毎日新聞を届けるとかとんでもないところだが、まあ、できないことも無い。家から病院、そしていつものスーパーから蔵と、動線は一筆書きで大した無駄もない。即決入院で、まあ良かったと思うことにして、今日の一日を終えよう。。。気疲れした・・・今日も、花ガラ摘みと除草作業との一日一善はちゃんとできた・・・昨日の雨で、自分の植え込みのところは花とか傷んでいた・・・でも、まあ、七並べの後、今日も年の一番近い先輩を誘って、パセリと掻きチシャと菊菜とを摘んで、ネギ代わりの分葱も切ってあげた。パセリは、自分で摘む方が良いかなって思って、摘んでもらった。そしたら、赤い掻きチシャもちょっと欲しいと言われたので、嬉しかった・・・先輩も、去年ご主人が亡くなって一人暮らしだから、ちょっとずつで良いんだよね・・・ってそんなことを思いながら、ほんじゃ!って感じで。そんな会話も心の栄養。今日は集会所以外で会った先輩との1対1の会話が3件もあった!!ちょっと嬉しい。
2026年04月16日
コメント(3)
今日は、12時半に病院で待ち合わせて、4時半過ぎまで・・・4時間以上、ほぼ、待っていました・・・最初は、診断時間待ち、で、癌の主治医と話して、大腸の不調を訴えて・・・次は紹介されて消化器内科へ行って待ち、血液検査を再度してこいって言われて、また待ち。診察受けて今度はCTと大腸の内視鏡を直腸あたりに入れる検査で、私は待ち・・・1時間以上ずっと待ってると、看護師さんが来て、今終わったと連絡ありましたよって・・・で、やっと診断を受けに・・・大腸が見事にただれて、出血して、粘液で覆われていて、CTで観ると、内粘膜だけでなく外側にも腫れて膨れている状態。よくまあ、この状態で、って感じらしくって、本当なら即入院してほしいところって言われ、元夫君は競馬のレースがあるから、来週って思っていたようだけど、明日か明後日って言われて、観念して、明日ってことに・・・誠実そうなお医者さんで良かった。主治医とは違って、温かみのある人だった。経口的に栄誉を摂ることは不可能だろうし、強めのステロイドを点滴するので、入院を!ってことで。明日の14時入院と、突然決まりました。チェックイン?は13時半。だから、13時15分には家を出る感じかな。。。で、次は、入院の手続きで、それから、説明を受けて、私が解放されたのは16時半過ぎ・・・大嫌いな病気に満ちた建物の中で・・・4時間以上居たので、ヘロヘロ・・・そして、帰ったら、明日の入院の準備でヘロヘロ・・・まあ、なんにせよ、しばらく、医師のこぼした言葉では一ヶ月くらい・・・入院ですって。この大腸を何とかしないと、次の癌治療とかあり得ないし・・・今日、ちらっと見たCTの映像、気になったけど・・・癌が増悪しているんだろうなぁ・・・ま、できることをするだけだな・・・花ガラを摘むこともできないような雨の中、元夫君に貰い物のポカリを上げて、一日一善。。。
2026年04月15日
コメント(3)
勿論、体調不良で辛いのは本人に決まっているけど、まあ、振り回されて・・・昨日は、病院から帰ってから、固形物を食べたらしい。そして、また、下痢の悪化。。。おそらくは、潰瘍性大腸炎の増悪と思われるが、粘血便まで出ている感じで、その後はまた水分に戻したらしい。明日が次の診断日だけど、どうなることやらだ。体重も60kgを切ったと言っていた。そりゃあ、絶食で下痢と来れば減るだろう。。。水分は摂っているけど、それだけでは。。。普通の夫婦だったら、もっと深刻なんだろうか・・・私は、戸籍上も他人だから、万一のことがあった時にややこしいので、心配もあるし、不安もあるし、面倒にも感じる。なんだって、もっと早くに、この家から出て行ってもらっていなかったのかと、思う。そういう点で、普通の夫婦とは違う・・・離婚した時の約束では、出ていくってことだったのに、言を左右にして、居座って今日に至る厚顔無恥今朝も、「これ以上の片づけは無理やから、死んだら業者に頼んでください」って言う。自分で考えつく死後のことは言うのだけど、実際の手続きを私に迷惑かけていくことを、当然としているのが、なんともはや。。。