2011年04月24日
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                        中国の黒龍江省の中学を優秀な成績で卒業して、

                        稀少な高校進学を果たす直前に、

                        まったく言葉のわからない日本に、

                        敗戦後の混乱で残留婦人となったおばあちゃんの

                        帰国の願いを支えるために一緒にやってきた家族。

                        夫に死なれ、子連れで再婚した中国人との間に生まれた子ども、

                        彼女自身の五男にあたる息子と、

                        敬虔なカトリック教徒で中国人の嫁と、




                        苦難の連続を更に辛くする言葉の壁。

                        日本人だった彼女は帰国後は言葉に困らないけど、

                        中国人として育った息子や、実際中国人の嫁は、

                        まったく日本語が話せないし、

                        文革の影響で、母親が日本人だった息子は学校にも行けなかった。

                        嫁は中国でも当時は珍しい高校を出た才女だったけど、

                        息子は中国語の読み書きもできない。

                        置き換える母国語の読み書きができないと、

                        日本語学習はすごく難しい。

                        ストレスで、胃潰瘍と潰瘍性の大腸炎を起こし、




                        75歳の高齢だった母親にはどうすることもできないまま、

                        時間が過ぎて行き、中国では学校一優秀だった孫も、

                        日本の中学に入りなおして高校を探し、

                        地元の農業高校に入学した。。。

                        そのわずかな入学金も制服代、教科書代なども、



                        初めての出会いだった。。。

                        彼は優秀だった。

                        日本語も短期間で習得していたし、

                        英語も中学時代に英語検定などを受けていたし、

                        家族のために空き時間はずっとアルバイトをし、

                        学業にも励み、地元の大学を卒業後は

                        大阪府の職業訓練校にも通って、

                        KDDIの子会社に晴れて就職した。

                        この間に、妹も同じ高校の後輩となり、

                        神戸の名門の介護福祉の専門学校に進学し、

                        一足先に関西電力の子会社の作る高齢者用のケア付きマンションに就職。


                        本当によく努力して、二人とも自分の人生を切り開いて来た。


                        私は経済的支援と、落ち込みがちな母親への心の支援をしてきた。


                        いつも言って来た。

                        「あとになったら、たいした金額じゃなかったことがわかる」

                        「たいした金額じゃなかったことがわかるような一生の仕事を持って」


                        お兄ちゃんが、KDDIの子会社に就職する時も、

                        した後も、ずっと励まし続けてきた。

                        そして、昨日、晴れて、お兄ちゃんはお嫁さんをもらった。

                        しかも、お父さんの居ないお嫁さんのお家に、

                        お祖父さんやお祖母さんに求められる形で、

                        同居することにした。。。


                        中国で続けてきた農業の技術も生きるし、

                        若くやる気のある働き手としてお祖父さんからも見込まれている。

                        90歳同士のお祖父さんとお祖母さんは、

                        お元気そうで、本当に幸福な結婚だと思う。

                        教えてもらうことを全部吸収して、

                        農業も継げるといいなぁと思っている。


                        互いに一目で恋に落ちてから4年半。

                        じっくり時間を掛けて、昨日を迎えた。


                        先週、彼のおばあちゃん、中国からの帰国婦人のおばあちゃんは、

                        急な体調悪化で、危篤状態にあった。

                        後から続いて日本に来た子の家族、孫たちも、みんな集まっていた。


                        でも、内孫の結婚と言う大きな行事の直前、

                        持ち直して、何とか、自力呼吸を回復してくれた。


                        枕元での必死の呼びかけがきっと聞こえたと思う。


                        中国人のご主人は、自分が亡くなる時、

                        お前は故郷の日本に帰れと言ってくれたそうだ。

                        多分、今回、その天国のおじいちゃんが、

                        可愛い孫の挙式のために、おばあちゃんを追い返したのだと思う。

                        もうちょっと天国に来るのを待ちなさいってね・・・

                        一家は、みんな熱心なカソリック教徒なんだって。。。             

                        天国には、いつでもいけるんだから、焦るなって・・・







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最終更新日  2011年04月24日 19時08分12秒
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いいお話ですね  
感動的なお話に、心を動かされました。本当に、いい援助をして差し上げて、よかったですね。中国と日本の重い歴史を改めてかみしめています。中国から日本人が命からがら逃げかえってきたときに子供を託された中国の方たちが、様々な迫害に会いながら子供たちを守り、育ててくれたことを思い出します。本当に、子供というのは社会のみんなで守り育てるものなのですよね。毎日被曝しつつある福島の子どものために私たちは何ができるでしょう。 (2011年04月24日 20時32分31秒)

Re:昨日、4月23日は、結婚式でした!(04/24)  
kororin912  さん
ひとまず、ほっとされたことでしょう。

言葉が通じない、というのは、心が通じないということだから、そのおばあちゃんの息子さん、本当に大変だったと思う。

せめて、漢字が読めたら、少しは意味がわかったでしょうに。

中国でも、日本でも、つらい思いをしたなんて・・・

私は、実際にはそういう方たちの生活に触れていないので、「大地の子」のドラマが浮かぶくらい。

文化大革命のときは、本当に、大変だったことでしょう。

(私が中国に行ったのが、1978年8月のことでしたから、まだまだ文革の香りがいっぱい漂っていました。

思えば、すごいときに行ったもんだ・・・と思います。)

願わくば、お幸せに。 (2011年04月24日 20時51分59秒)

