2024年05月07日
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4月末に4泊5日で、帰省したが、5月もそうするつもりで、24からの帰省を想定していた。

ところが、行きも帰りも、妹の行事予定とまるかぶりで、二進も三進も行かなくなって、

帰省の予定を一旦キャンセルして、5月30日から6月3日と月を跨ぐことにした。

24・25・26・27・28と帰る予定だったから、

30・31・01・02・03となった。

今のところ、30と03とも妹の予定は空いているらしい。

たった20分や25分の送り迎えだけど、往復する妹には1時間仕事になる。
これをしてもらえないなら帰省できないくらい、情けないほど、自分の足腰と心が衰えている。

なんか、日程を調整しながら、なんでかなぁと思っていたら、それは、自分がもう65歳だったからだ。


今だって、自宅から姫路までは在来線を乗り継ぐし、大雨でもなければ、大丈夫なのだ。

でも、実家の最寄り駅はいきなりの歩道橋からスタートする。これが、本当に苦痛。

かつ、そこを避けて、前後のどちらかに行くにしても、送ってもらうことになる。

戻ってくる時もそうだ。

下関の駅のホーム、小倉駅の在来線と新幹線との乗り継ぎ。少ない本数の山陰線。

あらゆる点で、昔とは違う。

地域は衰えて、山陰本線なのに、去年から2駅奥以降は不通区間。

私の足腰も、衰えて、無理をすることを恐れている。
後から、酷い後悔をすることがわかっているからだ。
リュックで重い荷物を背負えば、翌日から肩こりがひどい。
手持ちの荷物が重ければ、ぎっくり腰や股関節痛につながる。


あれやこれやで、妹の送迎がどうしても必要になってしまうのだ。

さらに、妹の言によれば、姪は怖くて送迎させられないと言うのだ。
それって、どうなん?????

私の中では、そんな30過ぎの娘を怖くて運転させられないっていうのは、信じがたい。

また、なんか、妹は、姪の事で隠していることが有るのかもしれない。


妹の中で、過剰な不安と、無謀な放置とが交錯している気がする。


あの時も、しばらくは言わなかった。どうしようもなくなってから、やっと私に言った。
そこから、宿題を見たりして、糸口を見つけ、なんとか高校を卒業させ、大学にも進学させた。
その、大学時代も、色々あったのに、妹は、放置していたので、とことんこじれて、
卒業が危うくなってしまっていた。


私が、大学院に進んで資格を取るように言わなかったら、そもそも、単位の事さえ話し合ってなかった。
大学との直接のやり取りで、卒業も危ぶまれると分かったのだった。
だから、大学院どころではなくなって、やっと卒業単位を満たしてから、
4月以降に専門学校に入り直した。
2年後の専門学校卒業時にも、グダグダグルグルあって、なんとか、家の近くに仕事が見つかったけど、
怖いから放置っていうのは、一番あかんと思うんよ。。。

結局、その職場もコロナ禍で退職を余儀なくされたんだけど、
そのことも、私はおろか、妹は、自分の上の娘にも隠していた。。。
隠すってことは、まずいって思ってるってことよね。

確かに、そうなんだけど、もう一度仕事を探すにも、
事務的な仕事ってそんなにあるわけじゃない田舎で、
せっかく取った医療事務系の資格とかを、活かすことをしたがらない。

これまでに女性ばかりの環境では人間関係をこじらせ続けてきているので、
医療事務なんて、まさにそういう職場だから嫌なんだと。。。

その上、今の妹の姿勢のように、車の運転が不安だからさせたくないって言い始めたら、
通勤自体ができなくなる。

前は、通勤に車使っていたのに。
実際、送迎を姪にしてもらっていたのに。それもできないと、妹は言う。。。


妹自身が、人間関係をもつらせて25年で仕事を辞めているので、危惧があるのかもしれないけど。

だからと言って、車の運転をしないで居たら、余計に恐怖心が強くなる気がするんだけど。



仕事って、人間関係のもつれとかあるもので、付き物だと思うんだけど、
私が子供時代に辛い思いを乗り越えた後は、もう失敗も怖くない、誰かが何とかしてくれるから。。。
って、開き直って生きてきたのに比べて、

妹は、そういうのが無かったから、強烈に辛い経験を就職後にしたと思う。

私は、妬みや嫉み、やっかみの対象ではなかったけど、妹は対象になるような存在だった。
なあんにも持たないで、その時その時の運と勘だけに頼って生きている私は、妬まれる余地が無い。

妹は、色々とできて、色んなことで秀でているせいで、「出る杭は打たれる」状態だった。

私は「出過ぎる杭は打たれない」って避けて通ってもらう方だったから、

妹とは対人関係の距離感が違う。

今は、仕事を辞めて、自分のしたいことだけをして、会いたい人にだけ会って生きている妹には、
姪の痛みをブーストしてしまっているような感じを受けてしまう。


兎も角も、私は、実家に帰省するし、日程を一週間ずらせば可能なようなので、そうする。

気持ちを立て直して、今日を終えよう。





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最終更新日  2024年05月07日 00時28分54秒
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5月6日の晩御飯に何を食べたか・・・  
小芋さん  さん
5月6日の晩御飯ってなぁ。。。
昼晩兼用みたいな時間になってたからなぁあ。