妻なら簡単な手続きも、同居の他人となれば違うのに・・・かと言って、死後の整理のためにだけ入籍するのも腹立たしいし・・・それこそ、万一、私に何かあったら、妹たちに迷惑だから、入籍はしたくないのだ。。。人の忠告とか、苦言には耳を貸さずに生きて来て、ここにきて、最後まで手を取らせる。過敏性大腸炎だって、薬に寄らずに食生活の改善で治癒しておけば良かったのに、強いステロイドの服薬で、緩解と再発を繰り返していたから・・・それにしても3月の終わりまではずっと便秘で脱腸の手術までしたのに、ここに来ての4月1日からの突然の下痢・・・「棺桶まで歩こう」なら、もう少し頑張っても良さそうな気がするが。。。明日は、取り敢えず、次の抗がん剤治療よりもこの炎症を何とかしてほしい。点滴とか、できるならしてほしいものだ。。。閑話休題さて、気を取り直して、昨日の晩にたどり着いたJANE EYERの1983年版BBC制作の映画は、youtubeで完全版を発見。最初に見たのは葺き替えで、OUT!次に見たのはテレビ放送の録画の投稿で画質悪くて、OUT!最後に、やっと、観たかったレベルの、英語の放送の完全版を見られて、といっても、36章と37章との部分だけをつまみ食いで・・・繰り返し、タダで、観たいシーンだけ見られるやん!って思った。しかも、勿論改変があるものの、会話の部分はOKだったから、繰り返し聞いた。シャーロット・ブロンテが、実際の恋愛経験なしに、この作品を書いたのならすごいと思うけど、どうなんだろう。五感のうちの触角のみで、感じとる所、私がJane・Eyerをふと思い出して強烈に読み返したくなった部分。Her very fingers! He cried;Her small, slight fingers!If so, there must be more of her!なんで突然にここを思い出して、何十年ぶりにジェイン・エアを読みたくなったかと言えば、フィギュアスケートのペア競技のりくりゅうの木原龍一選手の言葉があったから。コーチに呼び止められて、初めての試みで、ペアとして滑った時、手をつないだ瞬間に、彼は、運命を感じ、離してはいけない「手」だとわかったのだと。まさに、その手のサイズ、三浦選手の小さな手は、まさに Her small slight fingers! だったので、次のスロウリフトは、もう、信じられないほど、軽々と高く、上がったのだった。関係者が、「三浦選手が、ムササビみたいに、バ~ンって」って証言していたのがおかしかったけど、初めての試技だったので、回転しない条件だったから、そうなったのだ。ジュニアから戦ていた彼女は2回転までなら行けたはずだったけど・・・徹子の部屋を観た時に、二人の手のサイズ、ああ、これなんだなって、わかる大きさの違いがあって、これが、本当にぴったりのサイズなんだと、木原選手が言っていたのが、思い出される。全然関係ないジェイン・エアに暴走したのは、まあ、英語を思い出しただけでも良かった。野球やサッカーの中継は英語で見聞きするけど、きちんとした英語(米語ではなくて)の会話を読み直したりする日が来るとは、思わなかった。もう一度、耳と口から、英語を取り戻そうと、思えたのだった・・・りくりゅうからっていうのは邪道だけどね・・・閑話休題 2)今日は、朝からのあれこれがあって、心がざわざわしていたので、泣きたい気持ちで蔵に来て、でも、植え込みの手入れとかしていて、落ち着いたと思っていたけど、ブロッコリーをレンチンしてたのを忘れて、すっかり色が悪くなってから気が付いて・・・やっぱりぼ~~っとしてたんやなぁって、改めて思った。いつも思うけど、これが、私のケースみたいなのと違って、心から愛しあって何十年も支えあってきた夫婦だったら、どんなにか辛いだろうなぁ・・・そうじゃないから、まだしも、私は面倒なだけなので、我慢しなくちゃなって、思った。。。花ガラを摘みながら、何時ものように除草をしながら、そんなことを考えてみた・・・一日一善して、先輩にも二人会えて、会話できた・・・今夜は早く寝られるかな???
