うむ、私が持ってる百人一首には、天皇が三人だけ(天智天皇、持統天皇、光孝天皇)しかありません。

写真のお二人は、「陽成院」さんと「後鳥羽院」さんとして、載ってます。

それが答えかな?

(2011年08月23日 12時32分39秒)
2011年08月22日
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カルタの入れ物のイラストが綺麗でしょ?


                        昭和9年のお正月号の付録ですからね、

                        その時すでに生まれていた人で、

                        このブログを見てくださる方は、

                        あまり居ないと思いますし、

                        まして、その当時に「少女の友」を

                        買ってもらっていた人は、もう90歳過ぎで、

                        かつ、結構なお嬢様???


                        このカルタは、取り札にも地模様があって、



                        割と安く落札できたものです。


                        源氏香の模様と、季節の花のシルエットが印刷された札です。


取り札といっしょに



外箱と札と



サイズ比較のための普通の札をおきました。


                        さて、と言うわけで、

                        この昭和9年のカルタは、一枚当たりのサイズが、

                        切手ほどの大きさしかない、

                        極小版のミニチュアカルタだったんですよ。


                        読み札も採り札も20枚ずつ薄い紙で包んであって、



                        それを、美しいイラストの外箱で包む構造になっていました。


                        素敵な趣向でしたし、あまりの可愛さに、

                        きっと当時のお嬢様たちは大喜びだったでしょう。


                        で、今日の問題です。

                        一番最後の写真の、普通サイズのカルタ、



                        どこが変だか、わかりますか????


                        答は、また今度・・・










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最終更新日  2011年08月23日 01時41分10秒
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Re:今日のカルタと、今日の稀少カルタに関する問題・・・だからカルタが好き(08/22)  
kororin912  さん

中井さん ありがとうございます  
jun2912  さん
きょう 知りました。
御冥福をお祈りするとともに
ありがとうをお伝えしたくて 空を見上げました。

京都のコンサートは 深い想いに包まれることでしょう。 (2011年08月23日 20時14分02秒)

yumiさん、その通り!  
小芋さん  さん
このカルタでは、諡号(シゴウ = おくりな)を
天皇の呼び名として使っているんですよ。
まあ、間違えというか、確信犯的間違えでしょうね。
なんと「院号」のつく人全部が「○○天皇」になってました。
在位中は、「今上」退位後は「新院」などと呼ばれたもので、
「院号」の諡号をついでにカルタでも天皇にしたんですよねぇ・・・
この人たち、天皇在位中も院となって存命中も、
一度もこんな呼び方されたわけじゃないし、
かと言って、天皇だったのも事実だし、不思議な感じですね。
私たちは一般に院と号してからの諡号で認識してるから、
後鳥羽院か、後鳥羽上皇と思いますよね。
ちなみに、崇徳・安徳・顕徳・順徳の四人の天皇の諡号にのみ、
「徳」の字が共通してつくことから、
「徳」を諡号に入れることに、何らかの意図が感じられます。
崇徳院は諡号までは「讃岐の院」 安徳天皇は当然院号は無く、
顕徳院は「隠岐の院」、順徳院は「佐渡の院」と、
地名を冠して呼ばれていました。
実際には、顕徳天皇は、存在しません。
その後、更に追号されて後鳥羽院となったからです。
よっぽど、恐かったのでしょうかね・・・
ちなみに安徳天皇と後鳥羽院とは、異母兄弟です。
あらゆることは、崇徳院の祟りってことらしいですよ。。。 (2011年08月23日 23時43分08秒)

junさんは、知らなかったのか・・・  
小芋さん  さん
私はね、ゆかりんさんのブログでしばらく前に読んでね、

それで知っていたんだよ。。。

トッポなぁ。トッポが、もう少し、丸くなっていたら、

中井さん、違った気持ちで、天国に行けたかもなぁ。。。

まぁ、ピーは、間に合って良かった。

中井さんは、きっと寿命を知っていたんだろうね。。。

その真摯さが、ピーを動かしたと思うよ。

京都で、祈りを捧げるよ。。。 (2011年08月23日 23時51分20秒)

Re:yumiさん、その通り!(08/22)  
kororin912  さん
小芋さんさん
>あらゆることは、崇徳院の祟りってことらしいですよ。。。
-----
私ねー、源氏と平家の人たちのイメージが、大河ドラマの「新・平家物語」で、固まってしまっているんです。

つまり、後白河法皇は滝沢修さん、平時子は中村玉緒さん、という具合にね。
で、その時は、崇徳院が田村正和さんで、かっこよかったの。以仁王の北大路欣也さんも、素敵だったなぁ。

敦盛の勘九郎さんは、ちょっと・・・

義経の志垣太郎さんのイメージは、とにかく、はっきり残ってますねー。

映像が、総集編しか残ってない、というのが残念です。

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E3%83%BB%E5%B9%B3%E5%AE%B6%E7%89%A9%E8%AA%9E_(NHK%E5%A4%A7%E6%B2%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%9E) (2011年08月24日 00時44分33秒)

yumiさんに・・・  
小芋さん  さん
新平家物語で、私が覚えているのは・・・

大原御幸と、大輪田?泊着工と、

もう一つ、「歴史は常に勝者によって書き換えられるものだ」

という父の教えですね。

田村正和さんだったら、

絶望に凍り、瞋恚に燃え、生きながらにして魔王・天狗となった崇徳上皇の凄みが、

出たかもしれないですね・・・

保存状態がいいから、今でも同じ役が彼はできるでしょうね。

雨月物語の「白峰」のイメージが強くてね。。。

百人一首一夕話にも、えらく詳しく書かれています。 (2011年08月24日 21時30分21秒)

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