アリシアさんへ  
小芋さん  さん
若かった頃の私は、お金が無かった分、働きながら、自分の時間を差し出すことで、
自力で小学校の前にアパートを借り、人を頼み、学童保育所を作り、
自分の娘だけでなく地域の働く女性と子どもたちのために、
全力で運営に当たっていました。
子どもが大きくなって、自分の仕事も順調になってきて、
経済的に余裕ができてきてからは、
学童保育所で知った母子家庭の窮状を支援しようと、
経済支援をするようになりました。
確かな技術や資格を持って、働ける限り、自分で賃金を得て暮らせるように、
身近で資金提供を必要としている子どもたちを支えています。
毎年出せる資金には限度がありますが、
時には、自分が借金をしても資金援助をすることもあります。
私には、借金をすることのできる信用があるのだから、
それの信用を使えばいいのだと、割り切っています。
私は、返してもらうことを前提にしていないのですが、
時には、自分で安定した収入を得られるようになって、
返してくれる人も居ます。
そうすると、時には、もっと多くの人を支援できることもあります。
個人の力では、あらゆることには対応できるはずも無いので、
「できること、できるときだけ、できるだけ」この気持ちです。
天国にはお金を持って行くことはできません。
誰か必要な人が、必要としてくれる形で使われることが、
お金にとっての本望です。
かつて学童保育所の作り運動をしていた頃は、
ビラ配り、連夜の会議、ハードな対市交渉もこなし、
市長室で粘って市長や教育長とも前面で渡り合っていましたが、
今は、そっとできることをするだけです・・・
そうそう、私の父は樺太生まれ、母は台湾生まれなんです。。。 (2011年04月25日 00時06分27秒)

yumiさんに・・・  
小芋さん  さん
私には劉さんという知り合いが3人居て、
一人は広島に住むエリートサラリーマンですが、
彼の日本留学の費用から広島大学の大学院卒業までは、
父が支援しました。
父は、彼のお父さんとたまたま仕事で行った中国で出あって、
第二次大戦前の大阪に留学していたこととか、文化大革命のときに下放されたこととか、
息子が大連の外国語学院で日本語を学んでいることとかを聞いて、
それで、日本に招いたんです。
もう一人の劉さんは、その方の北京での外国語学院での同僚で、
美しい女性でした。
北京に私たちが遊びに行ったときに市内を案内してくださって、
とてもお世話になりました。日本語も美しい言葉でした。
そして、3人目の劉君が、今回結婚したわけです。
だから、私は、兄弟のように付き合っている劉君と、
尊敬する大先輩の劉さんと、自分の息子のような劉君と、
三人の劉さんと知り合いなんです。
楊さんと張さんと言う女性の知り合いも居ます。
みんな、今では日本語が達者なので、私は日本語だけです。
そうそう、娘のようにしているお嬢さんも劉さんですね。。。
でも、実は、この結婚の直前、帰化申請が認められて、
私の友人一家は、日本国籍も取得したんですよ! (2011年04月25日 00時17分00秒)

Re:昨日、4月23日は、結婚式でした!(04/24)  
jun2912  さん
見守り続けてこられた方々の 嬉しい日
長い苦難からの 明日への光・・・

支援の意味を かみしめています。
(2011年04月25日 07時22分27秒)

junさんへ・・・  
小芋さん  さん
親戚が増えたって感じですかね。

負担にならないような、お互いの距離って言うのが、

この一家との場合は、とっても近いの。

多分、劉っていう苗字のせいだと思うんだ。

兄弟のように、父が選んだ人の姓が同じだったし・・・

心をこめて支えようと思えるような、愛に溢れた素敵な家族なんだよ・・・

(2011年04月25日 21時35分59秒)

Re:アリシアさんへ(04/24)  
小芋さんさん
すごい。感服しました。うんざりすること、失望させられることの多き世の中で、このように生きている方がいる、それと出会えただけでも、やっぱり人間捨てたものじゃないって思います。「あらゆる汚辱にもかかわらず、それでも人間を愛さずにいられない」と書いていたのは、ゴーリキーでしたっけ。特に日本人は、黙って体を動かして黙々と人のために無償の奉仕をする、という事にまだまだ不慣れな気がします。それと、やっぱりお金という魔物に魂を奪われて本当の自分の人生をなくしている人が多すぎます。人のために尽くす仕事をするためにこそ、お金が必要なのだと思います。最近、エンデの遺言を読み返して、あるべき経済の方向を学びなおす思いでした。今の世の中は、貨幣が独り歩きして、人間を人間でなくしている気がしてなりません。 (2011年04月25日 22時32分12秒)

アリシアさんへ  
小芋さん  さん
エンデと言えば・・・
娘が中学の頃エンデに傾倒していて、
元夫君に全集を買ってもらって読んでいました。
ところが、エンデって言うと、「MOMO」のイメージが強いけど、
すごい哲学的で難しいんですよね・・・
私は、キリスト教を信じませんが、トルストイの童話が好きです。
「愛あるところ、神あり」とか、
「人は何によって生きるか」とか、
「人にはどれくらいの土地が必要か」とか、
小さな童話の中に、汎神論者だったであろう彼の魂を読むことができるように思います。
「汝ら、我が兄弟なるこれらのいと小さき者の一人に為したるは、
 すなはち我に為したるなり。(マタイ伝第二十五章)」
(2011年04月25日 23時25分29秒)

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