2026年04月14日
コメント(5)
昨夜は、順番通り、入眠に苦労して・・・そもそも遅くまでジェイン・エアの邦訳を読んでいて、ロチェスター氏の容貌に関する記述をさがしていたので、就寝自体が遅かった。そこから2時間以上眠れなかったので、ま、しょうがないかぁ・・・で、朝は9時半迄寝て、都合6時間ほど。明け方になると、ぐっすり眠れて・・・変なの。しかも、その後、起きてからもまあまあしゃんとしていて。今朝は、体調を聞くと、12時にトイレに行ってからは下痢も止まっていると。そして、今日は泌尿器科に行く日なので、帰ってからはちょっと食べようかと思うと。朝の散歩は自重しました・・・って。私のあげた森コラ(森永のコラーゲン10gのジュース)を飲んでいるとかで、それ以外も水分は意識して摂っているらしい。何でも良いけど、下痢が止まるのが先と思っていたので、早く止まって欲しい・・・私は、今日は午前中に少しだけ前庭の除草をして、炊き込みご飯を炊いて、つぎ分けて、それを持って蔵へ。途中、いつものホームセンターでイタリアンパセリと大葉と伏見甘長唐辛子とを買って、培養土と敷き込み用の堆肥も買って、それからちょっとだけスーパーでも買い物を・・・蔵に着いてからはもっぱら植え込みの仕事や花ガラ摘みや、一日一善の除草作業。まあまあ明るい間は外に居た感じでした。晴耕雨読って言うけど、そんなに雨が降らないこともあって、読むひまが無くて、結局夜になってしまうと言う寸法で・・・手許に持っているジェイン・エアの洋書版の表紙が嫌で・・・というのも、油絵のジェイン・エアが使われているけど、髪が黒くて、目も黒い、唇が赤くて、頬も血色良くて赤いのだ・・・手もしっかりしていて、華奢で細くて小さなはずの手が違う。確かに不器量な若い女性だけど、違い過ぎると思って・・・なんせ、髪はヘーゼルブラウン(淡褐色)虹彩は緑、顔色は悪い青白い女性のはず。そう書いてあるのだから。作品中に。気になって仕方がない・・・37章の中に、ロチェスターがジェインに、Am I hideous,Jane?ジェインが、Very, sir;you always were,you know?と答えるのだが、このhideousをどう訳すのが良いのかを考えていて、ジェインの答えから、かつての出会いから結婚直前までの二人のシーンに何かヒントがあるかと、それをさがして、邦訳を読んでいたのだった。再会後のジェインに、ブラウニーのようだと言われて、ロチェスターが聞くのだが・・・「ジェイン、私はそんなにものすごいかね」「ええ、とっても、もっとも、それは昔からですわ」hideousの意味は、 単なるuglyよりも感情が強く、おぞましいとかぞっとするほど不快なとか、とても醜いとか。 「私は恐ろしそうに見えるかい?ジェイン」 「とっても! あなたは、いつもそうでしたわ、ご存じでしょう?」ぐらいにしておきたいところだなぁと思って。He had a dark face, with stern features and a heavy brow; his eyes and gathered eyebrows looked ireful and thwarted just now;(12章)Do you think me handsome?No, sir.(14章)ロチェスター氏は、四角い顎と四角い額で、色黒で、眉は太くて濃く黒い。深い大きな、黒い目。鼻も、口も大きい。しまった恐ろしいような口元。(17章)とまあ、色々と探していて、だいたいのイメージができたところそんな中で、1984?年のBBC制作の映画を見つけたのだった。ティモシー・ダルトンとゼラ・クラークの作品で、本来ならゼラ・クラーク中心のはずが、余りにもジェイン・エアのはまり役だったからか、彼女はその後も人気が出たりせず、ティモシー・ダルトンの方は、次々と作品が来るって感じだったらしい。何と言っても3時間59分も有る映画で・・・端折る必要が少なかったのか、再会のシーンの会話とかも、結構原作の会話が使われている。そして、セントジョン達もちゃんと登場するのだった・・・再会シーンの会話が聞きたかったので、嬉しかった。思わず中古のDVDを、アマゾンでポチってしてしまった。一応、youtubeの映像も観て、これなら欲しいなって思ったので・・・ゼラ・クラークさんは、28歳くらいで、さすがに18歳19歳には無理っぽいけど、それは、我慢しよう。ティモシー・ダルトンは、どう考えても男前すぎるけど、そこも我慢しよう。とにかく、会話のシーンの何度も読んだ本文が出てくるのが嬉しかったのと、sirの発音がちゃんとイントネーションとかも含めて聞き取りたくて・・・あかんあかん、またこんなじかんやんかさ、はよ帰って寝なな・・・と、言うことで。。。