朝昼兼用ならブランチだけど、そんな時間は寝てたからな。

・まずは、ブロッコリーだな。茹でたやつ。
 これにドレッシングと使い残りのマヨネーズとをかけて食べた。

・樺太シシャモ。たっぷり入って、398円の30%off
 焼きたてを、熱々言いながら食べた。
 シシャモって、廃棄率0だから、好き。

・鯛のアラの塩焼きの、骨の周りのところ。
 いつものカブトは、こんがり焼き目を付けて7日の昼ご飯に。

・炊き込みご飯のおむすび。

昨日は、買い物に行って、30%offのを買い込んできたので、
それらをオーブンでせっせと加熱調理していた。

なので、ちょっとずつ時間をおいて、食べることになった。

まずは、蒸し焼きにしてしっかり加熱して、
後は食べる時に皮に焼き色を付ける。
魚の皮は食べたい派なんだけど、焦げ焦げなのは、危ないので、
焼き加減が難しい。
パリッとしていて、なおかつ焦げないギリギリを攻めている。
大抵は、ちょと焦がす。。。 (2024年05月07日 21時57分27秒)

Re:皐月六日 いやいや、帰省の日程調整にてこずって・・・(05/07)  
kororin912  さん
私には兄弟姉妹がいないので、親の世話とかを分担するような感覚が全くないのでよくわかりません。
それに、妹さんの置かれている状況を、どこまで危機感をもって感じることができるのかも、わかりません。

甥や姪もいないので、その感覚もわかりません。

旦那も一人っ子だからね。そっち関係の甥や姪もいないし。

私の家族関係は、ちょっと特殊なのかもしれませんね。


今日は、母がまた入所した老人保健施設に、手続きをしに行ってきました。私のコロナの症状が落ち着いたし、連休明けに来てください、と言われていたからね。
リハビリ担当の若い男性とお話したけれど、母はやっぱり、したいことだけして、皆と一緒にしないといけないようなリハビリはやらないみたいです。
「昔からそういう性格なので、すみません。ご迷惑をおかけしています。よろしくお願いします。」とご挨拶しましたよ。


今日の晩御飯は、もやしと丸天の入ったうどんと、かぼちゃコロッケ、塩サバ1切れ、春雨の酢の物、そして、デザートがいちご「あまおう」でした。 (2024年05月07日 22時32分52秒)

Re:皐月六日 いやいや、帰省の日程調整にてこずって・・・(05/07)  
小芋さん  さん
妹は、子育てを両親に依存してたんですよ。

近居するようになる前も、父が通っていたりして。

妹の主人は3人兄弟の長男だったけど、
お父さんが老後の早い時期にパーキンソン病を発症されて、
長く患っておられて、お姑さんは、そちらの看護と介護にかかりきりで。

だから、妹にしたら、今お姑さんが不調になって以降、
介護や介助が必要な時に、自分が行くのにちょっとした不満が蓄積してて。
自分の父親や母親の時はそんなにご主人にしてもらってないのにって。

一方子育ては、本当に実家の父と母に頼りきりでしたから。
朝、夫婦で仕事に出かける頃には、母が妹の家まで行って、
子供達を送り出して、(母にとっては、息抜きでしたけどね)
夕方は、子供達は徒歩5分の保育園や小学校から私の実家に帰ってくる。

そんな生活をしていたので、妹が仕事を辞めるまでね。

だから、今でこそ、母は、妹の家に行けないけど、
かつてはお勝手から家の裏木戸を出て、あぜ道を30秒も歩けば、妹宅。

そもそも、敷地も、たまたま売りに出た時に、見つけて、
実家の土地と同じ売主だったから、直接交渉で2軒分を買って。
一軒分は妹たちがお金を払って家を建て、もう一軒分は、空き地のまま、
妹たちの駐車場や、自由に作れる畑になっていました。
父が建てた物置兼書斎も今は妹の機織り部屋に。

そんなわけで、相続の時も、スムーズに全部今まで通り使えるように。

私は、母の住んでいる家の父の分を相続して、毎年固定資産税を。
姪が、母の元に通うのも、もうずっと普通のことなんです。

徒歩30秒って凄くないですか?

車だと遠回りなんだけど、歩いたら、そこなんですよ。
父は、最期は今の母が通っているデイケア施設のステイを利用していましたが、
入った部屋の窓からは、自宅の屋根が見えるんやって喜んでいました。
母が健康を害したから、父は仕方なく施設に入ったけど、
まあ、しょっちゅう自宅に戻っていました。

施設でも、レクとか出てないと思います。
部屋で、ネット三昧だったんじゃないかな。

母は、デイで、週二回使っていますが、レクとか、ちゃんとやってます。
なんのためのレクかも、作業療法とかを理解してるのでね。

私は、気難しい老人にならない努力を自分ができるかどうか・・・ (2024年05月07日 23時10分53秒)

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