ほん太は,特別優れているものはない。
そのことを妻は危惧している。
何か打ち込まないものがないといけないという。
このまでは,中学に行っても普通,真ん中で心配という。
私は反論する。
ほん太は,
何かを打ち込むために生まれてきたものではない。
優れた人間になるために生きているのではない。
ほん太にはほん太の人生がある。
少なくとも,親の義務があるならば,ふつうまでであり,
それ以上努力するしないは
本人の意志だ。
私は,
子どもたちが自分の力で生きるならば,
どんな人生をおくるかは,子どもの意志である。
と思っている。
妻にはチンタラ映るぼん太も朝6時に起きるために5時20分から
つぎつぎにアラームを掛けて,起きる努力をしている。
6時過ぎて妻に起こされるほん太は
目覚ましの音を覚えていないといっているくらい
熟睡しているのである。
妻のいうには,ここ数カ月同じ曲ばかり
練習をして進歩していないという。
これは見方の問題だ。
私は,それでも合計毎日1時間練習することは立派だと思う。
ほん太,がんばれ
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