2026年04月13日
コメント(3)
朝に曰く、「食べると下痢をするから、水曜日迄食べないで、水分だけにする」昼過ぎて曰く、「便に血が混じっているような気がするから、潰瘍性大腸炎の悪化かもしれない」朝の話を聞いて、あらまあと思って、一応ビオフェルミンの止瀉薬を買ってきて渡したら、下血の話になった・・・何にしろ、私にできることはないので、今朝届いたナフディンを渡して、それから止瀉薬も渡して、買い物の第二弾をして、蔵に来た。蔵に着いた途端に、私が、吐き気を感じたので、仕方なく何度も何度も唾を吐き捨てた。車酔いがひどかった子供のころからの体験的知識で、吐き気がしたときの唾は、飲んではいけない。絶対に、この唾を胃に入れてはいけないので、頑張って何度も唾を出し切って、それから昼ごはんの支度をした。遅い昼御飯だった。大人になってから、悪心の時の唾には飲み込んだら胃を荒らす成分が含まれていることを知って、体験的な知恵は大事だと思っている。母の時も、体調不良がうつったし、今もまた元夫君の不調がうつったら洒落にならん!そう思って、振り払うために、ちゃんと昼ご飯を食べた。それから、植え込みの管理もしたし、いつもの花ガラ摘みも、除草もした。芝生の除草も頑張った。一日一善だ。できることは限られているから、できないことはできないとしっかり認識して、無理を背負い込まないようにしたい。昨日の晩から深夜日付が変わっても、元夫君から渡された「棺桶まで歩こう」とかいう本を彼の、闘病に関しての基準にしたいらしいので、読み込んでおいた。抗がん剤を一旦やめて、次に行くまでの間を、癌が進行するからと焦ったりしないで、しっかりとどうするかを考えてから、先に進もうと本人は思っているのだと、勝手に思っているんだけど、実際のところはわからない・・・考えることから逃げているとも思う。元夫君が。。。でも、まあ、下痢が治れば、考えも変わるかもしれないので、ナフディンだけは、飲んでもらおうと思っている。高いし・・・昨夜はサッカーの贔屓のチームが勝ち、今朝は野球の贔屓のチームが勝った。もっと喜びたい気分なんだけど、それどころじゃない現実に打ちのめされている。なんてこったのパンナコッタなんだよねぇ~~~
2026年04月12日
コメント(3)
さすがに、今朝はちゃんと寝ていた。最初に4時間半、一旦トイレに起きて、そこから今度は3時間。まあまあ・・・で、朝、遅い時間に、想定外に元夫君が洗濯をしていたのでいぶかっていたら、朝の散歩で、公園のトイレに間に合わずに、便失禁をしてしまい、紙パンツでは足りずに、下着とかズボンとかを汚したらしい。朝食後、トイレを済ませてから散歩に行けばいいのに、そうしなかったらしく、でも不安だったから私が抗がん剤治療用に買ってあげていた紙パンツを今日から、一応、はいて行ってはみたが。。。失敗したと・・・緩解していたはずの潰瘍性大腸炎が再発しているのかもしれない。わからない。少なくとも、CTの結果では骨転移の箇所が増えてはいたが、他臓器への影響は聞いていない。2年に一度の、大腸透視の時期が来ているので、その可能性があるのは潰瘍性大腸炎の再発。何十年も続く持病だったから・・・まあ、それも有って、今日は朝からなんだかんだと散々聞かされ、相当うんざりしつつも、ガス抜きは大事と思って、聞いていた。しかし、減ったと騒いでいた体重は減りどまっているし、下痢していても減らないのだ。自分にフォーカスしすぎて、滑稽だ。一昨年から去年の夏までの間に、私は体重が10キロ近く減少し、38kgになった。母の存命中から、母の身の上に起きる不調を全部なぞるように、下痢と便秘を繰り返していたが、母の急逝後は、激鬱で体重も激減し、38kgから動かなかった。今は老人会の出会いのおかげで正常思考を取り戻し、体重も47kgまで戻ったけど、彼にはそんなことは全く見えていない。私の155cmで38kgだと、BMIは15.82で、18を切っており、危険な低体重だ。下痢も便秘も辛かったけど、そんなことを一言も元夫君に言ったことは無い。それどころか、10年近く昔、職場で手首を骨折して左膝の前十字靭帯を切った時だって、一日も仕事は休まず、自分で運転して通勤もし、整形外科にも通っていた。保存療法のリハビリにだって、自分で運転して通っていた。それについて一言も言ったことは無い。もっともっと昔、20年以上前のがんセンターの入院だって、そうだった。彼は、自分のことについては、大げさに騒ぎ立てるけど、私の時なんか、何も、一つも、してもらったことは無かった。整形外科の医者は、私が職場から自分で運転してきていることに呆れていた。でも、どうしようもないものだ。靭帯を切ったのが右足だったら、どうしたかわからないけど、左だったから、運転できた。手首の骨折も、左手だったから、運転できた。不自由でも仕事も家事もこなしていた。働くっていうのはそういうことだと思っていたし、頼るあてなどないと思っていた。なのに、まあ、朝から、散々泣き言を聞かされて・・・彼は悄然としている。私は憮然としていた。10年以上前の大けがのことを話して、私に何かをしてくれたかと、きつい口調で言った。一昨年から去年にかけての体調不良や体重の激減の時のことも知らないだろうが、今のBMIがまだ22以上ある元夫君に比べれば、当時の私の方がよほど危機的だと言ってやった。気づきもしていないだろうけれどもって。今の私だって、BMIは20に足りないくらいだ。「甘えてます」って自分で言っていたけど、感謝も、謝罪もない。自分の気分で、延々と話すのに、閉口する。。。で、買い物がてら、蔵に出かけた。明日が5%割引の日だから、大方の買い物は明日だ。今日は、買い物というよりは散歩だった。半額とか30%offとかの日配品を買った。昨日なぜかコピーし損ねていた2ページ分のジェイン・エアの拡大コピーもした。そして、時間を見たら少し余裕があったので、蔵での火災保険の確認作業に行くことにした。5年更新の火災保険で、保険料は共益費から積み立ててあるので、本人確認だけ。すぐ済むけど、時間設定が今週と来週の土日の11時から13時となっていて、混んでたら嫌だなと思って、今日に、時間ができたので済ませた。5年前ちょっとかに、蔵のすぐ近くの民家で爆発炎上があって、火の粉が飛んできそうな危険な状態だった。それまで、火災保険とか無かったのに、マンション全体で入っておこうとなったのは、それも影響してるかもしれない。それと、高齢者が多くて、失火とかも危惧されるし、責任能力という点では、高齢者や、借り上げ社宅の外国人労働者などが、不安視される。それからは、植え込みの花ガラ摘みとか、芝桜の植え付けとか、駐輪場横の除草とか、昼ご飯を挟んで、エントランスの花ガラ摘みと除草、芝生の除草もした。一日一善はできたな・・・昨日の入浴中に、なんか、右の膝の奥に違和感があったけど、確かに使い痛みがあると感じた。。。頑張り過ぎだなって反省して、明日以降は、ちょっと楽をしよう。でも、まあ、花ガラ摘みとかしてるとき、除草してるとき、自分と対話する時間になっている。ここではブログでそれを書き残すことで自分を整理している。今日も、ちゃんと眠れると良いなぁ。。。しっかり太陽を浴びていたので、日焼けをしているかもなぁとか・・・考えるともなく考えて、明日の日曜日の買い出しに備えよう!明日は5%offだ。頑張るぞ!老人会のコーヒー、自分のザバス、元夫君のカゴメのスムージー。どれも期間限定の割引中だから、余計に5%offで買いたいのだ。ああ、こんなにけちけちしているのに、元夫君の為に昨日ナフディンを注文してしまった。27000円もするのにだ・・・げんなり・・・帰って、ジェイン・エア聞いて、お風呂入って、寝よう!
2026年04月11日
コメント(3)
家に居ると、家人の体調不良を痛切に感じるので、家に居たくない。荷物の受け取りがあるときは仕方ないけど、そうじゃなきゃ、本当に、朝食セットが終わったら出たい。体調が悪いと、見境が無くなるから、植えて30年以上になる前庭のローズマリーを伐ってあった。。。またまた、こんなことが始まるのかと、余計に暗くなる。びっしりと青い花が着いた花盛りだったのに・・・口もききたくない!体調悪くて、機嫌が悪いのだろうけど・・・さて、買い物に行って、ついでにいつものスーパーで、ジェイン・エアの37章を拡大コピー。200%の拡大にしてみました。メモを書き込むのに、良いように、B4にしました。頑張ってしていたら、おじいさんが座って待っている。『すんませんねぇ・・・拡大してるんで、もうちょっとかかる感じです。』その後、終わってから、声を掛けたら、「あんた、拡大や縮小ができるんか?」って聞くので、「できますよ」って答えたら、具体的な要望があったので、A4の原稿をB5に縮小する手順を、一つずつ順を追って教えてあげた。3枚で15円だけど「濃度とか良いですか」って言ったら、「ええから。あかんかったら、また15円払うから」って言うので、スタートして、喜ばれた。「よう知っとうなぁ」って、言われたけど、「いえね、仕事で使ってましたから」って、笑顔で。一日一善。見知らぬおじいさんに・・・喜ばれて良かったです。今日は、10日なんで、ポイントが10倍の日。200円で1ポイントが10倍だから、100円で5ポイント。ま、5%offみたいなものですね。でも、12日の日曜日が、実際に5%offの日だから、焦らずに・・・それから、花を見に、ホームセンターに行ったら、芝桜が70円になっていたので、8つ買って、出始めのバジルも2ポット買って、計994円ちょっと嬉しかったかも。定価で140円の芝桜を買っていたので、半額になっているのはなかなか嬉しい。雨の時の泥はねを防ぐのに助かると思って。白と、薄紫と紫と、バイカラーのと。この時は、小やみになっていた雨が、その後また降り出して、蔵に行ってからも、なかなか作業は進まなかった。でも、まあ、植え込みの葉ボタンを思い切ってカットして、初夏に向けて手入れをして、ドクダミを切ったり、ハタケニラの新芽を抜いたり、ちょっとずつ小やみの時にして、最終的には、いつもの花ガラ摘みも、それから除草作業もしました。芝桜はまだ植えてないけど、バジルは植えて、買ったばかりのゼラニウムの植えつけも。途中でゴミを捨てに行ったときに、誰かの植え込みから黄色いフリージアの香りがして、ゴミを捨てに行くのさえ楽しい。階段の出口のところの、雨で汚れたのを掃除しておいたら、その後、隣の階段の出口も、最近越してきた人が掃除していたので、挨拶を。きりないけどね。雑巾がけがしたくらい、上から上から汚れが雨で流れてくるので。昨日から今朝にかけて、妙に寝苦しい感じで、意味不明に眠れなかったので、今日は眠りたい。元夫君の体調不良が、自分にも辛いので、鬱々としているのかもしれない。気にしても仕方ないのに、気になるのは、出ていかないで、居座っているからで、本当に、どうしようも無いこの離婚後の23年間の居直りと居座り。。。神様、何とかしてください・・・本当に本当に、何とかしてください・・・
2026年04月10日
コメント(3)
よく眠れるかと思ったけど、そうでも無くて、2時間おきに目が覚めた。でも、9時まで寝たので、まあ、良しとしよう。注文してたハマボウの苗があっという間に到着することになって、午前中は待っていた。出る支度をして、待っていたら、11時頃に届いて、良かった。そして、2本入りのハマボウの苗は、思ったよりずっと小さいサイズの箱で届いてびっくり。2本で、送料込みで2000円という破格のお値段だったので、なんと、先端部を15センチくらい曲げて、梱包してあった。ハマボウは柔軟な若苗だったので、箱から出したらすぐに真っすぐになって良かった。送料を減らす工夫として、すごいなって思った。来年には花が見られると良いなぁ・・・大好きな黄色い花・・・で、買い物とかを無しにして、そのまま蔵に向かった。今日は予定通り、普段より人少なで、所用で来れない人が4~5人あって、後はいつもの体調不良で・・・12人の参加だったので、ちょっとひっそり・・・もしないで、楽しく過ごした。何と言っても七並べの2時間は楽しく、体操もまあまあ、そして会食。人が少なくても予算は一緒だから、その場であげる唐揚げが一人当たり多く当たるって感じで。前もって買ってある材料を変えられないからね。歯が悪い人も有るのに、唐揚げにするのは、調理担当者が歯が丈夫で唐揚げが好きだから。ま、そんなわけで、私には、自分の3個にプラスして、噛めない人やら、多すぎる人やらから次々と唐揚げが届いて、結局持って帰って晩御飯も・・・唐揚げは良いとして、たくあんとかの漬物のセットも4人分になったので、大変。入れ歯の具合が悪いって大変なんだと思う。その後、雨が降り出す前に二人帰り、4時になったので、私も一人の先輩を誘って早退。誘ったのは、パセリと掻きチシャとをもらってもらう為で、雨が本格的に降り出すと、収穫しにくいからね。パセリは4本と掻きチシャは一株と、あと赤い掻きチシャも3枚。3枚なのは3株あって、それぞれから1枚採るから・・・その後、一旦雨が上がったので、私はいつもの花ガラ摘みに。明日のお天気もわからないけど、ともかくも花ガラは摘み、少し雑草も駆除し、本日の一日一善を済ませた。駐車場のドクダミの駆除を始めたので、これからは、しばらくハサミでチョキチョキしなきゃ。あちこちの植え込みでフリージアが咲き始めて、良い香りをさせている。植えっぱなしにしていても咲き続けるのは、黄色いフリージアが多いと思う。良い感じにあちこちで咲くのを楽しみにしている。さて、私の植え込みの葉牡丹の今後をどうするかを考案中。咲き切ったら、カットして、夏越しをさせるのだけど、タイミングや、形の決め方など、悩ましい。それと、今日届いたハマボウをどうするかも考えなきゃで・・・楽しくも有り、悩ましくもある。今年、ゴーヤのカーテンに挑戦するかとか、ミニトマトをどうするかとか・・・悩みは尽きない。妄想しているときは楽しい。実際は、朝から、体調の悪い元夫君の話を聞き、いきなり下痢続きの毎日を心配している。二階の私の部屋を出ると、元夫君のトイレのにおいがする。ところが、彼は嗅覚が損なわれているので、わからない。ニオイに敏感な私は、本当に悩ましいのだけど・・・体調も悪いらしく、散歩にかかる時間が伸びて、間にあちこちで休まないと歩けないらしい。しかし、「死ぬまで歩く」のが理想と思っているようで、よほどのことが無いと朝夕歩く。まあ、彼の人生だから、終わらせ方は任せるけど、私への影響は最小限にしてほしい。。。今の願いはそれだ・・・後の様々のものの処分のこととか、金融関係のこととか、家族じゃないから、本当に厄介。私の時には妹や姪たちに頼むのだろうけど・・・インターネット関係のこととかも、解約とかしなきゃだろうし・・・考えると暗くなるので、考えないことにしている。でも、確かに、一気に体調が衰えているのは、間違いない。見てわかるくらいだ。。。どうするんだ???私・・・
2026年04月09日
コメント(3)
結局、昨夜から一睡もできずに・・・っていうか、入眠感がまったくないまま時間だけが1時間2時間3時間と過ぎていき、11時過ぎから、諦めて起きだした6時前までの時間は、苦行でした!でも、まあ、さっさと朝食セットを済ませて、洗濯してあった洗濯物も干せて、早めにゴミの分別に出かけました!蔵に着いたら、早いおじいさんが二人、もう6時30分くらいには居たんだろうけど、私が着いたのは40分ごろだったので、堪忍してほしいと思いました。。。三々五々集まってきて、出し方の間違っているのを入れ直したり、キャップを外したり。終わったのは7時05分ごろでした。その後、先輩から焼きたての焼きいもをもらって、朝食の続きに・・・小さなお芋で良かった。次は8時半から新玉ねぎ引き。そして調整。最後は新玉ねぎを大小5つと、レタスも1玉もらって、先輩の手作りサンドイッチを一切れもらってまた食べて・・・蔵に帰ってホッとして、自分の植え込みの花ガラ摘みやら、駐輪場の脇の除草やらをして、年末から咲き継いでいるパンジーとかに追肥をしていたら、お向かいのお部屋の方のお姉さんとお父さんとが、部屋の方と一緒に来られて、通りがかり、いつも色々もらうので恐縮なんだけど、今回は、新鮮な生みたて卵とかを8個ももらいました。なんとまあ・・・恐縮しきり・・・お昼ご飯を食べてからは、いつもの、エントランスの花壇の花ガラ摘みと除草、そして、芝生の除草をしていました。どちらもキリが無いけど、だからこそ毎日やらなきゃいけないんですね。。。勤めていた頃、私は職場のトイレ掃除が趣味で、毎日何度もトイレ掃除をしていました。仕事と思わず、趣味と割り切って、一日に何度も通って掃除をしていると、汚れて放置されている時間が無いので、清潔なトイレで、生徒にも職員にも好評でした。生徒の使うトイレを職員も使えるほど美しく保ってあってってことで。最初に何十年物の汚れを取るのに徹底的に取り組んで、尿石とりとかも、しっかりしたし、アルコールを使った簡易的な清掃は、朝・昼・放課後と続けていたのを思い出します。ここまで汚れていても平気なのかと思うような状態からの取り組みだったので、最初は相当休日に頑張ったけどなぁ・・・今の駐輪場の周辺の除草作業とかは、それに似てると思う。駐輪場を使う人が、気持ちよく使えるように去年の秋に思い切って頑張ったので、今は以前のようなことにならないようにちょっとずつ管理を強化しているところ。今日もヘクソカズラのツルきりを頑張ったし・・・これも、一日一善だなぁ・・・マンションの公用部分の除草やごみ拾いも、花ガラ摘みも、毎日やっていると短時間で済むし、日を置くとしたくなくなる・・・これから暑くなるので、虫も出てくるし、今のうちが大事と思っています。自分の植え込みのドクダミも、ハタケニラの赤ちゃんたちも、とにかく毎日根気よくと、向き合っています。何かしていないと、寝てしまいそうな睡眠不足なので、ともかく起きておけるように・・・身体を動かして、眠気と戦っています!明日は七並べと体操と会食だ!今夜はしっかり眠れますように。。。
2026年04月08日
コメント(6)
全3408件 (3408件中 1-50件目)


